軽トラロードとワンパクじいちゃん。

ここ最近のブログから漂ってくる田舎臭が大変な濃度であるが、事実田舎に住んでいるのだから許して頂きたい。静かで大変に暖かいのだけど、レコーディングなどをしていると猿除けの空砲の音が鳴り響いたり、風が木竹を撫でる音が響いたり、ネコのカイちゃんがエサを寄越せと鳴く声が響いたりと、思いのほか色々と響いている。どんなハードなリフを弾き込んでいても、奴隷を呼びつけるネコ様のお声が入ってしまっては、それはもはや牧歌である。自ずと角も取れてくるというものだ。

カイちゃんは今日も行く

 

そんな日々に、今日は新しい声が響いた。じーちゃんが、寝室の蛍光灯が点かなくなったので、買い物に行くのに付き合えというのである。ちょうど情報を回していて頭の中が沸々と煮立っていた時であったから、僕は喜んでその誘いに乗っかった。

 

じーちゃん「日曜日で電気屋ら閉まっちゃぁるんとちゃうか」

 

知らんがな。

移動中、僕に軽トラの運転を押し付けたじーちゃんが、後方に流れてゆく田畑を見送りながら呟く。こちとら誘い出された身である。ちょうど、おいしいお菓子があるから一緒に来ないかと言われて知らないおじさんに付いていってしまった子供と同じだ。

僕のツッコミが聞こえているのかいないのか、じーちゃんは相変わらず窓の外を眺めて、ほーだとかへーだとかと呟いている。

 

じーちゃん「やっぱい閉まっちゃららよぉ」

 

せやから知らんがな。

クリーム色のシャッターは「誰も通さないんだかんねボカァ」と確固たる決意を持って東電機の店内を外界と切り離していた。横一文字に走った青色のラインと、白いパナソニックのロゴが憎らしい。そしてじーちゃんは軽トラの助手席でふぇーだとはお”お”お”だとか言って唸っている。

 

じーちゃん「ほな、しゃーないから遠回りしてかえろか」

 

何が「ほな」なのか。「しゃーない」の使い方はそれで正しいのか。様々な疑問が脳裏をよぎる。僕には仕事があるのだ。じーちゃんには楽器で遊んでいるだけだとか、パソコンで何かよく分からないことをしているだけに見えるかもしれないが、これは仕事なのである。明日のゴハンが掛かっているのである。そうそう自分の時間を軽く扱う訳にはいかない。僕は酷く憤慨して、じーちゃんに一言言ってやろうと、軽トラの運転席に漂う土の香りのする空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 

じーちゃん「どっかで甘いもんでも食べていのらよぉ」

僕「はぁい!」

 

胸いっぱいの空気が大変に威勢良く飛び出していった。そういうことなら仕方があるまい。戦士には休息も必要である。腹が減っては戦は出来ぬ。甘いものを食べずして自宅に戻ることなど、とても有り得ないことのように感じられた。

ところで、じーちゃんの喋り言葉は可能な限り本人の発声に近いニュアンスで表記してある。地元の方言と本人のロレツによる文体の変化で多少読み辛い部分もあるかと思うが、ご了承願う。なお、「いのらよぉ」の「いぬ」とは、「帰る」という意味の和歌山弁である。

 

じーちゃん「あそこな山登ってこら」

じーちゃん「道せばいんで気ぃつけぇよ」

じーちゃん「ほんにええ景色やさかい、彼女らと来たらええわ」

じーちゃん「軽トラックではムードが無いわなぁw」

じーちゃん「ほれ、ええ景色じゃ」

じーちゃん「道せばいどっ」

 

んもうノリッノリであった。運転に集中していると景色が良いからと見下ろす海を指差し、景色に目をやると道がせばい(狭い)と言って安全運転を要求してくる。どうしていいのか分からず、あーとかおーとか言っているうちに、軽トラは峠を越え山を越え、風車の生えた山頂を左手に見上げながら、和歌山県の海と山の間をぐるりと回った。

山道などを走っていたものだから、喫茶店などあるはずがない。僕たちはぐるりと回ってきた道をもう少しだけ進んで、高速道路の乗り口にあるローソンのイートインに入った。

 

じーちゃん「なんど甘いもん買うてこいよ」

 

席に座り財布を渡してくるじーちゃん。ホットコーヒーが欲しいということだったので、ローソンのマチカフェでホットコーヒーとカフェラテを注文し、ミニシュークリームを買ってじーちゃんの待つイートインに。コーヒーを出してシュークリームを開けると、じーちゃんは店内に響き渡るほどに大きな声でこう言った。

