薬を飲む覚悟

尻の下には砂と岩が擦れる。
拒まれている訳ではないけれど、受け入れられている訳でもない。
たまたまそういう場所があって、僕が勝手に腰を下ろしているだけという、それだけの場所だ。

時々強い潮の流れがやってきて、重心はすっかり浮いてしまっているから、簡単に姿勢が崩されてしまう。
それは優しく肌を撫でるように圧を掛けてきて、あっさりと僕の体温を奪ってどこかに行ってしまう。

静かなようで騒がしい海の底には孤独と繋がりが同時多発的に存在する。
目を閉じて息の残量を忘れると、ぞっとするような安らぎを発見する。
もしかしたら死とはこういった感覚なのかもしれない。



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開発が進むほどに便利になって、ここからあそこまで車で行きやすくなった。
その変わり気軽に潜れる海がなくなった。
いつか子供が生まれてその道を走ることになっても、思い出話ししかできない。

風力発電はクリーンなエネルギーなのだともてはやされて、山のてっぺんにたくさんの風車が建った。
持ってきたパーツを運ぶために山を切り開き、組み立てをするスペースを作るために更地を作り、事業がひと段落した頃には、地元の農家は山から下りてきた動物たちに畑を荒らされて苦労している。
罠を仕掛けて餌を撒いて中に入った鹿や猿を殺さなければ、自分たちの仕事が立ち行かなくなっている。
山は危ないからといって、子供がロープやスコップを持って登っていくということも減っているらしい。



田舎に帰ると、世間の勘違いがどうしたって目に入る。
インフラが整備されて観光産業が盛り上がっても、生きながら死を感じた海の底は水深以上に遠くなってしまった。
山頂で生み出される僅かなクリーンエネルギーが踏みつけているものは、きっと誰にも気付かれない。

仕事ができて、助かっている人もおりましょう。
便利はとても良いことでしょう。
だけども、便利だけを受け取ることは、やっぱりできんのですね。
表と裏で、プラスには必ずセットでマイナスが付いてきているのです。

それに気付かないでいると、いつか病気になる。
病気になってから、どうして自分が病気になったのか分からないということになる。
薬のカプセルの中には必ず毒が入っているのです。
不安になれ、という意味ではなくて、覚悟を決めて受け取ろう、という話しでした。


何度やっても毛布は掛け布団の下にした方があったかい。

どうにも時計が狂っているようで、全く眠れる気がしない。
しょうがないのでモゾモゾと出てきて何か書こうとすると眠気らしきものが迫ってくるので、しめしめと布団に潜り込んでみると不思議と目が冴える。
ならばどうだとチキンラーメンを作ってすすってみせるべくお湯を沸かしていたらブログでも書こうではないかという気持ちになったので、久しぶりにキーボードを叩いている次第だ。



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いつの間にか冬めいていた。
つい最近まで遥か高き空に見果てぬ夢を見ていたりしたのに、ふと気がつくとコートやマフラーを重ね着た人の足取りが重い。
駅まで歩いてきている人が大半であるにもかかわらず、電車の車内の暖房は濁った空気をうりゃあそりゃあと暖めるから、本を読んでいても額に嫌な汗が出てくる。

僕が寝ている寝室には小さな窓があって、布団の中にいても、その窓から忍び込んできた夜が冷たい空気をわが三十路の体にボトボトと落としているのがわかる。
何が憎くてそうしているのか知らないが、隣で別の布団(僕の布団よりもずっとグレードの高いものだ)にくるまっている妻が



「ゔゔん」



と魔獣のような呻き声を上げながら、僕の布団を剥ぎ取ろうとしてくる。
さらわれた掛け布団への別れの言葉を探していると腰のあたりが冷えてきてしまって、やはりチキンラーメンでもすすらなければ、やっていられない。
冬がきたのだ。


そういえば、何年か前に知って実際に試してみたのだけどどうしても納得ができないことがある。
毛布の正しい使い方というやつだ。

聞くところによると、毛布は掛け布団と体の間ではなく、掛け布団の上に乗せるのが正しいらしい。
そうすることによって保温保湿効果が最大限に引き出され、ただちに快適な睡眠に突入できるというのだ。

この情報を知った当時、僕は千葉の船橋で貧乏な独身奴隷(独身族の中にも階級がある)をしていたから、こりゃあええことを聞いたと喜び勇んで毛布を引っ張り出し、そおれと掛け布団の上に被せて、むふむふと鼻息も荒く永遠の温もりの中に飛び込んだ。

