我が家の一階トイレは現在明かりが灯かない状態である。何でも配線関係の不具合であるらしく、電球を変えても無駄なのだとか。
そのため、今ただ一人一階に布団を敷いている父は夜中トイレに行く度に、電球の代わりに配置した貧弱なブルーライトLED電球をカチッと点灯させ、いやにムーディーにライトアップされた薄暗い個室の中で便器に狙いを定める、というイベントと遭遇している。
「配線を修理しないのか」
と聞いてみたところ、
「せなあかんねんけどなぁ」
と煮え切らない返事が返ってきた。もしかしたら父は青白い薄明かりの中でションベライザーを放つことがやぶさかではないと感じているのかもしれない。
僕の中には決して無い感覚である、これは体感せねばなるまいと、きちんと電気の灯くトイレのある二階からわざわざ一階のトイレまで足を運んだのが昨晩の1時ごろ。人生初の、ムーディー・トワレの時間である。
トイレの戸を開ける前に、昔の癖で電灯のスイッチを入れる。やはり明かりが灯ることはない。一通りの運動から期待していた結果が得られないと、人はイラッとするということに気付いた。
真っ暗なトイレの中に足を踏み込む。廊下の明かりのお陰でなんとか足下が見えるが、相当な暗さである。たしかこの辺に、と小さなLEDライトを探すと、小さなスイッチの付いた本体部分がコツリと指先に触れた。
カッチッ
「暗っ」
一人真夜中のトイレで、思わず声に出してしまうほどの暗さであった。元来照明というのは、その直下、あるいは周辺をしっかりと照らし出してくれるものである。しかしこのLEDライトは輪郭の全てを、透き通った海の中に揺れる月明かりが如き謙虚さでもって、
「なんかたぶんこんな形」
程度に青白く揺らしているだけで、しっかりと見えるのはせいぜいスイッチの付いているライトの足下くらいである。スイッチを切る分には困らない。喧嘩売ってんのか。
結果的に僕は一度の放尿で、えも言われぬ緊張感と圧倒的なアダルティックムード、そしておよそ15分間に渡る掃除時間を得た。2月深夜の水道水はそれはそれは冷たくて、雑巾を絞る度に
「あぉ」
と変な声が出る。もう二度と夜に、一階のトイレは使うまい。
問題のLEDライト。日中にスイッチを入れても、あ、そういう色なのかな、程度の発光。ちなみにこれ、スイッチ入ってます。