 

じーちゃん「こんなもんら食べたことないわ」

 

そんなことないから。じーちゃん、正月にアホほど食べてたから。カイちゃんモフモフしながらすごい幸せそうだったから。

 

じーちゃん「(もぐもぐ)・・・こりゃあ、シュークリームみたいなもんじゃな!」

 

素晴らしい推理であった。推理の概念一新である。

そんなこんなで僕とじーちゃんの軽トラデートは、シュークリームらしきものを頬張りつつ終了した。

そういえば、一緒に昼食を食べ、畑の溝を掃除し、ドライブをしてテレビを見て・・・僕は今までの人生の中で、一番じーちゃんと触れ合っている。音楽とa.c.c.r.の仕事が周り始めると、またすぐに大阪や東京を飛び回る日が返ってくる。それは僕の使命であり天命であると思っているから、そうならなければならないという思いである。

だから、今受け取れるものと渡せるものは、しっかりと交換しておこうと思う。

ところで、明日は蛍光灯を買いに行くんですかね?

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カイちゃん「んなぁ」

じーちゃん「なんよぉ」

 

話聞いてください。

楽曲作品のミックスダウンとその弊害。

パソコンに向かってレコーディングした楽曲のミックス作業などをしていると、同じ曲の演奏をウン十回ウン百回と聴くことにかる。僕のミックスなどは素人に毛の生えた程度のものであるから、ピッチシフトを使ってこまかな修正を加えたり、波形を少し触ってリズムのズレを調整したり、という作業をしない分、通常のエンジニアよりはずっと作業量が少ないのだけれど、それにしたって何度も何度も聴くものだから、お耳が馬鹿になってくるのである。

お耳が馬鹿になるとどうなるかというと、そのサウンドの良し悪しの判断が付かなくなるのである。作業の掛かり始めは

 

「ここはこうした方がよろしいな」

「あそこはもう思い切ってバッサリカットした方がよろしいな」

「いっそのこと録り直した方がいいな」

 

といった判断がザックザックと下せるのであるが、そのうちに

 

「ここはこうしたけどよろしいか?」

「あそこの継ぎはぎが何回聴いても繋がっていない気がする」

「録りなおすにもこのミュージシャンは千葉で僕は和歌山で」

 

といった、暗雲の中で苦しみ悶える地獄の様相を呈する。それでも僕のミックス作業のスピードでミュージシャンのアルバムのリリースタイミングが決まるのだから、可能な限りの速度で作業をこなさねばならない。そうこうしていると、追い込まれている状態やそのミュージシャンの音を弄くり回している状態が普通になってくるから、それに伴って様々な弊害が生まれる。

 

・いつどこで何をしていてもうっすらと曲が流れているように聴こえる
耳をリフレッシュするために森林浴にでも、と自宅の側の山に入ると、どこからともなく現在ミックスをしている楽曲が聴こえてくるのである。そうこうしているうちに目の前にフェーダーが浮かび上がっているように感じられ、もはやその形状に変化した右手がエアーマウスを操作し、調整作業に入る。

なんとか上手く調整ができた気がすると、

「これはもしや」

と妙な期待が発生し、大急ぎでパソコンの前に座って今まさにエアーミックスで処理した調整を加える。その調整がとっとと仕事を終わらせたい願望が見せた都合の良い幻であったことに気付くのは、もう少し後である。

 

・気が付くとミックスしている曲を歌っている

基本的にミックスしている曲が好みかどうかは関係が無い。仕事として受けたからには、どんな楽曲に対してもベストを尽くすのがエンジニアの使命である。しかし、やはり好みでない曲は存在する訳だから、作業に集中している時には何とも思っていなくても、その前後で

「やっぱり好みじゃないよなぁ」

と感じる次第だ。

ところが、毎日同じアーティストの同じ楽曲を調整していると、次第にその曲がこのやんごとなく脳細胞に刷り込まれてゆく。気が付くと、風呂場でゆったりしている時等にふとその曲を口ずさんでいたりするのである。この敗北感は、筆舌に尽くし難い。

 

・彼女との関係に亀裂が入る

始めから亀裂が入っているのではないかという可能性も無くはないが、既存の亀裂がさらに大きくなるとか、残った僅かな固形部分に新たな亀裂が生まれるとか、とにかく亀裂が入る。具体的にはこうだ。

