この世に意味のないことは無いけど、別にあったっていいじゃないか。

この世で起こる全てのことには意味があるという。確かに請求書が届いたと思ったら財布からお金がなくなったし、夜中にラーメンを食べたら腹が出たし、彼女様がやってきたと思ったら冷蔵庫の中のプリンがなくなった。この事実に、疑いの余地はない。

先日、愛車ジムニーたんで母から頼まれた買い物に出掛けようとした時のことだ。家のすぐ前にある車幅いっぱいの小道で、午前中の陽気で暖まった車内の空気を入れ替えるため、僕は運転席の隣の窓をういいんと開けて、初夏の風を思い切り呼び込んだ。

すると、何か窓の外から飛び込んでくるものがあった。カエルであった。一目で越冬組と見て分かる立派なサイズのアマガエルがサイドミラーの付け根あたりから現れて、ダッシュボードとフロントガラスの角隅にピッタリと収まったのである。

「出ていきなさい」

このくらいのサイズのカエルなら別に何とも思わない僕であるが、これから街へと繰り出してちょいとショッピングを、という出立に彼の同行を許すのは、何かちょっと違うような気がしたんである。

木漏れ日が揺れる小道に止めたジムニーたんの狭い車内で、カエルとの追いかけっこが始まった。

相手はカエルである。決して機敏ではないが、瞬発力は尋常ではない。加えてジムニーたんの車内構造は、長期戦になれば明らかに僕の不利に働く。さらにカエルは小さく柔らかいから、勢い余って力など込め過ぎた日には、僕は生涯かけても拭えないトラウマを指先に埋め込むことになる。

まずはダッシュボードを端から端に、続いて助手席からサイドブレーキの先端を辿って、ハンドルへ。カエルは僕を翻弄するかのように、敢えて僕の手の届く範囲を飛び回っているように見えた。

相対する僕は体の動きを大きく制限されている上に、下手な手を出してアクセルの裏側などに回り込まれてしまったら一大事である。体の大きさを利にできず、慎重と愚鈍を足して割ったような中途半端な動きになってしまう。

ふと、そうしてしばらくあばあばとしていると、ふとカエルが僕の右手の指先に跳び付いた。

「くぬ!くぬくぬくぬ!」

と力いっぱいにカエルを追い掛けていた僕はそこで一瞬あっけにとられ、気が付いた時には窓の外へと消えていく緑色の尻を眺めていた。ほんの数分の出来事でなんとも言えない倦怠感を抱いた僕は、溜め息をひとつ付いて当初の目的である買い物へと意識を切り替えた。

するとどうだ、左手が握ったサイドブレーキが、びっしょびしょに濡れている。よく見ると助手席とダッシュボードにも、びちゃびちゃと潰れた水滴が続いている。

追いかけっこの最中に放出された、カエルの尿であった。

倦怠感が疲労感に変わり、買い物に対するモチベーションがここ最近で一番の勢いでもって落ちていく。気を取り直そうと、眼鏡を外して眉間を指で触った。右手にひっかかっていたカエルの尿が、僕の額でキラリと光った。

この世で起こる事には全て意味があるかもしれないが、無いことだってあってもいいではないか。この日、僕は少しだけ大人になった。

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件のカエル。居心地いいのは分かるけど、そういうところに収まるんじゃあない。

Information

今後のライブ予定。

《ハウスライブ》

・毎月第4月曜
→大阪南森町「D45」
→20時〜30分間
→お席代500円+何かしらオーダー
・奇数月第2土曜日
→和歌山市「AbbeyRoad」
→21時〜20分ステージを3〜4回
→お席代500円+何かしらオーダー

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