年の瀬に妻が長年連れ添ったiPhone5を落下滅亡させたため、Softbankショップに飛び込んだ。
元々の回線はauであったから、カスタマーセンターのお姉さん渾身のポートアウト抑止トークを華麗にスルーし手に入れたMNP予約番号を握りしめてのダイブであった。
僕は既に今年の6月にiPhone6を購入して持っている。
なのに不思議と、今回購入したiPhone6にも心ときめいたのだ。
新しい箱から取り出されるiPhoneが、それはそれは魅力的に見えたものだ。
仮に今日購入したiPhoneが中古品であったなら、そのような感動はなかっただろう。
新しいものにはゼロ地点的魅力があるのだ。
ここから始めよう。
イチからやり直そう。
そういった希望が見いだせる。
だから以前のiPhoneのバックアップを復元した時点で、そのゼロ地点的魅力は半減する。
90%減と言っても過言ではあるまい。
デスクトップやフォルダの中身が見慣れたものになった時点で、それはテクノロジーが見せてくれた便利の極みのはずなのに、なぜか少しガッカリしちゃうのだ。
元通り。
今までと同じ。
うん、やっぱり言葉だけでも若干気持ちが萎える。
間もなく2016年である。
毎年年の瀬にやってくるゼロ地点的ワクワク感は年越しの瞬間にピークを迎え、その後気が付くと消滅している。
きっとどこかでバックアップを復元するのだ。
「今までと同じ自分」に戻るのだ。
同じデスクトップとファイルを見て、ガッカリしちゃうのだ。
だから来年の抱負は「バックアップを復元しない」ことにした。
具体的にどう、ということはない。
ただただ、何者にもなれる自分で居ようということ。
ただただ、あらゆる可能性を認めれらる自分で居ようということ。
ただただ、真っ白な自分で居ようということ。
今や見事にバックアップが完了した妻のiPhoneは、僕の興味の枠からこぼれ落ちた。
自分が自分の興味の枠からこぼれたら、それは辛いことだ。
毎晩寝る前に初期化しよう。
朝目覚める僕はすっかり風通しのよくなったデスクトップとガラガラのストレージで、ゼロ地点に居よう。
壁紙はちょっとエッチなやつがいい。
外人さんより日本人のがいいです。
ん、待てよ、ということはつまり毎晩大晦日だ。
毎晩年越しソバだ。
毎朝正月だ。
毎朝雑煮だ。
毎日元日から仕事だ。
どうだ、まいったか。
あ、そうだ。
今年はお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。