子供の頃に魅了されて、今も魅了され続けているゲームソフト。大貝獣物語

少し前から大貝獸物語というRPGのゲームをプレイしている。これは僕が中学生の頃、初めてハマったスーパーファミコンのゲームソフトだ。ドラクエもFFもその硬派な印象と異常に高かったSFCソフトの値段に気圧されて手が出せなかった当時の僕は、それでも何となくRPGをプレイしてみたくて、中古ゲームのお店で確か2000円くらいだったこのゲームを買ったのである。

それからというもの、僕はすっかりこのゲームに夢中になった。大貝獣物語2があると聞いては探し漁り、そいつもかなりやりこんだ。ドラクエもFFもいくつかプレイしたが、何周もプレイしたり、隠し要素を探してクリアしていくほどにハマったのは、後にも先にもこのシリーズだけである。

このシリーズの良いところはふたつある。

ひとつは、ストーリーが面白いということだ。ファンタジーな世界が舞台の、ドラクエかFFかと言われるとドラクエ寄りな世界観の中を冒険するのだが、ユーモアな部分とダークな部分の明暗差が非常に激しく、メリハリがある。

その振り幅はちょっと行き過ぎているくらいで、ネットで見つけた「鬱ゲー一覧」というページには、

 

大貝獸物語:ぼくらのトラウマダンジョン「バイオベース」は今も語り草。

 

という評価が書き込まれているほどだ。

もちろん、僕もこの「バイオベース」は、やはり苦手なんである。ネコも子供も取り込まれて・・・もう助からなくて・・・うう・・・

 

もうひとつの良いところは、ゲームレベルが比較的イージーであるということである。

壮大で重厚で大きな振り幅を持つストーリーをザックザックと楽しんでいけるスピード感は痛快であり、やり慣れた今では本のページをめくる行為に近い。次のストーリーに辿り着くまでのストレスが殆ど無いから、純粋にゲームを楽しめるのである。

特に、無印の大貝獸物語の方に”ガロウ”というキャラがいるのだけど、彼がひとり居るだけでこのゲームは「戦闘の苦労」という概念を見事に喪失する。このザクザク感は2になっていくらか減少していて、個人的にはそこがちょっと残念なんである。

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ところで、大貝獸物語2の方はゲームのシステム部分に色々なチャレンジがあったのだけど、そのチャレンジが裏目に出た惜しい作品なんである。

このソフトはカセットの中にボタン電池が埋め込まれていて、ゲーム内にリアルと同じ時間概念を取り込むシステムが導入されている。その内蔵時計がゲーム内では日時計の形で表現されていて、隠し要素やちょっと本気のアイテムを手に入れるためには必ず実際の生活時間を合わせなければならなくなっているのだ。

加えて、ボタン電池であるから、もちろん電池が切れるとそのソフトの中の時計システムが動かなくなる。ゲームのプレイ自体に支障は無いのだけど、日時計が動かなくなるので欲しいアイテムやキャラクターが手に入らないという現象が起こる。

当時高校生になっていた僕は、この時計システムの停止をゲームのバグか何かだと思い、中古ソフト屋を回って2本3本と同じソフトを買い漁った。けれど、どのカセットを起動しても時計システムは死んでいる。思い切ってソフトを分解してみたところ、基盤にハンダで固定されたボタン電池を発見し、この事実に至った次第である。

 

「電池切れてるんなら、交換したら動くんじゃね?」

 

という至極シンプルな発想でもって、僕はハサミでこのハンダ付けを強引に切り取り、新しいボタン電池をセロハンテープで固定した。そしたら、今でも笑ってしまうのだけど、時計システムが復活したんである。ちょっとしたものは調子が悪くなったらとにかく分解すればなんとかなる、という僕の分解癖は、この経験により確立されたのだと思う。

こういった煩雑さも、後から見返せば良い思い出である。

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なお、現在も我が家にある大貝獸物語2のボタン電池は既に交換済みである。無印をクリアー次第2のプレイに移行する予定だ。毎日プレイできるような余裕も無く、プレイできても30分程度なのだけど、それでも忙しい毎日の心のオアシスである。

