わが愛しのAm P.59:お金は使うと怒られるもの(2018/10/03)

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メダル1枚100円でどや

ある時、ひとつ歳下のクラスのまーくんがうちに遊びにきた。弟のちゅわさんと同じ学年だったので、割と付き合いもあったのだ。そのうち、まーくんはポケットから取り出したメダルを見せてくれたのだけど、僕にはそれがかっこよくてしょうがなく見えたものだから、貯金箱から100円玉を取り出して、交換してもらった。

しばらくしてから、またまーくんがメダルを持ってきた。僕は今度はお金ともののやりとりをしていることが楽しくて、彼に100円玉を渡して、メダルを受け取った。

呼び出されました

しばらくしてから、職員室に来なさいと呼び出された。全く心当たりがなかったので首を傾げていったら、僕がまーくんからメダルを1枚100円で買ったことが何らかのルートで先生の耳に入ったらしい。だから何?と思ってきょとんとしていたら(今でもそう思うけど)、どうやら先生は子供同士のお金のやりとりを咎めているらしかった。割と本気めの雰囲気で怒られるもんだから、僕の方も途中から怖くなってきて
 
 
「2回目の時はまーくんは最初からそのつもりで来たみたいやった」
 
 
などと、後輩にを責任をなすりつけるような名言を吐いたりした。

第2ラウンド

家に帰ると、母がものすごい剣幕で怒り狂っていた。そこに座れと言われたが最後、「お金はお父ちゃんとお母ちゃんの汗の結晶なのだ」と言って泣きながら、近くにあったプラレールの線路をビシバシ投げつけてくる。

僕は学校でしこたま怒られてきて、家でさらに追い討ちを食らったものだから、すっかり憔悴してしまった。そして朦朧とする意識の中で、お小遣いも僕のお金ではないことと、お金を自分の好きなように使うと怒られる、ということを覚えたのだった。

ひらきまーす

分かりやすく「お金のブロック」が掛かったのは、このイベントだったと思う。とはいえ「お金」に注目して語るなら、そもそも「何か欲しいものがあるけど、お金がないので買えない。買うには他人(親とか)の承認が必要」という日常の中で、「お金は神妙に慎重に扱わなければならない危険なもの」という認識を育ててきていたのだろう。

僕は小遣いをもらい始めたのが高校生になってからなのだけど(地元にはお金を使うような場所もなかったですし)、本当に長い間、お金との使い方がよく分からないままでいた。「無駄遣いをするな」なんてアドバイスしかもらったことがなかったし、それってつまり「好きなものを買うな」っていう意味だと受け取ってたし。もっと言えば、「無駄遣いするな」って、要は「私が気にくわないものを買うな」っていう意味でしょ?。。。と、今なら思う。

実際にお金のやりくりに苦労していた時期の話しはまだまだ先になるけれど、要は、「使うな」と言われるから「使う」に意識が向いてしまうという、ピンクの象現象をずっとやり続けていたのです。「ピンクの象を想像するな」と言われたら、絶対想像しちゃうっていう、あれね。

あれから考えると、昨今は随分ラクになった。妻がやりくり上手なのがありがたい。その一方で、世の中こんな凄まじい量のお金が流れ続けているのだから、「もうちょっと僕経由で流れてもよくね?」とウキウキしながら、どんな仕事を作っていこうか考えるのが楽しい。

やっぱり、一旦閉じてから開く遊びは、楽しい。友だちのメダルが気に入ったから100円で買って、いいじゃないか。知り合いのミュージシャンがすごく素敵なライブを見せてくれた時、投げ銭ボックスに10000万円入れたことあるけど、すっごく気分良かったもの。キュンときたことにお金を使うことを「無駄遣い」と言うのなら、僕はもう無駄遣い魔の浪費王として生きていこうではないか。

・・・つってまぁ、どうしても欲しくて、それを手に入れるためにお金が必要なものって、実はそうそうないんだけどね。
 
 
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