今この瞬間から幸せになるために、心の中に「水曜どうでしょう軍団」を常駐させる

今この瞬間から幸せになる、ということから逸れないために、自分のための備忘録として書いておく。はて、備忘録と忘備録は何がどう違うのだろう。調べたい気持ちをグッとこらえる。これから僕は、今この瞬間から幸せになることについて書くのだ。ああでも、調べないと気持ち悪くて不幸だ。僕の幸せはどっちだ。

調べた。weblio辞書によると、本来は備忘録の方が言葉として正しく、忘備録は誤記らしい。ただ和製漢語(なんじゃそら)の成り立ちとして、目的語+動詞の構造は間違っていないから、一般的に用いられているとのことだ。

なお、意味はどちらも「記憶すべき事柄を簡単にメモするための個人的な雑記帳」らしい。すっきりした。幸せだ。だか何を書こうとしていたのか忘れた。不幸だ。どうしよう。

気付いた。書きながら改めて考えればいい。場合によっては途中で「これ以上記事を書き続けないことが幸せだ」と判断するかもしれないが、その時はその時である。さぁ、今この瞬間から幸せになろう。

今この瞬間から心が豊かになる考え方や行動を選択して実行する

わが心の女王様こと椎名林檎が、東京事変の名曲キラーチューンの中で歌っている。

「贅沢は味方」もっと欲しがります負けたって
勝ったってこの感動は揺るがないの
貧しさこそが敵

作詞:椎名林檎
作曲:伊澤一葉

おお、ブラボー。シビれる憧れる。僧にならなくてもいいからグレッチでぶってほしい。できるだけ丸いところでお願いします。

この中でぜひあなたと共に歌いたいのは、「貧しさこそが敵」という部分である。はい。まーずーしーさーこーそーがーてーきー(ズッジャッジャン、ズッジャッジャンジャジャン、ズッジャッジャン、ズッジャッジャンジャジャン)。

貧しさは敵である。この説を断固として支持したい。経済的な貧しさだけではない。心が満たされている状態を「豊か」と表現するだろう。その対極として心が「貧しい」という表現もある。心の貧しさもまた、敵である。

貧しさが敵であるのは、貧しさが不幸の温床であるからに他ならない。金持ちが決してアイ○ルでお金を借りないように、心が豊かな人は不幸にならない。豊かな気持ちで満たされているから、何かで埋める必要がないのだ。

素晴らしい映画や音楽に触れた時、最高にイカした表現ができた時、信じられる人から深く共感をしてもらった時、僕たちの心は充実感と感動で満たされ、「豊か」になる。そこに不幸の付け入る隙はない。「貧しい」心は隙間だらけだ。不幸が風に乗ってびゅーびゅー入ってくる。寒いったらない。

今この瞬間から幸せになる、というのは、言い換えるとつまり、今この瞬間から心が豊かになる考えや行動を選択し、実行し、心を満たすということだ。そのことに手を抜かず、ものごとの優先順位を変えて、バカみたいに検証し続けるということだ。

小さな不幸につながるしんどい習慣を排除する

僕は自宅で仕事をしていると、よく家を出て買い物をしたり、おいしいものを食べたい衝動にかられた。しかし何度それを試してみても、心が満たされることはなかった。

結局心は満たされないまま、よく移動した分の体力と時間、買い物をした分のお金を失って帰ってきたものだ。得たのはせいぜい、生クリームが変質した腹の肉くらいのものである。

長らくこれが小さな不幸感として、僕の生活の四隅に積もり続けていたのだが、最近原因が分かった。

わが妻は時折唐突に突如として、「あ“ー‼︎」や「死ねボケェ‼︎」など、大きな声を出すことがある。それを聞くと何か僕が悪いことをしたのではないかという罪悪感がわいてきたり、即座に駆けつけてなんとかせねばならないという義務感を抱いていた。それが非常に大きなストレスになっていたのだ。

僕は大きな声を出した妻のご機嫌伺いに行くのをやめた。もちろん、大きな声を聞くとびっくりする。一瞬で罪悪感が湧いてくる。心当たりはいくらでもあるのだ。

それでも勇気を出してその場に止まるようにしていると、その後妻と会ってもケロッとしていることに気付いた。え、そうなの、そんなもんだったの、今までの僕は何だったのと、すごく驚いた。結婚生活4年間、お付き合い期間を含めると14年間、ずっとそうやって生きてきたのだから。

信じられないのだけど、妻の大きな声は、それこそ何か驚くようなことが起こった時や、ちょっとしたストレスを感じた時に「出てしまうもの」だということだった。山本家には大きな声を出すといったリアクションをする人が一人もいなかったから、未だに感覚的にはよく分からない。分からないが、それが事実である。

他にも色々なケースがあったけれど、そういうことを恐る恐る確認しているうちに、腑に落ちてきた。「妻の大きな声を聞いたらすぐ行って何とかする」プランは、僕たちの生活に必要ない。

大きな声が聞こえたら、びっくりしたな、何かあったんだな、ドキドキするな、、、よし。と、自分の感情の揺れを指差し確認して、元の作業に戻ればいい。妻のもとに駆けつけるのは、名指しで呼ばれた時か、明らかに様子がおかしいと感じた時だけで大丈夫だ。

これを始めてからほどなくして、家の外に出て行きたい衝動を感じることが驚くほど少なくなっていることに気付いた。同時に、妻の大きな声に対してセンサーを張り、すぐさま対応していた一連の行為が、どれだけ自分の体力と精神力を奪っていたのかを痛感した。