ところが、これが一向に暖かくならないんである。
むしろ毛布のフワフワとした肌触りがなくなり、掛け布団のちょっとドライな、今ひとつ深い関係に踏み込みきれない男女的な距離の間を冷たい空気が泳ぎ回って、歯の根も合わぬほどに寒いではないか。
僕はまたネットの情報に踊らされたと合わない歯の根で歯ぎしりをして、よく冷えた毛布を掛け布団の中に呼び戻したのであった。


すっかり「毛布on掛け布団」説に対し否定的になって過ごしているとどうだ、いつの間にかテレビでも「毛布on掛け布団」の素晴らしさと正しさを主張する特集が組まれているではないか。
その番組は寝ている布団の中に温度計や湿度計を突っ込んで、数字の力を借りて情報の正当性を訴えてくる。
「これねぇ、騙されたと思って一回やってみるといいよ」と、メガネを掛けたナントカというタレントが熱弁を振るっていた。
僕はすっかり騙されて(素直ないい子なんです)、あの日と同じように毛布を掛け布団の上にのっけて極寒の夜を再び堪能した。


結論。
毛布は体の上に直接乗せるのが良い。

温度計や湿度計を何本突っ込んで科学的に検証されましても、僕が体感としてそうする方が気持ち良いと感じるのだから、こればかりは致し方ないのです。
僕はこれからも毛布と触れ合い、毛布にくるまり、この魂が地球に還るまで幾度も訪れるであろう夜を、「毛布in掛け布団」で乗り越えてゆくことを心に誓ったのです。


・・・よし、記事を書いていたら頭もうまい具合にぼんやりとしてきた。
誤字も脱字もあるかも知れないけれど、知ったことか。

目をこすりながら寝室に戻ると、妻が僕の掛け布団及び毛布を見事に略奪し、己の布団に重ねていた。
薄暗い中わずかに残った布団面積を注視すると、半蔵(チワワ/オス/4才)が潜り込んで「ぴぴぴすぴりぴぴィ」とわけの分からない音を出しつつ眠っている。

奪われた布団んを引っ張ると、妻は



「ゔゔん」



と魔獣のような呻き声を上げてそれを阻む。
合間に、「暑ぅ・・・」という声が聞こえた。
僕の利益になることなら、多少自分に不利益を被っても絶対にしないという決意の現れであろう。

デスクに戻って時計を見ると、間もなく4時だ。
先日止まった新橋のカプセルホテルの布団は、実に気持ちが良かった。
意識は朦朧としていて、今日も朝から仕事で、そういえば、雨も降るらしい。
今日は長い1日になりそうだ。


いつの時代にも「昔はよかった」と言う人がいる理由

先日久し振りに近所のイオンでケータイコーナーを覗いた。
スマートフォンの台頭により高級カマボコ板売り場と化したケータイコーナーはやはり見た目に退屈で、イオンの気だるい色柄も含めてどうにもヤル気が出てこない。

加えてイオンモバイルは値段の表示も実に分かりづらくて、ただでさえジッシツやらエムエヌピィといった愛のない言葉が飛び交うケータイの料金世界をより混迷させている。
昔auのお兄さんをしていた時にイオンには何回も行ったけれど、あんなところでケータイなんて高額なものを買う人の気がしれないってやっと言えたぜコンチキショウめィ。

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そんなことをブツブツ言いながら売り場をさまよっていると、なんだ、昔ながらの二つ折りケータイもまだ割といるではないか。
僕は嬉しくなって、見本のモックをパカッとやったりパタンとしたりして、しばし開閉のヨロコビを噛み締めた。

当ブログでも度々語ってきたことだけれど、僕はギミックのあるガジェットが好きなのだ。
本当はギミックなんて故障の原因にしかならないことも分かってるし、余計なギミックがあることで開発コストが上がることも知っている。

しかし嗚呼だがしかし、思い出そうではないか同級生諸君。
8和音くらいの着信音がぴーぴろりーと鳴り響き、サブディスプレイに好きな子からのメールの着信が表示されていた時のあの興奮を。

今ならタッチひとつでLINEのメッセージ画面に行けちゃうけども、当時はそこに「パカッ」というワンアクションがあったのです。
ご存知の通り、恋は焦らされると燃え上がるもの。
ああそうか、だから身を「焦がす」と言うのか。
まあそれはそれとして、時代が変わってあの子のハートが近付いた、なんてことはございませんでしょうが、少なくともあの子のメッセージは近付いてきたのであります。

