「とーちゃんが卒業式の打ち上げで飲んでるから誰かが迎えにいかなあかんねん。」
「めんどくさいやっちゃな」
そう言いながら焼酎をあおる母と、じーちゃんの畑仕事を手伝うためにやって来ている叔父のビール片手のやりとりを聞きつつ、お久し振りの自宅焼き肉のジュージューという心地よい音に耳を傾けていたのが、昨日の夜のことだ。瞬間的に陰謀の存在に気付いた僕は、まさに瞬く間に事の全容を理解し、憤慨し、観念した。
僕「・・・何時にドコにお迎えにあがればいいんですか・・・?」
母「一次会が終わって二次会の会場まで送ってもらってから抜けるってゆーてたで。」
叔父「よぉし優作、二次会の会場に行ってこい」
僕「僕の欲しい情報ひとつも手に入ってないんですけど」
ニヤニヤと嬉しそうに二杯目の焼酎を作る母と、やっぱり焼き肉にはビールですよなどと「晴れた日はサニー」的愚言を恥ずかしげも無く垂れ流す叔父と泣きたくなるようなやりとりを重ねる。
断片的に拾った情報をつなげてみたところ、某中学校の教頭をしている僕の父は今日、働いている学校の卒業式後の打ち上げで一杯やっているのだそうだ(会場までは母が送っていったらしい)。で、父は一次会で抜けるのだけど、二次会の会場が一次会の会場よりも我が家に近い。だから僕はそこまで迎えにいけば、移動に便乗してきた父を回収できる、ということなんである。
二次会の会場がよく知ったカラオケボックスであって、だいたい夜の9時くらいにそこに移動してくるだろう、ということが判明したのは、食卓を囲んで30分ほどしてからの話であった。
叔父「カラオケいくか?」
母「ええな!いこう!」
父の打ち上げの二次会で使われるカラオケボックスにカラオケをしにいこう、という、けったい極まりないプランがポンと発生した。
母「迎えにきてーって連絡が入ったら?」
叔父「○号室に来い!ってゆーたんねん」
母「キャーッ」
目の前で黙々と肉を食っているじーちゃんがシュールである。かくして我々はそのカラオケボックスに早乗りし、父に職場の打ち上げ会場と同じ場所で家族が歌って騒いでいるという残念な体験をサプライズプレゼントしよう、という作戦を展開することになった。
なお、僕は作戦の発案から決定までの間、一言も喋っていない。
そんなこんなで、僕は酔っぱらい二人を乗せて、愛車ジムニーたんを走らせた。当然、乗っているのは母と叔父である。母はずっと後部座席で楽しい楽しいと騒いでいた。叔父は至極冷静な顔をして「俺やったら嫌やなぁ」と父に同情している。人にされて嫌なことを人にする、僕の周りはそんな大人たちばかりである。
カラオケボックスに到着したのは、夜9時を少し回った頃であった。まだ父からの連絡は入っていない。僕からもLINEでメッセージを投げたのだけど、既読も付かない。
叔父「LINEで既読もつけへんかったらハブられるんやで!」
もうこおオッサン黙ってくんないかな。
取り合えず受付を済ませて、部屋に入る。先日YouTubeにアップした桑田佳祐の【東京】や【タバコロードにセクシーばあちゃん】を歌って、お前、歌上手かったんやな、などと言われた。一応ミュージシャンなんです。
やいやいと歌い回しているうちに、間もなく一時間が経とうかという時間になった。イルカの【なごり雪】を歌う母のスマホがブルブルとして、父の名前が表示されているのが見えた。LINEメッセージである。母が目でちょっと見てくれと言う。
今一次会終わった。
これから歩いて帰る。
何を言っとるんだ君は。
父はこのカラオケボックスまで「迎えに来てくれ」と言っていたのである。我が家からこの場所までは車で20~30分ほどだ。歩いてくるというのならそれでも構わなが、片道3時間は堅い。
まぁ飲み会であるから、若くて可愛い新任教師のお姉ちゃんにお酌されて父の論理的思考回路が破綻している可能性は否めない。そして、もしそうであるのなら、なおのこと許せない。おうおう歩いて帰ってきなさいよってなもんである。
ふがふがとしているうちに僕の順番が回って来て、歌っている間に母が次のメッセージを着信した。
あと3分で家よ。
僕のおとうさんは時空を超える能力を持っています。
さてさて、ネタバラし。
この日、父は夕方6時半からの打ち上げのために一次会の会場に入った。ところが、ある生徒が何かしら悪さをしたために、打ち上げに参加予定であった先生がひとり学校で指導に当たっていたのだという。その先生の到着を待っていて、打ち上げのスタートが8時ごろに繰り上がっていたのだ。
そしてもう一点。この日打ち上げに参加していた校長が、翌日早い用事があるというので酒を飲まず、車で帰れる、ということであったのだ。その校長の自宅が、これは僕も知らなかったのだけど、我が家と比較的近いんである。なので父は校長の車に乗せてもらって帰ってきた。そうすると、校長の運転する車の助手席で酒の入った教頭がケータイを触るのはちょっと、という話になる。それで父は我が家の近くで車を降りてから初めてケータイを手に取った、ということであるのだ。
話を飲み込んだ母の憤慨ぶりは尋常ではなかった。
やれもうこの先10年はサプライズを仕掛けてやらないだとか、勝手なことばかりしてからにぃだとか、んもう僕の運転に支障をきたすほどの大騒ぎである。別に父はサプライズを楽しみにはしていないし、そもそも一次会は何時に終わるだろうとか、そういうことを勝手に想像して勝手に行動したのは、むしろ我々の方であるのだが。
母「最悪やわ!」
僕「お母さん。オヤジと連絡が取れない状況で僕がひとりで迎えに行ってたら、もしかしたら僕は2時間近くあのカラオケボックスの駐車場で待ちぼうけた挙げ句お母さんから「お父ちゃん帰ってきたで」っていう電話を受け取る可能性だってあった訳じゃないですか。待ちぼうける代わりにカラオケで歌えたんだから、僕としては最悪の自体は回避できてると思うんだけど。」
母「そういう話じゃない!」
息子の心の平穏真っ二つであった。
自宅に帰ると、スーツを脱いで肌着姿になった父が電気ストーブの前でケータイをいじっていた。
父「おかえり(苦笑い)」
僕「ただいま(苦笑い)」
這々の体であった僕は寝る準備を、父は風呂に入る仕度を始めた。この後の母の爆発を見越して、男ふたり、くたびれてしまう。
やっとお酒が飲める。
そんな僕の安堵の溜め息を、自宅の固定電話の着信音が踏みつけた。時計は、夜11時を指していた。
つづく。
件のカラオケボックスがこちら。