〜前回までのあらすじ。
毎日を一生懸命生きていたらモモンガを飼うことになったのだった。〜
彼女様「うわ見てキャシーかわいい。あ、ほら、めっちゃかわいい!うわぁ・・・これ可愛いなぁ・・・」
論理的思考力の一切を失ったその女は、締め切りに追われ頭を掻き毟りつつ慣れない仕事をこなすイケメンがまるでこの世界のどこにも居ないような振る舞いでもって、事務所の隅にやってきた同居人をうっとりと眺め、あるいはぎゃあぎゃあと喜んでいた。
前回の記事の後、僕は本当に彼女様に連れ出され、慣れない土地の知らないドックカフェに行き、カモモンガを一匹引き取ることになった。
シンプルな部屋でスマートに無駄なく上質エレガントに働き、未来の音楽業界の当たり前をつるく場所。
そんな理想を思い描いて借りた事務所の一角から、動物園のような香りがする。
僕「展開が早すぎて付いていけません」
彼女様「義務教育は終わってるからな。後は実力勝負や」
僕「小学校でも中学校でも突然モモンガがやってきた時の対処の仕方は教えてくれなかったよ」
彼女様「田舎やからな、お前の地元。ポケモンとか1週間遅れで放送されてたやろ」
僕「何にしてももう手遅れなんだけどね」
彼女様「ああきゃしーかわいいよきゃしー」
こうして僕とモモンガと時々彼女様の不可解な同居生活が始まった。
キャシーは女の子だ。種類はアメリカモモンガというらしい。
日本でモモンガと言えばフクロモモンガという有袋類を指すらしいが、アメリカモモンガはげっ歯類。
つまり、リスやネズミの仲間である。
飼い方も随分違うようで、頭の中がモモンガ一色になった彼女様がとんでもない勢いで調べたものの、フクロモモンガよりも圧倒的に情報が少なく、日本ではマイナーな生き物らしい。
彼女様「全然情報ないねん」
僕「また随分なもの引き受けたよね」
彼女様「お前そんなんゆーて飼い主としての自覚はあんのか」
僕「自覚を持つ暇とかなかったのよ」
彼女様「まーでも、ペットショップのお兄さんに聞いたら、今の1日中ヒマワリの種を食べてる状況は、ガリガリガリクソンが1日中ポテチ食ってるようなもんだって言ってたから、それはやめよう」
僕「随分なこと言うなお兄さん。分かりやすいけど」
彼女様「あと、運動させます」
僕「散歩とか行くの?」
彼女様「そんなことしたらどこに滑空していくか分からん」
僕「部屋の中?やめてよ、モモンガってトイレ覚えないんでしょ」
彼女様「そんな時のためにこんなものを用意しました」
僕「気絶するかと思いました」
彼女様「素晴らしいアイデアやろ」
僕「失ったものが多すぎるけどね。写真の奥の扉とか、どうやって開けたらいいんですか」
彼女様「キャシーの幸せのためでしょうが!」
僕「僕の幸せが踏みにじられています」
自分が家賃を払っている部屋なのに蚊帳の外に追いやられた僕は窓際で、それでも容赦なく迫り来る仕事の締め切りに向かって、11インチのMacBookの画面に映し出される極小のエクセルに立ち向かっていた。
彼女様はひとしきりキャシーと遊ぶとゲージの汚物を掃除し、翌朝ブロッコリーとリンゴをカットして与えるよう僕に指示を出して帰っていった。
取り残された僕は蚊帳を片付けてゲージを階段の下に収め、鼻をヒクヒクとさせながらヒマワリの種を探し続けるモモンガを見つめた。
僕「騒がしいけど、大事にしてくれる人でよかったじゃないか」
そんなことを言いつつも合縁奇縁を思う間も無く、僕はノートパソコンの前に座り込むと、冷めたコーヒーを啜りながら目を細めた。
翌朝のキャシー。あれ?めちゃめちゃ可愛いぞ