ここ数日筋トレや情報の整理のような自分と対話する時間があまり取れていない。のだけど、多少思い切ってでもそういう時間を取った方が他のタスクの進みが捗っていることにはたと気が付いた。
イレギュラーな日に暮らしのリズムが崩れることはよくある。そんな時に生まれた焦燥感や疲労感は後を引きやすい。だけれど、焦燥感も疲労感も自分の中のものだ。自分の一部であって、タスクの一部ではない。
目の前のタスクから焦燥感と疲労感を差し引けば、まさに純粋なタスクだけが残る。タスクを手際よく進める最良の手段は、タスクにかかる前に目の前のタスクに向かう自分の中にある不穏な気分を撤去することだ。
ところで、最近仕事のタスクに取り掛かる前にスマブラのことを思い出してワクワクして気がついたらマリオがィヤッフゥーーー!って言ってるんだけど、どうしたらいですかね。
ィヤッフゥーーー!
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ふりかえり
前回の【自分を「活動している自分」と「観察している自分」に分けるという話し】をなんとなく覚えているだろうか。僕たちの中には、その時その瞬間に活動をしている自分と、その自分自身を冷静な位置から観察している自分がいる、という話しだった。
当記事からこの話題に参加された方は、ぜひそちらの記事にもお目通しいただけると、より深い議論ができるだろう。
さて。今回「自分とイチャイチャ生きる」の「イチャイチャの仕方」について、僕の考えをシェアしていく。記事を読み通しながらあなたは何をどう感じるだろうか。深い対話になれば幸甚である。
活動者と観察者の関係性
察しのいいあなたならもう分かっているかもしれない。そう、イチャイチャするのは、「活動している自分(活動者)」と「観察している自分(観察者)」の2人である。この2人の仲がよろしいことが大変に重要だ。
活動者と観察者が仲睦まじい人ほど、幸せで軽やかに生きている。活動者が何をしても観察者は「いいよいいよ頑張ってるなぁうふふ」と優しく寄り添っているのだ。自分とイチャイチャ生きるというのは、まさにそういうことである。
一方で観察者が活動者のことを逐一見張ってダメ出ししているような人は重苦しくて辛そうだ。ダメ出しの頻度が増えれば増えるほど嫌な気分になることが多いし、そのうち活動者がやる気をなくして何かやりたいことがあっても行動に移せなくなったりする。
活動者と観察者の関係性が、人生の軽やかさに直結しているのだ。
活動者をリスペクトする
活動者と観察者に仲良くなってもらうのは簡単だ。活動者に対して、努力を認め、肯定し、勇気が出るような言葉をかけてあげるといい。
「めっちゃ頑張ったやん!」
「ありがとう!」
「こんなんできる奴中々おらんで・・・ヤバいわ・・・」
「マジすげぇっす!」
などなど。特に最後の、頭悪そうなヤンキーの後輩風に「マジすげぇっす!」というのは、つい笑ってしまうので個人的に大変オススメだ。
その際、腹の底に多少「こんなんじゃダメだ」という気持ちが残ったって構わない。今まで活動者をディスっていた人が、いきなりそういう気持ちを消して自分大好きマンに切り替わることは難しい。そして、そういう行動を取ろうとしている自分のことも、変わろうとしている自分のことも、どんどんリスペクトしていくのだ。
観察者と活動者の関係は、リスペクトする人とされる人だ。リスペクトをするには、行為を良し悪しで分けるようなジャッジの視点のない、深い理解と共感が必要である。ぜひ、あなたの活動者が何に意識をはらい、何を思いながらその行動をとったのかを深く見つめてみてほしい。
そういった努力を払っていく過程で、僕らの人生はバラ色の花畑の様相を呈してくる。蝶々なんか飛んで来ちゃって、気がついた時には活動者と観察者はウフフムハハとイチャイチャしていることだろう。
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