わが愛しのAm P.91:不自由と違和感(2018/11/28)

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前回までのあらすじ

実家に帰ってお掃除に燃える日々を過ごしていたのだ

自由はどこだ

実家に帰って数ヶ月。ごはんはおいしいし、布団も仕事場もある。大人になったからこそできる貢献もあったし、何より生まれ育った田舎の空気はとても体に馴染んだ。

そんな中でも、僕はそれまでと同じような不自由を感じることがあった。それは長時間のウォーキングをしていると祖父が心配だといって怒りながら迎えに来た時や、散々ものを食べることに指図をされてきた弟のちゅわさんが食事の度に母の顔色を伺う素振りを見せる時などに感じられた。

家族が僕に強く何かを強要することはなかった。当時の僕は、断じて自分の意思で全ての行動を選んでいた。だからこそ「日常の中では自分にとって望ましくないことも起こる」という至極当然の小さな不自由が、何よりも大きく感じられたのだった。

違和感と共に駆け出して

そんな中でも、やりたいことはジワジワと進めていた。ネットでお客さんを集めて東京に出張ライブをしに来たり、その手法を教えるセミナーをしたり、ずっと無料コンテンツで追いかけていた講師養成の会社の有料セミナーに行ったり、などといったところである。

どれもこれも、上手くいった。ワンマンは満席になったし、セミナーは受講してくれた人に喜んでもらえたし、有料セミナーの内容は大変に有意義だった。だけど、どこかにずっと言葉になりきらない収まりの悪さを感じていた。

そんなはずはない。僕はミュージシャンで、セミナー講師。そういう生き方を始めて、まさにその第一歩が成功を収めたはずなのだ。

なんて独り言もむなしく、僕のエネルギーは次第に枯渇していった。次のプランも、コンテンツも、新曲もあるのに、体が動かない。気合いを入れて動かしても続かない。理想の暮らしを手に入れたと思っていた僕は大いに焦った。大いに焦って、これはもう一度環境を整えなければならないと思い、母からもらった軍資金をバッグに詰め込んで、そんなもの必要なかったはずなのに、大阪に事務所を借りることにしたのだった。

出張で東京にワンマンライブに行った時の画像

当時Facebookに上げてた写真。色々頑張ってたけど、んもう何してもしんどかった。


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