今日のネコ写真。その2

今日のネコ写真。2012/12/4

毎日どこかで撮ってきたネコの写真をアップし続けることでブログのアクセス数を上げようと目論んだ僕は企画初日から「ネコがいない」という致命的なアクシデントに見舞われた。
常人ならば一瞬にして心折れるであろう逆境を「その辺の中華料理屋の看板を撮って適当にイジる」という機転で乗り越えたは良いものの、そこには初回のネコの不在を埋めるほどのネコ成分を投入しなければならない、という大きな問題が残った。
しかし、先人は言っている。

「苦難は乗り越えられる者の元にこそ訪れる」

と。
僕は我が身に迫った苦難を受け入れ、これを乗り越えることを天に誓うために空を仰いだ。

雨だった。
空は見渡す限りの曇天、傍の排水溝はガバガバと品の無い音を立てて泥混じりの水を飲み込んでいる。
傘花咲き踊る千葉は、しとどに濡れていた。

「無理やし」

こんなん無理やし。
探索とかできひんし。
ネコとかおっても絶対びしゃびしゃでなんか貧相な感じになってるし。

休憩場の窓から雨降りの空を切ない顔で見上げる僕は、抱き締めてあげたい男子ナンバーワンだったに違いない。
しかし、先人は言っている。

「やまない雨は無い」

と。
いつかあの雲が消え、晴れ上がった空に架かる虹を見上げるネコの写真をブログにアップし、人気者になってイベントの集客やCDの売り上げもウハウハであると。
僕はいつでも外に飛び出せるようiPhoneをギュッと握りしめ、タバコの煙が渦巻く休憩場でむせ込みながらその時を待った。

やまなかった。
正確には、僕が休憩をとっている間は雨が降り続けたのだった。
僕はぐったりとうなだれ、作業員達の「金が無い」だの「パチンコが出なくてムカつく」だのといった話しを背中に聞き流しつつ呻くようにしてiPhoneのカメラを構えた。

 

023

 

柿である。
昨日の仕事中に差し入れで頂いたものらしい。
一晩を休憩場で過ごし、すっかり萎びてしまっている。
なんだか見ているだけでこちらも唇がショボショボしてきた。

「誰かその柿食わねえのかよ」

「嫌だよそんなシワシワんなってんの」

作業員達の会話も失敬極まりない。
なんだか気持ちまでショボショボしてきた。

しかし、この程度でめげる僕ではない。
明日は必ずや愛くるしさの権化のようなネコの写真を撮影し、皆様のディスプレイに表示させてみせよう。
それにしても、先人達の言うことも当てにならないものだ。

では。
ショボショボ。

今日のネコ写真。

「毎日昼にネコの写真を撮って洒落たコメントを付けたらブログのアクセス数超上がるんとちゃうか!」

仕事中に突然ティィンときた僕はその昼休み、iPhoneを片手に意気揚々と職場の周辺を探索した。
実際動物の写真を添付したブログや呟きというのは人気が出やすい。
それを日々定期的に、しかも僕の洒落乙なコメントなどを添えてアップすれば、最近下がり気味だったアクセス数のブーストアップは確実である。
そしてほどほどにファンが付いたところを見計らって告知などを投げれば、僕のイベントやライブへの集客など容易い。
これぞまさにネットワークを使ったマーケティングである。
発案、企画、行動と、出来る男のプランは完璧だ。
唯一発見された問題は、ネコが一匹も見つからなかったことであった。

「ガッデム」

どれだけ額に汗して歩き回ってもネコの姿は影も形も欠片も見つからない。
悩めるイケメンを尻目に刻一刻と時間は過ぎる。
気が付けばもう昼休みも終わりに近付いているではないか。
僕は致し方なくネコの写真を諦め、すぐ近くにあった純日本風の店構えをした中華料理屋の店先に置かれた看板にカメラを向けた。

 

021

 

ニラ玉炒め700円

マーボー豆腐70円

驚愕の値段設定である。
一体どこの誰がこの価格バランスでニラ玉炒めを頼むというのだろうか。
しかもその書体からはなんというか切羽詰まった感じが伝わってくる。
特に

「70円」

の文字の擦れ方など、まるでダイイングメッセージではないか。
書き込んだ方の安否が気遣われるところである。

さて、初日から思わぬ障害を迎えたネコ写真のシリーズであるが、その程度でくじける僕ではない。
明日には愛くるしいネコの写真をドラマティックなアングルでもって撮影し、必ずや皆様のディスプレイにお届けしてみせよう。

では。

怒りのドライブとちゅわさんとまーくん。

8年間暮らした千葉県を離れ、自分の仕事を始める前準備として実家に収まってから2日が経った。千葉と和歌山、一人暮らしと実家暮らしということで何もかも違うのだが、最も大きな違いといえばやはり車の有無である。

僕の実家は最寄り駅まで自転車で50分という大変な好立地にある。歩いていこうと思ったら半日はくだるまい。ムーンウォークなら1日はくだるまい。そんなところであるから、車は家族に1台ではなく、1人1台くらいの所持率なんである。

さらにうちの両親は大の車好きであるから、どうにも色々な理由を付けて車を持とうとする。つまり、「子供たち(僕とか弟とか)が帰ってきた時に乗れる車があった方がいい」という理由で、予備というか、とにかく家族の人数よりも車の方が多くなっているのである。

理由はどうあれ、実家に舞い戻ってきた立場としては自由に乗れる車が1台あるというのは非常にありがたい。弟達も常に実家に居る訳ではないので、ほぼマイカーのようなものである。ということで昨日は、そんなマイカーの搭乗練習を兼ねて役場へ住民票の転入届けを出しに行ってきた。助手席にはぬいぐるみの代わりに、暇そうにモンハンをしていたブラザーちゅわさんを乗せてみる。癒されず、モフモフしても気持ちよくなく、時々放屁する以外は、概ねぬいぐるみのようなもんである。

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偽りのマイカー、ジムニーたん。

 

まーくん、その嘘。

実は僕は引っ越し準備のドタバタと自分の仕事に追われ、元居た千葉県船橋市の役場に転出届を出すのをすっかり忘れていたのである。今日の夜に東京から夜行バスに乗るのだ、という日に友人であるまーくんの部屋で

