人は人を幸せにするために生まれてきている(嘘)。


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僕は24時間365日ダイエットに勤しんでいる。
その結果、体重100キロの巨漢よりも軽く、体重150キロの関取よりも軽いというスリムな体を維持している。

しかしその一方で、ダイエットには失敗し続けている。
体重40キロの拒食症患者よりも重く、体重3000グラムの健康な赤ん坊よりも重いという肥満体だ。

物事には常に2つの視点がある。
物質はそれよりも軽いものと比べれば重く、それよりも重いものとくらべれば軽い。
そもそも「重量」という概念そのものが、人間の感覚を元に決められた相対的なものだ。
人が理解できるものでなければ、「重量」を感じることがそもそもあり得ない。
地球が重くて肩凝りが治らないという人はいないし、銀河が重くて階段を上がるのが辛いという人もいないだろう。

これらの事柄から得るべき教訓は、結局、人は自分の物差しでしか物事を計れないということだ。
そしてその物差しのことを、昔の人は「価値観」と名付けたのだ。

他人の価値観は、実に身勝手である。
例えば僕は拙い文章を駆使して日々彼女様から被る被害の数々を訴えているのだが、集まるコメントやメッセージは「彼女様のファンです」「お前はもっと痛い目にあうべきだ」「あんな女になりたいです!」といった、犯行を助長するようなものばかりだ。
皆、自分が楽しければ、ヤマモトの一人や二人、どうなろうと構わないと思っている。
実に身勝手な価値観だ。
一度でいいから苛立ちのピークに達した彼女様に会わせてやりたい。

人の価値観は、あらゆる場面で交錯し、すれ違い、混ざり合っている。
例えば素晴らしいミュージシャンのライブを観ている会場はひとつの価値観で盛り上がっているように見えるが、その実、各個人が何をどう楽しんでいるのかということを突き詰めてゆくと、全員が全く同じものを同じ解釈で楽しんでいるということは絶対にない。
観客の心が真にひとつになるのは、ミュージシャンが余計なことを話して思い切りスベった時だけだ。
その価値観の集中豪雨を浴びた者が言うのだから、間違いない。

価値観とはつまり、僕は桑田佳祐が好きだけど、君AKBが好きなのだという、たったそれだけのことである。
ある人が美しいと感じるものを、美しいとは感じない。
ある人が吐き気を感じるようなものを、心から愛しいと感じる。

これを許しあうことができたなら、人はもっと幸せになれるのだけど、残念ながら未熟な者は自分の価値観と相違するものを攻撃しようとする。
そうすることで、自分の価値観が正しいのだと、自分に言い聞かせているのだ。
つまり、自信のない自分の価値観を、攻撃という行為で守ろうとしているのである。

どれほど趣味の近い間にも、価値観の相違は絶対にある。
宗教の世界では神様でさえ、全ての人間から好かれていない。
いかに神が完璧であろうと、評価をする側の人間が不完全なのだから、当然である。

ところが、多くの人はそれが認められず、またそのことにも気付かず、他人の価値観を変えようとすることに一生を捧げる。
そして、ほぼ確実に失敗して死んでゆく。
強引に人の価値観を捻じ曲げた者は、薄暗い穴倉の中で奴隷に跨ってふんぞり返る。

断言するが、人は人を変えるために生まれてきているのではない。
人を幸せにするために生まれてきているのでもない。
人は、幸せに生きて死ぬために生まれてきている。

もし君が今幸せでないのなら、それは人のことばかり考えて生きているからだ。
もし君が今許せない人がいるのなら、自分のためにその人物が都合よく変わるべきだと思っているからだ。
もし君が今人生のどん底にいるのなら、それは君がどん底が似合うような生き方をしてきたからだ。

君は、何をしたら楽しいのだ。
ゆっくりと息をして、少しの間あらゆる不安を忘れて、自分のヘソの下や肩口、頭蓋骨の裏側や胃の辺りに、どのような感覚があるかを感じるべきだ。
そして何かを感じたら、それを感じ尽くしてみるべきだ。
それはザワザワしていたり、ワサワサしていたり、ジンジンしていたり、ジュクジュクしていたりする。
それが感情だ。
余計な言葉や解釈を添えてはいけない。
感覚だけを感じ尽くす。
それこそが、僕たちが無視し続けてきた僕たち自身だ。
そして、何をしたらどこにどんな感覚が生まれるのかということこそが、君の価値観そのものだ。

色々と悩みは絶えないが、まずは自分の感情をしっかりと拾い上げてゆくことを練習すればいい。
それをコツコツと続けていくと、自ずと人の気持ちや感情が分かるようになってくる。
誰かと共感する能力が育ってくる。

まずはしっかりと自分を感じることから始めるのだ。
少しそういったことに慣れてきたら是非、不遇を訴えても笑われるだけの僕に、深い共感をしてほしい。
笑うようなヤツは、これからもう酷い目に合わせてやるんだかんな。コンチクショウ。