さよなら、今日の君

ゆうさく
ゆうさく
お昼にカップラーメンを食べたのに夜中にまた食べたくなって過呼吸を起こしてる。

ここ一週間くらい、毎晩風呂上がりの息子を乗せて車を走らせている。産まれた時から車に乗せると気持ちよさそうに寝息をつき始める子だった彼は今もそうで、ある時あまりに夜の寝付きが悪いので車に乗せて寝かし付けたら、すっかり味をしめてしまった。


「おふぉああってぃ〜〜(お風呂上がって〜)
 はぁみんぐぁぬぃいてぃ〜〜(歯みがきして〜)
 タント!(タント:ダイハツの軽自動車)


そう言いながら風呂に行き、寝間着を着、歯を磨いた息子氏は、だからやっぱりそれが当たり前みたいな顔をして、玄関で靴を履きはじめる。

正直彼の寝かし付けにはややうんざりとしていた僕と妻だったから、ガソリン代は掛かるけども、夜中に寝ない息子を必死に寝室に押しとどめたり、まだやることがあるのに一緒になってウトウトしちゃったりすることがないので、これでもいいかと思っている。

この記事を書いている今夜は2021年の七夕だけど、そんなイベントには一切絡まず、僕と息子はいつもの調子でタントに乗り込み、夜の大阪へと繰り出した。21時ごろのことだった。


息子氏は21時半ごろに眠ったろうか。明日には和歌山の実家まで長距離の移動があるので、給油のためにガソリンスタンドに寄る。セルフのスタンドで割引クーポンを使うためにスマホの操作に四苦八苦していると、後部座席で眠る彼の左肩が見えた。

小さくて柔らかそうな肩に癒やされつつ、やっとの思いでリッターあたり5円引きのクーポンをキメる。140円台になったレギュラーガソリン代金を確認し「うむ」と頷く。タントは約20リットルの栄養を補給し、明日への準備を整えた。

家に帰ると眠る息子をチャイルドシートから発掘し、少し長い階段を上がって限界を踏破しつつ寝室に分け入る。廊下に散乱しているブロックやトミカを踏まないことに最新の注意をはらう。

息子はダイレクトに布団に寝かせると必ず起きるので、まず一旦僕自身が横になり、彼をお腹の上に乗せる。数分ほどそのままの体勢を維持し、小さな身体と10キロちょっとの体重を堪能する。結構楽しみな時間だ。

しばらくして呼吸のリズムが落ち着いたと思ったら、僕が寝返りを打つようにしながら、彼をゆっくりと所定の位置に設置する。これで今夜のミッションは完了だ。


いつもはここですぐに立ち上がってお風呂に行ったりするのだけど、今夜は少し、息子の寝顔を眺めていた。まあるい頬と、同世代の中では痩せ型な身体。カットに失敗した前髪のラインはまるで稲妻のようだ。

不意に「さよなら」という言葉が浮かんだ。すぐに後を追うように愛おしさが溢れてきた。

朝泣きながら寝室から出てきた君。
朝食にヨーグルトを2つも食べた君。
その後癇癪を起こして1時間近く泣きわめき続けた君。
義実家に向かう途中で寝てしまった君。
じーじの前でおもちゃを投げて怒られていた君。
豪雨と雷にビビって固まっていた君。
お昼に僕のカップラーメンを大量に奪っていった君。
ボトルマンに装填したボトルキャップが取れなくて大泣きしていた君。
ガソリンを給油する僕に肩だけ見せて目を閉じていた君。

今日出会った全ての彼と、僕はもう二度と会えないのだ。今日だけではない。彼が生まれて今日までの全ての彼と、僕はもう二度と会うことができない。自分の手を見ることがブームだった彼も、ひとり座りをして僕と妻を沸かせた彼も、階段から転げ落ちて大きなコブを作った彼も、永遠に失われてしまったのだ。


彼はきっと明日も朝の7時半ごろに目を覚ますだろう。それはものすごく、幸せなことだ。幸福なことだ。

一方で、今日の彼は、今日も彼は、失われていく。お別れである。忘れないでいたいと思うけれど、忘れていってしまう。

だから目の前で眠る彼が愛おしくて、ちょっと泣いてしまった。明日の君ともお別れがくる。その時にまたこんな幸せが感じられるように、明日の君とも精一杯向き合っていこう。それはきっと、この後やってくる今日の僕とのお別れを、誇らしいものにしてくれるだろう。

さようなら、今日の君。

静かに上下するお腹にブランケットをかけて、寝室を出た。今日機嫌が悪くてきちんと会話ができていなかった妻と向き合う勇気が、じんわりとわいてきた。