もう何が言いたいのかもよく分からなくなってきたけど、結局ほら、一番感性が豊かで、感情が動いていた時期に触れていたものは、やはりいつまで経っても心の中に残るものなのだ。
荒れ狂う感情の波に弄ばれた初めての恋を忘れられないのと、基本的には同じことなんである。

「昔は良かった」なんて言ってると懐古厨とか言われてバカにされる時代だけれど、「昔は良かった」と思うように出来てるのが人というものだ。
万葉集だかなんだかにも「最近の若いヤツは言葉づかいがなってない」的なことが書かれていたということだし、やっぱりみんな自分が正しくて素晴らしいと思っているということなのだ。

だって、あの頃キラめいていたのだもの。
全てが輝いて見えていたのだもの。
初恋の相手をいつまで経っても忘れないことと、十代の頃に聴いていた音楽がその人の音楽性を確立するという説と、スポ根に生きた人がその後もスポ根的生き方を正しいと信じ続けることは、基本的には同じことなのだ。

それはそれで、よいではないか。
納得の出来ない生き方を押し付けてくる人は、適当にかわすか逃げ出すかしておけばよろしい。
その場の雰囲気で自分の考えを歌うこともございましょう。

ただ最後は、自分の人生を決められるのは自分だけで、他人の人生を決められるのは他人だけだ。
それが分かっていれば人の言葉に必要以上に振り回されたり、人の考えに手を突っ込もうとするような無粋なことも減るだろう。
それはきっと、幸せなことだ。

ただ、これだけは言っておきたい。
もうちょっとギミックが楽しいスマホがほしい。

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G’zOne Brigade。
こういうのが大好物。

専門家の言葉は分からない

誰にでも分かる言葉というのは難しい。
僕なんかは自分の好みでわざわざ簡単に言えることを小難しく言ったり書いたりすることが好きなものだから、「誰にでも分かる」はわが嗜好の対角線上にあるように思う。

しかしパソコンのような電子機器やインターネットのプロキシやら何やらという専門用語の羅列に相対すると、「もう少し誰にでも分かるように書かなければ意味がないではないか」と憤慨する僕がいる。
難解な技術書やマニュアルに向き合ってGoogleで解説を探したらそこでも謎の言葉が現れてさらに検索して…といった荒業に快感を覚える特殊性癖でもあればいいのだろうが、そんな変態さんを想定して書かれたものが技術書やマニュアルと呼ぶのはアンタ、いくら何でも仕事サボり過ぎじゃないか。



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このように、人間その時その場の立場ひとつで意見が大いに変わるものだ。
禅の世界ではこれを「日々是新」と呼ぶそうだが、きっと禅僧も専門用語がぎっしり詰まった取り扱い説明書などにはかァーーーーツ!と一発入れたくなっちゃうに違いないのだ。

禅僧でさえそうなのだから、正座なんかやっちゃうとものの5分で下半身麻痺状態に陥る我々俗人は、その場の怒りに飲み込まれて当然であろう。
そんな俗世を生きるに当たって大切なことは、やはり「相手にとって分かりやすい言葉」を選ぶことではなかろうか。

例えば、農業を営む人には草木土水に例えて語る。
接客業を営む人には人の視線や身振りなどに例えて語る。
自分の中に専門的な知識がなくとも、相手との共通言語を探る努力をする。
これがあるだけで、コミュニケーションは実に潤滑になる。

「専門性」とは深い縦穴のようなものだ。
その奥を覗いた者はえもいわれぬ恍惚感に陥って気持ち良くなれる反面、広い視野や見聞といった他者との共通言語を見失いがちである。

私は何の専門家でもないと言う人もいるかもしれないが、それはない。
人間誰しも「自分」の専門家なのだ。
その経験、その価値観、その論理は、自分だけのものだ。
違う親の元に生まれ、違う人間関係の中で育ち、違うものを食べて違う歌を歌い違う風景を見てきた人間が、同じ訳がないではないか。

僕らは時々そのことを忘れて、気遣いの面倒を回避する理由に「常識」だとか「普通」という言葉を引っ張り出す。
「これが社会の常識だ。」「これくらい普通にできてもらわないと。」そんなことを言う度に、何か大事なものがすり減ってゆく。
それはきっと相手との信頼関係や、この先築けたかもしれない幸福な未来なのだろう。

