警備員の朝は早い。 その時の現場によっても大きく変わるが、朝八時の始業に間に合わせるために現在は六時ごろに家を出る生活をしている。 冷え込む冬は制服の上からジャンパーを羽織ってモコモコなスタイルで動き回るのだ。
今日はいつもより早めに家を出た。 電車の本数が減らされていることもありダイヤが不安定な昨今は通常より早く出勤するのが社会に生きる大人の常識というものである。 決して貞子的なものに追いかけられた夢を見たので二度寝が出来なかったとかそういうことではない。
ホームに滑り込んできた電車は通常よりも混み合っているものの昨日のそれよりは明らかに空いていた。 車内中ほどの吊り革に捕まり昨日殺人的なボディプレスを交わしたオヤジ達が今日もこの狭い空間を無言で奪い合うのかと思い
「ぐふふ、愚か者どもめ」
と含み笑いをしていると突然目の前の席が空いた。 隣のオヤジを威嚇しながら腰を降ろす。 やはり早起きはいい。 何となく体も軽いような気がする。
「ひゃーはっは、馬ァ鹿めェ」
と勝ち誇った気持ちになり足を組んだ瞬間、息が止まるような感覚を覚えた。 今組んだ僕の長い足(幼児、小型犬、シマリスなどと比較して)が黒っぽいデニム生地に包まれているではないか。 当然警備員の制服が黒っぽいデニム生地のようなカジュアルで実用的な素材でできている訳がない。 もっとこう迂闊にストーブなどに近付けない、まるで気遣いのない布切れだったはずだ。 もしやと思いジャンパーの下を恐る恐る覗くと見慣れた黄色いジャージが見える。 もう混じりっけ無しの普段着だ。 体が軽いはずである。 現場に制服を置いて来ていた、実は今日は仕事ではなかった、つい最近私服でも仕事ができるようになった、など様々な可能性を加味して熟慮を重ねた結果、次の駅でドアが開いた際に
「おりますぅぅぅ」
と叫ぶのがベストであるという結論に達した。
・・・
ホームに滑り込んできた電車は通常よりも混み合っていた。 人が完膚なきまでに詰め込まれている。
「本気なのかい…?」
と暗に訴えかける先人たちの視線を掻い潜り殺人的なボディプレスを交わしながら狭い空間を無言で奪い合う。 デジタルの時計は、ちょうど八時を示していた。
※2011/3/18の記事より