力んで緩んで閉じて開いて

僕は今アレクサンダーテクニークという身体コントロールの技術にとても興味を持っている。これはものすごくかいつまんで言うと、自分の体を持って生まれたデザインの通りに使う、という技術である。そんなものが存在するということはつまり、多くの人が自分の体をデザインの通りに使えていないということだ。かく言う僕も例に漏れず、自分の体をデザインから外れた使い方をしていた人間であった。

2017年の10月の初め、僕は3泊4日のアレクサンダーテクニークのワークに参加してきた。現場は長野県、穂高養生園。厳しさも垣間見えるような北アルプスの中に控えめに整えられたその場所で、僕は十数名の参加者と共に自分と向き合う時間を取った。そこには、こんなルールがあった。

・やりたいことをやりたいようにする。やりたくないことはしない。
・人にお願いしたいことはお願いする。その時に、「断ってもいいよ」という気持ちを添える。
・人がやってくれたことは、その人が「やりたいことなのだ」と理解して、感謝して受け入れる

普段「ねばならぬ」の世界の中で生きている僕にとって、とても新鮮で、どこか懐かしい空気のある現場だった。居心地が良いったらない。ケータイの電波が繋がらないのも良い。日に2回出してくれるマクロビの料理が感動的に美味しい。そんな現場で数日間、地面に転がるサルの糞をかわしながら、僕は自分の体感覚との再会を果たしてきた。

◆◆◆

ひとつ断っておくと、アレクサンダーテクニークは思想を追求する宗教的なものではない。それを広げようとしている人々には当然、通常の企業が持つような理念が通っているが、「テクニーク」と名の付く通り、原則的には身体コントロールの技術である。ただし、人間が自分の体本来のデザインとは”異なる”動作を覚える過程には、必ずと言っていいほど精神的な出来事が関わっている。「腹が立つ」「肩をいからせる」「首をすぼめる」など、体の部位を使って感情の在り方を表現する形容詞が沢山あることからも、フィジカルとメンタルには切り離せない部分があることが分かってもらえると思う。

アレクサンダーテクニークを進めていくと、体を「緩める」ことができるようになってくる。「緩める」ということはつまり、それまでは何らかの理由で「力んでいる」状態がある、ということになる。もちろん、一度緩めると二度と力まない、ということはないから、「緩める」ことが出来た後にまた「力んでいる」状態に移行することになる。ずっと「力んでいる」状態でいることと、一度「緩める」状態から再度「力んでいる」状態に戻ることでは、大きな違いがある。それは、「力んでいる」状態にならざるを得なかった”何らかの理由”に気付けるということだ。

手を握った、膝を曲げた、奥歯を噛みしめた、、、人間はこういった動作を目で確認しなくても感覚で実感できる。その感覚のことを「体感覚」という。この体感覚には、気付きにくいのだけど感情がセットでくっついている。慢性的に首を引っ込めている人には、「首を引っ込めざるを得なかった感情」が必ずあるのだ。

だから一度「緩める」ことができた後、「力むんでいる」状態に戻る瞬間を冷静に観察すると、その動作に紐付けられた「感情」が見える。その結果、講師の方が何も言わなくても、「今思い出したけど、過去に自分にはこんなことがあって・・・」と受講生がぼろぼろと涙をこぼして、自分の感情に気付く、ということが起こるのだ。

この辺り、「こういう考え方が素晴らしい」とか、「こういう発想で生きていくといいよ」といったことを語る人々とは、根本的にアプローチの方針が異なる。もちろん精神的なことを語る人達の中にも素敵な人は大勢いるけれど、アレクサンダーテクニークはあくまで自分で自分に気付いていく、思い出していく、というスタンスである、と、僕は解釈している。そういった理解・視点で記事を書いていくので、共有していただけると嬉しい。