毎回とは言わないし、相手にしなくても良い人というのは確かにいる。
だけどまずは、目の前の人に理解して貰えそうな言葉を選ぶ。
いつまで経っても、どんなに大人になっても、やっぱりここから始めてゆきたい。

スズメバチカレーにスズメバチは入っていない

自分が良いと思わないものが、他人にとって良いということは実によくある。
楽曲を自作してステージに上がると、渾身の一曲がどうにも手応えなく、パパッと簡単に作った曲に拍手と注目が集まったりするのだ。
当初はこの現象を嘆いたりもしていたが、人の好き嫌いは突き詰めると実に深遠なる嗜好の闇に飲まれてゆくものだ。
そういうものなのだと悟ってからは、人の好き嫌いを見定めることも楽しくなった。

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「好きなことを仕事にする」というフレーズが一時ブームになった。
多くの人が現在の職を捨て、新しい人生へ踏み込んだと聞いている。
その結果、底なしの地獄まで真っ逆さまに落ちた人も多いと聞いている。

別に驚くことではない。
僕自身がつい数年前まで「田舎から都会に出てきた自称ミュージシャン」をやっていたのだ。
地獄の底も底、コケを食って生きているような日々であった。
「好きなことを仕事にする」という言葉の危険性は嫌というほど知っているのだ。

どうして「好きなこと」は「仕事」にならないのか。
誰がこんな無責任なことを言い出したのだ。
責任者を出せ。

そう騒いでみても、現実が変わるわけでなし。
万が一責任者なんてのが居たとしても、その人の言うことを聞いて行動したのは自分自身である。
万が一分の万が一お金など貰えたとしても、自分の行動のケツを人に拭かせる人生は果たして豊かで幸せだと言えるだろうか。
今度はその責任者が死んでしまったらどうしよう、などという不安が現れるに違いない。
責任者に取ってもらえる責任など、この世のどこを探しても出てはくるまい。

「好きなこと」が「仕事」にならない明確な理由がある。
「好きなこと」は、「自分が好きなこと」なのだ。
アンタの「好きなこと」は、「アンタが好きなこと」。
僕の好きなことは、「僕の好きなこと」なんである。

そして「仕事」とは「奉仕する事」である。
大阪駅前第一ビルの地下にあるスズメバチカレーだって、あのカレーが食べたいという人がいるから、お店として存続しているのだ。
少し前に一見の客が「このカレーにはスズメバチが入っているから独特の風味と辛さがあるのですね」と言っていたが、そんなアブナイ虫は触覚一本だって入っちゃいねえのよ。
辛口のカレーでむせると非常にしんどいので、そういうテロ行為はやめていただきたい。

話が逸れてしまった。
偉そうなことを言いたい訳ではない。
結論から言いますと、「仕事になる好きなこと」と、「仕事にならない好きなこと」があるということなのです。
例えば

「延々畳の目の数を数え続けることに尋常ならざる幸福感を感ずる」

という方が居たとして、その方に「好きなことを仕事にしましょう!」なんてお声掛けした日には、それはあなた人ひとりの人生がい草の隙間に堕ちて絡んで取り戻せなくなってしまいます。
それならば日本料理のお店などで給料を発生させつつ自宅の畳の目の数を数えあさり、隙あらば二階の大宴会場の畳の目の数を数えんと虎視眈々としている方が、よほど社会の中では楽しく生きていられるのではないだろうか。

「好きなこと」と「仕事」を繋げるには、それ相応の工夫やコツがいる。
自分の快楽に焦点を合わせているうちは、お客の顔は絶対に見えてこない。
自分の快楽に焦点を合わせて生きていたいのなら、是非「好きなこと」と「仕事」は繋げない方がいい、というか繋がらない。

自分が「好きなこと」を「仕事」にしたいと思っている人は、是非その辺を考えてみてほしい。
自分の「好きなこと」で喜んでくれる人はいるだろうか。
自分の「好きなこと」でどうやったら人を楽しませたり、役に立ったりすることができるだろうか。

なんかまあそういうコトを、最近も飽きずに考えたりしているんである。

妻と両家の焼き肉でハルカス

品の良いお兄さんに連れられて6人掛けの個室に入った。
予約していた時間よりも15分ほど早い到着で、先に渡すものを広げておこうと言って両親が赤やら金やらの装飾がされた色々をテーブル上に展開した。