体も心も疲れて削れてすり減って、減った分だけ心が貧しくなる。できた隙間に不幸が入り込む。そんな悲しい連鎖を、意思を持って断つことに成功した経験であった。

しんどい習慣の代わりになる「ネクストプラン」をセットしてゴー

別に自分の状況に同情してほしいわけではない。それはもう諦めた。妻の理不尽を糾弾したいわけでもない。それももう諦めた。

何が自分の中に小さな不幸感を積み上げているのかに気付くことが大切…それもなくはないが、もっと主張したいことがある。それが「ネクストプランを用意して実行するのがええぞ」ということだ。

ここまで僕の自宅作業時に起こっていた事柄について、まるで始めから全て分かっていてそのようにした、というニュアンスで書いてきたように見えたかもしれない。

しかし、実は妻の大きな声に対する僕の一連の行動プランが僕自身にどのような影響を与えていたのかを理解したのは、「妻が大きな声を出しても駆けつけない」というネクストプランを実践した後である。

何か問題を感じた時。その問題を解決したいと願った時。その原因を探究しても、助けにならないことが、実は多い。なぜか。問題の原因が分かっても、その原因を除去できる「ネクストプラン」を用意していないからだ。

逆に問題の原因が分かっていなくても、ネクストプランを実践すると、その相対として原因が見えてくることがある。解決と原因の発見が同時に起こる。

原因の探究が無意味だとは思わない。しかし繰り返しになるが、たとえ原因が分かっても、その原因を取り払うことができるネクストプランがなければ、「原因が分かっているのにどうにもできない」という新しい問題が始まるだけである。

何か問題を感じたら、原因の探究を始める前にネクストプランをセットしてゴー。上手くいかなければ、次のネクストプランをセットしてゴー。それがダメならまた別のものをセットしてゴー。セットしてゴー。セットしてゴー。

この探究のサイクルが当たり前の世界にお引越しをして初めて僕たちは、「何か問題があっても大丈夫」というマインドを手に入れることができる。安定したメンタリティを取得できる。安定とは、変化の中でしか得られないものなんである。

心の中に水曜どうでしょう軍団を常駐させる

心が豊かな時も、普通の時も、ちょっと貧しい時も、やることは同じである。自分の心が今よりも豊かになる(であろうと思われる)ネクストプランをセットしてゴー。これしかない。

心が豊かな時も、普通の時も、ちょっと貧しい時も、常に心がもっと豊かになるネクストプランをセットしてゴーし続けていれば、心には「豊かになる」という上向きの力がかかり続ける。

心が豊かな時間が長い人生が幸せな人生なのだとしたら、いかなる時にも心が豊かになるネクストプランをセットしてゴーし続ければ、僕たちは間違いなく幸せになれる。そんな単純なものか。単純なんである。

ではどうすればあなたの心は豊か方面に向かって動き出すのか。そんなこと知らない。あなたのことだ。あなたが考えるのだ。サボってはいけない。「ここまでバカみたいに長い文章を読ませてきて最後にそれか」とイラついたあなた。今こそネクストプランをゴーするチャンスだ。やったぜ。

とはいえさすがに投げっぱなしもアレなので、僕がやっていて高い効果を感じているプランをシェアしよう。ただし、あくまで僕のプランである。あなたが使えるかどうかは知らない。感じ取ってほしいのは、「なーんだ、ネクストプランとかカッチョいい言葉を使ってるけど、この程度のことなんか」ということだ。

では取っておきである。心して読み進めてほしい。それは、「心の中で水曜どうでしょうの特番を作る」である。大切なことなのでもう一度言う。「心の中で水曜どうでしょうの特番を作る」のだ。

今まで誰にも言わずにきたが、実は僕の中にはどうでしょう軍団が常駐している。何か僕がイラつくことがあれば、その状況を軍団に番組化してもらうのだ。

大泉「藤村くんいいかい?僕ァねえ、今家族の幸せと繁栄のために身を削って滅私奉公しているわけだ。仕事っていうのはねぇ藤村くん、大変なんだよ?集中力もいる、体力もいる、想像力だっている。自分を総動員して、やっと一人前の仕事ができるんだよ。分かるだろ?藤村くん」

藤村D「その通りです大泉さんwww」

大泉「それを何だい、突然階下から叫び声なんか聞こえてきてみなさいよ。びっくりしちゃうでしょう?集中力も何もあったもんじゃないよ?君」

藤村D「そうですねwww」

大泉「別にさァ、僕は絶妙のタイミングでお茶持ってこいとか、肩揉みに来いなんて言ってないじゃない。ただただ静かにねぇ、しゅくしゅくと自分の仕事に向き合いたいだけなんだよ。」

藤村D「はいもう、おっしゃる通りですwww」

嬉野D「今回もぐうの音も出ない正論」

大泉「だろ?俺ぁいつだって正論を言うんだよ。でも君たちはいつだって暴論でさぁw やっつけちゃうじゃないw それをやめてくれっつってんの。」

ミスター「彼も疲れてるからねw」

大泉「そうだよもう疲れっちゃってさぁw」

だいたいこれくらい脳内でオリジナルの水曜どうでしょうを放送すれば、なんだか面白くなってきて、気分も上を向いている。心がそれまでよりもちょっと豊かになっている。

ポイントは、比較的後期のどうでしょう軍団を招集することだ。「絵葉書の旅2」や「喜界島一周」「対決列島」や「原付日本征覇」あたりの軍団は、特に大泉氏のボヤキ芸に磨きがかかり、本当に感情としてのイライラよりも芸の方が前に出ているからだ。

ということで結論。今この瞬間から幸せになるには、心の中に水曜どうでしょうのロケメンバーを常駐させよう。そして何かトラブルがあったらすぐさま彼らを動員し、自分の中だけのオリジナル特番を放送するのだ。

暴論だろうか。しかしねぇミスター、うちではねぇ、正論が通った試しはないの。

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