物流センター流れる山田さん。

11月の出納表を作りながら、お金の出入りをぼんやりと眺めていた。
お金はパソコンのようなもので、融通が利かないくらい正直なものだ。
世の中に対する貢献の量が少なければ入ってこないし、依存の量が多ければ出て行く。
そのバランスを欠くと、今日の夕食が食べられなくなったり、借金を背負わなければならなくなったりする。

僕は何度か、もう借金をするか尻を売るかという貧乏をしたことがある。
その度に借金もせず尻も売らずになんとかやってこれたのだが、やはり経済的な困窮は精神的な困窮と背中合わせであるから、非常につらい思いをしてきた。

そんな貧乏をしていると、明日を乗り切るお金が無い、という状態が常である。
結果として日払い制度のある派遣会社などに繰り出すことになるのだが、そうするとやはり同じような経済レベルの人が集まっている。
平たく言うと、みんな貧乏なのだ。

その生活レベルに在る人達というのは、んもうこれでもかというくらい一癖も二癖もある人ばかりである。
駅でただ立っていたら「いやらしい目をしている」とクレームをもらう。
掃除をしている新築マンションの水も来ていないトイレにションべライザーを放つ。
冷凍倉庫の中で昼寝をしていたら低体温症になって救急車で運ばれるなどなど、枚挙に暇がない。

あれは、僕が23歳くらいの頃だっただろうか。
勢いでマーチンというブランドのD28という高級ギターを買ったばかりでお金がなかった僕は、平日の工事現場のクリーニングの仕事の合間に、某大手物流会社の配送センターで仕分けの仕事をしたのだった。

仕事内容はとてもシンプルで、ベルトコンベアに乗って流れてくる大量の荷物の中から自分に割り当てられた番号の荷物を引き抜き、トラックの荷台まで伸びるレーンに流す、というものだった。
僕の前には常に落ち着きのない40代くらいの山田さんというおじさんがいて、流れてくる荷物をそれはそれは不安そうに、かつ忙しなくチェックしていた。
振り返ると僕の後ろには木曽さんという寡黙な社員さんがいて、僕の取りこぼしを怒るでもなくなだめるでもなく、ただ黙々とフォローしてくれたりしたのであった。

それは、何度目かの仕事の最中だった。
3月という時期もあって、その日はエアコンの室内機と室外機のセットが大量に流れてきていた。
そしてそのほぼ全てが、忙しない山田さんの担当レーンに向けての流入であったのだ。

山田さんは業務が始まったその瞬間から一時たりとも休まらずパニック状態で、周りのフォローもむなしく、室内機をガンとやったり、室外機をゴンとしたりして、それはもう散々な背中を見せていた。
落ち着いてやれば捌けない量ではないのだけど、とにかく何かが不安な山田さんは色々な汁を垂らしながら、2割くらいの普通の動きと8割くらいの無駄な動きを披露し続けたのであった。

作業が始まって2時間くらいが経ったころ、いよいよ山田さんがベルトコンベアの連れてくるエアコン軍団の勢いに押し切られ始めた。
いや、そもそも初期段階で押し切れていたかというとそれは疑問なのだけど、とにかく明らかに荷物をキャッチする位置が後方に、つまり、僕の方にズレてきたのである。

山田さんは今にも泣きそうな顔をして室外機に飛びつく。
この室外機が、また重いんである。
23歳で肉体労働者だった僕が思いと感じたのだから、華奢な体をしていた山田さんにとって、それはとんでもない重量であっただろう。

「無理しちゃダメだよ!」

の声に、何かのスイッチが入った山田さんは

「だいじょうびでぃすッ」

と明らかに大丈夫でない返事を返した。

そのうち、いよいよ山田さんの立ち位置からでは引き入れられない位置まで荷物が流れるようになってしまった。
ベルトコンベアはセンターの内部をぐるりと一周しているので取りこぼしてもいずれ帰ってくるのだが、それは即ち時間のロスを意味する。
簡単に言うと、管理担当の偉いおじさんにちょっと怒られるんである。

どう考えても手の届かない位置まで流れてしまった室外機に、山田さんはついに飛びついた。
飛びついてからどうしたらいいかなど、まるで考えていないようだった。
しかし、果たして山田さんは流れ行くエアコン霧ヶ峰の室外機に飛びつき、そこで悲鳴を上げたのだった。

「つったつったつったつったつった!!!!!!」

傾いた室外機にしがみついた山田さんは右足をビンと伸ばした状態がぎゃあぎゃあと喚きながら僕の正面を流れてゆき、それこそ流れ作業のように木曽さんのレーンに回収されていった。
レーンの先には荻窪行きのトラックの運転手が待っていて、未だ痛い痛いとまくしたてる山田さんを見下ろして

「バーコードどこにあるんだこれ」

と言った。
センター内のベルトコンベアが止まり、管理担当の偉いおじさんが山田さんの方に向かって歩いていった。

出納表を閉じると、辺りは暗くなっていた。
山田さんは元気にやっているのだろうか。
借金があると聞いていたが、あの調子では借金を返す前に体を壊してしまうのではないか。

それもこれも、全ては6年前の出来事である。

Express Industry Distribution System

そうそう、こんな感じこんな感じ。

Information

12/13(土) ワンマンライブ開催決定!

写真 2014-10-19 12 28 01

詳細はこちらのページをチェック!

メールマガジン「そこも、ちょいフラットやで。」登録フォーム

※弾き語り教室のメールマガジン「打撃系弾き語リストのネタ帳」とは別モノです。


エラー: コンタクトフォームが見つかりません。


必要事項を記入して送信ボタンを押してもらうと、すぐに折り返しのメールが入力して頂いたアドレスに届く。そこに音源のダウンロードページへのリンクと、ダウンロード用のパスワードが記載されている。