わが愛しのAm P.13:愛しい夏の水路(2018/08/01)

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水路に趣きを求めて

水路を見るのが好きな子どもだった。水ではなく水路だ。町中で好みの水路を見つけたら、自分が納得するまでひたすら眺めていた。

僕が生まれた和歌山県は、近畿地方が誇るど田舎中のど田舎である。特に僕が生まれ育った有田という地域は(有田みかんの有田です。ちなみに「ありだ」と読みます。「ありた」ではないのです)、見上げれば空、見渡せばみかん畑、見下ろせば田んぼという、2018年現代においてブームとなっているナチュラル系・ボタニカル系を先取りしたエリアであったから、観察すべき水路には事欠かなかった。今でこそ田んぼは減ってしまったが、大きく変わることのないあの場所は、わが心の拠り所である。

水路には、良い水路と良くない水路がある。良い水路とは、楽しい水路だ。楽しい水路とは、美しい配水システムと、それを造りあげた人々の工夫が垣間見る水路のことだ。たゆたう水面と流水のさえずりの向こう側で過去と現代を何往復もしながら、観察と想像を繰り返し味わい続けられるような、趣深い水路がよろしい。

対して良くない水路とは、そうでない水路のことである。

石の水路、息をする水路、まだ見ぬ水路

僕のお気に入りの水路は、当時住んでいたアパートの近くにあった、コンクリートの壁で作られた水路。もうひとつは、たまに遊びに行く父の実家、祖父と祖母の家の周囲にある田んぼに水を導いている、石と土で作られた水路だった。

コンクリートの水路は、時に細く時に太く、底深い場所があるかと思えば一気に急流を下りトンネルを抜け、広大な田んぼにあまねく水を配する、実に見事な構造を有していた。僕は水面に落とした葉っぱに負けじと、田と田の間を走る幅の細いコンクリートの上をバランスを取りながら走り回った。トンネルに入った葉っぱが出てこなくて、出口をのぞき込みながらひたすら待つ、なんてことはしょっちゅうである。いつかカブトエビが大量発生していたのも、この水路であった。

父の実家周辺の水路は、それとは全く構造が異なる。コンクリートなんて近代文化はそこに到達の意思さえ見せず、石垣で区分された小川から分かれた水が土を掘って石を積んだだけの窪みを駆け抜ける。土地の形に合わせてぐねぐねと曲がりくねった水路と田んぼは、まるでそれがひとつの大きな生き物のように息をしていた。覗けば青い空と僕の顔が写り込み、さらに目をこらすとオタマジャクシやアメンボ、小川から流れ込んでしまった小魚やサワガニ、ザリガニなど、数え切れないほどの命がひしめきあっていた。ハビ(ハブの和歌山での呼び名)が出るから近付くなと、何度祖父から言われたか分からない。

今でも、美しい構造が好きだ。仕組み、とでも言おうか。水はそこにあって、そういう性質のものでしかなくて、そこに善悪はない。それと共存するように、その自然な振る舞いに任せるように、その恩恵に頬ずりするように、そのように作られた構造は、本当に美しいと思う。いつか僕もどこかに美しい水路を作って、夏には西瓜でも浮かべて夏雲の数を数えて暮らすような、作務衣の似合うジジイになりたいと、心からそう思う。

田んぼの水路の画像

SONY DSC

適当にググって見つけた水路の画像。
これは良い水路です。

 


 
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