わが愛しのAm P.67:舞台デビュー(2018/10/27)

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不思議のおちじーちゃん

高校1年生の時の初夏のころ、おちじーちゃん(母方の祖父)が亡くなった。昔から霊感の強い人だったらしくて、やれビルマで死んだ部下が夢に出てきて言うことを聞いたら夜襲を避けられただの、やれ父の生徒が背負った鬼を肩代わりして山の神さまに渡してきただの、その手の話しには事欠かない人だった。母の兄妹たちもそっちの感性が強いらしく、祖父が亡くなった病室に集まった時には
 
 
「お父ちゃんおった?」

「おらんおらん。すぐ上がっていったんちゃうん。」

「めっちゃお迎えきたやろしなあ」
 
 
なんて会話が繰り広げられていたらしい。僕にはそんな能力はないのだけど、スピリチュアル関係に興味があったり、時々何かが見えたりするのは、おちじーちゃんの血が流れているからかもしれない。

ご縁をいただいて

おちじーちゃんの葬式が終わってほどなくして、中学校まで通った英会話スクールの先生から電話が来た。もう卒業した塾の先生が一体何の用だろう?と思って電話に出てみたら、知り合いの劇団がミュージカルに出演する役者を探しているらしく、それに出てみないか、とのお誘いだった。

電話を置いて話しの概要を母に伝えると、母は目に涙を浮かべて「おちじーちゃんが優作に縁を持ってきてくれたんやなあ。いってこいいってこい」と背中を押してくれた。その時僕はかなり部活に打ち込んでいたから少し迷ったのだけど、この縁に繫がる方向に何か暖かいものを感じて、お誘いを受けることにした。

初めて行った劇団の集会には、年配の人から小学生まで色々な年の人がいた。僕は思春期を経てすっかりひねくれてしまっていて、随分面倒くさい言動を繰り返したように思うけれど、そこの人々はそんな僕をいなしたり受け止めたりぶったぎったりして、うまいこと付き合ってくれた。

第三の居場所

劇団に通うようになったことで、自分の居場所がひとつ増えた気がした。学校と自宅を往復するだけの日々はどこか閉塞的で息苦しかったのだけど、「ここ以外にも居場所がある」という認識は、僕の心を力強く支えてくれた。

もうひとつ劇団が魅力的だったのは、その劇団の人々が「舞台を作る」という同じ目的で集まっている人々だったということだ。ずっと勝ち負けのあるスポーツの世界にいて、個人競技に打ち込むために入部した高校の空手部にもどこか物足りなさを感じていた僕にとって、「勝ち負けのない行為に本気で取り組む人々」と共に過ごせたことは、新しい生き方を学んだと言って過言でない経験だったのです。

約半年ほどの準備期間を経て、公演は見事に成功した。カツという主人公がどんどん大人になっていく過程を描く物語で、僕は一番年上の18歳のカツを演じたのだけど、ピンスポットの熱や最前列でかぶりついて見ているマダム達のすすり泣きが、ジワリと胸に沁みたものだ。それは間違いなく、一人の青年の生きる道を定める出来事だった。
 
 
ゆうさくが舞台デビューした公演のスナップ画像

公演のスナップ写真。当時16歳。左の好青年が僕です。左だって。左だっつってんだろ。今の年の半分も生きてないんだけど…見た目今とあんまり変わらなくね?

あと、今はもうない劇団のHPが生きておりました。びっくり。僕が出演した公演のページはこちら。おヒマでしたらぜひぜひ。


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