わが愛しのAm P.51:坂道とソーラーカー(2018/09/20)

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走り出すソーラーカー

理科の授業の一環だったか、科学・学習とい月に一度出張販売にくる教材雑誌の付録だったか、詳しいことはちょっと忘れてしまったけれど、とにかく僕は小学6年生の時にソーラーカーを手に入れた。

そのソーラーカーは電源供給元を単一電池とソーラーパネルで切り替えられるタイプで、電池を収めなくてもタイヤが回るそのさまは、僕のもの作り魂をピリリと刺激したものだ。

ソーラーじゃなくなったソーラーカー

太陽電池の不思議以上に男子たちがハマったのが、コンクリート打ちっ放しの廊下の坂道で超重量に改造したソーラーカーの滑走速度を競うという、実に荒々しい遊びだった。

やることはとてもシンプルで、坂道になっている廊下の上からゴール目掛けてソーラーカーを滑らせるだけである。車体が重いほど速度が出るし、隣のソーラーカーと接触した時に当たり負けしないから、僕たちはこぞって愛車の重量化に着手した。

しゃくれるソーラーカー

ウエイトとして白羽の矢が立ったのは、職員室からガメてきたり、ソーラーカーに飽きた女子からもらった単一電池である。僕らは学校中の単一電池を各々の愛車に積み上げた。工事が甘いマシンは壁や他のマシンと接触した際に電池が散らばり、周囲で目を光らせていた他の男子に奪われたりしていたから、それは緊張感に溢れたレースが日々繰り返された。

そのうち、別な方向からの改造を施す者が現れた。クラスメイトのなおやくんが「重さとかどうでもいいから、いち早くゴールすればいいのだ」というコンセプトで生み出したそのマシンは、先端に割り箸のようなものを括り付けて不自然に引き伸ばした、実に不恰好なものだった。しかし、マシンの先端がゴールラインを割ればゴールとみなす当初のルールにおいて、彼のマシンは無類の強さを発揮。このままでは全てのマシンの先端がしゃくれてしまうと危機感を抱いた実行委員会のメンバー(なおやくん以外の男子)は団結して、レースのルールを「車体の後部がゴールラインを超えること」に改めることにした。

はばたくソーラーカー

平和なレースが繰り広げられる日々がつづいた。ソーラーカーの重量化競争は激しさを増し、自宅から持ち込んだ単四電池を積み込む者や、ミニ四駆に使っていたグリスをシャフトに刺して動作の効率化を図る者、人望にモノを言わせて後輩たちから電池や粘土を集め、自らのマシンに装着し、勝利をチームで分かち合うという株式方式を取る者などが現れ始めた。

重さこそ正義という考えはクラスに蔓延し、半ば常識と化した。そんなある日、単一電池を必要最低限まで減らし、発泡スチロールでできた純白の羽を持つ、全く異色のマシンが現れた。製作者は、なおやくんである。またお前か。

なおやくんのニューマシンは、過剰なウェイト競争で競われていた加速性能ではなく、それによって犠牲となっていたスタートダッシュで差を付けて逃げ切るという、今までになかったレース展開を生み出した。本人はそんなこと全く考えていなかったはずなのだけど、とにかく加速一辺倒だったソーラーカーレースに、新たな勝利の道筋を打ち立てたのだったった。

魅せるソーラーカー

なおやくんのニューマシンは、さらに新たな境地を切り開いた。マシンの両側に装着された発泡スチロールの羽が、なんかめっちゃかっちょ良かったのだ。壁や他のマシンと接触する度に白い発泡スチロールの泡が舞う様などは、一部の男子の心を非常に強く掴んで離さなかったものだ。

僕も負けじと自分のマシンに羽を装着した。なおやくんは発送こそ柔軟だったが、器用さという点では僕の方が上だった。なおやくんのマシンよりも左右のバランスやデザインの良い羽を作って装着し、さらに風を切ってたなびくように、色紙を切って紐状にしたものを貼り付けたりした。まあ、二番煎じもいいところなので、それほど盛り上がることもなくて、ちょっと悔しい思いをしたりもしたのだけど、シンプルなだけに、非常に面白い遊びだった。


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