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桜と毛根と執着と歯磨き粉。

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仕事部屋の窓から見える山並みを彩っていたさくらが少しずつ花びらを手放して色合いを変えつつある。花の素晴らしいところは、この執着の無さである。元来万物には善悪や美醜の仕分けというものが存在しない。それらはあくまで人間が自分達の感性に照らし合わせて勝手に行ったことに過ぎないのだ。

花を手放したさくらは実を付けて種を産む。花が散ることそのものが、彼らの生なのである。それを「美しくありたい」と執着し、花を手放すことを拒んでは、何も得られないどころか、実を付け子を増やすという元来の役割りを全うできない。外面的な美しさと生きることの美しさは、必ずしもイコールでないのである。

昨夜のことだ。風呂上がりの父が小さな鏡の前に座り、様々な医薬品を頭皮に吹き付け、クシでもって慣れた手つきで毛根に継続的な刺激を提供していた。執着の塊である。髪を失いたくないという気持ちの焦りが益々深刻な髪離れを呼び寄せていることに気付いていない。

僕はキッチンの方で歯を磨いていたのだけど、大変神妙な顔をして(水虫の薬と投薬している時と同じくらい神妙だ)、日付変更線が通り過ぎたばかりのリビングにトントントン・・・と悲しいビートを刻む父を見ていて、とても切ない気持ちになってきた。

「お父さん。花は散るからこと美しいんです。髪の毛など、手放してごらんなさい。きっとお父さんの毛根は実を付け種を作り、新しい春に向けて生まれ変わろうとすることでしょう。」

そう声を掛けるべく後ろからそっと近付く。するとどうだ。2030年ごろの春、散る桜の歌などを歌いながら頭皮に何らかの医薬品を吹き付けつつ毛根に適度な刺激を与える自分の姿が見えたのだ。僕は大いにたじろいだ。

人は、「自分だけは何も失うまい」と思っている。どこかの哲学者が自らの墓標に「死ぬのはいつも他人ばかり」と書き記したことは有名な話だ。お恥ずかしながら僕自身が、自分だけは髪を失うまいという漠然とした根拠のない思い込みを抱いていたのである。

そこに父の後頭部というか頭頂部というか、ともかく最新のLED電球の輝きを乱反射する頭皮が圧倒的なインスピレーションを与え、自らの軽卒な行動にブレーキをかけたのである。人は、失うことを恐れる生き物だ。生きるということは、欲を持つということである。きっと僕自身も、万が一頭髪が薄くなってくるようなら、全力で抵抗するだろう。その先で髪が薄くなることなど取るに足らないことという気付きが得られるのなら、その抵抗こそ重要なプロセスなのではないか。

父の気持ちに同調した僕は、僕にできることは黙って見守ること以外に無いのだとさとり、歯を磨きながら父を見下ろしていた、その瞬間、鏡越しの父と目が合った。父は若い頃は中村雅俊に似ていたのだというたれ目で1秒ほどの間を取ると、おもむろに

「なんなよぉ」

と叫びのような声を上げた。

僕はそれまで気付かないでいた胸の中から笑いの沸き出ずるをいかんともし難く、口の中で泡立っていた歯磨き粉の泡を大変な勢いで吹き出した。

研磨効果、ステイン除去効果、消毒効果のある歯磨き粉の泡がまるでさくらの花びらのように舞い散り、父の頭皮に降り積もる。

「あほぉ!」

父が泣きそうな顔で叫ぶ。さすがの僕も慌てて、とっさに父の肩に掛かっていたハンドタオルを手に取り、泡の落ちた辺りをサッと拭いた。

「あほぉぉぉおおおお!!!!!」

気を失うのではないかと思うほどの大声を上げて、父は僕の手からハンドタオルを奪い取った。あっち行けと言われた僕はまだ痙攣している横隔膜をグッと押し殺し、キッチンに戻った。父はカーペットにこぼしたコーヒーのシミ取りをするように、ハンドタオルでトントントンと頭皮を優しく拭いていた。とても、悲しいビートだった。

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