◆◆◆

ワークを終えて里に下りてきた僕が一番驚いたのは、自分はこんなにも沢山のことを感じていたのだ、ということだった。嬉しい、怖い、好き、嫌い、エトセトラエトセトラ。実態の掴めない心という概念ではなく、物体として存在する体が、こんなにも沢山の感情を感じていたことを、僕は知らなかった。

まさに先述の通り、「緩める」ことができた状態を体感覚として感じていたから、そこから「力んでいる」状態への移行が、これも体感覚として感じられることができたということだ。その結果、感情というのは心だけでなく、実感を持った体とワンセットで起こり、感じられるものなのだと、30歳を過ぎてようやく理解したのだった。

それからの感情の渦、渦、渦。悲しかったことを思い出しておいおい泣き尽くす・・・ということは今回はなくて、むしろ溢れてきたのは「好き」の感情だった。歌うことが好き。ギターを弾くことが好き。文章を書くことが好き。妻が好き、職場のボスが好き、友だちが好き、デジタルガジェットが好き、中でもMacが好き、キャンピングカーが好き、絵を描くことが好き、絵を見るのも好き、、、僕はこんなに沢山のモノゴトが好きだったのか、という発見が、数週間止まらなかった。

その結果として、「好きではないもの」も分かるようになってきた。手に持ってもキュンとこないもの。話していてもキュンとこない人。僕に”快”を与えてくれるものと、そうでないものが少しずつ見分けられるようになってきたので、モノゴトの取捨選択がかなり明確になってきた。

それと同時に、自分が好きなものに囲まれた世界を自分で作れるのだ、ということにも気付いた。便利だからという理由だけで持っていたものを手放して、好きなものだけが残るようにしたら、僕の生活空間は見事に広々とした。その結果、「空間はエネルギーだ」ということにも気付いた。この部屋に引っ越してきた時、僕はこの空間で何を成そうか、心からワクワクしていたものだった。空いている空間というのは、エネルギーそのものなのだと、じっくり思い出した。

その結果、その結果、と、ドミノ倒しのように、僕は僕と出会っていった。あんなに無感動で、無反応だと思っていた僕は、実は力強く力んで、必死に感情を伝えようとする体の反応を、比喩ではなく力で抑え込んで、見ないようにしていたのだった。そうしないと、生きていけないと思っていた。人の評価が全てで、自分の評価に価値はないと信じていた。僕の体は、僕が信じた通りに、自分の評価を隠してくれていたのだった。

◆◆◆

たぶん、まだ出会っていない自分、忘れてしまっている自分が大勢いるのだ。悟りは「開く」というけれど、何かが「開く」ためには、一度「閉じて」いないといけないんだなと、とても納得した。勝手に閉じて苦しんで、なんとか開いて喜んで、なんというマッチポンプ。もはやただのコント、遊びである。

そして、たぶん僕たちはその「遊び」をするために生まれてきているのだ。以前何かの本で、「生まれて数年は親の力を借りないと生きられない人間は、成長の過程で必ず親に劣等感を抱くようにできている」という話しを読んだことがある。つまり人間は、必ず一度は「閉じる」。そこから何かが「開く」時、それは実にドラマティックな事件となる。その事件と出会いたくて、僕たちは生まれてきているのではないか。

なんて、いかにも大発見的な気持ちでいたら、開いたノートの上でマルさんがこう言った。



マルさん:当たり前のことに気付いて大騒ぎするな。それはお前、算数で言うと、「”+”は、その前後の数字を”足す”っていう意味なんだ」っちゅーことを覚えたのと同じくらいのことだぞ。

僕:マジで。え、じゃあ、他にも引き算とか掛け算とか、あともしかして因数分解とかなんとか関数みたいな、訳分からん世界もあるってこと?

