やりたいことが面倒くさい時は「能動的思考停止」をキめるんじゃ

ゆうさく
ゆうさく
妻が息子におっぱいくわえさせて寝かしつけることを「乳落とし」って呼んで柔道の絞め技みたいに扱ってる。

毎日動画を編集して暮らしている。僕が自分のコンテンツをシェアするチャンネルもあるのだけど、仲間の魅力的をPRする作業が好きだ。「コイツ絶対頭おかしい」と爆笑しながら作った動画は、結構な確率で何らかのレスポンスにつながるものだ。

先日も、ジャンクのジャパンビンテージギターを回収してリペアする、というライフワークを行なっている弾き語りミュージシャンの柴田ヒロキ氏が「5.5畳の部屋でギター30本と同居している」という動画を上げた。

この動画をアップしてから一ヶ月もしないうちに、知り合いからギターを売ってほしいと問い合わせがきたのたそうだ。それも、4本も。

コロナ騒動で仕事が片っ端から吹っ飛んでしまった柴田氏は、だから、すごく助かったらしいのだけど、その一方でずっと手元にいると思っていたギター達が他のオーナーの手に渡っていくのが寂しくて仕方ないらしい。どうですかこの狂気。いいと思いませんか。

わが日常は「面倒くさい」との戦いの日々

動画編集は楽しいけれど、はっきり言って死ぬほど面倒くさい。15分の動画一本作るにも、僕の場合は仲間との1〜2時間のフリートーク素材の中から使えそうなセクションを見つけ出すことから作業が始まる。

もう面倒くさい

記憶を辿れるとはいえ、1〜2時間の素材を振り返って、管理しやすいサイズに切り分けて、使えそうなセクションや切り口の当たりをつけて、編集ソフトに読み込む。そうしてよやく実際の編集作業がはじまる。

編集作業では、まず画の色調を調整し、音量を整える。場合によっては音声にイコライザーやコンプレッサーを掛けるなどする。

素材の品質を最低限整えたら、次はYouTubeという媒体で視聴してもらいやすいように、かつ写ってる人物の魅力が最大限引出されるように、ジャンプカットを入れていく。

その後テロップを考えながら作成して、埋め込んで、必要なら埋め込む素材も作って、サムネイルも作って、公開して、SNSでシェアして、動画がどのように視聴されているかを分析する。

最強面倒くさい

そんなわけだから、僕の毎日は「面倒くさい」というネガティブな感情と共にある。「面倒くさい」はあらゆる瞬間、僕の中に生まれている。でもよほどの事態でない限り、僕は「面倒くさいからやらない」を選ばない。

別に歯を食いしばっているわけではない。意志の力が強いわけでもない。ならどうして面倒くさいと感じることを毎日毎日できるのか。「面倒くさい」感情が行動を阻害するまで育てないようにしているからだ。

大前提:僕は自分が見たいコンテンツを作っている

そもそもの話しなのだけど、僕は自分が見たいと思う動画を作っているという事実は無視できない。仲間と動画を撮影している時、僕の中ではもう画面に映った映像が見えていて、現場にいながらコンテンツを楽しんでいる。

そのコンテンツをちゃんと映像で見てみたいという欲望が、モチベーションの源泉だ。

だからどんな作業を抱えていても、どうせ楽しい、どうせ気分が上がる、そういう確信があるのだ。これから書くことは、そういう前提ありきなので、あらかじめご了承ください。ウェイ。

「面倒くさい」と感じたら、思考停止してひとつ目のレシピに取り組む

僕はたいていの作業タスクを砕いて砕いてレシピ化している。レシピとは、ひとつのタスクを処理するために自分が実際に起こす具体的な行動を箇条書きにしたものだ。詳しい説明は、こちらの記事をどうぞ。

【情報管理術】”やりたいはずのことができない“時は、「机の前に座る」が出るまでタスクを砕き続けてみる
やりたい、叶えたい、手に入れたい。そのために何をすればいいのかなんとなく分かってもいる。なのに、それなのに、なぜか心の底からの願いを叶えるた...