「結納は端折ります」

と言ったはずなのだが、どうにも我が家の両親の(特に母の)気持ち治り難く、結局押し付けるような形で結納の品を用意してくれたのだ。
たくさんの気遣いのそれは嬉しいのだけど、贈り物というのはやはりどうしても受け取る側の心の負担が大きいものだ。
元々ないはずのものであったから、なおさらだろう。
彼女様家のご両親に対し申し訳ない気持ちを抱きつつ、聞いたこともない口上を述べる父と義父のやり取りを見守った。

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ずっと彼女様のことを「彼女様」と呼んでいる。
まだ籍は入れていないのだ。
もう「妻」などと呼んでもいいのかもしれないが、そうするとどうにももうニゲラレナイ的袋小路感が僕の中でスパーキングするので、若干の抵抗を覚える。
しかしでは「彼女様」のままでいれば逃げられるのかというとそういうことはこれっぽっちもないので、ううむこれはやはり、「妻」と呼んだ方が自分の中から余計な希望を拭い去る意味でもいいのかもしれないと、あれこれ思いを走らせている。

よおしここはひとつ、腹をくくって「妻」と呼んでみよう。
音楽仲間であり大先輩である『相模の風theめをと』という夫婦バンドのいしはらさんは奥様の風来さんのことを「ツマ」とカタカナ表記していたから、僕はそこと被らないように「妻」と漢字で表現すべきだろう。
漢字表記の方が生々しい雰囲気が漂うが、実際そうなのだから仕方あるまい。
むしろカタカナ表記でネタ的様相を演出するよりも堂々としていてよいではないか。ふはは(錯乱)

すまぬすまぬと恐れ入っているうちにご挨拶が終わり、呼び出しボタンを押してスタッフのお姉さんを呼び出した。
ホテルの朝食バイキングを食べ過ぎて腹がいっぱいだと言う両親を横目に、焼き肉ランチを注文する。
あべのハルカスの7階にあるこの焼肉店では、おお、ハラミ一皿が980円もするではないか。
ここまできたら値段を気にするのは無粋というものだ。

少しすると立派な肉がどしどしと運ばれてきた。
人数分の料理を頼むとテーブルの上に乗り切らないというパラドックスを食事のペースを上げるスピード術でもって乗り切る。
もう少しゆっくり味わって食べたいと思いつつも、やはり多少緊張しているのだろう、今ひとつ舌も落ち着かない。
和歌山の田舎から出てきた両親もさぞ落ち着かぬであろうと目を向けると、母が八海山をグラスで寄越せと騒ぎはじめた。
しこたま飲んで倒れてしまえ。

両家両親のご協力があって、会食はつつがなく終了となった。
特に父と義父は同い年の公務員同士とあって、実に話しが合ったようだ。
焼き肉の後で丸福コーヒーで一服ついたのだが、身を乗り出してゴルフの話しをしている父が実に印象的だった。

「今度段取り組みますよって」

と燃え上がる父。
あんた、自分がゴルフ行きたいだけだろう。

解散後は両家別れて行動した。
チーム山本家は駅ビルの中を探索し、ABCマートで父の靴を買った後でもう一回お茶をした。
一緒にハルカスの展望台に登ろうと思っていた僕の親孝行な目論見は、食事会の直前に母から届いた「ハルカスの展望台にいます」というLINEメッセージで粉々に砕かれていたのであった。
改札に入っていく両親を見送ると、やはり少し寂しくなった。

「あれは?」「これは?」と聞かれる度にそれに答えを用意すべく行動をしていると、いつの間にか事は前に前にと進んでいる。
結婚は周りが進めるものだとよく聞くが、まさしくその通りであった。
ただ、自分たちが非常にゆるい結婚をしているものだから、もし将来的に自分の息子娘が結婚するのだとなった時に、今の両親たちのような振る舞いは、きっとできないだろう。
その時代にはきっと「結婚」というものの概念そのものが変わっているだろうから、あまり必要ないのかもしれないが。

さよならプライベート空間

暫く寝てるんだか寝てないんだか分からない日々が続いていた。
2時間ほど仕事をして、1時間ほど仮眠をとってまた働く。
昼間は別の仕事をしているから、そちらもおろそかにはできない。
短い睡眠時間で元気になる方法を調べたりコーヒーや体に悪いと評判のエナジードリンクをがぶがぶ飲んで仕事していたら、彼女様が鬼の形相(標準装備)をして仕事部屋に入ってきた。