先ほども出たけれど、それは読み慣れた本を繰り返し読む行為に似て、たかがゲームとはいえ、僕にとってはとても大切なことなのだ。

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手前のラベルの剥がれてるカセットが、電池を交換したやつ。

 

ところでこの貝獣シリーズ、実はFC時代の「貝獣物語」というタイトルが初作なんである。秋葉原で見かけた時にソフトは手に入れたのだが、残念ながら写真のFC COMBOというハードに差し込んでも起動しなかった。

どなたか、どんなゲームであったのかを教えて頂けると幸いだ。

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ククク・・・危ない香りがプンプン匂ってきやがるぜ・・・

鋭い嘘。

先日から「鋭い嘘」という言葉が脳内に何度も浮かんでは消えている。言葉のタッチから歌詞になる曲なのかと思い考えを巡らせてみるものの、そういった展開を見せる雰囲気は無い。そもそも、「鋭い嘘」とは一体どのような嘘なんであろうか。

「勘が鋭い」という言葉がある。所作や言動や表情といった微細な変化を捉え、繋ぎ、仮説を立てる能力に長けた人を指す言葉である。指摘を受けた者はそういった行動を意識していないから、まるで演じた日常を裂いて自分の確信を貫かれたように感じるから、「鋭い」という言葉を当てたのだろう。

即ち、この「勘が鋭い」という言葉においては、「鋭い」とは受け手側の実感から選ばれた言葉であることが分かる。

 

とすると、「鋭い嘘」がどういったものであるのかがなんとなく見えてくる。「勘が鋭い」と同じように、「鋭い」を受け手側の実感から当てるように考えを巡らせていくのである。そうすると

 

『鋭い嘘とは、正しい情報への進行をその一言で切り落としてしまうような嘘ではないか』

 

という仮定が生まれる。それっぽくて、なんかかっちょいいではないか。

では、どういった場合にこの「鋭い嘘」は使われるべきなんであろう。思い巡らせた結果、夜の波止場が見えた。

 

僕「悪いが、ここでお別れだ。」

超絶美女「え・・・そんな・・・あたし、あなたと一緒に・・・!」

僕「駄目だね。女なんか連れてちゃ身が重くてかなわねぇ。」

超絶美女「私、きっとあなたの役に立つから!」

僕「・・・俺には帰る家はねぇが、帰る女が居るんだ。」

超絶美女「!」

僕「色の白い、いい女なんだぜ。」

超絶美女「だってあなた・・・私のこと・・・愛してるって・・・」

僕「そういうことを言った方が、具合がよさそうだったんでな。」

超絶美女「うぅ・・・ッ」

僕「・・・あばよ。」

超絶美女「・・・嘘つき・・・」

僕「すまねぇな。」(ココで立ち去る)

超絶美女「・・・本気だったくせに。」

 

これだ。

そう、「鋭い嘘」とは、ハードボイルドな嘘のことなんである。しかも美女の勘も鋭いんである。こんな俺と居ちゃあ不幸になっちまうって思ってたんじゃねぇか、的なことを後でわざわざ誰かが解説してくれるアレなんである。うむむむむッ。是非つきたいぞ鋭い嘘ッ。

ここまで考えて「鋭い嘘」がつきたくてしょうがなくなった僕は、iPhoneを取り出し、彼女様に電話を掛けてみた。

 

彼女様「何」

僕「あ、えっと、あの、ちょっとあの」

彼女様「今忙しいから。ブツッ」

 

僕はものの数秒でそれは見事な惨殺体と相成った。彼女様は、ただただ鋭い。

 

 

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試しに「鋭い嘘」でGoogle検索を掛けてみたところ、この画像がヒットした。表情や背景が、実に意味深である。

 

 

 

悶え苦しむ広報担当が生み出した音楽企画の新たなるPR方法。

僕は東京の世田谷区用賀で月に一回開催されているアコースティックイベント「東京ゆがぜん!」という企画の広報担当であって、実は今も絶賛担当継続中である。

僕はこの「ゆがぜん」というイベントでFacebookページを立ち上げ、メインスタッフである柴田ヒロキと家口リョウというミュージシャン達の写真にアフレコを付け、タレントに仕立て上げるという運用を一年間続けてきた。