「そういえばさぁ・・・」

と彼に相談したところ、まーくんはウィスキーコークですっかり出来上がった赤い顔をヒュンヒュン揺らしながら、

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「大丈夫だよ、全く問題ない」

と言い切った。根底にある軽薄さは重々承知であったのだが、ここまで言い切られてしまうと、友人として彼を信用しない訳にはいかなかった。

 

役場のお姉さん「転出届けがないと、転入の処理ができないんですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「大丈夫だよ、全く問題ない。」

 

そんなこんなで、ジムニーたんは役場からほど近いスーパーを目指した。今僕に出来ることは、酔っぱらった挙げ句虚偽の情報をリークしてきた友人に呪いの言葉を囁くことではなく、郵送で転出届の書類を送ってもらう段取りをこなすことである。だってさ、手続きを忘れてたのは僕なんだし、はぉらまーくん、僕怒ってないよ、ほぉら。

 

ドライヴの果てに。

スーパーで茶封筒を買い、免許証のコピーを撮って一度帰宅。必要な書類に必要なことを書き込み、船橋市役所に電話確認を取りつつコンビニで切符の購入と投函を済ませた。どうにもこういった役所関係の事務手続きは無駄が多くていけない。免許証の裏には前住所が記載されているし、電話一本でその実在の確認も取れるのだから、どうにかその場で処理できるようにならないものか。

そう憤慨しつつハンドルを握るとつい運転が荒くなってしまうようで、再び助手席に押し込められたブラザーちゅわさんがわーだとかぎゃーだとかあまり聞いたことのない音を出している。あまりにうるさいので両の鼻にワサビを一本ずつ投入するぞと恐喝すると、彼は目を閉じて車内の凹凸にしがみつき体を強ばらせるという完全防御態勢を取った。

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ちゅわさん「疲れました」

さながらトドの如き様相を呈するちゅわさんを見下ろしながら、やはりまーくんは悪いヤツだと、僕は思いを新たにした。

僕とウパのナニ巡り。〜行川アイランド・急章〜

それはそれは騒がしい2時間半であった。海ほたるとの事故的な逢瀬の後ようやく行川に向けて走り出したウーパーカーは小さな車体を懸命に振るわせ、僕とウパはやはり記憶と記録に残らない会話をせっせせっせと積み重ねていた。唯一思い出せるのは、高速道路の各所に設置された”獣飛び出し注意”の看板に描かれているイノシシのシルエットがあまりにやる気満々である、という話題くらいだ。

ウパ「あんなものに突っ込まれたら、俺たちどうなっちまうんでしょうねぇ。」

そう言って嬉しそうに嗤うウパの横顔は、今でもよく覚えている。彼はこの先、大丈夫なんだろうか。

 

行川アイランド、その実在

単線線路の流れを濁すように、行川アイランド駅は建っていた。比較的新しく見える駅舎は雨除け程度の規模であって、そこにはホームと外部をサービスという名の壁で分断するための改札施設が存在しない。当然駅員が常駐している訳もなく、山々を駆け下りてくる太平洋の風がごうごうと音を立てて、この駅を過去へと追いやっていた。

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ここから行川アイランドに向かうには、駅を出て線路沿いに少し歩くことになる。ベニヤで打ち付けられ封鎖されたトイレ、酷いサビで劣化摩耗しへし折れた藤棚、かつては切符を切っていたのであろう荒廃したゲート。廃墟は、もう始まっていた。

道路を跨ぐ陸橋をじっくりと渡る。ウパが「これは役割りとしては舞浜駅からディズニーランドに行くまでの陸橋と同じですね」などと言う。ケタケタとしながらも在りし日を想い腰と尻の間あたりを締め付けるものを楽しむ。途中JRのジャンパーを着たおじさんとすれ違った。少し離れたところに広い駐車場跡地が見えてきて、管理小屋からのそのそと出てきた管理人が軽自動車で走り出す。かつて多くの家族を迎え入れたゲートが、燃え尽きたように佇んでいた。

大きな陸橋を渡ると、海側に屹然と立ちはだかる山の麓に赤茶けた屋根がいくつか見えた。そのうちのひとつが、かつて多くの家族連れを受け入れたチケット売り場である。僕たちは階段の下まで歩いていくと、ふたりでそう高くない、さびれた階段を見上げた。

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階段を上がって左手がチケットの販売ブース、右手がゲートになっていて、客が列を作る為のガイドとなる手すりが残っていた。階段正面には「ショータイム」と書かれた看板が上がっていて、もちろん、何も書かれてはいなかったのだけど。

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この辺りは既に動画の撮影が始まっていて、ウパがタレントじみた動きを見せていた。受付嬢が立っていたのであろうボックスの中に立つウパにチケットを渡す素振りを見せつつゲートを通り抜け、左手へと体を向ける。レジャーランドの入り口であったと言われてもちょっと信じられないような重々しいトンネルが、鉄と木の柵と防犯カメラで更に頑な様相を呈していた。

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柵の隙間から覗くと向こう側に不自然なくらい茂った緑が見えて、道中の配線むき出しの冷たいコンクリート壁からは南国風の鳥のオブジェが、どちらかというと不気味な雰囲気を発しながら突き出ていた。

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神々しきウパの企み

柵の間から中をウットリと眺めていると、すぐ後ろに管理人の乗った軽自動車が迫っていた。ウパが

「俺今、見られていることを感じました。あの管理人、ウーパァー家の人間のボディを持っているのかもしれません。」

などとほざく。廃墟に触れているヤツは本当に幸せそうだ。

ちょうどトンネル内の景色に飽きてきていたところもあり、自動車と入れ替わるようにその場を離れる。管理人を威嚇するように怪しげな音を発するウパにカメラを向ける。

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なんか神々しくなった。

我々の見ていない行川アイランドの全貌を撫でてきた風と日差しが、この両生類を照らしてやまない。

ウパ「優作さん、行きますよね。」

方向転換をして走り去ってゆく軽自動車を横目に見送りながら、ゴッド・ウーパーは新興宗教の教祖のような、優しい笑顔を浮かべていた。

僕とウパのナニ巡り。〜行川アイランド・破章〜

青い空、白い雲、ケタタマしく笑うウパ。ウーパーカーは千葉県船橋市のインターから高速に飛び込む。およそ一年ぶりとなる『僕ウパ』のロケ車内は驚くほどにかつてのままで、双方共に一切のツッコミもなく、さながら笑い飯の漫才の如き様相でもってジョジョに由来する小ボケをぶつけ合うというい仁義なき空間と化していた。ジョジョのことが分からない人が同乗していたなら、ものの数分で気が違っていただろう。

