焼却炉の側で兄弟が大笑いすることになった経緯とその後食らったカウンター。

山本家の裏手の山はおじちゃんのみかん畑になっている。おじいちゃんは元々学校の先生であったので、畑自体は決して大きいものではない。それでも親戚一同介した際のサバイバルゲームの会場としては申し分の無い広さであり、起伏に富み、立体的な戦闘が楽しめる空間である。

で、その畑の入り口にはドラム缶をぶった切って作った小さな焼却炉があって、家で出たちょっとしたゴミが焼けるようになっている。僕は先日の仕事部屋作りの際に出た大量のゴミをこの焼却炉で燃やして処分することにした。

僕「裏の焼却炉使うよ。ゴミが沢山出たから、火ィつけてくる。」

おじいちゃん「あんだけのもんもっていくんえらいこっちゃど。」

僕「でも、この地区の廃品を集めてる小屋にはいつでも放り込める訳じゃないんでしょ?」

おじいちゃん「おお、日ぃ決まっちゃある。」

僕「ネコに積んで持って行くから大丈夫よ。」

おじいちゃん「ネコらあくかよう。納屋から一輪車出して積んでいけ。」

僕「・・・アイアイサー」

”ネコ”が一輪車の業界用語であることは、とりあえず黙っておいた。

そういうことで、僕はこれもみかん畑にある納屋からネコ・・・もとい一輪車を引っ張り出し、大量のゴミの入った段ボールを積み上げて、焼却炉までのあぜ道を颯爽と駆け抜けた。

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ひっくり返した。

誰もいない山の中、草木の揺れる音と「くぇけけけけけけけけけっ」というよく分からない生き物の鳴き声を聞きながら飛び散った紙切れを掻き集める侘しさをご存知だろうか。

そんな精神的苦行を乗り越え焼却炉の前に身構えると、今度は別の不安が僕を襲った。この焼却炉は膝丈くらいの位置でドラム缶をぶった切ったものだから、燃やせるモノの量が少ない。吹きさらしであるから軽いものは風に煽られると飛んで行くし、かといって教科書のようなものを丸々焼き切れるほどの火力は出ない。試しに算数の教科書に火を付けてみたところ、やはり表面を多少焼いただけで、本の内部部分は焼けずに残ってしまった。僕は本を4~5ページずつちぎっては丸めて火にくべるという、どう考えても終わらんでコレ大作戦の決行を余儀なくされた。この日は3時間ほどかけて、かろうじて段ボールを一箱焼き払うのが精一杯であった。

そうして2日目、3日目と、時間だけが流れていった。途中ブラザーちゅわさんやブラザーぷぅちゃんの手を借りたりもしたが、作業は一向に進まない。当初の不安通り、炉の焼却能力に対してゴミの量が多すぎるのである。加えて、僕も一日中ゴミ焼きばかりしている訳にもいかない。ちぎっては丸め、丸めては放り込み、放り込んでは突いて空気を送り込む。指先は紙を擦りすぎてヒリヒリするし、親父から借りたフリースは煙を吸って燻されたような香りを纏った。

それは、ブラザーぷぅちゃんと教科書やノートを引き千切っていた時のこと。僕が半ばトランス状態でビリビリと紙を裂いていると、隣にいたぷぅちゃんが突然に口を押さえて笑い出した。とうとうおかしくなってしまったのかと思って目をやると、どうやら一冊のノートを開いている。どうしたのかと聞くと、いいから読みなさいとそのノートを差し出してきた。「漢字練習ノート」と書かれていた。

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深くうなずく。
熱い夜。
太陽が上がる。
軽くなる。
女の子の命。
空に消える。
第一の場面。

あまりにドラマティックな文節の連続が精神的な衰弱の極みにあった我々の笑いの沸点を一気に飛び越え、水から蒸気というか、氷からプラズマというレベルの爆発的な変貌をもたらした。

僕「イーーーーーッヒヒイヒイヒイッwwwww」

ぷぅちゃん「くぁwwwおwww女の子の命wwwこんなん書いたことないwww」

僕「ホヒィーーーーーッwww」

ぷぅちゃん「誰のノートよこれ・・・私のでしたァーーーーッwwwwwwww」

僕「カーーーーーーッwwwwキャアァァァーーーッwwwwww」

活動の限界を超えていた兄弟の笑い声は結構な間止まらずに、新春のみかん畑に響き渡っていた。

その後のこと。なんだかんだでこの日も段ボールを半分焼き切るので精一杯だった僕とぷぅちゃんが探して集めた「漢字練習ノート」を永久保存版として持ち帰ると、おじいちゃんがごにょごにょと話しかけてきた。

おじいちゃん「お前らあんな教科書ら焼いてたら終わらんやろ。」

僕「終わらんですよ。」

おじいちゃん「あんなもんお前、まとめて廃品のとこに置いとけよぉ。」

僕「え、あの小屋って集荷日が決まってるって言ってなかったっけ?」

おじいちゃん「小屋の前のとこにはいつ置いといてもええねんで。」

僕「・・・ヴァ」

翌日、僕は再びネコ・・・じゃなくて一輪車を引っ張り出し、焼却炉の脇まで運んだ大量の本をおじいちゃんの軽トラに積み込んだ。それらは簡単に種類別にまとめて縛り上げられたあと、いともアッサリと資源ゴミの集積場に投下され、僕の手元にはシュールでドラマティックな「漢字練習ノート」が数冊と煙臭い借り物のフリースが残った。父の視線で、どうにも居心地が悪かった。