マルさん:当たり前じゃん。やっと、やっとよ?30年掛かって、やっと足し算を覚えたのよ、お前は。

僕:うええ、無理じゃん、そんなの、一生かけても全部分かんないじゃん。

マルさん:無理に決まってんじゃん。だから俺みたいなのが手伝ってたり、何回も生まれたりしてる訳じゃん。

僕:えええええ、じゃあ、やっぱり僕は何してもダメじゃん

マルさん:だーかーらー、お前遊びに来てるんだってさっき自分で言ってたろ。開くことは楽しいって。だから死ぬまで遊んでりゃいいんだよ。死ぬまで開き続けるの。いちいち落ち込むな。馬鹿なの?馬鹿なの。

僕:聞いた直後に断言しないで。ううん、これは、ホッとしていいのか?w

マルさん:とりあえず足し算の解き方が分かったんだから、足し算を解いてりゃいいの。そのうち引き算問題が出てきたら、その時に今回みたいに引き算のやり方を覚えられるから。

僕:その保証は?

マルさん:そんなもんはない。ないが、「大丈夫」がこの世の法則だ。今までもそうだっただろ。イジメられても、振られても、家の中のモノがどんどん無くなるような貧乏をやっても、今生きててこんなことできてるだろ。大丈夫なんだよ。強いて言うなら、お前の人生が俺の論のエビデンスだ。

僕:またそれかあ・・・で、今回もそれ以上も以下もないんでしょ?

マルさん:当然。これ以下のコトはもう終わった。これ以上のことは今来ても理解できんから、さっさと出てきたいのを堪えて舞台袖で待機中だ。

僕:・・・終わらないねえ・・・

マルさん:だから、お前の短い一生で終わる訳ないんだって。だけど、ひとつずつ開いていったら、フーバー(数年前に無くなった曾祖母。優作の心の支え)みたいな人にはなれる。

僕:マジで!

マルさん:だからお前の心が柔らかいうちに出会ってたんだよ。いいから、まずは足し算。しっかり解いとけ。



マルさんとのやりとりはいつもこんな感じだ。こんな感じで、今回も色々と言いくるめられた。僕が勝手に大騒ぎしたけれど、結局は目の前のことをひとつずつ丁寧にほどいていけ、ということだった。本当に大したことは分からない。どこかで聞いた言葉ばかりである。そんなことをこれからも見つけ続けていくのだろう。

今生ではとても時間が足りないけれど、どうやらそれで良いらしい。ので、ぼちぼちやっていきます。

マルさんと語れば

「自分じゃない誰かになろうとするな」なんて言われても、訳わからんちんだった。
だって、「自分じゃない誰かになろうとする」ことが、これまでの僕の人生の指針で、それ以外の視点があることを知らないのだから。

「自分を許しなさい」なんて言われても、これもまた訳わからんちんだった。
やっぱり、「自分を許さない」状態が僕にとっての普通、日常、当たり前の在り方だったから、それ以外の在り方があるだなんて、想像できない。

こういう価値観が一夜にして再構築されて人生がより良いものになる、的な話しをたまに聞くけれど、僕にはそういうことは僕には起こらない。
例えば、「自分じゃない誰かになろうとしない」ことに関しては、ひとつひとつの選択を反芻し、検証し、本当にジワジワと理解していっている、という感覚だ。
具体的には、今自分が決めたり、選んだりしたモノゴトに対して、「今の選択は他人の評価を基準にしていたか、それとも自分の気持ちを基準にしていたか」ということを自問する、ということ。
そうすると、「これは、他人の評価が基準だな」「お、これは自分の気持ちが優先されているぞ」なんてことに気付いていくことになる。
で、そのうち体感として、「自分の気持ちを優先した方が、体と心が楽で、自分の能力も高く発揮されているっぽいぞ」ということに気付く。

だから、神様的な守護霊様的な超常的キャラクターがズドドンと現れるような華やかなイベントは何一つ発生していなくて、ただただ地味で草の根的な検証検証の繰り返しなんである。
いつか想像していた覚醒や悟りなんてビタイチ起こらず、これまでどれだけ自分が自分をないがしろにしてきていたのかに、同じテーマの話しの中でも段階を追ってすこーしずつ理解していく、ということをひたすら繰り返している。