ただそれが不思議なもので、どんな話しをしたのかと聞かれると何一つ答えられないのである。合計で5時間近い移動中ほぼノンストップで話し続けていたにも関わらず、僕が何を思い、ウパが何を思ったのか、塵芥ほども記憶に残っていないのだ。あまりに精神性の高い話題のためにお互いの自我が境界を越え意識レベルで感覚を共有するスピリチュアルな域に達したか、本人達の脳がその一切を不要と切り捨てる判断を下す程度の話ししかしなかったかのどちらかであろう。真相を思い出そうと記憶を遡っても、記事冒頭で述べたウパの

「ファーーーッwww」

という笑い声がリフレインされるだけである。なんだか不安になってきた。

 

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今回の移動距離。千葉県横断の旅。

 

 

行川アイランドとは。

さて、ここで改めて今回の旅の目的を明らかにしておく。今回我々が目指す『行川(なめかわ)アイランド』とは、千葉県の勝浦というところにある非常に有名な廃墟である。1964年に動植物に触れ合うレジャー施設というコンセプトで開園し、フラミンゴショーを看板に運営されてきた。しかし70年代に入ると東京ディズニーランドや鴨川シーワールド等に押され始め、経営が悪化。2001年の8月31日に閉園。晴れて優良なる廃墟へと昇華された次第だ。

ということで、ホテルやマンションといった単体の建築物が主な廃墟業界において、施設の跡地が丸々廃墟と化しているという行川アイランドは、実に希有な場所なのである。しかもこの行川アイランドは、そもそもが旧日本軍が使用していた山と海の間の空間を改修して作られたものであったので、各所に弾薬庫になっていたトンネルが点在しているという、世にも珍しい二度死んだ廃墟なのである。書いてるだけでギュンギュンしてきた。

そのような想像するだに股間が熱くなる所に行くのだから、気持ちが昂らない訳が無い。ましてやその昂った気持ちの締めを銚子電鉄というローカル線(僕ウパはもにゅっとする場所ならどこでも好き)で括れるのだから、今日という1日が「僕ウパ」にとって忘れ難い日になるであろうことは容易に想像できた。

高速道路をひたすらに南下する。あまりにウキウキとしていたため、我々は市原サービスエリアに一度立ち寄ることにした。サービスエリアもまた、我々の嗜好をくすぐる愛しいポイントのうちのひとつである。夜の足利サービスエリアにも、いずれiPhoneを片手に飛び込みたいところだ。

 

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なんだかびっくりするくらいパッとしない写真が撮れた。これも旅の浮かれ気分の賜物であろう。

 

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びっくりするくらい余計な写真も撮れた。もうちょっと浮かれすぎてて腹が立ってくる。

ということで実際のところ対して気持ち良くもなかった市原サービスエリアを高揚感だけで乗り切り、今更ながら1年前と比べると凹凸が激しくなったウーパーカーは、改めて一路勝浦を目指した。

 

 

果てしなく壮大な母なる海(錯乱)

 

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僕「ウパさんよ、ちょっと話しがある。」

ウパ「あの辺りに廃墟の素質を感じます。」

僕「ウパ・・・」

 

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ウパ「あのあたりに・・・」

 

気が付くと我々は海ほたるにいた。解説の必要は無いかとも思うが、一応。海ほたるとは千葉県の袖ヶ浦と神奈川県の川崎を東京湾をぶった切って繋ぐ海上道路が海底トンネルに切り替わるちょうど真上に建造されたサービスエリアである。ここだけを目当てに来る人も多く、陸地のサービスエリアと違い、引き換えすための道路が設けられている。

 

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海ほたるはココ。

 

ウパ「いやぁ、80年後が楽しみですね。」

おおよそ正常な精神状態とは言えないウパと何が何だか分からない僕を、見渡す限りの水平線が取り囲んでいた。

僕「なんか富士山が大きくなってきてるなぁって思ったんですよね・・・」

ウパ「ナビ使って高速道路を移動してるのにどうやったら道間違えられるんですかねぇこのウーパーちゃんは」

脅威の方向感覚を見せたウパであったが、その5分後にはまるで水を得たウーパールーパーのようにぬっちょぬっちょと海ほたるを歩き回っていた。

ウパ「このドリルを見てくれ。こいつをどう思う。」

僕「すごく・・・大きいです・・・」

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救いのない会話を繰り返しつつも僕とウパは眼前に広がる大海原と大空の織りなすコントラストを胸いっぱいに吸い込み、いつの間にかこの海ほたるの圧倒的開放感の虜になっていた。海原にカモメが留まっているのをみてはニャアニャア鳴くからウミネコだと言ってみたり、カップルで鳴らすための幸せの鐘をウパが一人で鳴らしてみたり、ここが営業停止になった暁には杖をついて訪れたいと勝手に話してみたり、なんやかんやで堪能した次第である。

 

ウパ「ハフッハホッホッ(営業中の海ほたるも中々悪くないですね)。」

僕「っていうか超楽しんでるじゃん。」

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タコの代わりにアサリが入ったアサリ焼きをハフホフしつつ、ウパがしみじみと海ほたるを語る。風の強い甲板とは違い、建物の中のベンチは快適そのものである。絶えず形を変え続ける水面と移ろいゆく雲を見つめるほどに、美しさとともに諸行は無常であるという思いが胸を突く。むしろ無常であるからこそ美しいのかもしれない。今こうして20代も折り返した男が2人で訳の分からぬ道楽に身を捧げていることも、いつか我々自身の形が失われてしまうことを思えば、大変に儚く、尊いものであるように思える。そしてこれらの無常を暗に示すからこそ、我々は廃墟というエネルギーの抜け殻に終末的美を重ねるのかもしれない。

