Qmoriとは

Qmoriは、「QOLがもりもり上がる人生の遊び方」の略です。どうすれば普通に普通の自分が人生を遊ぶように楽しみながら生きていけるのかを研究し、その結果をシェアすることが目的です。

いろいろやってますが、主に以下の4つの視点でコンテンツやサービスを発信しています。

【体】~自分の体の達人になろうじゃないの~

僕たちは自分の体に生まれて、自分の体で生きて、自分の体の停止と共にこの世を去ります。生きている限り体を使っていない瞬間はありません。生きるというのは、体と共にあるということです。

体は軌跡の塊です。どうして牛肉を食べても牛にならないのか。どうして緊張すると動きをコントロールしづらくなるのか。どうして両腕を使って人を抱きしめる動作ができるのか。その全てに理由があり、仕組みがあります。理由を知って、仕組みを知って、感動して、さらにそれを使う練習を重ねれば、僕たちはどんどん楽に暮らせます。驚くほど毎日から「しんどさ」が抜けて、疲れにくくなっていきます。

【体】に関するカテゴリーでは、少年時代を和歌山県のど田舎で野山を駆け巡って過ごし、空手で体を使うことに本格的に向き合い始め、大人になってからは弾き語りミュージシャンという体を楽器として扱う仕事を経験し、現在アレクサンダーテクニークを通して体の使い方を探求している僕が、実際に自分の不調や悩みを解決した体の使い方や、日々の探求の中で気付いたことをシェアします。

あ、ちなみに、体と心はびっくりするぐらい密接に関わっていると思っています。同じものと言ってしまってもいいんじゃないかしら。よくコンテンツが被るけど、気にしないでね。

【心】~自分の取説をていねいに作ろう~

人の心の仕組みや捉え方について、たくさんの情報が流通するようになりましたね。それ的なツイートが偶然目にした誰かの心を救うことが増えています。とっても素敵。

だけどその一方で、「あの人が○○なのはメンタルが××だからなのよ!」とか「自分は心理的に△△だからどうしようもないんだ」という風に、他人の分析はできても自分の悩みは解決されない人も増えているように感じます。

自慢じゃないけど僕、20代の初めのころは本気で「僕は不幸の神様に愛されている」とか思ってました。世界は不公平で不条理で不手際まみれ。世の中がどう変わっても僕に都合のいい世界なんか絶対やってこない。そんなことばっかり考えてたら、20代の中頃に鬱になりました。ウケる。

心って色んな階層があって、色んな種類があって、とても一言では語り尽くせない。語り尽くせないんだけど、僕みたいに基本的にネガティブなヤツが「楽しい時間を増やす」ためには、自分の心と向き合うことだけは絶対に必要です。

【心】に関するカテゴリーでは、人の心の分析のやり方ではなく自分の心との向き合い方について、良い感じの効果があったことや、気付いたことをシェアします。NVC(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション)や、そこから派生したメンタルモデルの考え方が好きなので、それ的な視点で考えることが多いです。

【時】~命の使い方を考える~

人生を変えるためにいきなり会社を辞めるとか、いいと思うんですよ。僕も似たようなことを何度かしたし。わざと背水の陣を組んで強制的に自分を動かすのは、ひとつの手法としてありよりのありです。いやん、ナウでヤング。

ところで、今のライフスタイルを根っこからバキッと切り替えるのって、勇者の戦法です。さっきちょっと背伸びして「何度かやった」とか言ったけど、それは独身時代の話し。妻も子もいる今の僕は、そう簡単に今のライスワークを手放すことはできません。

勇者じゃない僕はどうすればいいのさ。そんなことでやりたいことができずに悶々としていた僕が辿り着いたのが、GDTやタスクシュートといったタスク管理と呼ばれる手法を使い、自分の時間の使い方をていねいに整えることでした。

時間の使い方を考えるというのは、命の使い方を考えるということです。僕たちの命には、まさに”タイムリミット”があります。いつか終わるその時は、50年後かもしれないし、5分後にコーヒーを淹れようと立ち上がった瞬間かもしれない。だからこそ本当は「あと50年」にも「あと5分」にも、同じだけの価値があるはずです。とはいえ緊張しっぱなしでは息苦しい。今この瞬間に始まる5分間は、ぜひ軽やかに楽しく過ごしたいものです。

【時】間の使い方に関するカテゴリーでは、元々スケジュール管理や時間の見通しをつける機能が致命的に欠落している僕が社会との約束を最低限守りつつ、自分のやりたいことに時間をかけてあげられるようになった方法をシェアします。タスクシュートクラウドやEvernote、スマートフォンやPCの活用などなど、実用的な手法満載です。たぶん。

【音】~楽しい気分を手放さない~

譜面も読めないしまともな理論も知らないけれど、1年ほどミュージシャンとして生きていたことがあります。弾き語りでカバー曲を演奏したり、オリジナルの曲を作ってディスクを自主制作したり、バーで抱えてもらったり。

とにかく何でもやった音楽活動の一環で弾き語りの講師もしました。歌の講師ではなく、ギターの講師でもなく、弾き語りの講師です。これが、一度廃業して窓口を全部閉じたのに「生徒にしてください!」とお問合せをいただいたりと、不思議と評判がいいんです。そして受講してくれた多くの方が「こんなに楽しいのは初めてです!」と仰ってくださいました。

繰り返しになるけれど、僕は超絶技術を持っているわけでも音楽への造詣が深いわけでも、何でもありません。僕ができるのは、生徒さんが「音楽をしたい」と思った最初の気持ちを教えてもらって、その気持ちに共鳴しながら一緒に遊ぶことです。一緒にもりあがるのです。

楽しさのノイズになるような心と体の動きを、NVCを使ったカウンセリングの手法や、アレクサンダーテクニークを使った繊細な体の使い方面からのアプローチでクリアにします。「音楽の楽しさを邪魔する要素を、心と体の両面から取り除く」のです。

【音】学に関するカテゴリーでは、「音楽をする自分」にフォーカスを合わせたネタや気付きをシェアします。

【言】~書くことで自分と遊ぶ~

僕がやろうとしていることの主旨は、「人生における楽しいと感じられる時間をトコトン増やそう」ということです。それを【体】という視点で考えるとこう、【心】だとこう、【時】間は、【音】楽は、ということをやっています。面倒くさいことハリケーンのごとし。

そんなことをしている理由は、僕がネガティブな人間だからということに尽きます。ほっとくとオートマチックに落ち込み始めるから、マニュアルであの手この手を片っ端から試しているのです。天然ポジティブだったらこんなことしないでいいのになあと毎日思っています。

色々知識や技術も付いてきたけれど、一番長い付き合いのテクニックは高校生の頃に始めた、起こった出来事を片っ端から書いてネタにして笑い飛ばすことです。さくらももこさんや土屋賢二さん、原田宗典さんや椎名誠さんの書くようなエッセイが好きで、同じようなテイストを目指して記事にし始めたのです。当時はまだブログがなかったので、ノートに書いた話しをクラスの友人に回し読みしてもらったりしていました。結構人気だったのよ。

書くことで、事象と心象が自分から剥がれます。何を経験して何を感じたのかが、客観的に見つめられるようになるのです。ふだんは近すぎて中々気付けない自分自身との出会いの瞬間です。それをどうにかして笑おうとすることで、自分と遊ぶのです。

【言】葉に関するカテゴリーでは、そんな感じで身の回りで起こった出来事をなんとかして笑おうという気分で何かしら色々と書き綴ります。何を書くかはその時にならないと分かりません。よろしくやで。