不安の槍とイケメンの窮地。


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先日、異常に相槌の早い男と話しをした。
その男は僕が一節の半分しか話していないのに「はい」と相槌を打ち、「そんなことより」という勢いでもって自身の不安を突き出してくる。
僕はすっかり辟易としてしまって、その場を早々に切り上げて、ミスタードーナツのポンデリングに癒しを求めたのであった。

会話というのは、人類が触れる最も身近で最も深遠な行為である。
時により場により人により、必要とされる言葉が違う。
同じことも場違いなトーンで話すと受け入れてもらえないし、同じようなトーンで話しても表情や服装や髪型などで相手に与える印象は異なる。

中でも最も罪深いのは、自分の話ししかしたがらない者だ。
散々不安を感じているのだから、その不安をぶちまけたい気持ちはよく分かる。
実際に吐き出した方が良い場合も沢山ある。
しかし、「周りの人が相手にしてくれない」という不安を周りの人の言葉を遮ってするその男は、やはりどうやらもうしばらくその修行の中に身を置くべき時期のようで、ふらりと現れた僕を軽く蹴散らした挙句、再び不平と不満の渦の中へと還っていったのである。

ポンデリングを食べながら、僕は色々なことを考えた。
僕は大変なお喋り好きだ。
思うことも言いたいことも山ほどある。
それを迂闊に人に押し付けることは良くないということも承知している。

しかし、実際問題として僕は人に不安の槍を突き刺して元気を吸い取るような男と出会った。
そこには神様の宿題とも言える、何かメッセージのようなものを感じずにはいられない。

チョコレートの掛かったオールドファッションに手を掛けたところで、はたと気付いた。
もしかしたら僕は、大変な思い違いをしていたのかもしれない。
おそらく神様は、こう言いたかったのだろう。

「愛とお節介は違うのだ」

と。

実際僕が彼女様に「しとやかな女性の美しさ」を説いたところで、一切相手にされない。
それどころか、僕の言葉に反発するように奔放で凶暴になってゆく。

そう、彼女様は「しとやかで美しい女」になろうなどと、一切考えてはいないのだ。
いくら僕が「しとやかな女性の美しさ」を説いたところで、それは見事に「お節介」なんである。
このことに気付いた瞬間、かつて携帯屋時代にレンタルビデオを借りに来た客に必死で「ケータイいかがっすか」と声を掛け続けていた、あの虚しさが胸の奥から去来した。

彼女様に少しでもしとやかになってもらうことが今後の僕の人生を左右すると思っていたから、この気付きを得た瞬間の驚きといったらなかった。
気が付いたらポンデきなことエンゼルフレンチが新たに手元に買い足されていたほどだ。

人が望まないものを与えることを「お節介」と呼ぶのなら、人が望むものを与えることを「愛」と呼ぶに違いない。
人は自分を愛してくれる人を愛するから、「奔放で凶暴な女」を目指す彼女様の背中を押すような言葉を使えば、結果として僕は彼女様からもっと大事にされるということになる。

エンゼルフレンチを握りしめながら、僕は葛藤していた。
今のままでも十分に、僕はその奔放と凶暴に打ちのめされているのだ。
それを助長させるような言葉を使うというのは、僕にとっては腹に刺された包丁を「もっと深く突き刺してごらん」と言うに等しい行為である。
正気の沙汰ではない。

しかし、これまで戦って、戦って、戦い抜いて僕はボロボロにやられているのだ。
「戦わない」という選択肢があるのなら、是非選びたい。
これ以上の負け戦は御免被る。
手のひらにへばり付いたクリームを拭き取りながら、僕は胸に決意を秘めた。

事務所に戻ってしばらくすると、彼女様が仕事から帰ってきた。
相変わらず、こちらが首をかしげるほどに、乱暴な勢いで扉を開ける。
芸能人格付けチェックで、浜ちゃんが正解の扉を開ける勢いを想像してもらえれば、その乱暴が少しは伝わるだろう。

彼女様はバッグとコートと半蔵(チワワ/オス/4才)を床にばらまくと「疲れた!」と言って座り込み、僕に暖かいお茶の提出を要求した。
騒々しい日常の中で、僕は勇気を振り絞った。

僕「お疲れさまでした。」

彼女様「ん」

僕「相変わらず良い勢いでドアを開けるよね」

彼女様「は?」

僕「あれくらいの勢いで開けてもらえたら、ドアも建て付いてる甲斐があるんじゃないかな」

彼女様「何?喧嘩売ってんの?」

僕「と、とんでおもない。僕はただ、君にもっとほんp・・・自由で、きょうb・・・大らかに生きてほしいだけさ」

彼女様「何なの?バカなの?死ぬの?」

僕「もうすぐお茶が入るからね。」

彼女様「そういえばお前、この前置いていったイモのサラダ食ったか?」

僕「も・・・もちろんです。おいしかったです」

彼女様「ちょっと冷蔵庫ん中見せろ」

僕「すいません嘘です忘れてました冷蔵庫の中で傷んでます本当にすいません」

彼女様「ちょっと包丁とってくれ」

僕は誰かにこの不安を突き立てたくてしょうがなくなった。