使命に燃える男の末路。




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僕は使命に燃える男だ。
口の中が気持ち悪く感じれば歯を磨かなければならない使命に燃えるし、ダイエットをすると鉄の決意を固めていても腹が減ると何かを食べなければならない使命に燃える。

使命とは文字通り、「命の使い方」を指す。
本当かどうかは分からないが、人は生まれてくる時、神とこの人生で成し遂げるべきことを約束してくるのだという(おそらく僕は数々の痩せたい欲求に打ち勝ってくると約束してきたのだ)。
もしそれが本当なら、神との約束である。
反故にしては、何が起こるか分かったものではない(凶暴な彼女を当てがわれる可能性がある)。

今のは箇々別々の話であるが、どうやらそれ以外に、「男だから」「女だから」といった別カテゴリーの使命というのも、どうやらあるらしい。
つまり、「男」に生まれたからには、全うすべき使命があるというのだ。

まさか男に生まれただけで全うすべき使命を背負わされているとは思わなかった。
生まれた時には懸命に働いた金を税金として納めなければならないことを知らなかったから、似たようなものなのだろう。

では、男の使命とは何か。
僕は駅の蕎麦屋で麺を啜りながら数秒間熟慮し、ひとつの回答を得た。

『男の使命とは、女を許すことである。』

例えば僕が買ってきた野菜を痛ませ、そのことが彼女様にバレたとしよう。
そうするとほぼ確実に、「痛むのが野菜でなくてお前であったならよかったのに」という意味合いのことを、実に様々な角度から追求し、言及し、千々に千切れよと言わんばかりの勢いでもって責め立てられる。
野菜を痛ませるような生命体に存在価値はないと、鉄の教育活動が開始される。

ところが立場が逆であったなら、僕は野菜を痛ませ落ちこむ彼女様を励まし、優しい言葉を掛けねばならない。
そうしなければ、「かわいい彼女が落ち込んでいるのに優しい声くらいかけたらどうだ」といった意味合いのことを、実に様々な角度から指摘し、叱責し、塵芥よりも細くなれと言わんばかりの勢いでもって責め立てられるのだ。

結局のところ僕が救われるには、

①野菜を痛ませたのが彼女様である

②彼女様の失態を全力でフォローする

③僕が綾野剛である

という3つの条件をクリアするしかない。
どうしても③の条件がクリアできず、かつて無事にこの厄災を乗り切った経験はないのだが、しかしだからといって①と②をクリアする努力を怠っては、命に関わる。

その時、僕は以前僕を執拗に攻撃した彼女様を許している。

「お前は以前僕をしこたまに罵倒したけれど、それがどうだ、この有様は。バイオハザードじゃないか。アンブレラ社の陰謀じゃないか。」

などとせせら笑いたい気持ちをグッと堪え、

「大丈夫だよ。これれくらい、みんなやってるさ。ほら、この惨劇を忘れないように、野菜たちに祈りを捧げようじゃないか。僕も付き合うよ。」

くらいの、聖人君子も裸足で逃げ出すような立派なことを言ってのけるのである。
ほぼ確実に「綾野剛でもないクセにウザいことを言うな」と言って腐った人参などが飛んでくるが、包丁が飛んでくるよりも遥かにマシである。

このようにして、僕は自分が背負った覚えのない使命を背負い、日夜戦っているのである。
僕自身の使命がどういったものなのかはまだ全く分かってはいないが、女の横暴を許すのが男の使命であることはハッキリと分かる。
許す以外の選択肢がないのだから、当然である。

ところが先日、大変なことが起こった。
買い物の帰りに彼女様が、「男だろう。か弱い彼女の持ってる荷物くらい、持ったらどうや。」などと言い出したのだ。
まさか、自分より屈強な人間に掛かる負荷を肩代わりすることも男の使命であるとは思わなかった。

僕はギターしか抱えたことのない細腕でキャベツや大根の入ったビニール袋を抱えた。
「信用できへんから卵は預かるわ。」といって彼女様が僕から生卵のパックを奪い取る。
事務所に着くと、彼女様のバッグの中でパックの中の卵が2個ほど割れていた。

うなだれる彼女様に男の使命を果たそうと近付くと、「お前がちゃんと持って行くって言ってくれたらよかったのに!」といって責められた。
あまりの横暴さにいよいよ腹の虫が収まらなくなった僕は両の目をカッと見開き、鬼の形相(平常運転である)で怒り狂う彼女様に対してこう言い放った。

「おっしゃる通りでございます。」

「使命」とは、「命の使われ方」とも読み取れる。
深い学びに頬を打たれた僕は自身に課せられた教育が一切の妥協なく終了していくとを痛感しつつ、床に滴った卵の黄身を拭き取るためにキッチンペーパーを取ろうとした。

「勿体ないからティッシュにして。」

「はい」

真の使命に目覚めると、男は、つらい。