「寝られへん死ね」

我が家では唐突に死刑宣告が下されることがあるのだ。
一体どの件で眠れないほど怒っているのかと尋ねたら、普通に布団に入っても喉が痛くて眠れないと言う。
取り急ぎ僕の何かに怒っている訳ではないということで安心したが、このままストレスが溜まって暴れられたりしたら仕事どころではない。
僕は色々考えた後、寝室にしている和室から布団を一組連れてきて、僕の仕事部屋の空いているスペースに敷いてみた。

彼女様「なんでお前の尻見ながら寝やなあかんねん」

僕「和室は喉が痛いんでしょう。あの部屋どれだけ掃除しても埃っぽいから、この部屋の方が喉は痛くないかもよ」

彼女様「うぬう・・・」

そうして彼女様は渋々布団に入って、僕の尻を見上げた。
僕は尻を千本の針でつつかれるような思いでパソコンに向かって、未だ要領を得ない仕事に手探りで飛び込んだ。

しばらくキーボードを叩いていると、「あ、寝れるわ」と彼女様がつぶやいた。
やはり埃は大敵であるな、と振り向かずに声を掛けたら、「いつ見ても働いてるヤツを見ながらってすごくよく眠れる」と帰ってきた。
振り返っていたら、涙を見られていたかもしれない。

次の日、昼の仕事を終えて帰ってきた僕に彼女様が告げた。

彼女様「今日からあの部屋で寝ます」

僕「そうなんですか」

彼女様「和室は埃がすごいので、寝たくありません」

僕「いいけど、僕ずっとパソコンカタカタやってて、君毎晩落ち着いて寝れるのかい」

彼女様「出ていけ」

僕「えっ」

彼女様「あの部屋を明け渡せ」

僕「えっ」

和室に現在ズボン掛けとして活用中のテレビとソファを移転して残った寝具を元の仕事部屋に運び込むと、いよいよ僕はプライベートな空間を失った。
振り返るとモモンガが飯をくれとゲージの中を飛び回っていて、トマトでもあげようと冷蔵庫に近づくと半蔵(チワワ/オス/太い)が床に垂れ流した尿を踏みつける。
疲れてチョコレートを食べていたら、大河(チワワ/オス/白い)を抱えた彼女様が「私のお前より大事なチョコを食べたな」と言って迫ってきて、モモンガはいっそう激しくゲージの中を飛び回る。
ベランダの向こう遥か彼方に、あべのハルカスの針金のような灯りがきらめいていた。

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三十歳の一周忌

もう一年が経つのだ。
母方の祖母が亡くなって、一周忌の法事であった。

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この日僕は30歳になった。
なるほど、30歳の風景というのは10歳の時のそれとなんら変わらない。
むしろ色々なことを知った上で好き放題するようになっているのだからタチが悪くなっていると言える。

祖母の法事は賑やかに終わっていった。
亡くなった人が生きている人を集めるきっかけになるのだから、死にまつわる催事というのは何度経験しても興味深い。
毎回徳のない坊さんがお経を上げて、終わったらみんなでブツブツ文句を言うのが一連の流れである。

母方の家族は女系で、実に元気が良い。
山本家は男系で親戚が集まってもそれほど賑やかにならないのだが、こちらの家族は集まる度にキャイキャイと大騒ぎである。

こういう時何の役にも立たない男衆は部屋の隅で「そこに座っていなさい」という女傑たちの無言の令に従う。
おっつぁん達は寄ればゴルフの話しだから、ゴルフをしない僕はせっせとこうやって記事を書いているというわけだ。
そうやってゴルフォっつぁん達の隙間でじっとディスプレイを眺めていたら「母の親戚達は全員引き笑いをする」という至極どうでも良い事実を発見した。

祖母が逝って僕たちは一年を過ごしたが、祖母はどうだろうか。
徳の無い坊さんは「死んだ人の時間は止まる」などといった話しをダラダラとしていたが、生きていても体感時間は伸びたり縮んだりするのだから、止まると言われてもいまいちピンとこない。

そもそも祖母という個はまだ存在するのだろうか。
僕の中にいる祖母は「ええわいしょ」などと言って足元のシロを愛おしそうに眺めていて、それは見事に祖母個人である。
それとは別の僕の理解の及ばない場所に祖母がいて、その個がまだ存在していたりして先に逝った家族達と再会したりしているのだろうか。

