待合室に入ると思っていたよりも人がいて、あれこれと慌ただしく動き回っている。僕はと言えば、お恥ずかしながら自分のスーツを持っていないものだから、母が持ってきてくれた父のスーツに着替えて、ネクタイを締める前に夕食を食べた。
母方の祖母が亡くなった。施設に入って2日目の朝だった。夜にあった返事が明け方なかったので職員の方が確認に行ったところ、息をしていなかったのだそうだ。
この辺実は色々ドラマがあるのだけど、家族のことであまり公言できるでもないので、メルマガなどでこっそり語ることにする。とにかく、小さなころから可愛がってくれた祖母が亡くなったということで、母方の親戚一同が集まり、セレモの待合室で通夜の準備をしていたのだった。
通夜が始まる直前に首回りが苦しいシャツをさらにネクタイで締め上げて苦しんでいると、体重100キロを越える弟のちゅわさんが隣りでシャツを着ているだけなのにボンレスハムのようになっていて、僕を勇気づけてくれた。
ちゅわさん「苦しい・・・」
ぷぅちゃん「ちゅわさんなんかLINEスタンプにありそうな感じになってるで」
さらに下の弟のぷぅちゃんがちゅわさんを労る。口元が引きつっているように見えるのは、きっとプラズマのせいである。
式が始まると早い段階で坊さんが入ってきて、お経を上げ始めた。ミュージシャンの観点から言わせて頂くと、坊さんというのはかなり歌が上手く、またリズムキープには大変な安定感がある。木魚の音などは人の耳に心地いい帯域であるから、僕は坊さんの上げるお経を聞くのが割と好きだ。
この日も坊さんは安定した読経を見せたのだが、途中でふと気付いた。もしかしたら、ハモれるかもしれない。
ちょうど手元には、今日坊さんが読み上げるお経がプリントされた紙がある。僕は坊さんのお経に耳を澄ませながら、何度か口の中で音の高さを調節した。
まずは、3度である。ハモるといえばこの音階だ。道端でストリートをしている少年達も、だいたいが3度の距離感でハモり続けている。最もシンプルで、スタンダードなハーモニーだ。そのためか、周りの人も目に見えた反応を見せない。僕は何かしらの手応えを感じて、次の音階を目指した。
次は短3度だ。和音には長調と短調があるが、長調の方は明るい響きになり、短調は暗い響きになる。先ほどまでのほがらかなハーモニーとはうって変わり、式場は悲しみのどん底にあるように感じられた。隣りに座っているハムの人・・・もとい、ちゅわさんも、心なし涙を堪えているように見える。音の力というのは、かくも偉大である。
次はさらに下がって2度だ。この音はどちらかというとオクターヴ上9度としてお化粧的に添えることが多いのだが、倍音を捉えれば特別音階を上げなくてもはめることができる。短3度の時と違い、何やらオシャレなムードが漂い始める。遺影のばーちゃんも、よく見るとカプチーノを楽しんでいた時の写真ではないかと思えるほどだ。隣りでハムが握りしめていた手をほどいた。リラックス効果が確認できたと言える。
続いて、上がって上がって4度である。4度は明るいも暗いもない、空っぽな響きのハーモニーだ。僕の好きな距離感である。少しボリュームを上げると、坊さんがやりにくそうに身体をモジモジとさせた。すまん、坊さん。
ここまで来たところで、坊さんが手持ちの楽器を木魚からカンカンと甲高い音を立てる名も知らぬ何かに持ち替えた。持ち替えの間も読経を止めず、無音のフィルでセクションの変化を演出している。音楽を理解している人の所作である。
坊さんがカンカンやりはじめると、お経は「ナンマイダブ」という誰もが知っているフレーズをなぞり始めた。ちょうど焼香も終わって、会場全体が「ナンマイダブ」というフレーズでひとつになる。
そして「ナァムアミダァブツ・・・」というリタルダント気味の歌い回しの後、楽器とセッションは一度ブレイクし、坊さんのソロが入る。耳につく音と「ナンマイダブ」のコール&レスポンスは、このソロを際立たせるための演出であったのだ。
しかもこの後に少しだけ入った通常の読経シークエンスでは、坊さんの出す「カンカン」という音が裏拍を取り、ラストに向けてドライブ感を上げた、実にビートフルな展開を見せた。恐るべし、坊さんの楽曲構成力。
ひとしきりの読経が終わると、坊さんは当たり障りのない挨拶をして帰っていった。僕はあまりに濃厚だった時間に満足しつつ、翌日の告別式ではどのような展開が見られるのかと心躍らせた。
翌日、僕は同じ格好で同じ席に座って、坊さんの到着を待った。今日はハム・・・いやちゅわさんはどうしても仕事が休めなかったので欠席である。僕の隣りにはちゅわさんの半分ちょっとくらいしか体重のないぷぅちゃんが座っていて、会場内の気温が3度ほど低いように感じられた。
そんなことを思っていたら、司会の暗い兄さん(陽気に進行されても困る)の呼び掛けで坊さんが出てきた。昨日の坊さんの他に、もうひとりいる。2日目はバンドスタイルである。明らかにクライマックスに向けてボルテージを上げてきている。いやがおうにも期待は高まる。
この日のセッションは、新メンバーの坊さんが放つシンバル(のような楽器)のガンガラガンガラという音から始まった。シンバルのサスティンが消えないうちに彼自身が読経を初め、何度目かの息継ぎのタイミングでメインの坊さんが合流する。
この時点で木魚の音は既に裏拍を取っている。バンド編成なだけあって、今日はアゲアゲだ。時折新しい坊さんが楽器を持ち替えるのだが、その時の消音が完璧である。音楽の鉄則として、鳴らしてはいけない音を絶対に鳴らさない、というものがある。あの大きな袈裟は、楽器のミュートを確実に行うためのものに違いない。
新しい坊さんのいぶし銀のテクニックに見蕩れていると、古い坊さんのとるリズムが半拍ズレたように感じられた。やはり注意散漫ではビートが取れないと反省し、改めて木魚のリズムに身体を乗せると、またズレる。もしやと思い集中力を高めてみると、この坊さん4小節に1度、7/8の拍取りをしているではないか。まさか仏前でプログレのアプローチが楽しめるとは思ってもみなかった。
しばらくリズム遊びを楽しんでいると、新しい方の坊さんが突然立ち上がり、小さなハリセンのようなもので祖母の入った棺を「パァンッ」とシバいた。あまりに唐突だったので、不意をつかれたぷぅちゃんが隣りで笑いを堪えている。続いて古い方の坊さんが、竹串のようなものを束ねたものを棺に向かって投擲した。「チャンッ」と軽い音を立てた何かの束は棺の上で一回跳ねて、式場の端っこの方に飛んでいった。
アヴァンギャルドなアプローチの後は、やはり「ナンマイダブ」の大合唱で散り散りになった参列者の気持ちをひとつにまとめる。線香の香りと前衛的な読経。どう見てもドラッグパーティーである。宗教と音楽の同一性。その力は、恐ろしいほどに強い。
こうして祖母の送別式、及び告別式は終わりを告げた。祖母の骨はお墓に入って、祖父と先立った長男と、長らく生きた谷間の小さな集落を見下ろしている。
ところで、僕の葬式の時にはぜひインプロのギターをあの坊さんバンドに加えて頂きたいのだが、こういったお願いはやはりお寺にするべきだろうか。
木魚は、やっぱりこれを使ってほしい。
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