朝夕のシロごはんと彼女の歴史。

我が家から山間を奥に向けて5分ほど車を走らせると母の実家がある。かつては7.8人の家族が居たのだけど、今は認知症の祖母と、祖母の世話をするために伯母が居るだけである。その祖母も最近は施設を出たり入ったりで、伯母も自分の家族があるものだから、時折二人して家を離れる。そうすると、その広い土間続きの昔ながらの家に、一人残される者が居る。シロである。

シロは猫である。体が白いのでシロである。耳と顔の真ん中と尻尾が茶色混じりに黒く、目は少しぼやけた碧色をしているが、他は全て白い。もう二十歳になろうかという老体で、足取りは重く声も低い。雌である。少食だが、水はよく飲む。身体を撫でられるのが好きなのだけど、誰かの後を追うようなことはしない。そのくせ、用がある訳でもなくても「なぁ」と鳴いて呼び付けてくる。フワフワの毛をしているが、抱き抱えてみるととても軽い。

シロが母の実家にやってきた時、僕はまだ小学生だった。母の実家は少し離れたところにビシャコと呼ばれる仏花を剪定するための仕事場を川沿いに建てていて、それがちょうど通学路の途中であったのだ。僕は折にその仕事場に顔を出して、当時健在であった祖父からアイスクリームを貰ったり、鼻血が出るから子供は飲むなと言われていたリポビタンDを一口だけ貰ったりした。ハンドル式のマッサージチェアに腰を掛けて、こんなものの何が気持ちいいのかと言って遊んだりもした。

シロはその仕事場に住み着いた野良ネコであったのだ。僕が遊びに行くと彼女はいつも隙を見せない距離を取っていて、物陰から物陰へと俊敏に身を躱し、同じくらいの大きさの茶色いネコとタッグを組んで、酷く警戒していた。茶色い方のネコの名前は覚えていないが、水を前足ですくって飲む技を持ったネコであった。

 

そのうちに茶色い方のネコが死んでしまったという話を聞いた。病気で餌が食べられなくなってしまったらしい。その頃は僕の家にもネコが居てそれはそれは可愛がっていたから、あまり気にはならなかった。

よくアイスクリームをくれた母方の祖父が亡くなったのが、確か僕が高校一年の夏の頃であったように思う。その頃には川沿いの仕事場は取り潰されていて、新しく大きな車が通れる橋を掛けるのだと言って、ブルドーザーやパワーショベルがぐるぐると走り回っていた。シロは家が無くなって、母の生まれた家に引っ越した。

シロは何度か家を抜け出して、仕事場のあった場所に戻ったらしい。大きな機械を怖がって離れたところに居たシロを連れて帰ったのだという祖母の話を聞いて、母が泣いていたのを何度か見た。

その後も母の実家には色々なことが起こって、今も起こり続けている。大変なニャン生であるなぁ、などと言いつつコンビニで買ってきたカイロを振ってダンボールベッドに置く。朝晩の餌やりとトイレの掃除をしたらシロを膝の上に乗せて20〜30分ほどお喋りをするのが、僕が勝手に押し付けた約束だ。年をとって引っ込まなくなった爪が足に刺さって痛い。また夕方に来るからと言って立ち上がると、車を出すところまで見送りにきてくれた。今夜は出掛ける用があるので少し早めに来なければならない。カイロがもう無いから、忘れずに買ってこなければ。

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