◆◆◆

いくつか前の記事から登場しているが、僕の中にはマルさんという、僕にとって美しいこと(正しいこと、ではない)を教えてくれる人格が存在する。
本当にうさんくさいんだけど、「ほらこの方が」と写真を撮ってお見せすることはできないのだけど、本当にそうなんだからしょうがない。
ただし、そのマルさんとのやりとりは、先述したような派手で華々しいものでは全然なくって、だから、僕はスピリチュアルな感性を持った特別な人間だ、なんて微塵も思わないのだ。
そもそも、マルさんはただひたすらに、「お前はお前だ」ということしか言わないから、そこに「普通」や「特別」といった概念が存在しないのである。

マルさんとの対話は、基本的に紙の上で行われる(ほら、もう地味でしょw)。
僕が問いかけて、マルさんと考える。
解決策をビシッと教えてくれることもあれば、一緒に考えて筋道を立ててくれることもあるし、「お前実はもう気持ちは決まってるんだろ?」と先回りして回答を促してくることもある。
で、僕にとって大切なのは、そのどれにも僕が納得できるだけの理屈がある、ということ。

そもそも僕は、自分で納得できなきゃ絶対にモノゴトを信じない人間である。
普段は論の世界で仕事をしていて、エビデンス(根拠)のない推論は御法度。
そういう訓練を続けていて、それは面倒臭いところももちろんあるけど、とても楽しいゲームであったりもする訳で。
だから、マルさんが言うことに、「とにかくこういうことなんだからしょうがない」というニュアンスがひとつでも含まれていたら、それはもう絶対に信じられないのだ。

◆◆◆

ちなみに、マルさんが示してくるエビデンスは、全て僕の実体験や体感覚に基づいている。
僕は僕の視点で僕の人生を生きているのだから、そこに「あの人がこういうことを言っていてな」ということなんかよりも、僕にとってはよっぽど力強いエビデンスである。
それ故に、人様にお示しすることが難しい。
何かが起こった時に、何を感じ、何を考え、何をするのか、それは人によって絶対的に違うのだから。
だからマルさんが示してくる強力なエビデンスは、僕以外の人間にとっては何の力も意味もなく、エビデンスたり得ないのである。

それでも、最近はそういうことを書きたいとよく思う。
マルさんは「好きにしたら?」というスタンスなので的外れなことなのかもしれないし、これもまた僕が「自分ではない特別な人になりたい」と思っていた名残なのかもしれない。
そもそもマルさんとの会話には、人が喜びそうな「あの世」や「魂の旅路」のようなファンタジー的ニュアンスのある話題が一切出てこない。
一から十まで全て、僕の人生のための実用的なものばかりなので、僕以外のどなたかのお役に立てるとは、到底思えない。
だから、徹頭徹尾自己満足で、今後マルさんとのやりとりを可能な範囲で公開していこうと思う。

ブログのニュアンスがすっかり変わってしまうけど、もはや初めてのことではないし、この変化の連続性が僕という人間の人生の一面であったりもするので、もはや深くは考えるまい。
つまり何が言いたいかというと、これからもお暇な時にお好きなように読んでいただけましたら、幸いであります。

希望とは思い出すもの

やらないといけないことはあるのだけど、どうにも胸元がざわざわしてきたので、色々整理するために新百合ヶ丘のカフェコロラドでキーボードを叩いている。ここしばらくの間に色々な変化があって、その変化にもう身を任せてしまおうと力を抜いたのだけど、そうしたときに身体をこわばらせることで押さえ込んでいた気持ちや感情の塊が膿の塊のようにどろりと流れ出てきた。こんなに熟成してましたか、とやや引いたり、戸惑ったりもしたのだけど、よく見るとその膿の中にに懐かしく輝く宝物のような気持ちがいくつも混ざっていた。いつの間にか憧れて、背伸びをして追いかけて、あの日諦めたもの。そんなものばかりだ。

