
「学生の頃に音楽をやってみたくてギターを買ったけど、弾かずにずっとそのまま放置していました。」
そういうことってよくあります。例えばうちの生徒さんにも、そんな方がいらっしゃいました。放置しすぎてネックが曲がってしまっていたので、相方講師の柴田さんが修理していましたね。オンライン教室なのに。
放置していて、それで別に何もないなら、いいんです。問題は、何かある場合です。それは例えば、心がザワザワするとか、本当にこのままでいいんだろうかという考えが頭をよぎるとか、そんなちょっとしたことです。
確かに音楽なんて、やらなくても生きていけます。他にもたくさんの幸せがあるし、やらなければならないこともたくさんあります。山積みの洗濯物を畳むとか。
でも、何かあると感じるなら、ちょっと話しを聞いていってみてください。それはもしかしたら、想像している以上に大きな問題かもしれません。
命あるところに「願い」は生まれる
生きるためには、たくさんのことをしないといけません。ごはんを食べたり、しっかり寝たり、愛しい人と触れ合ったり。
そして運良く日本に生まれた僕たちは、そういう原始的な欲求以外にも、たくさんの欲求が生まれます。この記事ではそういった欲求のことを「願い」と呼びます。
・おいしいものが食べたい
・素敵な服を着たい
・きれいな家に住みたい
・痩せたい
・毎日ワクワクしながら過ごしたい
などです。これらの「願い」は、僕たちが生きていて、原始的な欲求が満たされると自ずと出てくるものです。
ここが大事。出ちゃうの。自然と。出そうと思ってもないのにね。出ちゃうんですよ。
で、自然と出ちゃうものに、せき止めちゃうことがあるんです。誰が?自分が、です。たぶん最初は違ったんだけどね。親や先生に「我慢しなさい」って言われたり、とてもじゃないけど自分の「願い」なんか追いかけてる場合じゃなかったりして、出てくる「願い」をせき止めることが当たり前になっちゃうんです。
「願い」を叶えることが、生きるということだ
僕たちはメシ食って寝てまぐわっていれば、幸せでしょうか。もちろん、原始的な欲求が満たされる喜びってあります。それを否定してるんじゃありません。僕もごはん食べるの大好き。
忘れちゃマズいのは、原始的な欲求は基本的に満たされてるんだってことです。ぜいたくですよね。ぜいたくは享受しましょ。既に手に入っているものを否定するのは不自然です。
原始的な欲求は生きることに直結しますが、この記事で話している「願い」はちょっと違いますね。「願い」はどれも、原始的な欲求より高度です。そして、人によって違います。
人によって違うということは、それがあなたの個性だということです。あなたの「願い」は、あなたがあなたの人生を生きているから出会ったものです。あの人や、その人の人生には関係ありません。
そしてあなたの人生からやってきた「願い」を叶えることこそが、あなたの人生を生きる、ということだと思うのです。「願い」が叶った充足感や満足感を味わうことが、人生を楽しむということだと思うのですよ。
僕たちはたくさんの「願い」に囲まれている
ちょっと話しが変わります。この世の中には色んな人の「願い」が溢れていて、「叶えてくれー!」と手を振り続けています。
例えばわが家は今絶賛子育て中ですが、2歳になった息子氏は隙あらば公園に突撃し、滑り台を逆走し、砂場で転げ回り、ブランコで風を切ろうとします。かれは衣食住満たされていますから、あまり深いことを言わなければ、これらは息子氏の「願い」であると言えるでしょう。
さて、愛しい愛しい息子氏の「願い」です。可能なら叶えてあげたい。だって彼まだ一人で公園に行ったりできないんだもの。でもちょっと待って。仮に彼の「願い」に僕の全ての時間を捧げてしまったら、僕の「願い」はどうなりますか?叶えてあげられませんよね。
子どもが相手じゃなくても、たとえば親やパートナー、同僚や上司、友達や恋人に至るまで、色んな人があなたに「願い」を叶えてもらうために、虎視眈々と隙を狙っています。僕たちには、そういった大切な人達からの過剰なお願いを断る勇気が必要なのです。
自分の「願い」を叶えないと自分の人生を生きられない
自分の「願い」が叶わないと、悲しくなります。寂しくなったり、苦しくなったりすることもあります。厄介なのは、それがなんとか我慢できちゃうことが多いということです。だって原始的な欲求じゃないからね。叶わなかったところで、身体の生命活動が直ちに終了するわけではないのです。頭よさそうなこと言ったぞ、わし。
「願い」が叶わないことが続くと、拗ね始めます。誰が?自分が、です。「どうせ分かってくれないんだ」とか「どうせ私なんかこんなもんよ」という考えがデフォルトになっちゃう。自己評価大暴落です。一気に落ちるわけじゃなくて、ジワジワ落ちていくのがまた危ない。
そうやって自己評価が落ちたり、なんかうっすら不幸…みたいな状態が続くと、メンタルを病みます。メンタルを病むと、自分の不幸を身近な人のせいにし始めます。
相手のことを大切にしたいから他人の「願い」を引き受けていたのに、その結果自分の「願い」を置き去りにすることになって、その責任を大切な人達に取らせようとする。ちょっとしたコントみたいだけど、余裕がなくなった僕たちの心理は、本当にそんな暴走をしちゃうんです。
人生の小さな「願い」を叶えましょう
あなたは、あなた自身と、あなたの大切な人達のために、あなたの「願い」を叶えなければならない。これが大きい方の結論です。
自分の「願い」を叶えている人はキラキラです。眩しいったらない。逆に自分の「願い」を後回しにし続けてきた人は、卑屈になったり、メソメソしたり、イライラしていることが多い。酷くなると感情を感じることもやめちゃって、一見達観してるようだけど、ただ生きてるだけ、というパターンも。こわ…
そして小さい方の結論です。もしあなたが学生時代に買ったギターや、大好きな曲をめいっぱい歌いたいという気持ちを放置しているなら、それを少しずつ叶えてあげる活動を始めてみませんか?
S&Yギター弾き語り教室はギター弾き語りという表現方法を通して、人が自分の人生からやってきた「願い」を叶えること、叶え続けることをお手伝いする音楽教室です。YouTubeやブログで、考え方や練習方法を色々発信しています。自分1人でいるとすぐに自分の「願い」を後回しにしちゃうという方は、ぜひそれらのコンテンツを役立ててください。
それから、週に1回動画が届く無料のメール講座もやっています。本当に初めてギターを持つ、というレベルの方が、中島みゆきさんの名曲『糸』を弾けるようになろう、というテーマの講座です。週に1回おっさん2人がキャッキャしながらギターを弾いている動画が届くので、暮らしの中で孤軍奮闘するあなたの助けになれると思います。気になった方は記事下のバナー広告から、チェックしてください。
今回の話しを動画で見たい方はこちら
動画を撮った後でこの記事を書いているので、正直内容はブログの方がまとまってると思うんだけども笑。言い回しが違ったりもするので、こういう話しがもっと聞きたいという方は、ぜひ動画もお楽しみください。
今回は以上です。洗濯物を畳んできます。