ところが昨年年末僕が関西へと移住をしたために、ネタになる写真が撮れないという自体に陥ったのである。

ネタは増えずとも日々は過ぎる。僕は以前からの運用に見切りを付け、新しい運用方法の発案を余儀なくされた。

その結果捻り出されたのが、今回スタートを切ることになったSkypeのグループチャットを利用したトーク番組「チャットメン!」である。

 

チャットメン

 

「チャットメン!」は、柴田ヒロキ、家口リョウ、山本優作の三人の紳士達がメインパーソナリティーをリレーし、それぞれた持ち寄ったお題でもって10~20分ほどのトークをする音声番組である。

Skypeというツールを仕様する関係上、カフェで収録をしている柴田氏のバックグラウンドでカプチーノが出来上がる音がやたらと大きく録音されたり、実家のパソコンで収録をしている僕の家族関係が垣間見えたり、突然の回線落ちで誰かが居なくなったり、ということが起こる。

収録している僕が言うのも何であるが、それもまたひとつの楽しみであったりするのである。

この記事を書いている段階で既に9テイクを収録しているのだが、既に1テイク目と9テイク目ではテイストが大きく異なる。

この先どのように育っていくのかが楽しみなコンテンツだ。

それでは、まずは「チャットメン!」の第一回。《企画のための企画》というトークを、聞き流して頂きたい。出来るだけ、夜の

 

「これから寝るんですアタシ」

 

というタイミングで再生することをお勧めする。

では。

 

前向きなイケメンの行動と反省。

世の中には色々な意見があって、色々な人達が色々な正解を持って生きている。特にその中でも上手くいっている人達は自分の意見に自信を持っているから、非常に強く素晴らしく見える。だから時としてそうでない人達は彼らの意見に迎合したり、自分の意見を「たいしたことのないもの」として自分の中に埋めてしまう。

果たしてそれで良いのだろうか。

例えば僕は、大勢の仲間達や先輩方の居る都会を離れて田舎に身を戻している。精神的な拠り所が無い訳ではないが、誰かの意見や強い言葉に自分の小宇宙の高まりを立て掛けておけるような交流は、ほぼ皆無である。

この時、僕の中に自分の意見や感覚を育てる意識が無かったり、それを疑うことしか知らなかったなら、そこには創造的なあらゆること事柄は存在できない。何よりもまず優先すべきなのは、美意識を高めることである。

音楽も文章も演技もビジネスも教育も、あらゆるものはこの美意識を基準に成立する。高い次元の美意識無くして高い次元の情報収集は有り得ず、それ故に高い次元の表現は有り得ない。

誰が何と言おうと自分の行動を支えるのは自分自身の美意識である。常に「美しいもの」に大して心を開いておかなければ、僕達はすぐに自分を信じられなくなってしまう。そしてその「美しいもの」と触れ合う感動の心が、あらゆる創造的な活動や判断の根底となるのである。

現在日本人には長くとも八十年そこらの人生しか用意されていない。それも、”長くとも”である。いつ何時生と死の境界線が交わるとも知れず、また病や事故などでこの自由を喪失しないとは言い切れない。来世なら上手くいく保証など無いし、そもそも同一人格でプレイできる来世など存在しない。僕達はもっと、急ぐべきなのである。

 

 

 

 

 

たけのこの里とモチモチロールを食べながら三時間ほどニコニコ動画を堪能した後で思ったのは、概ねそんなことであった。

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この動画は美しかった(迫真)

あの懐かしき中華そばを求めて。

先日、子供の頃に食べた中華そばの味が忘れられないのだと言う母を煽って、その中華そば屋を探そうと言い出した。もう50年ほど昔の話なのでその店が残っているかどうかは正直疑わしいのだけれど、それでも放っておくと休日は一日中テレビの前に転がっている母を連れ出すには十分な理由である。

 

「箕島駅のすぐ近くにあるんちゃうかって聞いてん」

 

ということでその話を聞いた翌日、午前中に家の掃除をドタバタとやっつけた我々は、その時点で既に這々の体ではあったのだけど、愛車ジムニーたんのエンジンを回し、箕島駅をめがけて42号線を駆け抜けた。