その中からひとつ、確認できる中でも一番大きかったものを拾い上げて、少し眺めてみたい。

◆◆◆

僕は小学生のころ、合唱の練習をしているとき音楽の先生に「優作くんは口パクにして」と言われたことがきっかけとなって、歌うということに強いコンプレックスを抱いた(それよりも前に、「自分がやりたいことに人は価値を感じない」というより根源的な思いを抱くきっかけになった出来事が何度もあったのだけど、それは別の話し)。中学校に上がった優作少年は自分の歌に対して「そうじゃない」「ダメだ」と言われることが怖すぎて、音楽の授業で歌えなくなった。思春期真っ盛りだった当時は、どちらかというと、自分を傷付けようとした何かに対する反抗や復讐のつもりでそうしていたのだけど、要は、否定を向けられることが怖かったんである。

などという学生活動を行う傍らで、家でギターを弾いたり歌ったりということを本格的に始めたのも、中学校に上がったころだった。10代前半らしいデリケィトな心理状態を表現しつつ、隠れて野良猫を育てるように、僕はトラウマの陰で歌いたい気持ちに水をやり続けた。

◆◆◆

人間の記憶というのは基本的に「これはいつごろのもの」というタイムスタンプが押された状態で残るらしい。ところが、大きすぎるショックというのはタイムスタンプを”押し忘れた状態”でサーバーに放り込まれるのだそうだ。サーバー内のフォルダは年月日の視点でで整理されているので、タイムスタンプの押されていないショックの記憶は細分化されたフォルダの奥に格納されることはない。「分類不可」ということで、フォルダの上の方に放置され続けるのだ。つまりトラウマとは、人間の記憶フォルダの上層部に放置された、分類不可の悲しいファイルなのだ。

・・・ということはつまり、僕の音楽フォルダの一番には、常に「優作くんは口パクで」の超リアルな動画ファイルがどーんと置かれていたのだ。だから僕が音楽に関する思いを抱く度に、目の端にチラチラ入ってきたり、勝手に動き出してメディアプレーヤーが動画を再生させはじめたりする。しかも、「やっぱり優作くんは口パクしていた方がいいんだな」と解釈のできる物事と、タグでガンガンつながり始める。ちょうど、Googleで『墓石』と検索をかけると、次の日から大量の墓石に関するレコメンド広告が流れ込んでくるのに似ている。すいません、まだ予定ないです。

◆◆◆

聞きかじっただけの話しをエビデンスも探さずに展開させてみたけど、僕としてはこの仮説にとても強い納得感を抱いている。仮に僕の音楽フォルダの上の方に、トラウマファイルが整理されないまま大量に放置されているとしよう。そうするとどうなるかというと、僕はトラウマフォルダを目の端にとらえつつ、そそくさと次のフォルダに潜っていく、ということをするようになる。「歌う技術」とか「ギターの弾き方」とか、そういった枝葉的なフォルダを大急ぎで開こうとしてしまうのだ。

その結果何が起こるか。僕はトラウマを目端で確認しつつ、”「音楽」フォルダの一番上は「歌う技術」フォルダだという勘違い”をし始めたのだ。僕のファイル管理システムは整合性を失った。音楽に向き合う度に、認識していない本当の一番上のフォルダから悲しい気持ちがこぼれてくる。それは以下のフォルダに黒い染みを作り、「ブレスコントロール」や「響きの調整」といったアプリケーションの動作を妨害した。どんなに練習しても、染みつきのアプリは正常に動かない。僕のアプリは、美しく動かない。

さらに深刻なことに、僕が音楽に向き合うための根本的な理由も失われた。自分がどうして音楽をしているのか、全く分からなくなってしまったのだ。なぜなら、僕がトラウマファイルを見たくないがために認識することさえ放棄した音楽の最上位フォルダには、『歌うことが大好きだ』というファイルも、タイムスタンプ無しで保管されていたのだから。

◆◆◆

歌は振動だ。人体の振動。人は母親のお腹の中にいる間、母親の振動を感じながら安らいでいる。だからそもそも、人体が作り出す振動には人に安らぎを与える力がある。僕は歌うことで振動し、安らぎを得ていた。そのことを思い出して歌ったら、やっぱり涙が出た。そうだった。歌うって、気持ちがいいことだった。

