企画の立ち上げから二日が経った。
未だにネコの写真は一枚も撮れていない。
人気の出やすいネコの写真で注目を浴び、本懐である音楽への集客と楽曲の販売を目指した僕がこの二日間で得たものといえば、チョークの擦れた中華料理店の看板と、シワシワになった柿の写真だけだった。
訳が分からないにも程がある。
僕は強い決意を胸に家を出た。
今日の職場は京成線青砥駅周辺である。
予定より少し早く集合場所に到着した僕は、僅かな時間を利用してこの近辺のネコ事情に探りを入れた。
居た。
僕の立ち位置からいくらか距離があるのだが、あの尻尾をピンと立てたしなやかなシルエットはまさにネコにゃんである。
しかも、二匹も居る。
僕は手に汗握った。
ネコにゃんがネコにゃんズなのである。
ハムちゃんズは早急に避難を。
ネコ達が入っていった細い通りがこの近辺のネコ溜まりであることは安易に想像が出来た。
今は時間が無くて行けないのだけど、今日は天気も良いので昼休みを利用して探索をすれば十中八九ネコ達に遭遇できるだろう。
上手くいけば複数のネコ写真が撮れるかもしれない。
そうすれば昨日、一昨日の、一縷の魅力も感じさせない看板や、しなびた柿の写真が持つ負のオーラを払拭することなど容易い。
目の前に「ネコ写真のブログから火が付いた天才イケメンミュージシャン」の文字が踊った。
「いやぁそんな、ブログなんて、やろうとすれば誰だって出来ることなんですよタモさん。」
いいともに出演した際のシュミレーションをしていると不意にポケットの中でケータイが震え出した。
今日待ち合わせをしている先輩からだった。
「あ、山本君?悪いんだけどさ、今日は青砥じゃなくて町屋(青砥から片道15分ほど)に行ってくんない?急ぎで。」
町屋というのは、このネコ写真企画をスタートさせた初日に入っていた現場である。
「マーボー豆腐70円」の看板がある街である。
ネコの居ない街である。
…
ちょっと話しを聞いて頂きたい。
僕はベストを尽くしたのだ。
ネコが居ないと分かっている街を歩き回り、尻尾をピンと立てたしなやかなシルエットを探したのだ。
しかし僕が見つけられたのは「マーボー豆腐700円」と書かれた中華屋の看板だけだった。
お値段、二日前の実に十倍。
そんな失意の底に沈んでいた僕に微笑みかけてくれたのが、彼である。
工事現場に居る、ご迷惑おかけしています、の彼である。
ここまで個性的な男は、そうは居るまい。
特筆すべきは眉毛のポジショニングだ。
頑ななまでのサイドからのアプローチ。
じっと見ていると、もしかしたらこれが目なのではないかとさえ思えてくる。
そして小脇に抱えた黄色い何か。
工事現場歴足掛け五年の僕が断言するが、これはヘルメットではない。
小脇に抱えた際にこのような形状に見えるヘルメットなど見たことが無い。
おそらく、元気玉的な、溜めてる最中のかめはめ波的な、そういうものであろう。
やるなこいつ。
ということで気の充満したいやに輪郭の明瞭な男に微笑みかけられながら、僕は改めてリベンジを誓った。
明日こそは皆様のお手元のディスプレイにキュート極まりないネコの写真を表示してみせよう。