 

僕「そのお店の情報ってどこで仕入れたの?」

母「閉経B48のメンバーが教えてくれてん」

 

込み上げてくる涙を堪えて僕は頷いた。母が楽しんでいるのなら、それでいいのだ。

 

僕「コンサートとかしないの?」

母「今のところないな。」

僕「メンバーの特技とかあるの?」

母「お母ちゃんは点滴打つん上手やし、友達は夜中に病院の中ウロウロしてる年寄り捕獲すんのが上手いで。」

僕「…一応確認なんだけど、48って数字はメンバーの人数じゃないよね。」

母「年齢ですね。」

 

看護師歴30年になろうかという母のケタケタという笑い声が充満した車内で減少の一途を辿る酸素に背筋を凍らせているうちに、愛車ジムニーたんは箕島駅に到着した。

箕島は、みのしま、と読む。その昔は箕島高校という学校が高校野球で有名であって、智弁和歌山に取って代わられた今も甲子園の解説席には「元箕島高校監督」という方がよく座っている。僕の感覚では、気性の荒い乱暴な土地柄学校柄という印象ではあるのだけれど。

そんな箕島駅近くのデパートにジムニーたんを停め、母と二人で歩き回った。が、しかし、話に聞いた場所近辺をウロウロとしてしみても、のれんを出しているお店は見当たらない。仕方なく近くにいたタクシー会社の駐車場でタバコを吸っていたおっちゃん二人に、この辺に中華そばの店が無いか聞いてみた。

 

おっちゃんA「中華そば屋らあったか?」

おっちゃんB「知らなぁ」

おっちゃんA「あ、お前あれよらよ。千歳のことやわ。」

おっちゃんB「おぉーな。ほいでもあそこ閉まっちゃぁららよ。」

おっちゃんA「そぉよぉ。」

 

ということで、母が人生のペーソス溢れるユニットのメンバーから聞いたお店は、残念ながら最近閉店したのだということだった。溜め息をこぼす僕に、おっちゃんBは優しい顔でこう告げた。

 

おっちゃんB「旨いラーメン屋やったらつけ麺の店あるわ。ちょっとそこのタクシー会社で場所聞いてきたらええわ。」

 

あんたら一体何なんだ。
喉元まで出かかったツッコミをんぐぐと飲み込んで、僕はタクシードライバーでなかったおっちゃんAとBに礼を言ってその場を離れた。

事の顛末を伝えると母はやはりとても残念な顔をしたのだが、2〜3歩ほど歩いたところで振り向きざまに

 

母「パスタ食べへんか」

 

と大きな声を出した。つけ麺どこいった。

 

母の言う「箕島を一望出来る山の上のイタリアンレストラン」に向かう道中、僕は母がその昔食べた屋台の中華そばがいかに美味しかったか、という話を聞いていた。

母の父、つまり僕から見た母方の祖父は、山で採れた山菜や野菜といった売り物の色々を配達する際に、よく箕島を流れる有田川という川の堤防を走った。

夜の8時に家を出る祖父の車に私も行くと言って、当時10前後だった母は、ふたつ年下の妹と助手席に乗り込んだのだそうだ。

いかんせん子供であるから、走り出した車の中で直ぐに眠り始める。そのまま自宅に帰ってきたところで起こされると、「まだ行ってない」と言って暴れたらしい。ちょっとしたテロリストである。

そんな配達の帰り際、箕島の堤防に中華そばの屋台がひとつ赤いちょうちんをぶら下げていて、麺物が好きだっ祖父はよく車を停めたのだ。

母と母の妹さんは助手席の正面にあるダッシュボードを手前に開いて、それをテーブル代わりにに小さなお椀に分け分けしたそばを啜ったのだという。

 

繰り返し同じ話を聞くうちに、僕たちはイタリアンレストランのランチプレートを食べ終わり、家に向かって国道42号線を流れていた。寂しい、ショックだとボヤく母に、無くなった千歳という中華そば屋が思い出の屋台の店であるとは限らないと、気持ちばかりの言葉を投げる。満腹も相まって気だるいムードの車内で、我々は適当な会話を続けることしかできなかった。