 

僕「ウパさん・・・今何時ですか」

ウパ「ハホッ(13時です)」

僕「・・・」

ウパ「・・・・・ハフッ・・・」

 

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ウーパーカー「ブロロロロロロロロロロロッ」

 

しみじみしている場合ではなかった。今日我々にはふたつの目的地があって、それらを闊歩しつつ気さくなジョークなどを交えた動画を撮影しなければならない。海ほたるは事故的に迷い込んでしまっただけで、絶賛稼働中の物件には用がないのである。ウーパーカーは唸りを上げて、改めて改めて勝浦に向けて走り出した。ウパがキーキーと騒ぎながらカーナビを操作すると、彼は目的地までおよそ2時間半という目測を提示した。銚子電鉄は諦めよう。言葉にはならなかったけれど、僕たちは確かに意思を共有した。

 

つづく。

 

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僕とウパのナニ巡り。〜行川アイランド序章〜

人と人は根源的なところで決してお互いを理解できる存在ではない。全く同じ人生を歩み、全く同じ価値観を抱えて生きている人は、この世界のどこを探しても居ないのである。どれほど気の合う仲間でも、好きな食べ物や得手不得手な事柄、彼女が攻撃的であるか否か、といった点において、全く同じということはまず無い。それ故に人は相容れないことを悲しむのだが、同時にお互いに僅かな共通の価値観を見いだすことで、暗闇の中で微かな繋がりを感じるような喜びを知るのである。

 

午前10時前、

「到着が10時半くらいになります」

というメールを受け取ったので洗濯物を干していたら

「あと3分くらいで着きます」

というメールが届いた。こいつは喧嘩を販売なさっているのかと思い時計を見たところ、時刻は10時半を指していた。超スピードや超能力といったちゃちなモンではないそういう何かを感じつつ急ぎ仕度をして家を出る。待ち合わせのコンビニまでは歩いておよそ5分ほどだ。時は金成り、というが、金とは寿命である。ここで寿命を2分奪ってしまうことに罪悪感を感じないではなかったが、放っておいてもヤツがその2分をどこかで軽快に浪費するであろうことは用意に想像が付いた。そもそも我々は、これから意図して今日一日という寿命を浪費しようという名目の元に集うのである。2分程度の遅刻でガタガタ言っていては、正気は保てない。 急ぐでもなく歩いていると、コンビニの駐車場入り口でパンを頬張りながらソワソワとしている軽薄そうな人影が目に入ってきた。

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ウパである。

この男とはかれこれ6年ほどの付き合いで、僕の前職であるケータイ屋の初期研修会場で共に勉強を重ねた仲だ。マンガ、ジョジョの奇妙な冒険に出てくる立ち姿、通称「ジョジョ立ち」を夢中で研鑽する余り腰を痛め、職を変えざるをえなかったという猛者である。人見知りだったウパが振り絞るようにこのストーリーを聞かせてくれた時、思わず

「頭おかしいんとちゃうか」

といった感想を抱いた僕の心理は、容易にご理解頂けるだろう。ただ残念ながら僕も大のジョジョファンであるから、意気投合するまでにさほどの時間は掛からなかった。そんなオラオラだとか無駄無駄だとかいいながら付き合いを深めていった結果、我々にはもうひとつの共通点があることが判明した。お互い、大の廃墟好きなのである。

 

「僕とウパのナニ巡り」の誕生。

廃墟が好き、という気持ちを人に説明するのは難しい。それは例えばパチンコで大勝ちした時のような衝動的で瞬間的な快楽ではないし(パチンコをしたことは無い)、応援している野球チームが勝った時の達成感に似た喜びでもないし(特に応援している野球チームは無い)、余計な事を言ったのに彼女がケータイに夢中だったといった理由で暴力を免れた時のような安堵感に似た喜びでもない(免れたことは無い)。それは例えて言うなら、夕方、生徒が誰も居なくなった校舎の中に一人で居る時のような感覚に似ている。大きなエネルギーが通り過ぎた後の壁に染み込んだ喧噪が小さな埃の粒子と共に落ちてきているような、そんなもの寂しさと儚さに下腹辺りをぎゅうと締め付けられるような感覚なんである。無常が生み出した時の残骸に被虐的な喜びを見いだしているのか、それとも人という主役が居なくなったことにより浮き彫りになる背景の美しさに心を奪われてしまうのか、その辺は我々にもよく分からない。

まぁとにかくそんな気持ちが相まって、僕たちは去年の夏にひとつのYouTube番組をアップし始めた。それが「僕とウパのナニ巡り」である。僕とウパがお喋りをしながらお互いの行きたい場所を巡る、という非常にシンプルなコンセプトの番組である。その番組が始まってから、僕とウパは検見川無線や大佐倉駅周辺、ホテル江戸城跡地や東船橋駅周辺等、様々な場所を巡ってきた。時には人様の敷地に足を踏み入れることもあったのでYouTubeにアップできているのは当たり障りの無い一部なんであるが、とにかくそのようにして半年ほど、巡り喋り撮ったところで僕の方が忙しくなってしまい、「僕ウパ」は休眠期間に入ることになる。

その休眠期間を挟んで、今回実に1 年ぶりの撮影に望んだ。目的地は千葉県の勝浦というところにある行川アイランドというところと、そこから北上した銚子というところにある銚子電鉄というローカル線である。巡る順番は記述の通りだ。挨拶もそこそこに我々はお互いの期待を察しつつ、見慣れたウーパーカーへと身を滑り込ませた。

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ウーパーちゃん「よっ」

かくして1年越しの「僕とウパのナニ巡り」が、何かプラプラとしたウーパールーパーのキーホルダーをもにゅもにゅとしつつ始まったのである。

 

つづく。

「ふざけるな」といって怒られる前にすべきこと。

よく彼女から「ふざけるな」といって怒られる。そういった場合、僕は高い確率でふざけていない。どうしてこのような叱られ方をするのか、不思議である。ちょうど、せっせとポップスを演奏していたら客のひとりが