確認のしようもない。
ということは、あまり考えなくてもいいのでしょう。
そういうことにしてぼけっとしていたら「よくじっとしていられたな」と女傑たちから堂島ロールが振舞われて、われら男衆はあまいのううまいのうと口角に生クリームの髭を付着させたのであった。

そのうち一人また一人と参列メンバーが帰り始めた。
チーム高齢の皆様は「わたいらもいつ死ぬか分からんでえ」などと言って笑っている。
きちんと見送ろうと思う。
なんてことを思ったら、そういえば30歳になる前に死んじゃうヤツも大勢居た訳で、なんだ僕も立派に生きているではないかと少し元気になった。

窓の外を見ると早くも日が傾き始めている。
今15時だから田舎の涼やかな気候を考えてもやはり秋なのだと、ここでもまた時の流れを感じたのだった。

永久に焼き鳥を焼く係任命式

月に一回ほどのペースで実家に顔を出している。
そろそろ住民票を大阪に移したり、うやむやになっているシガラミなんぞを整理せねばなるまいと面倒を被る覚悟を決めているところだ。

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母方の祖母の一周忌の法事で帰ってきたのは昨日の昼過ぎのことだった。
ちょうど仕事が休みで家にいた母が弟のちゅわさんのエブリワゴンで駅まで迎えに来てくれた。

田舎の穏やかな空気を壁のようなエブリワゴンのフロントガラスで乱暴にこじあけつつ爆進していると大量発生しているトンボが軽い音を立てて視界の隅で弾け飛んだ。
合唱しつつ交差点に差し掛かると目の前の信号が今まさに停止命令を出そうとしているところであった。

エブリワゴンは慎重なブレーキングで停止する。
これには驚いた。
母は「信号は赤くなってから0コンマ3秒までは青信号やねん」と公言するような人物であるのだ。

僕「ジャックナイフと呼ばれていたお母様も随分丸くなられたじゃないですか」

母「今のブレーキかぁ」

僕「横向きのGに備えて踏ん張ってましたのに」

母「この車で本気のコーナーリングしたらひっくり返るからな」

舐めてましたスイマセン。

自宅に帰って2階の仕事部屋と、ついでに母と自分の寝室を掃除した。
思っていたよりもホコリが溜まっていて掃除シートがあっという間に真っ黒になる。
多少は気持ちの良い空間作りに貢献できたかと、自分に言い聞かせる。

仕事が一段落付いた頃にじーちゃんに大声で呼ばれた。
今夜はガレージで焼き鳥であった。
冷蔵庫の中で冷えていたアサヒのスーパードライを片手に参戦する。
彼女様のご実家はアサヒの株を持っているらしいので、うむ、などとひとり大きく頷いたのであった。

沖縄で事業の立ち上げに失敗して先月末に引き上げてきたちゅわさんがトングを片手に煙の向こうでがははと笑っていた。
この悲観の無さというか、その場でその場を楽しむ精神は大したものである。
わずか数ヶ月で住民票やら車やらを大移動させた沖縄から戻ってきた引き際の良さも、尊敬に価する。
このようにおだてて僕は秘密裏に彼を「永久に焼き鳥を焼く係」に任命し、その目論見は見事に達成された。

飲んで食べて騒いでいると日中ゴルフで白球に翻弄された父が帰ってきた。
戦績を聞くと「お父ちゃんは過去に縛られへん」と言ってトリにかじりついた。
炭の火が小さくなってきたので「永久に焼き鳥を焼く係」に追加を命じる。
母が残ったトリと野菜を網の上に乗せて「見事に食べきった。私の買い物目分量は大したもんや」と大見得をきった。
我々も「それは大したものだ」と言って同調した。
父が「僕がお腹いっぱいになったかどうかは関係ないんですか」と赤い頬を震わせたが、誰も聞いていなかった。

晩餐が終わると、シャワーを浴びて仕事に戻った。
仕事とはいえまだまだ教えてもらうばかりのヨチヨチ歩きであるから、とにかく言われたことを飲み込んで咀嚼することで精一杯だ。
一刻も早く仕事を覚えて世話になっている社長を楽させたい。