今のところ僕の周りに試験管で生み出された人造人間はひとりもいない。鉄と硫黄の濁流に雷が落ちて誕生したと思われるわが妻でさえ、実家には赤ん坊時代の写真がある。ということは、僕が歌うことで生み出す振動は、研鑽により生きた人間の純粋なそれに近付くにつれて、例外なく人の心に安らぎを思い出させるはずである。そう信じてみよう。

歌うって楽しい。膿の中から拾い上げた宝物は、ようやく認識された最上位の音楽フォルダの中身は、どんな超絶テクニックや音楽ビジネス事例よりも重要で素朴な、僕の取り扱い説明書の1ページだった。僕はやっと、歌手になれそうだ。

プロの遊び人に、俺はなる。

プロの遊び人を目指すことにした。
先日の過食からの嘔吐というイベントが良い意味で精神的な区切りとなり、その後1日に最低1回は自分会議をするようにしている。
自分会議といっても、やっていることはコンサルティングに近い。
僕がお気に入りの紳士なノートに向かい、お気に入りのぺんてる筆tuchiサインペンで質問を投げかけると、コンサルタントのマルさんが上手く答えてくれたり、僕から回答を引き出してくれるという、実にアヤシゲなスタイルである。

(ちなみに、コンサルタントの名前が「マルさん」なのは、紙に質問や回答を書き出していくときに、質問者としての僕の言葉の頭には「ー」、回答者としての発言の頭に「○」の記号を書いているから、というだけのことである。)

マルさんとのやりとりの中では、色々な視点から今の自分の考え方や生き方を眺めることになる。
あるときふと「遊び」や「仕事」、「生活」など、今まで自分の中で同じレベルのものだと思っていたものごとをじっくり眺めていたら、実は「遊び」のレイヤーが一番高くて、「仕事」のレイヤーが一番低いということに気付いた。

「仕事」は「遊び」の一部なのだ。
目的を持ち、ゴールをイメージし、達成のために必要なスキルやツール、仲間を獲得しながら一歩ずつ進めていく、リアルRPGである。
道に迷ったときは誰かにヒントを聞きに行き、倒せないボスが現れたときはレベルを上げたり、有効な武器を探しにいったり、すごくやりがいのあるゲームである。

◆◆◆

楽しいゲームにあって、つまらないワークにないもの。
それは「余裕」である。

ゲームの主人公がどうなろうと、プレイヤーが何か具体的な被害を受けることはない。
その、主人公とプレイヤーが別人である、ということが分かっているから、ゲームには余裕がある。
その余裕の中で、人はゲームを楽しむんである。

だから、例えば商品と自分とを同一化していると、商品の営業をして断られたとき、自分自身が否定されたような気持ちになってしまう。
”本当は客はただ単に商品が要らなかっただけ”だったとしても、である。
これ、出来ている人にとっては
 
 
「は?何言ってんの?当たり前じゃん」
 
 
なんて言って鼻で笑っちゃうくらい当たり前のことなのだけど、僕のような繊細で感受性豊で真面目な好青年には、にわかには受け入れがたい発想だったりする。
 
 
「商品が売れないのは自分の能力がないせいだ。売れない理由を商品のせいにするなんてけしからん!」
 
 
だなんて思っちゃリするのである。
だから、商品が売れないと「自分を責める」という具体的な被害を自分で作り出す。
具体的な被害のあるゲームには余裕がないから、楽しむことなんかとてもできない。
その結果、能力が発揮できず、仕事が辛くなり、過食と嘔吐を繰り返す蒸し暑い夜を迎えることになる。

