一昔前の青春マンガではよく青年が恋人に向かって
「お前のことは俺が守る!」
と防衛宣言をし、その言葉に恋人も目に涙を溜めて感動するというシーンがよくあったものだ。実際に僕自身、高校時代の恋人に対してそのような感情を抱かなかったかというと、そんなことはない。未熟ながらの決意表明ということで、好感の持てるシーンである。
ところが恋人の個たる部分に触れる機会(「ラーメン屋で大盛りを頼んでいた」「冷蔵庫の中のプリンを勝手に食べるようになってきた」「ゴキブリを鼻歌を歌いながら表情ひとつ変えずに殺害する場面を目撃した」など)が増えてくるにつれ、
「あれ?お前の方が強くね?」
という疑念が胸をよぎるようになってくる。
そして更に時を経て恋人の本質たる部分(「足が臭いから2メートル以内に近付くなと言われる」「トイレに立つとついでにコンビニでプリンを買ってこいと命令される」「怒ると叫びながら、遠距離からは投擲、近距離では蹴り技を駆使したオールレンジ攻撃を仕掛けてくる」など)に触れることにより、
「はい、仰せのままに。」
と人格の矯正が進行する。
ここまでくるともうやられたい放題であるから、守るとか何とかそういうことを言っている余裕はない。むしろ誰かに守ってもらいたい気持ちで胸がいっぱいになる夜が増える。
古き良き時代という言葉があるが、時代は常に今が最善である。男女という関係性は平等になればなるほど、男性の虚弱と女性の強靭が剥き出しになる。
それがある年齢を越えてくると、男には捨てられない栄光が積み重なり、女には捨てるものがなくなる。それはひとえに、若かりし日の「俺は強い」「私は弱い」という双方の勘違いが招く悲しい未来である。
であるから僕のように、若い頃から自分の弱さというものを受け入れておけば、お互いの勘違いは最低限に抑えられる。そうすることによって将来の平穏な暮らしを補完するという実にインテリジェンスな人生計画なんである。
そうこう考えているうちに仕事終わりの彼女様から電話が掛かってきた。
「(ガチャ)はいもしもしすいません。はい。はい。そうです。はい。すいません。はい。すいません。いえ、彼女様は悪くないです。はい。はい。もうちょっとだけ待ってください。すいません。ちゃんと返しますから、1000円。はい。すいません。ありがとうございます。失礼します。」
人生の歯車が軋む音が聞こえる。
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