「そんなものはロックじゃねぇ」

と叫んで暴れだすようなものだ。文法的には「そうだよ」と肯定するしかないが、実際相対しているのは酔った客ではなくシラフの彼女である。直接的な危険度は計り知れない。

 

このように、人は時折(彼女の場合は頻繁に)怒りのあまり事の論点を見誤ることがある。上述の例の場合、彼女が怒り出した理由が僕が夕食のおかずをボトボトテーブルの上に落としていることであっても、「ふざけるな」という一言があるがために、事の論点が”僕がおかずをこぼしたこと”から”僕がふざけているように見えること”に転換される。その結果、

「すいません、ふざけていました」

と肯定しても

「ふざけてなんかいない」

と否定しても彼女の怒りを増長させるだけ、といった袋小路に迷い込む。この状況から敵の目的が僕の失態を指摘し気付きを与え今後の人間的成長を促すことではなく、怒ることそのものであることが分かる。

 

こういった状況に陥った際、軽薄なる男性諸氏はどのようにしてその場を切り抜けるべきか。この道28年(2013年時点)の僕が編み出してきた様々なテクニックをご紹介する。

 

1.平謝りをする

逃げるに然りという言葉もあるが、袋小路故に逃げ場は無い。そうした状況において人命を最優先とする場合、とにかく頭を下げ、陳謝に陳謝を重ねる方法が一般的である。タイミングとしては、相手が「ふざけるな」と言い切るか言い切らないかくらいのタイミングで頭を下げるのが良い。最悪その上で殴る蹴るなどの暴行を受けたとしても、

「頭を下げている人間をさらに痛めつけるとは酷い女だ」

と後々心の中で秘密裏に叫弾することができるから、安心だ。

 

2.気を失う。

目覚まし時計も覚醒しなければ鳴っていないのと同じ、というように、気を失ってしまえばその後どんな恫喝を受けようがそれ以上のダメージを受けることはない。加えて、おかずを落としたのは、実は気を失う前兆であったのだというストーリーを演出できれば信憑性が増すような気がする。

ただし、一瞬で自主的に気を失うためには相当の訓練が必要である。また、目を覚ましたら「ゴミ捨て場に突っ込まれていた」「盲腸の手術が終了していた」「実は自主的な失神の前に目にも留まらぬ早さで顎を打ち抜かれていた」といったリスクが伴うから油断ならない。

 

3.他のものに意識を向けさせる。

家畜の牛は健康維持のための注射を打つ際、その痛みを紛らわせるために鼻のリングを思い切り捻られるという。その原理を応用し、おかずをこぼしたことよりも、彼女が目を向けざるを得ないインパクトのあること(「大声を上げて泣き崩れる」「何かに憑依された風を装う」「突然二人に増える」など)を行えばよい。

ただし、ここでインパクトを求める余り、味噌汁を吹っ飛ばしてさらに罪を重ねてしまっては元も子もないし、

「一瞬前にこのテーブルにおかずが落ちた状態で世界が構築されたということを100%否定することはできない」

といった論理的な手段に打って出ても、効果は薄いどころか良くない結果に繋がる恐れがある。センスが問われるところである。

 

他にも色々あるかもしれないが、とりあえずは上記の三例を抑えておけばある程度の対応はできるだろう。大切なのは、いつ何時怒られるやもしれぬという確固たる確信と決意でもって日々に望むということである。

なお、提案した手段を持ってしても実際被害が免れなかったという際の責任は一切取らない。なぜって、それはそちらの今までの行いやお互いの信頼関係の上で成り立つ事象だからであろう。そんなところまで面倒を見ていられるか。ふざけるな。

米食品医薬品局(FDA)で少し前から騒がれていたトランス脂肪酸が規制された件。

米食品医薬品局(FDA)で少し前から騒がれていたトランス脂肪酸が規制された件。

流行の波に乗り遅れるなと各種メディアがこぞってトランス脂肪酸をボッコボコにしているが、小学生の頃給食のパンにはマーガリンが常備されていて、なんだか物足りない時はマーガリンを使わない友人から一袋丸々もらって舐めるようにカッ食らっていた男とは僕のことである。

胸に七つの傷のある男に「お前もう死んでんだかんね」と言われたような気持ちでニュースサイトを見つめる昨今であるが、そもそもトランス脂肪酸とは何者であろうか。トランスなどと言われると、トレーラーや戦車的がロボ的ななにがしに変型するのかな、などと想像せずにはいられないが、脂肪という言葉はやはり緩慢で、一歩及ばぬイメージを連想させる。加えて、最後の酸という言葉がからくりサーカスのフェイスレス司令を思い出させるため、頼りになるリーダーだけど実は悪いヤツ的様相を呈する。

なんだ、トランス脂肪酸ってメガトロンなんだ。

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最新のメガトロン様。
何?説明が分かりづらい?ググんなさい。

 

トランス脂肪酸って何

と思ったので簡単に調べてみた。今更人に聞けない。

トランス脂肪酸というのはマーガリンや揚げ物に含まれている人体に有害な油のことだ。どうして含まれているのかというと、生成の家庭で発生してしまうことと、固まって崩壊しないという特性が品物を運ぶ時に便利だから入れちゃった、というものがある。そういえばマーガリンは植物性油で血液サラサラとかいっている割りに冷やすとかなり固くなった覚えが。

あと、善玉コレステロールを減らして悪玉コレステロールを増やすとか、心臓疾患の原因になるとか、細胞を壊すとか。何こいつめっちゃ悪いヤツやん。

調べるだに背筋の凍る思いである。胸に七つの傷がある男もちょっとムキになって「だからもう死んでるんだってば」などと言っている。
ほら、分かったから、そんな泣かなくてもいいじゃん。

とはいえ、ひとつ気がかりなことがある。今回トランス脂肪酸についての規制が通ったのは米国であるということだ。米国といえば、マックに行けばバケツ一杯のコーラをガブ飲みしたり、スーパーに行くとアイスクリームがキロ単位で売られているような国である。そもそも日本とは食文化が違いすぎるのではないだろうか。これもちょっと調べてみよう。

 

そんなに気にしないでいいんじゃないの。

あぁ、あったありました。ということで、日本と米国と、あと頼んでもいないのに出てきたEU諸国のトランス脂肪酸の摂取量関係の図。

www.fsc.go.jp_sonota_54kai-factsheets-trans.pdf
※食品安全委員会資料より

 

図を見て分かる通り米国の調査年が10年以上前なんだけど。僕まだ高校生なんだけ・・・えっ
10年前ってもう僕高校生なのっ!?

