妻と両家の焼き肉でハルカス

品の良いお兄さんに連れられて6人掛けの個室に入った。
予約していた時間よりも15分ほど早い到着で、先に渡すものを広げておこうと言って両親が赤やら金やらの装飾がされた色々をテーブル上に展開した。

「結納は端折ります」

と言ったはずなのだが、どうにも我が家の両親の(特に母の)気持ち治り難く、結局押し付けるような形で結納の品を用意してくれたのだ。
たくさんの気遣いのそれは嬉しいのだけど、贈り物というのはやはりどうしても受け取る側の心の負担が大きいものだ。
元々ないはずのものであったから、なおさらだろう。
彼女様家のご両親に対し申し訳ない気持ちを抱きつつ、聞いたこともない口上を述べる父と義父のやり取りを見守った。

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ずっと彼女様のことを「彼女様」と呼んでいる。
まだ籍は入れていないのだ。
もう「妻」などと呼んでもいいのかもしれないが、そうするとどうにももうニゲラレナイ的袋小路感が僕の中でスパーキングするので、若干の抵抗を覚える。
しかしでは「彼女様」のままでいれば逃げられるのかというとそういうことはこれっぽっちもないので、ううむこれはやはり、「妻」と呼んだ方が自分の中から余計な希望を拭い去る意味でもいいのかもしれないと、あれこれ思いを走らせている。

よおしここはひとつ、腹をくくって「妻」と呼んでみよう。
音楽仲間であり大先輩である『相模の風theめをと』という夫婦バンドのいしはらさんは奥様の風来さんのことを「ツマ」とカタカナ表記していたから、僕はそこと被らないように「妻」と漢字で表現すべきだろう。
漢字表記の方が生々しい雰囲気が漂うが、実際そうなのだから仕方あるまい。
むしろカタカナ表記でネタ的様相を演出するよりも堂々としていてよいではないか。ふはは(錯乱)

すまぬすまぬと恐れ入っているうちにご挨拶が終わり、呼び出しボタンを押してスタッフのお姉さんを呼び出した。
ホテルの朝食バイキングを食べ過ぎて腹がいっぱいだと言う両親を横目に、焼き肉ランチを注文する。
あべのハルカスの7階にあるこの焼肉店では、おお、ハラミ一皿が980円もするではないか。
ここまできたら値段を気にするのは無粋というものだ。

少しすると立派な肉がどしどしと運ばれてきた。
人数分の料理を頼むとテーブルの上に乗り切らないというパラドックスを食事のペースを上げるスピード術でもって乗り切る。
もう少しゆっくり味わって食べたいと思いつつも、やはり多少緊張しているのだろう、今ひとつ舌も落ち着かない。
和歌山の田舎から出てきた両親もさぞ落ち着かぬであろうと目を向けると、母が八海山をグラスで寄越せと騒ぎはじめた。
しこたま飲んで倒れてしまえ。

両家両親のご協力があって、会食はつつがなく終了となった。
特に父と義父は同い年の公務員同士とあって、実に話しが合ったようだ。
焼き肉の後で丸福コーヒーで一服ついたのだが、身を乗り出してゴルフの話しをしている父が実に印象的だった。

「今度段取り組みますよって」

と燃え上がる父。
あんた、自分がゴルフ行きたいだけだろう。

解散後は両家別れて行動した。
チーム山本家は駅ビルの中を探索し、ABCマートで父の靴を買った後でもう一回お茶をした。
一緒にハルカスの展望台に登ろうと思っていた僕の親孝行な目論見は、食事会の直前に母から届いた「ハルカスの展望台にいます」というLINEメッセージで粉々に砕かれていたのであった。
改札に入っていく両親を見送ると、やはり少し寂しくなった。

「あれは?」「これは?」と聞かれる度にそれに答えを用意すべく行動をしていると、いつの間にか事は前に前にと進んでいる。
結婚は周りが進めるものだとよく聞くが、まさしくその通りであった。
ただ、自分たちが非常にゆるい結婚をしているものだから、もし将来的に自分の息子娘が結婚するのだとなった時に、今の両親たちのような振る舞いは、きっとできないだろう。
その時代にはきっと「結婚」というものの概念そのものが変わっているだろうから、あまり必要ないのかもしれないが。