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霊感商法で300万円を騙し取られたおばちゃんの話しを聞いて。人は「不安」でアホになる。

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nayami


不安になるとアホになる。
先日テレビで霊感商法に引っかかって300万円を騙し取られたおばちゃんが、自分に詐欺を働いた会社や寺にカチ込むという番組をやっていた。
あららららぁ、なんて気分で見ていたのだけど、まあでも、テレビ局を連れてカチ込めるだけの元気があるのだから、もう大丈夫だろうと思う。

人が間違った判断をするのは、たいていの場合「不安」になっている時である。
僕自身、今まで不安にかられた時に様々な失敗を重ねてきた。
例えば彼女様が不機嫌な顔をした時などは(基本的に不機嫌だ)、一体どの件何の件で怒られるか分かったものではないから、あらゆる心当たりに備えて身構えていると

「男のくせにオドオドするな」

といって怒られるのである。
それもこれも、僕の中に「不安」が生まれるせいである。

「不安」は人の本能である。
僕たちの祖先は「不安」を持っていたからこそ、あらゆる未知に「備えて」生き延びてきたのだ。

不安になることは悪いことではい。
マズいのは、「不安に支配されること」だ。

不安に支配されると、面白いことが起こる。
自分は不安でいなければいけない、ような気になってくるのだ。

どんな話しをしても「それは○○でマズいんじゃないか」とか、「そんなことしたら××になってしまう」とか、そういって悪いことばかりを言う人がいる。
どうしてそんな話しの腰を折るようなことを言うのかというと、脳のアンテナが常に「不安」に向いているからだ。
どんな出来事からもどんなアイデアからも不安のポイントを見つけ出して、「ほら見ろ!」と過剰に反応するんである。

それはつまり、「不安でいたい」ということだ。
どんな素敵なものを見ても聞いても、最終的には「自分が不安を感じる何か」を探してしまうんである。
「不安を感じなければ不安」という、ナゾのスパイラルの底で転がりまわってしまうんである。

その次にどうなるかというと、人は自分と考えの近い人たちで集まると心地いいという性があるから、自分と同じような人が集まってくることになる。
ズバッというと「不安になりたい人たち」がぎゅぎゅぎゅっとより集まって、あれも不安だこれも不安だと始める。
そのうち、自分の周りの人たちがみんな「不安だ」と言っているものだから、それがその人にとっての世界の当たり前になる。

そうするとどうなるか!

「安心」して生きている人を見ると、「あの人は間違っている!」という感覚を持つようになる。
「僕はこんなに不安で毎日苦しんでるのに、なんだそんな安心し切った顔をして!けしからん!」的な、懐の深さ0ミリ的発想がぬるっと現れるんである。

霊感商法で300万円を騙し取られたおばちゃんは、本当は普通に頭がいいのだ。
だけどその当時は、家族のことやら何やらでずっと不安だったらしい。
頭の中が、不安でいっぱいだったらしい。
そこに、

第1ステップ:大丈夫だよ、神様がついてるから
第2ステップ:あれ、神様が何か言ってるよ。「お祓いしなさい」ってさ。
第3ステップ:お祓い始めたら、あなたにとんでもないものが憑いていることが分かりました!当初の予算では祓いきれません!マジパネェ!


という3段攻撃を加えられた。

一度優しい言葉を掛けた相手を不安にさせてお金を使わせるのは、霊感商法に限らず詐欺の常套手段である。
詐欺どころか、普通の会社でも同じような手法を取っている。

シワを伸ばす美容液を売る会社は、「この美容液を塗ってキレイになった自分」と同じかそれ以上に、「この美容液を使わずにシワシワになっていく自分」をイメージさせる。
売れている広告というのは、「不安」の分量が実に巧妙に調整されているんである。

・・・時に、僕は神様を信じている。
朝夕ご先祖に手を合わせ、毎日神社で手を合わせている。
そうすると、「不安」と「安心」のバランスが取れるからだ。

不安が消えるのではない。
「バランスが取れる」。

どうせ「不安」は、放っておいても視界の後ろ側にある闇の中から際限なく湧いてくるのだ。
だから、別のことで頭をいっぱいにする。
中和して水にする。

言っておくが僕にはご先祖なんか一人も見えない。
神様の声も聞こえない。
そんな面白おかしいスキルは持ち合わせていない。

だけど、手を合わせる。
例えば血縁のご先祖は、たったの4代遡るだけで、総数28名に登る。
僕ひとりが今生きていることに、浅く振り返っただけでも28人分の命が関わっているんである。

昨日の小さな喜びも
あの日の仲間達との馬鹿騒ぎも
大好きな仲間や家族との関係も

その28人の人生がなければ、命がなければ
僕は感じることができなかったんである。
 
 
 
 
 
 
 
 

・・・と、いうことにして

手を合わせて「ありがとうありがとう」とやっていると、本当にスーッと気持ちが楽になっていく。
胸のあたりをぎゅっと締め付けていた不安が緩むんである。

「だから皆さん手を合わせて感謝しましょう!」

と言いたい訳ではない。
僕という人生を送ってきた僕だから、今そういうことをすると心が楽になる、というだけの話しだ。

大切なことは、心を軽くすることだ。
君が、楽なことだ。

風俗に行くと心が安らかになるのならそうすればいいし、美味しいものをたらふく食べると心が安らかになるのならそうすればいい。
旦那がロクデナシなら別れればいいし、別れた自分を褒めればいいし、別れられない自分なら笑えばいい。

どういうことを考えたら、どういう風に考えたら、自分の心が軽くなるだろうか。
止めどなくあふれてくる不安に振り回されないでいられるだろうか。
いろいろ試すんである。

「じぶん学」。

この学問の解き方だけは、誰も教えてくれない。

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