東京への出向から帰ってくると、大阪の事務所の冷蔵庫に買った覚えの無いプッチンプリンが入っていた。いつも頑張っている僕に神様がご褒美をくれたのかと思い感謝の祈りを捧げていると、彼女様からプッチンプリンはもう見つけたかというメッセージが届いた。
感謝の祈りが、一瞬にして恐怖の疑心へと変貌した。過去プッチンプリンは彼女様にとって、略奪の対象でしかなかったはずだ。冷蔵庫に入っているという理由だけでプリンを補食していくその様は、さながら目的もなく人類を補食する進撃の巨人である。
僕は戦慄しつつ、プッチンプリンに手を掛けた。通常サイズの3個パック。よくスーパーなどで見るプッチンプリンそのものである。しかし、これが本当にプッチンプリンなのかという確信が持てない点である。
どう見ても一件普通のプッチンプリンであるが、シュレディンガーの法則に習えば、これを開け実際に食し人体に有害でないことが分かるまで、目の前にあるプッチンプリンが間違いなくプッチンプリンんであるとは断言できない。以下に、どのような可能性があるのかをまとめる。
可能性①【毒物が混入されている】
一時期コンビニやスーパーの紙パック飲料やペットボトル飲料に毒物が混入されるという事件が頻発したが、それに習い注射器のようなものでプッチンプリンの中に致死性の毒物が仕込まれている可能性がある。
また致死性でなくとも、馬車馬のように働きたくなる薬や、彼女様が絶世の美女に見え、生涯奴隷的従属を誓う薬、あるいはその両方が混入されている可能性もあるから油断ならない。
結局のところ、食べてみなければ分からない。
可能性②【幻を見ている】
遠方への遠征は大変に体力を消耗する。それは今回も例外ではなく、僕は這々の体で大阪へと帰ってきた。しかしこれは僕の見ている夢で、実際の僕はまだ新幹線の中で意識不明の昏睡状態に陥っているというケースが考えられる。
夢の中であるから、彼女様のキャラクターに対して僕の希望的な要素が組み込まれ、疲れて帰ってくる恋人に思いやりのプッチンプリンを捧げるという理想的女子の幻想を生み出したのかもしれない。書いていて涙が止まらない。
しかし、優しい恋人が欲しいという希望以上に、攻撃的な恋人が怖いという絶望が僕の心を支配していることもまた事実である。夢の中故に、あらゆる可能性(「スプーンを入れた瞬間に爆発する」「フタを開けると髪の毛のようなものが飛び出してきて締め上げられる」「中から現れたプリンの化け物に食べられる」など)が存在し、何が起こるか分からない。
結局のところ、食べてみなければ分からない。
戦々恐々としつつ様々な可能性を検討していると、彼女様から追い打ちのメッセ—ジが届いた。
「美味かったか?」
万事休すである。もはや僕にはどのようなリスクを負っていようが、このプッチンプリンを食べる他の選択肢が無い。意を決してプリンを口にすると、圧倒的に柔らかく破滅的に甘いいつものプッチンプリンの香りが口の中いっぱいに広がった。
披露の頂点にあった僕は、これが人格者としての生涯最後の食事になっても構わないくらいの気持ちでプッチンプリンを食べ切った。
「おいしかったよ、ありがとう。」
うっすらと涙を流しながら返信を打つと、即座に彼女様から返事がきた。
「お、よかった。」
何だコレは、やはり夢なのか。イタリアのマフィアはこれから殺す相手に花束をプレゼントするのだというが、つまりそういうことなのか。もはや命も諦めされるがままの体勢に入った僕は、次に届いたメッセージに目を見張った。
「うち、プッチンプリン好きじゃないからさぁ」
その言葉が真実なら、今まで幾度も繰り返されてきた略奪の歴史は一体何だったのか。失われたプッチンプリン達の哀切が響き渡る中、僕は意識を失った。この世には人類の理解を越えたことが沢山ある。それは想像している以上に、僕たちの身近に潜んでいるのかもしれない。
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