今年のみかんは何故か色が赤くならなかった。味には問題がないのだけど、どうにも青いんである。品物の見栄えは重要なポイントであるから、もう少し赤くなるのを待とうということで、結構な量の実を木に残していた。
しかし残念ながら、もう出荷ギリギリという時期になっても残した実が赤くなることはなかった。僕とじーちゃんとブラザーちゅわさんは、頑として己の成長を拒むアダルトチルドレン的思想のみかんを切って落としつつ、ギリギリのラインを狙って収穫作業をしていた。
そういう収穫をしていると、小さな落胆が繰り返し襲ってくる。色だけならまだしも、やはり美味しいみかんの成る木とそうでない木があるから、そうでない木に当たった時などは、その落胆が実にジワジワとボディに効いてくるのだ。
余談であるが、生まれたころから実家でみかんを見ていると、なんとなく美味しいみかんとそうでないみかんを見抜くことができるようになる。百発百中、とまではいかないが、手に取るとなんとなくピンとくるんである。みかんを箱詰め出荷する際には、その能力をフルに発揮しているので、お客様の手元には我が家の精鋭達が届いているはずなんである。
まぁそういう訳だから、色が青い、形が悪い、美味しくないという魔の三拍子が揃った実を収穫していると、簡単に言うと気持ちが萎えてくるんである。やはり「こいつァいいモンだぜ!」といったテンションは、単調な作業をする上では非常に重要なんである。
そうやって全員の口数が少なくなり、精神的に追い込まれてきたと各々が自覚をし始めた、その時である。畑の向こうから小さくて丸いものが走ってきたのだ。
「んにゃぁん」
みかん農園副園長のカイちゃんである。カイちゃんは普段は自宅の車庫で丸くなっているだけの罪のない生き物なんであるが、時折こうして畑仕事に着いてきては我々の足元を闊歩しつつ、どこへとなく去って行くのだ。
僕「あー!カイちゃーん!」
ちゅわさん「おおカイちゃん」
じーちゃん「しゅうぇっせええかよぉ」
副園長の主な業務は、労働に勤しむ構成員達のメンタルケアである。人の心は脆くはかないものだ。今回のように手応えのない収穫などを続けていると、どうしても心根が腐ってしまう。そんな時にカイちゃんがいることによって我々の心は浄化され、新たな気持ちで作業に戻ることができるのである。
カイちゃんの登場により、その場の空気が一気に明るくなった。そうだ、みかんは自然の産物である。極論的には、そんなものを我々人間ごときが都合よくコントロールすることなど出来はしないのだ。我々にできることは、自然の恵みに感謝を捧げ、その命の一端をありがたく頂戴すること、ただひとつである。
ひとしきりカイちゃんをモフモフとした我々は心を入れ替えた。枝葉を掻き分け、まだ青いみかんを落とし、赤いみかんをカゴに放り込む。粛々と、この命に向き合う。それでいい。それだけでいいのだ。余計なことなど考えなくてもいい。それだけのことで、僕たちは自分の命を実感することができるのだから。
そんな大きな感覚を思い出させてくれたのは、カイちゃんその猫である。これが、実務作業を一切担当しない彼女が、僕を押しのけて副園長の座に収まっている所以である。ありがとうカイちゃん。僕はよじ登った木の上から、カイちゃんに感謝の眼差しを向けた。カイちゃんは僕たちが次に取り掛かる木の下で、ウンティーヌを生み出していた。
僕「えーカイちゃん!ちょっとカイちゃん!それ次の木カイちゃん!」
僕が木の上でバランスを崩していると、カイちゃんは生み出したウンティーヌにばっさばっさと土をかぶせ、「んにゃぁんっ」などと言いつつ、ついさっき捨てたばかりの我が家から出た生ゴミを踏み散らかしてどこかへと走っていった。
僕「あいつ・・・あの足で家の中にも入ってきてるんか・・・」
僕が軽く絶望していると、自分の周りのみかんを採り終えたちゅわさんが、のっしのっしと次の木に向かい作業を始めていた。
ちゅわさん「なんか臭いな。兄貴屁ェこいた?」
僕「・・・うん。ごめんね。」
ちゅわさん「ちょwwwふざけんなよwww」
僕「ははっ・・・」
知らない方がいいこともある。100キロ級の巨躯でカイちゃんのウンティーヌを踏みしだく実弟を見つめて僕は、気づかれないように、次の木を飛ばすことにした。
しれっとキッチンにいたりするから油断ならない。
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