理想の家と美女の魔法陣。

僕は自分のオリジナルの間取りを思い描くのが好きだ。幅の広い階段の向かい壁にプロジェクターを設置して映画が観れる家であったり、川に向かって下っていく廊下と温泉の付いている離れのある家であったり、暖炉の中に飛び込むとロボに変形するジェット機のコックピットに運ばれる家であったりと、既に数え切れないほどの理想の自宅を所持している(イメージの世界に限る)。

社会的に大人と呼ばれる立場になってから10年近くが経ったが、残念ながらまだ一棟もこの俗世界に建てられていない(「どんな失敗をしても優しく微笑んで許してくれる恋人を作る」という目標も達せられていない)。しかし、夢を捨てた訳ではない。

マイホームは男の夢である。自分だけの城。自分だけの世界。流水プールも海の見えるバルコニーも音楽機材を詰め込む地下スタジオも、一切妥協する気はない。妥協しなかったからそもそも家が持てなかったという状況になる可能性も十分にあるから油断はできないが、とにかく、欲しいものは全て手に入れてみせる所存である。

ところで今の事務所からほど近い場所に、大変な豪邸が建っている。普通の家の10倍はあろうかという敷地に広大な庭と、これも明らかに空間を持て余しているであろう家屋が、擬音を付けるとしたら「バァァァァァーンッ」といった感じでそびえ立っているのである。

家は人生で最も大きな買い物であると言われる。それほどに家(と土地)は、高額な品物なんである。それ故にこの豪邸のオーナーは大変なお金持ちであることが容易に想像できるのだけど、しかし不思議なことに、この豪邸が全く良いと感じないんである。素晴らしいとは思うのだけど、羨ましいとは思わない。テレビに出てくるような豪邸は見ただけで

「あーまた増えちゃった僕の家」

くらいフランクに将来の建立リストに記帳されているにも関わらず、どうして誰が見ても明らかなこの豪邸に心躍らないのか。理由は、すぐに分かった。

この豪邸は、高くて厚い壁に囲まれているのだ。庭も木の頭が見えるから庭と分かるだけで、家屋も屋根が見えるから家屋と分かるだけで、全貌どころか、鼻より下が全く見えない。僕が超大型巨人だったら、トゥーキックで軽やかに蹴り壊しているところだ。

しかもこの壁には防犯カメラと警備会社のロゴの入ったシールがいくつもあって、迂闊に触れようもんなら警報機がワンワン鳴り響いてレーザービームの一発でも飛んできそうな雰囲気なんである。なんだか見ていると、どんどん息苦しくなってくる。

この豪邸のオーナーは、どんな気持ちでこの壁を立て、何を監視するために防犯カメラを付け、誰を威嚇するために警備会社のシールを貼ったのだろう。モダンなモザイク柄のレンガ風の壁が、「お前のことなんか信じない」と叫んでいるように思えてならない。もちろん色んな人がいるから、自分の想像だけで決めつけてかかるのはナンセンスだ。しかし、きっとないだろうけど、もし万が一この豪邸のオーナーと話す機会があったら、ぜひ一度問うてみたい。「今、幸せですか?」と。

まぁそんなことは、自分の家を建てるその日にちょっと思い出せば良い。今僕がするべきなのは、イメージ世界を漂う無数のマイホームのうち、どれを(あるいは、どれとどれを)この世界に召喚するのか決めて、必要な魔法陣を描くことである。その時に高い壁や防犯カメラが必要だと感じたなら、それはそれで良いのだ。

ただ、多くの人が勘違いをしているのだが、敵は家の外に居るとは限らない。僕のような境遇の男が家のぐるりを高い壁などで囲ってしまったら、それは家の中に居る最も凶暴な敵からの退路を絶つことに繋がる。家を出て戦場、入って戦場。この世は全て焼け野原である。泣きなくなってきた。イメージ世界の全てのマイホームに、優しくてちょっとエッチな美女とシェルターを追加しておこう。

010

また一件増えた。管理が大変。

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