わが愛しのAm P.93:コールとマーケ(2018/12/01)

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前回までのあらすじ

音楽に飽きて、ドコモのコールセンターで働き始めたのだ。

新しいこといろいろ

ドコモのコールセンターで働き始めたころ、パフォーマンスの場で知り合った東京の知人から仕事を手伝わないかと声をかけてもらった。業務内容は、マーケティングレポートの作成である。それまで聞きかじった程度で「webマーケティングはさ」なんてことをよく話していたので、ここらでいっちょ、世間一般的なマーケティングの世界を体験してみようと思い、お誘いに乗ってみた。

新しいことを覚えるのは、すごく楽しいことだった。ケータイ屋のコールセンターも、マーケティングも、それまでやっていたことと繋がっているけれど少し違うという、まさに次の一歩という感じだった。

仕事で埋め尽くす日々

ドコモのコールセンターで働きながらマーケティングの仕事を始めて収入は大いに安定したけれど、とにかく時間がなくなった。特にマーケティングの方はOfficeソフトの使い方を覚えるところからのスタート。それまでMacユーザーだった僕は新しいWindowsのデスクトップをボスに買ってもらって、大騒ぎして使い方を覚えた。

道具の使い方を覚えてくると、引き受ける仕事の数はもちろん増える。朝起きてコールセンターへの出勤までマーケの仕事をして、帰ってきたらまたマーケの仕事をする。もちろん「今は仕事ないよ」という時期はあったけれど、なんだかかなりの割合でイスの上で寝ていた気がする。

コールセンターがきつい

ある時コールセンターの仕事で重めのクレームが続いて、それ依頼電話が掛かってくるのが怖くなってしまった。調子がいい日もなくはないのだけど、気が付くと「次の電話でもひどいことを言われるに違いない」というビクビクしたモードが僕のセットポジションになっていた。

知識はあるし操作も問題ナシ。処理も丁寧でミスもないのだけど、なぜかクレームにつきまとわれる。クレームを恐れて必要以上に丁寧にするから、処理できる件数が少なくなって上司からは「もうちょっと頑張ろうか」とケツを蹴られる。そんな日々であった。

マーケに逃げ込め

どこの誰だか分からないオヤジの怒鳴り声やおばさんの金切り声を聞き続けることと比べると、マーケの仕事はボスひとりとのやりとりだったから、それはそれは気楽だった。中身については分からないことだらけだったけど、分からないことを分かっていくことは好きなはずだったから、少しずつ出始めた「社員になる?」というお誘いに、僕の気持ちは傾いていった。

コールセンターの仕事に就いて1年経たないうちに、僕は今の会社に入ることを決めた。元々コールセンターは「1年スパンの仕事で考えてます」と伝えていたので、辞める時のごたごたはなかった。

これで知らない奴に僕のせいではないことで怒られなくて済む。人に嫌われること、敵視されることを病的に恐れていた僕は、そういう安心の気持ちでいっぱいになった。が、その一報で解決できない課題も、ひとつ目の前に転がっていた。

それと、僕を、分けられない

これは自覚があって、それでも上手くできなかったことなのだけど、僕は目の前で起こっている出来事と自分を分けて考えることができなかったのだ。コールセンターの電話口で「バカヤロー!」と誰かが叫んでいると、何か自分が悪いことをしたような気になってしまう。「こんなロクでもないサービス!」と言われると、僕を否定されているような気になってしまう。

僕とドコモは別のものだし、ドコモが提供しているサービスに笑っちゃうほど関与していない。そんなことは頭では分かっているのだけど、それでもどうしても、目の前の出来事と自分自身を分けて考えることができない。

その失敗は僕のもののような気がする。
その暴言は僕が受け止めるべきな気がする。
その落胆の原因は僕にあるような気がする。

この物事と自分を同一化させてしまう問題は、その後またしばらくにわたってお付き合いする友人になった。
 
 
磨りガラスの向こうにヘアカットの練習用生首が落ちてる画像

本文とは関係ないけど、コールセンターのオフィスから帰る途中で見た生首。ここ美容室なんすよ。うんこちびるくらいびっくりした。


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