取り乱しました。時間の恐ろしさを目の当たりにしたものですから。
ということで、調査をした年数が結構古いんでこの限りではないと思うのだが、日本は圧倒的に摂取量が少ない。米国とギリシャすげえな。なのではやり、今のところは過剰な摂取が問題になっているお国で立ち上がった規制でした。ということに。食のQ&Aさんのページにもこのような記事が。以下抜粋。

欧米諸国では食品への表示や含有量の規制が行われているケースがあります。一方、日本の食品安全委員会は、トランス脂肪酸の摂取量について、日本人のほとんどがWHOの目標である総エネルギー摂取量の1%未満であり、また、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さい。しかしながら、脂質に偏った食事をしている人は、留意する必要があるとの見解を出しています。

まぁつまり、欧米化が進んだ現代だって、基本的に日本食を中心とした生活をしていればそこまで気にしなくていいんじゃね?ということ。そこまで調べてないけど、トランス脂肪酸撲滅教みたいなこと言ってる人たちと乳製品業界の繋がりとか、どうなってるんですかねぇ。ワクワク。

 

結論。まだ死んでない。

では、問題の私試算である。小学校の給食でパンが出された比率を50%と仮定。うち70%にマーガリンがセットされていたとすると、ええと、そ・・・そんなに食べていない気がする。そもそもトランス脂肪酸は牛乳や牛肉、ラム肉なんかに含まれていたりもして、完全に接種しないようにするには乳製品も口にしないベジタリアンになるしかない。あと、菓子パンも食べない。揚げ物も食べない。あ、そういう表もありました。

www.fsc.go.jp_sonota_54kai-factsheets-trans.pdf_1
※食品安全委員会資料より

 

ということで、僕の中で出た結論としては、そんなに気にしすぎちゃいけない、ということである。この図に書き込まれているモノを食べる機会の多い方はちょっと気をつけたらよいのではないだろうか、程度のものだ。よく言われることであるが、気にして神経をすり減らす方が、よっぽど健康に悪い。胸に七つの傷のある男も、「もう死んでるとか、ちょっと言い過ぎたかもしんないっす。サーセン。」と頭を下げている。

もしかしたらまた別の成分でマーガリンとバターの立場が入れ替わるかもしれない。健康の流行りとはそういうものである。深く気にしすぎず、食品選びの基準のひとつ、くらいの付き合い方をしたい。あと、勘違いは誰にでもあるから、あんまり気にすんなよケンちゃん。

高いところは好きですか。

”馬鹿と煙は高いところが好き”という言葉がある。
僕は高いところが好きでない。
よって僕は馬鹿ではなく、煙でもない。

 

Busto di Aristotele conservato a Palazzo Altaemps, Roma. Foto di Giovanni Dall'Orto

アリストテレスも裸足で逃げ出す三段活用論法により、僕が馬鹿でも、あるいは煙でもないというとこが唐突に証明された。僕は昔から高いところが苦手なのである。そのきっかけはまだ僕が小さかったころ、「ザ・ドラえもんズ」の映画の中で、ドラ・ザ・キッドが自身を高所恐怖症であると公言したところにある。

そもそも山の合間で生まれ育った僕であるから、崖的なところがあってもそこには木々が生い茂っており、見下ろすところというよりはむしろ登るところ、といった認識であった。子供心に背中をゾワゾワと何かが奔ることがあると認識はしていたが、特に気にも留めていなかった。それが、高所恐怖症というなにがしの存在を知ってしまったために、高いところは怖いもの、という風に認識を改めてしまったのである。

それを身をもって体感したのは小学校時代、社会見学で僕の地元にあるダムに行った時だ。ダムというのは建造物としては非常に特殊な形状をしており、内部外部を移動するための階段が非常に急な勾配で設置されている。その外部階段を登っている時にそのまま後ろ側に倒れていってしまうのではないかという想像をして、足がすくんでしまったのだ。そうして気付いてしまった怖さというのはそう簡単に拭いきれるものではなく、その後僕は”高いところが苦手”という意識をずっと引きずって生きてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■スカイツリーにいってきました。

写真 2013-10-17 18 22 35

タワー全高634m。
天望回廊:450m
天望デッキ:350m

東京スカイツリーは世界最高の高さを誇る電波塔であり、東京、日本のシンボルタワーでもある。個人的には当時の日本人の泥臭さや野心が滲み出ている東京タワーよりもデザインが好みだ。もう少々遊び心があってもよかったのではないかと思い、巨大なラスカルを巻いてみてはどうかという提言の準備がある。それが却下された場合、オスカルではどうかと提言する準備もある。実行の日取りだけが決らない。

そんなスカイツリーに行ってきたのであるから、元来高いところが苦手な僕としては、タワー内部の高速エレベーターに搭乗し海抜距離を一気に上げてゆく過程でカリカリに痩せ細り、最上階に到着しても魂的なものは止まらずに天の国を目指すのではないかという不安が拭いきれない。

ただ、ただ、である。僕は浅草で仕事をしていた間、ずっとこのスカイツリーが育ってゆく様を見つめていた。文字通りスカイツリーの産まれる数年感という一瞬を、雨の日も風の日も、相方のF嶋さんの機嫌が悪かった日もハイウォッシャーでウンティーヌを爆発させた日も、ただ静かに確実に育ってゆく大きな木を見つめ続けてきたのである。僕の中には竣工より以前から、『スカイツリーとのストーリー』が、その全高よりも高く深く刻まれていいたのだ。

 

僕「・・・登らねばなるまい。」

彼女「ええやんめんどくさい。」

 

尋常ならざる切れ味のカウンターで僕の想いは断たれようとしていた。しかし、自宅の衣装ケースの大部分が一緒に住んでいる訳でもない女の洋服で埋め尽くされようとも、楽しみにしていたプリンがいつの間にか彼女の皮下脂肪へと変貌を遂げていようとも、これだけは譲れないところが、僕にだってある。

