手に入れた鍵。失った鍵。虎子はなくとも虎穴の中。

鍵には2種類ある。
自分で用意する鍵と、人が用意する鍵だ。

自分が用意する鍵は、自分の大切なものを守るために用意する。
人が用意する鍵は、人の大切なものを守るために用意されている。
鍵というのは、人生の防衛網において実に重要な、まさにキーアイテムなんである。

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大切なものを守っているからこそ、鍵というのはおいそれと人の手を渡ったりしない。
仕事の休憩中に

「ちょっと悪いんだけどお前の部屋の鍵2〜3日貸してくんない?」

なんて話しは、普通しない。
そんなタバコ切らしちゃったから一本ちょうだい的お気軽さでやりとりするものではないからだ。
迂闊に女性にそんな言葉を掛けたら、鍵がもらえないどころか職を失う可能性もある。

鍵のやりとりには「信頼」が必要だ。
それも生半可な信頼ではない。
「この人は別に悪い人じゃないから」程度の信頼では、家の鍵や金庫の鍵、自転車の鍵だって、貸したくはないだろう。

不動産賃貸の部屋を借りるための手続きがあれほど煩雑なのは、その信頼を様々な角度で検証する必要があるからだ。
家賃を払えるだけの収入があるのか、その収入は安定しているのか、などなど、主に金銭的な部分に着目される。
その他にも、畳の上でボディペインティングをする趣味がないか、きちんとトイレで用が足せるか、週に一度ベランダから月に向かって泣きながら大声で般若心経を唱える習性がないかなどといった疑いの視線に勝ち得て初めて、我々は鍵を手にいれることができるのである。

明日、新しい部屋の鍵が手に入る。
今までで一番高額だった鍵だ。
新しい生活と、新しい日々が待っている。

懸念される唯一にして最大のポイントは、その部屋の鍵を所持するのが僕だけではないということだ。
虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うが、その穴には虎しかいない。
どんなに疲れていても、どれほど良い気分でいても、常に鋭い牙や底なしの敵意と隣り合わせである。

幸いなことに、その部屋には僕の個室になる予定の5.5畳の部屋がある。
不幸なことに、5.5畳は今の事務所よりも狭いスペースだ。

しかし幸いなことに、その部屋があるお陰で僕は扉に鍵を設置することができる。
しかし不幸なことに、「お前の部屋の鍵を外せ」と恫喝された時に、それをはねのけるだけの力が僕にはない。

だが幸いなことに、彼女様は僕の仕事部屋に何の用事もない。
だが不幸なことに、彼女様は自分の気に入らないことは徹底的に排除する気質がある。

僕の当面の目標は、その部屋の鍵を手放さなくても済むように、さらに従順さに磨きをかけることだ。
既に彼女様から明日、家電やエアコンの搬入業者が来るまでにバルサンを炊いて部屋中を掃除しろという指示が出ている。
財布が一本化される関係で、僕の金庫の鍵も渡すことになった。

鍵を手に入れたはずのに、失ったものの方が多い気がする。