【復刻記事】僕の無事を祈る。

先日彼女に貸しているケータイが壊れた。
異常なまでに物持ちの良い彼女はケータイやパソコンなども本当に動かなくなるまで決して手放さず、節操なく投げ飛ばしたりうっかり他の荷物の下敷きにしたりしながら徐々にそれらの機能を殺し、生命の雫一滴をすすり切るまでその手を休めない。
以前使っていたケータイも電源がつかなくなったためにアドレス帳を移すことができず、当然その不機嫌さの余波を受けた僕は、頼むからアドレス帳のバックアップデータはとっておいてくれと頭を下げていた。
あの時は本当にこれが余波かと目を疑ったものである。

今回壊れたケータイもヒンジ(二つ折りの首の部分)が片方砕かれていたがそれでもハードな使用に耐え続け、最終的にディスプレイが召されるその日まで牛馬のごとく働かされていたという。
彼女からケータイの様子がおかしい、ケータイのくせに私の言うことを聞かない、といった連絡を受けた時、僕はようやく魂の牢獄から開放された彼の安息を心から祝福し、近い将来自分の身にふりかかるであろう終焉の時を見たかのような気持ちになって今ここにある日々を戦々恐々として生きている。

とにかく早急に新しいケータイを用意しなければならない。
当然のことながら彼女からは新しいケータイの催促の電話がきている(お互いソフトバンクのケータイも持っているのだ)。
僕が

「そんなに早く僕と気兼ねなく連絡がとりたいのか。 かわいい奴だ。」

と言うと、

「近所に住んでる年下の男の子がモンスターハンター3を買ったから二人で遊ぶねん。 その子の連絡先が壊れたケータイにしか入ってないから、はやくつながらんと困る。」

と言われた。
元々も互いの間だけの連絡のつもりで作った回線ではなかったか。
というか僕が金を払っているのにどうしてそんな堂々と別件で使えるのか。
年下の男の子とは誰なのか。

様々な疑問が胸をかすめていったがそんなことはどうでもいい。
とっとと次のケータイを用意しなければ何を言い出す分からない。
機種は何でも良いと言われたが、本当に何でも良い訳が無いことは言わずもがなである。
再三に渡る協議とやはり山ほど出てきた要望をまとめた結果、IS03なる機種を購入することとなった。
62000円だ。
うちのパソコンよりも家賃よりも高い。

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ということでauで働いていたころの同僚に無理を言い、発売日当日にこれを手に入れることに成功した。

「予約ばかりで普通に店に行ったのでは買えなかった代物だ。 大事に使いなさい。」

と言い新しいケータイを郵送で渡すと(実際送った文面の大半を占める「ごめんなさい」と「すいません」は省略させていただいている)、この時ばかりはさすがに彼女もお礼の言葉を言っていた。
その言葉が僕の頭上を大きな放物線を描いて通り過ぎ、元同僚の頭上に降り注いだことを確認したと伝えると、彼女は一瞥もくれずに一言だけメールを打ってきた。

「これ使いにくい」

別のものに変えろと言われなくて本当に良かったと胸を撫で下ろす。
何だかんだで新しくて高いものを持っているということで、実際のところ機嫌は悪く無いようだ。

だが一つ、決死の覚悟で彼女に伝えなければならないことがある。
その件については既に散々催促をされているが、きちんと答える勇気がなかなか出ない。
だがこのまま粘りつづけたところで待っている未来は変わらない。
そうして僕は勇気をふりしぼって文面を作った。

「そのケータイには、アドレス帳のバックアップデータは落とせないらしいです。」

後は送信ボタンを押してケータイの電源を切るだけだ。

※この記事は

「君の並々ならない人間的魅力を世間の普通の女しか知らない男たちにも知ってもらいたい」

「なら仕方ない。 きちんと素晴らしい人間だといい男を選んで伝えるように」

と彼女本人の了承を得て書かれています。
若干美化が過ぎるところがありますが、僕の身を守るためと思い御容赦下さい。

2010/12/31更新