彼女が仕事終わりに自宅までの自転車を漕ぐ30分間を僕の愉快で前向きでクリエイティブなトークで間に合わせろ、という企画が日々決行されている訳だが、僕がミックス作業に追われていると、まぁつまり、何も出来ない訳である。

そうするとどうなるかというと、彼女が喋り出す訳だが、それに対しても生返事であるから、柔らかな言葉で言うと、

「ご逝去頂けませんでしょうか」

といった指摘を受けることになる。このようにミックス作業といというのは、男女の関係(笑)にもおおきな影響を与えるものである。

 

ということで、様々な角度からの検証を重ねた結果、楽曲のミックス作業は人間の人間らしい生活を破壊するに十分な破壊力を秘めているということが分かった。このデータがいつか国家政府の元に届き、パフォーマンスアートに対する潤沢な補助金や、疲れた時にプッチンプリンを買ってこいと命令しない彼女の支給などに踏み込んで頂けると、幸いである。

あ、僕があなたのアルバムをこさえてるからって特に責任を感じたりする必要は無いんですよ柴田さん。

ほんのちょっとだけ、幻聴と幻覚と彼女との関係の悪化と腰痛と肥満と左乳首の痒みに襲われてるだけだから、気にしないでいいんですよ。はは。

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仕事に身を捧げる好青年のデスク。体調を崩さない方が不自然。

【復刻記事】僕の無事を祈る。

先日彼女に貸しているケータイが壊れた。
異常なまでに物持ちの良い彼女はケータイやパソコンなども本当に動かなくなるまで決して手放さず、節操なく投げ飛ばしたりうっかり他の荷物の下敷きにしたりしながら徐々にそれらの機能を殺し、生命の雫一滴をすすり切るまでその手を休めない。
以前使っていたケータイも電源がつかなくなったためにアドレス帳を移すことができず、当然その不機嫌さの余波を受けた僕は、頼むからアドレス帳のバックアップデータはとっておいてくれと頭を下げていた。
あの時は本当にこれが余波かと目を疑ったものである。

今回壊れたケータイもヒンジ(二つ折りの首の部分)が片方砕かれていたがそれでもハードな使用に耐え続け、最終的にディスプレイが召されるその日まで牛馬のごとく働かされていたという。
彼女からケータイの様子がおかしい、ケータイのくせに私の言うことを聞かない、といった連絡を受けた時、僕はようやく魂の牢獄から開放された彼の安息を心から祝福し、近い将来自分の身にふりかかるであろう終焉の時を見たかのような気持ちになって今ここにある日々を戦々恐々として生きている。

とにかく早急に新しいケータイを用意しなければならない。
当然のことながら彼女からは新しいケータイの催促の電話がきている(お互いソフトバンクのケータイも持っているのだ)。
僕が

「そんなに早く僕と気兼ねなく連絡がとりたいのか。 かわいい奴だ。」

と言うと、

「近所に住んでる年下の男の子がモンスターハンター3を買ったから二人で遊ぶねん。 その子の連絡先が壊れたケータイにしか入ってないから、はやくつながらんと困る。」

と言われた。
元々も互いの間だけの連絡のつもりで作った回線ではなかったか。
というか僕が金を払っているのにどうしてそんな堂々と別件で使えるのか。
年下の男の子とは誰なのか。

様々な疑問が胸をかすめていったがそんなことはどうでもいい。
とっとと次のケータイを用意しなければ何を言い出す分からない。
機種は何でも良いと言われたが、本当に何でも良い訳が無いことは言わずもがなである。
再三に渡る協議とやはり山ほど出てきた要望をまとめた結果、IS03なる機種を購入することとなった。
62000円だ。
うちのパソコンよりも家賃よりも高い。

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ということでauで働いていたころの同僚に無理を言い、発売日当日にこれを手に入れることに成功した。

「予約ばかりで普通に店に行ったのでは買えなかった代物だ。 大事に使いなさい。」

と言い新しいケータイを郵送で渡すと(実際送った文面の大半を占める「ごめんなさい」と「すいません」は省略させていただいている)、この時ばかりはさすがに彼女もお礼の言葉を言っていた。
その言葉が僕の頭上を大きな放物線を描いて通り過ぎ、元同僚の頭上に降り注いだことを確認したと伝えると、彼女は一瞥もくれずに一言だけメールを打ってきた。