あらん限りの勇気を振り絞って「どうしてもタワーに登らねばならない」「でなければ僕とタワーのストーリーは進まない」という話しをカントリーマァムとカフェオレを差し出しながら伝え、懇願した。そうして新たにチョコパイの贈呈を引き換えに、どうにかこの逢瀬が実現したのである。刹那、

 

「ほな、しゃーなしやで」

 

と言う彼女が天使に見えた気がしたが、天使は決して食べこぼしで床を散らかしつつカフェオレをズルズルと飲みながらカントリーマァムの大袋を握り潰したりはしないと、なんとか精神汚染の進行を停滞させた。スカイツリーからの景色を拝むまでもってくれと、祈るような気持ちであった。

 

 

■以外と平気でした。

ということで、僕は彼女と二人で東京スカイツリーに登ってきた。行ったのが平日ということもあって、一体どれほどの人数が並ぶのかと怖くなるほどに広い待機ロビーを一直線に歩いて抜け、それでも多少の列が出来ていた高速エレベーター前で、大阪弁のオバちゃん達(彼女を含む)と並んでその時を待った。

高速エレベーターは外部が見えるという訳ではなく、静かにかつ迅速に、僕と東京のオバちゃん達(彼女を含む)を地上350mの天望デッキへと運んだ。途中「めっちゃ耳キーンなるわ!」「うわなにこれめっちゃおもろい!」「飴ちゃんあるで飴ちゃん!」といった幻聴が聞こえるという現象があった。僕はもう、それほど長くはないのかもしれない。

天望デッキに着いた僕たちは即座に別売りのチケットを購入し、そのままさらに100m上の天望回廊を目指した。

写真 2013-10-17 19 01 11

絶景であった。

写真は浅草方面を映したもので、浅草寺や元国際劇場である浅草ビューホテル、隅田川等が映り込んでいる。少し分かりづらいが、写真の左下隅にASAHI本社ビルのウンコが少しだけ映り込んでいる。得したね。そういうことにしておこうよ。

写真 2013-10-17 19 14 24

天望回廊は曲線を描いたガラスで丸く覆われており、身を乗り出すと足下が見える。写真に移っているUFOの底面のようなものは、100m下の天望デッキの屋根である。そこから下はもうちょっとよく分からない。これくらいの高さになると、もう高いとか低いとかそういった感覚が麻痺するようで、僕の思い込み高所恐怖症は一切顔を出さなかった。ただ、回廊を走り回る小学生達に対する彼女の苛立ちが何か事件に繋がらなければいいと、それだけを考えていた。

回廊を進んでゆくと内壁側に少し窪んだところがあり、スカイツリーのシルエットと、ホウキに乗って空を飛ぶスカイツリーのマスコットキャラクターソラカラちゃんと記念写真が撮れる、というスペースになっていた。両サイドが鏡になっていて、大勢で並んで手を繋いで映るとまるで無限に人の輪が連なっているように見えるという作戦である。無限に増える彼女など災害以外の何者でもないが、せっかくここまで来たのだから、一緒に並んで写真を撮ってもらわないかと、彼女に声を掛けてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か良くないことが起こっている。それだけは分かる。

うむを言わさぬ剣幕でもって記念撮影を拒否された僕は大勢の小学生や一般客が5.6人で手を繋いで楽しそうに写真を撮ってゆく中、ひとりだけこんな感じで身構えた。天井から放射されるライトが頭上をかすめる度に心がすり減ってゆく。穴があったら入りたい気持ちであったが、残念ながら建物の構造上、僕が座っている場所が穴の最深部に位置する。万事休すとは、こういう状況のことを言う。

 

 

■上がるボルテージ。下がるボルテージ。

僕たちはスカイツリーを降りていった。下りのエレベーターで同じようにスカイツリーに来ていたカップルと一緒になったのだが、腕を組み肩を組み、放っておいたら何を始めてしまうか分かったものではないイチャイチャぶりであった。片や当方、

 

「写真があんなにピンボケしていたのは「早く撮れ」と騒いだお前が悪い」

 

と怒り心頭炎の魔獣と化した彼女と、

 

「無理ですって。小学生とか超見てたじゃないですか。隣のお姉さんに写メられてたじゃないですか。絶対ツイートされてるよアレ。」

 

と言い訳を重ね怯え凍える仔犬のようになった僕である。恋人同士の在り方に定義など無い。恋は全て夢である。ただ、それが悪夢であるケースも存在する。それだけの話しである。

こうして僕は凄まじい勢いで下がってゆく我々の海抜位置に対し、燃え上がってゆく隣りのカップルと僕の彼女の怒りに身を焼かれつつ、小さな命を精一杯握りしめた。

なお、この後彼女は自らの怒りを沈めるようにスカイツリータウンを闊歩し、スナック菓子と牛タン定食をカッ食らい、決して易くはない簪とスカイツリー土産を買い込んだ。鬼気迫るとは、あのことだ。

 

 

ということで、僕の初めての東京スカイツリーは上述の事件事故に巻き込まれつつもなんとか成され、ピンボケした写真と将来への不安を残し、終了を迎えた。次回また登る機会に恵まれたなら、晴天の日中、関東一円を見渡してみたい。その時は彼女の怒りをマメに沈めるため、トランク一杯にカントリーマァムとチョコパイと牛タンを詰め込んで、挑もうと思う。

 

 

新ブログの開設における苦労といちばんやさしい本。

「独自ドメインがええに決ってるやん」

 

そう言われましても、ドメインとかちょっとよく分かんないっていうか、サーバーって何さっていうか、あ、それちょっと美味しいアレですよね、あーやっぱり、シンガポールに行った時にちょーっとだけかじったかなーっていうか、みたいな、そんな感じであったのだ。AmebaBlogには既に長い付き合いである読者仲間の方が大勢いるし、使い勝手も分かってるし、楽だし。

それでいて友人に作ってもらった僕個人の公式HPはさながら修行を積む禅僧が如き沈黙をたたえていて、HTML手打ちで更新を続けるにはあまりにコンテンツ力が弱く、ホームページビルダーは使い方が分からず、あと死ぬほど面倒くさかったのである。