◆◆◆

では、余裕を作るにはどうしたらいいか。
マルさんは、
 
 
「優作は人から嫌われることにすごく過敏だから、とりあえず今嫌われたくなくてオドオド接してる人たちから嫌われたときのことを全部シュミレーションしちゃいな」
 
 
と教えてくれた。
で、やってみた。

そしたら、嫌われても全然大丈夫だったのだ。

たとえば仕事のボスに嫌われて、会社をクビになったとしたら、関西に帰ってしまえばいい。
貯金は妻がしてくれているし、大阪の妻の実家には空き部屋がたくさんあるから、入り婿よろしくお世話になることだってできる。
そこで次の生活を送る準備を整えればいいし、何なら住み着いてしまってもええじゃないか。

万が一そこで妻の家族に嫌われたら、和歌山の僕の実家に帰ってしまえばいい。
実家の家族には徹底的に愛されている自信があるから(笑)、それ以降は嫌われシュミレーションの対象外である。

・・・とまあそんな感じで、僕の長年の悩みは見事に2ステップで解決し、そこには今までなかった余裕が、ふわあっとお花畑のように登場したのである。

◆◆◆

とはいえ、30年間培ってきた生き方だから、一瞬で切り替えるということはさすがに難しい。
ツーといえばカー的に、ギャーと言われればヒー的な思考回路が、わが脳内にバッチリ構築されちゃっていいるからである。
だからまずは、オートマチックになっている僕の反応を、マニュアルに切り替えるところから意識していくことにする。
それもまた、余裕がなければできないことである。
余裕ができたときにこそ、取り組むべき課題であろう。

ともあれ大丈夫なのだから、大丈夫なのだ。
大丈夫だという余裕の中で、楽しさを感じたり、安心を感じたりしながら、伝説の武器やら愉快な仲間やらを見つけて増やしていくのだ。

マルさんはこうも言っていた。
 
 
「不安と恐怖で、人は馬鹿になっちゃうんだな。
あれってめっちゃメモリ食うから、動きもガックガクになるし、時々フリーズしちゃうし、度が過ぎると壊れちゃうし。

だから、すっごい結果を残し続けてる人って、すっごい余裕があって、その中で安心と楽しいを感じてる人な訳よ。
余裕があればあるほど、機械は本来のスペックが発揮できるのよ。

動きがガックガクのスマホに新しいアプリなんか、入らないよね。
無理矢理入れたら壊れちゃうよね。

だから、まずはデフラグとかクリーンアップをして、普通に普通の動作をするようにするんだよ。
そしたらそれだけで、単純に使い勝手よくなるから。
それを、自分らしく働くっていうの。
その程度のことで言っちゃっていいのよ。
ほしいアプリを入れるのは、その後がいいよね。

大丈夫だよ、すぐそうなるから。
だからさ、まずはプロの遊び人を目指すといいんだよ。
遊んでいいんだよ。
遊んだ方がいいんだよ。
だって、遊ばないように働いてきて、今そんな動作ガックガクになっちゃってんだからwww」

 
 
・・・うちのコンサルタントは終始こんな感じなんである。
「www」とか付けちゃうんである。

そんな訳で、プロの遊び人を目指すことになりました。
これからもよろしくお願いします。
ぱふぱふ。

ストレスからの過食からの嘔吐からのパッカン

8日に夏休みが終わって9日から働いているのだけど、この数日間のストレスがスゴすぎて、過食と嘔吐をやってしまったのだった。
今までストレスで食べ過ぎることはあっても、ひらがなを抜いて漢字を並べ替えて「過食」と呼んでしまうくらいの詰め込みは経験がなかったし、ましてそこから食べたものを全部吐くなんてことも初めてだったので、自分でもすごく驚いた。

小一時間ほどゲーゲーした後、しばらく放心した。
嘔吐すること自体が久しぶりで、これほど全身が疲れて、脳がフリーズするような感覚になるものだったろうかと、そんなことを考えていた。