その日の夜。夕食を食べおわった父に、日中の母とのデートの話をした。中華そばの店が無くなっていたこと。パスタが美味しかったこと。レストランの近くにある風車が羽を止めて仕事をサボっていたこと、などなど。

すると父が焼酎を飲みながら

 

「箕島の川沿いに間口の狭い中華屋があるんやけど、行ったか?」

 

と言った。次の母の休日の予定が、どうやら埋まったらしかった。

 

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残念ながら閉まっていた元中華そば屋。

 

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本当に山のてっぺんにあったイタリアンレストラン。テーブルが6つあるだけの小さなお店。

 

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箕島のデパートで駐車場代代わりに買ってきた僕の買い出し用の母との共有財布。さっそくトマトソースが付いていて、くまもんの食いしん坊ぶりが垣間見える。

迫り来る豚イチゴ汁の恐怖。

僕の父は時折何かの発作のように料理をする。実際、何かの発作なのだろう。以前母から

 

「あんたは広くて浅いから」

 

と言われた際、

 

「それが僕のポリシーですから」

 

と胸を張って答えているのを聞いたことがある。実に潔い男である。

 

昨夜のこと。その父がイチゴジャムを作るのだと張り切って腕まくりをしていた。どこから取り寄せたのかイチゴ4パックの入った段ボールをひっぺがし、コツコツとヘタを取っていたのが夕食の直後である。

僕が一仕事を終わらせて戻ると、父はナベでイチゴを煮立たせているところであった。

 

父「おう、食うてみよ」

 

と言って、グツグツのシチューのようなイチゴを突き出してくる父。

 

父「熱いから気ぃつけぇよ」

ブラザーぷぅちゃん「僕の時そんなんゆーてくれへんかった」

父「歴史は犠牲の上に刻まれるんや」

 

ちょっとした騒ぎがあったらしい。

形の崩れたイチゴを冷ましてから頬張ってみると、ゼリーのような食感の奥にイチゴ本来の心地よい香りや酸味が感じてとれ、種のプチプチとした歯ごたえが口当たりにアクセントを効かせている。

 

僕「おお、おいしい」

父「せやろ」

僕「おいしいなあぷぅちゃん」

ブラザーぷぅちゃん「味を感じる前に味覚細胞が死にました」

僕「すいませんでした」

 

僕に出来るのは、ぷぅちゃんに代わってこのイチゴジャムを楽しみ尽くすことであるように思われた。

父はこのままもう少し煮込むのだといって、コップに注いだ焼酎を嬉しそうにすすり始めた。その場にいた誰しもが、イチゴジャムの鍋を期待の眼差して見つめていた。すぐ隣の、母が豚汁を作っていた鍋から飛び出した油揚げがイチゴジャムの海に身を沈めたのは、ちょうど、その時であったのだ。

 

母「あ」

父「あ、とちゃうわぁぁぁぁああ」

 

父は間もなく50代も折り返そうかという年齢をものともしない機敏な動きでもって油揚げをオタマですくい上げると、手首を返してそれを豚汁の鍋に投げ返した。

 

父「何を一味加えてくれとるんじゃあ」

母「イヒヒヒヒヒィィッwwwwwwブフォオッwwwwwwww」

 

おおよそ会話として成立しないやりとりが繰り広げられる中、僕は黙って風呂に逃げ込んだ。

 

風呂から上がってくると現場のほとぼりはおおよそ覚めていて、その時間になるといつもベロベロに酔っ払っている母が

 

母「優ちゃん、この豚汁明日のお昼ゴハンね」

 

と言って手をヒラヒラさせていた。僕はありがとうと言って、もう一仕事を片付けて布団に入った。

 

そして今、である。僕はこの記事を書きながら、父が豚汁の鍋に油揚げを投げ返した際、一緒にそこそこの量のジャムを同梱していたことを思い出して、戦々恐々としている。

間もなくランチタイムだ。まずは、ブラザーぷぅちゃんに毒味をさせよう。彼が「何ともない」と言えば、きっと食べても大丈夫だろう。完璧な作戦である。

 

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イチゴジャムと豚汁のエキゾチックなコラボレーション。