ひとりしりとり「きびだんご」

「卒業式」→「きびだんご」

先日テレビを見ていたら、えらくハードなロックナンバーをBGMにCGで作られた巨大な魔物が現れ、何事かと思ったら桃太郎が始まった。その時僕は彼女様の家で奴隷のように大根をすりおろしていたのだけど、そのCMが始まった瞬間に完全に手を止め、見蕩れてしまった。実にリスキーである。

momotaro

キジの圧倒的な存在感。

お願いだからきちんと映画化してほしいその桃太郎は取りあえず置いておこう。今回のお題は、【きびだんご】である。

きびだんごと言えば、桃太郎が入った桃をひとりで担ぎ上げ、洗濯物共々自宅に持ち帰り、そのプロセスがいかに大変であったかをおじいさんにプレゼンしない究極的に健気なおばあさん(そういった作業が彼女にとって全く大変でなかったという可能性もある)がこさえた、日本一のきびだんごのことである。大人になった桃太郎はそのきびだんごを携帯し、犬、猿、キジを従え、鬼が島へと赴くのである。

劇中では大変に重要な役割りを担っているきびだんごであるが、その描写はあまりにも少ない。僕が持っている情報は、「少し黄色い」「丸い」「腰巾着に入れられている」程度である。しかし、犬も猿もキジも桃太郎の眼前に躍り出るや否や

「桃太郎さん桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、ひとつ私にくださいな」

と目の色を変えて食いついてきている。柔らかい恐喝である。しかしさすがは日本一の桃太郎。そこは決して動じない。

「鬼退治に付き合ってくれたらあげちゃう」

などと交換条件を突き出すのである。ちょうど不良に絡まれた政治家が、これからの日韓関係の改善に力を貸してくれるのならと言いながら札束を差し出すようなものだ。お前鬼退治舐めてんのか。

そのような調子で仲間というかペットというか動物部隊を編成しつつ鬼が島を目指す桃太郎であるが、これらの行動は冷静に見つめれば見つめるほど不可解な点に溢れている。例えば

・どうして彼が桃太郎であることを犬、猿、キジが知っていたのか。
・どうして彼が腰にきびだんごを装着していることを知っていたのか。
・命がけの合戦になるにも関わらず二つ返事で鬼が島への動向を承諾できた理由が不透明である。

といったことがそうだ。これらの疑問を紡ぎ合わせていくと、桃太郎を新たな視点で楽しむとができる。

上述の三つの疑問から導き出される答えは、ただひとつ。犬も猿もキジも、そもそも桃太郎に同行するつもりであったのである。それは即ち、かれら三匹が事前に、おじいさんとおばあさんと繋がっていた、ということである。

作中では、桃太郎はある日突然に「鬼の野郎我慢ならねェ」と怒り心頭、旅に出た、とあるが、子は親を見て育つものである。複雑な人間関係は一旦無視したとしても、少なくとも彼は鬼に怒りを表明し、それを退けるという思考を得ていた、ということだ。

それはつまり、おじいさんとおばあさんの教育の結果である。ふたりが桃太郎に対して、鬼の悪行許すまじ的メッセージを投げ続けたのだ。そう考えると、中の赤ん坊を一切傷つけずに桃を一刀両断したおじいさんの刃物捌きも、巨大な桃をひとりで担いで帰ったおばあさんの膂力にも、合点がいくというものである。

おじいさんとおばあさんは桃太郎に対鬼戦闘の極意を伝授した。その傍らで、彼の活動や戦闘をサポートするためのシステムを組み上げていた。それが、犬と猿とキジである。

おじいさんとおばあさんは桃太郎があらぶる鬼の話を聞いて「あいつらマジあり得ないんですけど」的なリアクションを見せ始めたタイミングで以前から訓練を積んでいた犬と猿とキジを野に放ち、それぞれに野鬼との戦闘と経験させておいたのである。

おばあさん「いいかいお前たち。いつの日か、この腰巾着にきびだんごをぶら下げた男が現れる。お前たちはその日まで、鬼と戦う力と、技術と、勇気を蓄えておくんだよ。」

彼らはおじいさんとおばあさんの綿密なプランにのっとり、桃太郎が旅立つ以前から動いていたのだ。

ところで、これほどまでに繊細なプランを練るおじいさんとおばあさんが、予めリリースしておいた対鬼のサポート要因がこの三匹だけであったとは考え辛い。

犬、猿、キジの他にも、狐や猫や牛、蜂や蛇や鷹のような、様々な動物が放たれていたと考えるべきである。

しかし、桃太郎の前に現れたのは例の三匹だけ。そう、絵本などでは随分と平和な面持ちで描写されている彼らであるが、厳しい修行、野鬼との死闘や仲間の死や裏切りなどといった、厳しく悲しいドラマをくぐり抜けてそこに立っていたのである。

猿「あの坊っちゃん、いけすかねぇな。」

犬「何言ってるんだい。おじいさんとおばあさんとは、そういう約束だろう?」

キジ「今回ばかりは意見が合うようだね。僕も、どうにも釈然としない。」

犬「あんたまで、今更何言い出すんだい!」

猿「俺たちの人生ってのは、あの坊っちゃんの踏み台になることなのか?」

犬「それが私たちを拾ってくれたおじいさんとおばあさんに恩を返すってことだろう?」

キジ「ご無沙汰していても相変わらす優等生だね、君は。」

犬「どういうことだい?」

キジ「本当ならね、ここに居たのは僕じゃなくて鷹なんだ。僕は、あの時、死んでいたんだよ。あの馬鹿、僕を庇ってさ・・・」

犬「・・・」

猿「俺の耳にだってな、蟹の野郎の甲羅が割れる音がこびり付いて離れねぇ。蜂の野郎の羽音が金棒をぶん回す音にかき消される瞬間が忘れられねぇ。お前ェだけ悲劇役者ぶってんじゃねぇぞ。

キジ「・・・とにかく、僕は彼を信用できない。鬼退治は僕ひとりで十分だ。」

猿「おいトリ、そりゃあ聞き捨てならねぇな。」

キジ「エテ公は耳まで遠いのかい?不憫なことだよ。」

猿「てめぇ!」

キジ「やるかい?」

犬「もう・・・やめなよ・・・!」

猿「・・・!チッ」

キジ「・・・すまなかったね。」

犬「私の主人はあくまでおじいさんとおばあさんだ。桃太郎さんが従う価値のあるお人かどうかは、これから見極めるよ。」

猿「あぁ。」

キジ「あの日本一の旗が嘘か真か、見物だね。」

犬「・・・もう寝るよ。」

猿「・・・」

キジ「・・・」

猿「トリ」

キジ「何だエテ公」

猿「犬のヤツ、狼の旦那と一緒じゃなかったのか?」

キジ「よく黙っていられたね。少しはデリカシーってものを覚えたのかい?」

猿「・・・ふん。」

キジ「・・・僕たちも休もう。」

もう普通の目で桃太郎を読めない。