放心状態はそこからさらに小一時間ほど続いたのだけど、ようやく体が動くようになったら、突然何かが吹っ切れた。
神奈川に戻って僅か2日でここまでのストレスを溜めてしまった原因は仕事だ・・・と思いたかったのだけど、絶対にそうではないという確信があった。
むしろ、今まで見逃し続けていた大事なことに気付けるのではないかという予感がムクムクと湧き上がってきた。
僕は、ああ、何かに導かれるっていうのはこういうことを言うんだなと、そんな気持ちでヨロヨロと立ち上がり、シャワーを浴びてデスクに向かった。
 
◆◆◆

僕は今日会社でプリントミスした際に誕生した大量の裏紙とペンを取り出し、自分コンサルを実施した。
自分コンサルは、つまりは自分との対話である。
僕は紙とペンを使って、紙面上で行うようにしている。
脳内だけでやろうとすると、マイナスな思考や感情が入り込んできて、問題が悪化したり堂々巡りになったりするのだ。

僕のコンサルタントは、僕のことを「優作」と呼ぶ。
とても優しくて、絶対に僕を否定しない。

そんなコンサルタントに胸の内を伝え、質問を受け、さらにそれに答えて・・・ということを4時間ほどやった所で、ひとつ答えが出た。
僕は、『仕事を楽しんではいけない』という気持ちを握りしめていたのだ。

◆◆◆

自分コンサルには約4時間が必要だった。
そのために100枚近くあった裏紙のほとんどと、サインペンを1本丸々使い切った。

僕の中では、「楽しむ」と「遊ぶ」は限りなくニアリーである。
そして、今僕が仕事で自分にはできないと思っていることが、遊びの中では全く問題なくできている。

ではどうして遊びでできることが仕事ではできないのか。
昔家の中で弟達と夢中で遊んでいる時に、手に持っていたテレビのチャンネルがすっぽ抜けて、隣りにいた母の額を直撃したことがあったのだ。

「痛ッ」と言って頭を押さえる母を見た瞬間、

「痛いことをして申し訳ない」
「怒られる」
「嫌われる」
「見捨てられる」
「見捨てないで」
「許して」
「もう近くで遊ばないから」
「もう近くで楽しまないから」

そんな思いが一緒くたになって優作少年の胸中に渦巻き、間もなく32歳になろうかという本日においても、ずっと渦巻き続けていたのだった。

で、ここからが本当に恥ずかしい、言いたくない話し。
僕の仕事のボスは母と世代の近い女性なのだけど、僕はボスにその時の母親を重ねて見ていたのでした。
つまり、ボスの近くで「遊ぶ(=楽しむ)」と何かものすごい迷惑を掛けて、嫌われて見捨てられてしまうんじゃないか、という恐怖を、ずっと抱いていたのだ。

だから、「遊び」の中でなら当たり前にできていることが、「仕事」の中ではできない。
「仕事」を「楽しむ(=遊ぶ)」と、嫌われて見捨てられてしまうから。
だけどそれでは自分の能力が全く使えないし、良い結果も出せない。
具体的な対策はいくつも見えているのに、それらに取り組むことは「仕事」を「遊び」に近づけることになるから、どこかでブレーキが掛かってしまい、本格的に取り組めない。
だから自分の成長を感じられず、期待に応えられていないという実感だけが大きくなってしまい、焦ってなんとかしようとしても、これ以上成長しようとすると見放されてしまうので、だけどそれだと・・・という堂々巡りが起こっていた。

そこから発生したストレスが何かのきっかけで溢れてしまい、今回の過食と嘔吐につながったのだ。

◆◆◆

だけど少し考えてみれば、夢中で遊んでいる時に母に痛い目を見せたのは、その1回こっきりである。
いやいや、もしかしたら何回もあったのだけど、僕が認識したのがその1回だった、ということかもしれない。
いずれにしても母は僕のことが大好きなので(確信)、んもうそんなことを心配する必要は全くないんである。

・・・ということに気付いて、明日からの仕事はどう変わるんだろうか。
胃酸で喉が焼けていて、唾を飲むとじわりと痛む。
神棚に置いている写真立ての中で、今日もふーばー(曾祖母:享年103歳)が優しく笑っている。