そこで目を付けたのがWordPressであった。

wordpress

WordPressというのは、なんとかかんとかというアレで、もう超簡単に言うと、「これ、ブログなんだけどホームページなんっすよぉwww」的な、そういうものである。うん、全然分からん。

例えて言うなら、AmebaBlogやFC2のような外部ブログは出来合いのカレーライスを買ってくるか、自宅でインスタントルーを使ってカレーライスを作るかの違いである。カレーが出来上がるという事実的な結果は同じなのだが、WordPressの場合は素材のチョイスや味付けは基本的に自分ですることになる。あと、実際食べてみて美味しかった時に、お客さんが覚えていくのがメーカーの名前かブロガーの名前か、という違いもある。これがかなり大きいんである。

あと、アフィリエイトの真似事ができる。商売をする気もブログ飯を食ってゆき気もないのだけど、良いと感じた品物を紹介して、共感してくれた人がその場で手に入れられるというのは、良いことだと思う。

といった能書きはもうひとつのブログの方に任せるとして、今回はブログ移設時に僕を襲った困難を公開し、これから本格的なブログ運営を目指す仲間達の出鼻を根こそぎくじきに掛かろうと思う。あの日僕がディスプレイの前で流した涙を、僕だけのものにしてはいけない。

 

 

■ネット用語が分からん。

おそらく初心者がインターネットをちょっと触り出して一番始めにぶつかる壁であろう。SNS活用ブログなんてものを運用しながらも実はネットは初心者である僕は、初めてWordPressに触れた際に

「phpって何ですか。」

「ディレクトリってどれですか。」

「プロトコルとキャッシュって炎と氷の魔法ですか。」

といった、気遣いの欠片も無く蠢く異国語文化に対して筆舌に尽くし難い憤りを覚え、パソコンのディスプレイに向かってうわ言のようにばるすばるすと呟いたものだ。独り言の数が増えたのも、これによるところが大きい。そもそも、どうしてネットユーザー達はそこにある言葉をそのまま使おうとするのだろうか。彼らがもう少し何も分からないけれど求めている人の気持ちを察してくれれば、デベロッパやプロファイルやXMLが現代プロレスの技にしか見えなくなるといった精神の崩壊を食い止めることが出来たはずだ。誰の精神が崩れたのかは黙っておくがなうんこぽぽぽぽ。

この専門用語の難しいところは、その一言に要約されている情報が多すぎるという点にある。

例えば「ゲーム」という言葉には「デジタルゲーム」「アナログゲーム」「ゲームをして遊ぶ」といった、様々な意味合いが要約されているし、「ジャイアニズム」という言葉には「俺のものは俺のもの。お前のものは俺のもの。あと映画の時はちょっとだけええヤツ成分と食いしん坊成分が上がるからキャラがちょっとだけ違う方に立つ」といった意味が要約されている。専門用語はそれらのニュアンスのブレンドを状況によって使い分けるから、素人には何の話しをしているのか分からなくなる。ちなみにこれは、今僕が自分で何の話しをしているのかよく分からなくなってきたとここはあまり関係がない。

兎にも角にも、やりながらでなければ覚えられないのが、どの業界においても専門用語の共通項である。僕はいよいよ理解に苦しんで本屋に駆け込み、本を一冊買ってきた。

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いかがだろうか。まず『いちばん やさしい』という平仮名で書かれた見出しが、もうこれがやさしくなければ何がやさしいと言うのだろうか、といった様相を呈している。『いちばん』が平仮名である時点で既に自転車の補助輪的安心感があるというのに、『やさしい』までもが平仮名であるから、すぐ隣にお父さんがしっかりと寄り添ってくれているようなやさしさを感じずにはいられない。

そのイメージのまま、中央のメインとなる『WordPress』という言葉に注目してみた。よく見ると、小さな”o”と”r”の上にさらに小さく、『ワードプレス』とカタカナでルビが振ってあるではないか。万が一WordPressという英単語が読めないという方が居た時の為の気遣いである。どんな悪路でバランスを崩しても、きっとお父さんが助けてくれる。そんな気がしてきた。

そして、ここまで安心させておいてからの『教本』である。それまでのやさしさでときほぐされた心と体にしっかりと、あなたに学びを与えると、そんな意思が伝わってくる。お父さんはいつだって、歩むべき道を照らしてくれている。ありがとう!お父さん!

 

さらにここからである。あらためて、この本の表紙を見てみよう。

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星野先生超やさしそう!

そうなんである。どの講師の方も鉛筆がでそこはかとなくやさしい雰囲気で描かれているのだが、星野先生のそのポヤっとした感じが、他の追随を許さないのである。おっとりとした眉毛にあまり気を使っていない髪型と服装、下膨れのご尊顔。万が一こちらの理解が遅いと怒り暴れ始めても、なんとかやっつけられそうである。あ、そんなことしないよ、嘘だよ、ごめんねお父さん。

 

 

■なんとかなりました。

結局のところ、この本のお陰で僕の「そこ、ちょいフラットやで。」は無事WordPressに移転することができた。というのもこの本は、サーバーを契約し、独自のドメインを作り、そのドメインでブログを開始するという、ガチガチのネットユーザーなら

「そんなこと言わなくても分かるでしょjk」

と書かずに捨てるような情報から提示してくれている。サーバーの契約とドメインの取得登録さえ出来てしまえば、後は外部ブログと変わらない。違うのは、運用の結果得られる評価がシステム的にもパーソナル的にも全て自分のものになる、ということだ。『いちばんやさしいWordPressの教本』は、間違いなくいちばんやさしい。本職ブログの方でもWordPressの開設方法を公開してゆくが、ほとんどこの本の写しのような形になるだろう。それくらい、初心者を意識してくれた内容であった。

 

ところで、AmebaBlogの過去の記事をWordPressに反映させるためには、一度FC2ブログを作ってそこの引っ越し機能を使う必要があるらしい。他にも方法は2,3見られたが、どうやらそれが最も効率が良さそうだ。記事を作りながらの細部の設定と過去記事の連結等、まだまだ課題は山積みであるが、どうか新生「そこ、ちょいフラットやで。」を、これからもよろしくお願いしたい。