わが愛しのAm P.48:永遠のカメラ(2018/09/16)

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スキーするファミリー

僕が小学校の3年生の時くらいから、山本家は冬に2〜3泊ほどのスキー旅行をするようになった。行き先は長野とか新潟とか、その辺が多かったように思う。

スキーの思い出は、いろんな年のものが絡み合って組み合わさって記憶されているので、どの思い出がいつの年のどこのものなのかはサッパリ分からない。分からないけれど、ソリを引いて上がった雪の斜面の重さや8人ほどのスキーヤーを一気に運ぶゴンドラ、斜面の各所に座り込んで邪魔なスノーボーダー達や、雪原のど真ん中に一本だけ生えていた木にわざわざ正面衝突をした母など、折々節々の美しい風景は、昨日のことのように思い出されるのだ。

撮ったのに撮れてない

あれはいつ頃だったろう。僕はもう一人でどんなコースでもそれなりに滑れるようになっていたから、小学6年生くらいになっていたかしら。その日の朝、リフトの一日フリーパスを買ってもらった僕たち兄弟3人は、パスと一緒に使い捨てカメラを母から渡された。好きな写真を撮っておいでと言われて、うれしくなった僕はその使い捨てカメラをスキーウェアの胸ポケットに詰め込んだ。

僕はスキー場の景色が大好きだった。白い雪と針葉樹だけのシンプルな世界に、とんでもない量の情報がひしめいている不調和が、最高に魅力的だと感じていた。アルプスのギザギザした山並みも、冬になるまえにクマに削られた木の幹も、何者が付けたのか分からないたくさんの足跡も、何を見てもワクワクした。

だから僕は使い捨てカメラで、ギザギザの山並みや、皮の禿げた木の幹や、荒々しく刻まれた足跡の写真をたくさん撮った。撮ったら、それはそれは見事につまらない写真が山のように現像されてきた。祖父などはそれを見てひどくがっかりしたようで、「こんなもん撮らんでええぞ」などとのたまっていたように思う。

僕は理解ができなくて、大いに戸惑った。あんなに美しかった山や木や地面が、どうしてこんなにつまらない模様に成り下がってしまったのだろうと地団駄を踏んだ。その時は「やっぱり使い捨てカメラじゃこんなもんやで」ということで終わったのだけど、僕は僕の感動がどこかに失われてしまったような気がして少し悲しかった。

美しき人生のアルバムのために

なんだかんだで、それは良い経験だったと思う。イマココは、ポケットに入れて持ち歩くことはできない。カメラや写真は素晴らしいものだけど、今でもよくiPhoneのカメラ越しに世界を見ているけれど、やっぱりイマココは、イマココで感じて、感じ切ればいいと思うのだ。

とはいえ、やっぱりカメラを構えてしまうのは、どこかに楽しいイマココの瞬間を持ち帰りたいという気持ちがあるからだと自覚している。そして、当初の予定の10%くらいは、その目的は果たされている。僕が撮った写真を見て喜ぶ家族の顔を見ていると、それはそれで、良い役回りじゃないか、という気持ちも確かにある。

それでもやっぱり、どんなにスマホの液晶技術やカメラの画素数が上がっても、あの日リフトの途中でゴーグルを外し、目を細めて目撃した白銀の世界の輝きには遠く及ばない。感じ切ったイマココは、きっと魂に転写されていつでも現像することができるのだろうと思う。わが人生の終焉の折には、あらゆる時間と空間を横断した美しい風景に埋もれて逝きたいと、そんな生き方をしていきたいと、心からそう思う。

使い捨てカメラ写ルンですの画像

そうそうこういうやつ。
その場で撮れた写真が見れないってことが一周回って楽しみで、
また流行り出してるらしいよね。


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