ひとりしりとり「軍隊式研修」

「コロラドブルドッグ」→「軍隊式研修」

僕は千葉に住んでいた後半のだいたい4年くらいを警備員の仕事で日銭を稼いで暮らしていた。警備員という仕事は傍目には居ても居なくても良さげに見える上に、実際居ても居なくても良い場面が多く、なおかつ居ても居なくても良い人材が登用されていることも多いから軽視され勝ちであるが、その実警備業法なる法律の定めるところにより、割と厳格に管理運営されている業界でもある。

その中でも現役の警備員を悩ませるのが、半年に一回の現任研修というものだ。警備員は半年に一度、実技3時間座学5時間(だったかしら?)の研修の受講が義務化されており、研修はそれぞれの会社の内部で行うように、とされている。そのため、我々は忙しい仕事の合間を縫っては都内にある基地の駐車場に集まり、右に回ったり行進をしたりよく分からない文言を大声で連呼したりせねばならなかった。

その研修も割とキチッと管理されていて、当然本場のそれの足下にも及ばないのだけれど、一応軍隊式のそれを取り入れていた。しかしまぁ、研修を運営している側が新人を使っていたりするものだから、まぁグダグダになるのが定例で。ウン十人という隊員をいくつかの分隊に分け、その単位でウニウニと動き回ったりなんやかんやするのだけど、だいたいどの分隊もしどろもどろとする。そうすると、決まって横からやってきては檄を飛ばすスキンヘッドの隊長が居たのだ。

この隊長、声が大きくメリハリがあるのは良いのだが、つまりその、気合いが入り過ぎていて何を言っているのか分からないのである。その何を言っているのか分からないぶりは大変に有名で、隊長が号令担当に使命されると、その場に集まった隊員がにわかに緊張に包まれるほどであった。具体的にはこうだ。

隊長「アーエーーーーッ・・・ッイィーーーーーッ!!!!」

訳:回れ右

隊長「イィッゥエーーー・・・イア”ア”ィッ!!!!」

訳:左向け左

隊長「ア”ァ”ーーーーーイッ!!!!」

訳:こらー

隊長「ア”ァ”ーーーーーイッ!!!!」

訳:そこー

隊長「ア”ァ”ーーーーーイッ!!!!」

訳:こっちこーい

といった感じである。後半3つのシャウト意味がその場の状況や隊長の表情などから汲み取れるようになるまで、少なくとも3シーズン、つまり1年半を要すると言われている。何を言われているのか分からず、一歩出遅れたがために再び「ア”ァ”ーーーーーイッ!!!!」と叫ばれている新人隊員の絶望に満ちた目は、あの警備会社の風物詩であった。

このように、人に何かを伝えようとする時、気合いは必ずしも全面に押し出せば良い、というものではない。むしろ、自分が一生懸命声を出している事実に酔っ払っているというのは如何なものかと思う。ただ、

「あの人は本当に集中してないと何言ってっか分かんないからなぁ」

と不思議な魅力でもって許されていたあの隊長は、どちらかというと勝者である気がする。今日もきっと関東の空に、あの隊長の叫び声が響き渡っていることだろう。

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僕が一番長く居た浅草の現場の写真。この現場の隊長は何を言っているのか分かる人だった。とても幸せなことだったと思う。

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