ひと段落がついて布団に入ったのは3時になる頃だった。
田舎の山の中で深夜に電気を付けてナニガシをしていると周辺の虫が大量に集まってきて、どことも分からない隙間から忍び込んでくる。
ピロピロ飛び回る羽虫を見上げながら最近梅田の蔦屋書店で偶然見つけた「芸術の売り方」という本を開いた。
フィリップ・コトラーが推薦しているマーケティング本で楽しみにしていたのだが、ビジネス洋書特有の長い前書きを読んでいる途中で寝入ってしまった。
幸せな一日だった。

日刊犬と暮らす。

もう一部の身近な仲間たちは知っているのだけど、8月の末に引っ越しをして大阪のマンションで彼女様と一緒に暮らし始めている。
付き合い出してからぼちぼち10年になろうかというわれわれであるから、いわゆるひとつの年貢の納め時というやつだ。
年貢ならもう払いすぎるほど払っている気がするが、お上、もとい女将の搾取はまだまだこれかららしい。

彼女様と暮らし始めて最も大きく変化したのは、大河と半蔵という2頭のチワワが同居人になったことだ。
彼女様は僕が千葉にいた頃から定期的に顔を出して長い時は1週間ほどを掛けて関東の友達と遊んだりコミケ的なものに繰り出す拠点とされていたりしたから、同じ部屋にいることにそれほどフレッシュな感覚はない。
そんなことより、唐突に始まった2頭のチワワ達との『日刊犬と暮らす』が、それはそれは新鮮である。

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まず、彼らは僕の帰宅を大喜びして飛び跳ねる。
すひすひとかはふはふとかがじがじとか、色んな音を立てながら歓迎の舞を披露してくれるのだ。
おおそーかそーかそんなに嬉しいのか可愛いヤツらよのうなどと浮かれつつ広いリビングに乗り込むと、フローリングの真ん中にテロ的に投下されたウンティーヌが「あんだよ文句あんのかよ」といった顔で鎮座しているから油断ならないが、まあそういった地雷を踏みさえしなければ、彼らとの生活は実に心地よい。

彼らとの生活で最も大きな恩恵は、例えば大河を撫でている時は、他の余計なことを考えなくてもいいことだ。
僕はついうっかりしているとすぐさまにも嫌なことや不安になることを考えてウジウジしてしまうのだけど、あの白く小さな生き物を撫でていると、手のひらや指先にふれる毛の感触や肌の温もり、彼の体をめぐる命の躍動で、頭の中がいっぱいになる。
そこに隣りのソファーの脇あたりで陰干しされていた半蔵が

「我も愛でよ」

とでも言いたげにででーんと飛び出してきたりしたなら、んもう1時間でも2時間でもあっちゅうまに過ぎ去ってしまうんである。
余計なことを考えて疲れたり、明日に怯えて暮らすくらいなら、鼻水垂らして能天気に笑いながらチワワの抜け毛にまみれたり、モモンガの世話をしている方がよっぽど健全である。
ただでさえこの世で一番の脅威が同じ部屋の中にいるのだ。
それくらいの逃げ道はあっても許されるはずなのだ。

あとこれは嬉しい誤算なのだけれど、掃除のやり甲斐が違う。
人間2人とチワワが2頭(モモンガも1匹いる)がいると、もの凄い勢いで床にホコリや毛がたまる。
これを掃除機やクイックルワイパー的なものでざしゅーっとさらうのが、実に気持ちいい。
常にキラキラぴかぴかの我が家、とは中々いかないが、大量の抜け毛をシートもろともゴミ箱に放り込む瞬間は、中々の快感である。

気をつけなければならないのは、そういった細かな汚れがたまりやすいため、少しでも掃除が滞るとたちまち部屋の中がホコリっぽくなってしまうことだ。
ホコリが溜まると彼女様が喉から「グゥグゥ」と訳のわからない音を出すから、それがひとつの指標である。
彼女様は僕のことを掃除する巨大なインテリアくらいにしか思っていないから、仕事をしないとただの巨大なインテリアとして処分される恐れがある。
ここでもやはり油断ならない。

今日は掃除しない日4日目だ。
日中に風呂桶の下の黒カビ汚染地域を高圧洗浄機で浄化したから随分と気分がいいが、室内のホコリはぼちぼち許容量を超える。
明日朝起きたらクイックルワイパーでホコリをさらおう。
年貢とはこれほどコンスタントに納めるものなのだろうかといった疑問が出てきたら、大河か半蔵を捕まえて撫でればいい。
解決できない悩みは、抱かないに限る。