これから作業、という時に「あ、面倒くさ」という感情がわいたことに気付いたら、光速で思考停止して、ひとつ目のレシピに手をかける。ひとつ目のレシピが終わったらふたつ目に、それが終わったらみっつ目に、と、鼻水を垂らし、口を半開きにしつつ進行する。

そのうち脳が「やったるかんねモード」に勝手に切り替わる。結構あっさり切り替わるから、安心して思考停止していていい。

「面倒くさっ」→「能動的思考停止」→「作業開始」→「やったるかんねモード」

これが「面倒くさい」に行動を止めさせないアクションプランだ。面倒くさくても頑張るというのとは、だいぶ違う。思考停止した時点で「面倒くさい」感情の成長が止まるのだ。すると仮に「面倒くさい」感情が消えなくても、行動を阻害するほどのパワーがない。自ずと「やったるかんねモード」が勝って、行動できてしまうのだ。

この、「面倒くさい」感情が生まれた時に光速で「能動的思考停止モード」に切り替えるコツが、レシピを用意しておくことだ。さて、何をしようか。なんてことを思考し始めると、「面倒くさい」感情はむくむくと育ってくるからだ。

何をするかは、そのタスクが出来た段階でもう考えておく。それをメモして、いつでもアクセスできるようにしておく。作業の数だけレシピメモを作っておけば、面倒くさい感情はどれだけ湧いてきても怖くない。

ネガティブな感情は、育てなければ何ということはない

「面倒くさい」とか、あと「腹が立つ」とか「悲しい」とか、そういうネガティブな感情は出てきちゃう。しょうがないね。人間だもの。でもでも、感情と気分って別物なんです。これが心のメカニズム的に救いのあるところなのだ。

僕は、「感情」というのは、何らかの物事に直面した時に出会う心理的、肉体的な感覚の総称だと思っている。一方「気分」は、感情や考え、肉体的な感覚から時間経過的に影響を受けた、心のコンディションのことだと思っている。

感情は刹那的で、時間の概念がない。気分は継続的で、いつからいつまで、という時間の概念がある。気分は感情から影響を受けるし、感情も気分から影響を受ける。やりたくないことをやらないでいたら未来永劫気分がよくなかったのに、いざ手掛けてみたらあっという間に終わってしまった、というのは、いい例だ。

「面倒くさい」感情は、それを育て続けると「嫌だなぁ」とか「動きたくないなぁ」といった気分を増長する。だから「面倒くさい」という感情が生まれたことに気付いたら、「あ、今面倒くさがってんなー」などと思いながら、そーっと動いて淡々と作業に身を投じる。

僕たちの気分のモードは、ひとつしか選べない。だから「やりたくねぇなぁモード」になる前に、思考停止で手を動かして意識的に「やったるかんねモード」に切り替える。「面倒くさい」感情が「やりたくねぇなぁモード」になる前に、別の気分を育ててしまおうというのが、今回の記事での主張でした。

自分がなりたい「気分(=心のモード)」になるために、育てる「感情」を選んでみよう

自分で自分の機嫌を取ろうとか、いい気分でいる努力をしよう、といった話しは、昨今よく聞かれる。すごくいいことだと思う。気分を好きなようにコントロールできるようになったら、かなり人生が楽しくなる。

でも、いい気分でいるための具体的な方法を教えてくれている人は少ない。なぜか。どの感情を育てればどんな気分になるか、というルートは誰しも似たようなものなのだけど、何があった時にどんな感情が芽生えるか、というシステムが、人によって違うからだ。

これは専門の知識を持った人と一緒にウォッチするか、自分ひとりで時間を掛けて観察していくしかない。「悩んでもしょうがない」と一蹴するのは簡単だけれど、その時には悩まなければならない理由が、あるから悩んでいるのだから。

いつだったか、ニュースピックス主催の対談映像で、ホリエモンが「どうしてアイデアが思い付いても動けないのか理解ができない。動けばいいじゃん」と言っていたのを、よく覚えている。すごくいいなと思った。僕は動けない人間だったからだ。

ホリエモンの言っていることは真理だと思う。だって動けば、僕たちは勝手に「やったるかんねモード」に切り替わるのだから。

「能動的思考停止」を行う目的は、ネガティブな感情の育成を止めることと、淡々と手を動かすことの、2つだ。このことを意識して、一度やりたいのに「面倒くさい」ことに取り組んでみてほしい。きっと何か変化が感じられると思う。

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