「これ使いにくい」

別のものに変えろと言われなくて本当に良かったと胸を撫で下ろす。
何だかんだで新しくて高いものを持っているということで、実際のところ機嫌は悪く無いようだ。

だが一つ、決死の覚悟で彼女に伝えなければならないことがある。
その件については既に散々催促をされているが、きちんと答える勇気がなかなか出ない。
だがこのまま粘りつづけたところで待っている未来は変わらない。
そうして僕は勇気をふりしぼって文面を作った。

「そのケータイには、アドレス帳のバックアップデータは落とせないらしいです。」

後は送信ボタンを押してケータイの電源を切るだけだ。

※この記事は

「君の並々ならない人間的魅力を世間の普通の女しか知らない男たちにも知ってもらいたい」

「なら仕方ない。 きちんと素晴らしい人間だといい男を選んで伝えるように」

と彼女本人の了承を得て書かれています。
若干美化が過ぎるところがありますが、僕の身を守るためと思い御容赦下さい。

2010/12/31更新

人生における曲折の存在とその危険性。

人はただただまっすぐ進んでいれば良い、ということはない。紆余曲折があり、思い悩むことがあり、様々な試行錯誤と検証と修正を加えながら、少しずつ歩みを進めてゆくものである。

それは実際の道でも同様である。自宅の玄関から目的地まで一直線、ということは、ほとんどの場合あり得ない。自分と目的地の間には、必ず他の誰かの何かが存在する。道とは、人と人との都合の間をすり抜ける、腕利きのバランサーであるのだ。道は時には緩やかに、時には急激に、それらを躱すために曲がり曲がる。

この「曲がる」という事象は、曲がる側にとっては大変に重要なものである。が、同時に非常に危険な行為でもある。ゆるやかなカーブであれば、さほど問題はあるまい。問題は、急カーブだ。恐れをなして足を止めてしまったり、極端にスピードを落としたりすると、目的地に着くことができなくなったり、大幅に送れてしまったりする。かといってその曲線を甘く見て侵入時のスピードを誤ると、重大な事故に繋がる恐れがある。

 

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エビA「!」

エビB「へへ・・・ヘマ・・・しちまった・・・」

エビA「お前・・・」

エビB「悪い、俺はここまでだ・・・」

エビA「・・・」

エビB「次のピットイン(調理場通過)で、俺は立て直されるだろう」

エビA「・・・」

エビB「だがそれは、もう今までの俺じゃない。自分の足と自分シャリで立っていた、俺じゃあないんだ」

エビA「・・・」

エビB「楽しかったぜ、お前とのレース」

エビA「・・・ああ。」

エビB「さらばだ。」

 

我々は、カーブを進み抜ける他に生きる術を持たない。そのためには高いバランス能力が求められる。

イン側の壁に突き刺さえる。
アウト側に飛び出す。
遠心力に負けて横転する。

そういった様々な危険を乗り越えながら、人生は続いていくのである。一時たりとも油断ならない。

掘る土敷く土残る土。

「みかん畑(ばた)の溝掃除するど」

こたつに埋もれて幸せに現実逃避をしていた僕に、じーちゃんは容赦なく生活への貢献を強いた。ちょうど昼食を食べ、これで1時間でも昼寝ができたらもう社会とかどうでもええです僕、といった精神状態であったから、それはもう腰が重いどころの騒ぎではなかった。

「食うたら働け」

ごもっとも過ぎて屁も出ない。ということで唐突に、僕はじーちゃんとみかん畑の溝を掃除することになった。

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突然の労働にも関わらず気合いを込めるイケメン。チップ&デールのハンドタオルで可愛らしさを抜け目無く演出。

 

本日の作業区間はみかん畑の平地と段地のちょうど境目にある溝の一部である。じーちゃんの畑は山の麓にあるのだが、それ故に雨などで山に滲みた水の通り道にもなっている。最後に掃除したのがいつか思い出せない、などと評されるその溝は、長い年月掛けて上部から流れてきた雨水が連れてきた土や小石に埋もれ、溝というよりはちょっと特殊な造形のウネ的様相を呈していたのである。

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「なんかここだけ色違うよね」みたいな。

 

で、掘りおこした土を処理するのかと尋ねると、

「畑来るまでの道にちょっと掘れてたとこあったやろ。そこに敷くねや。」

と言う。そして、そこに土を運ぶのが、僕に課せられた仕事であった。当然じーちゃんひとりに土を掘らせ続ける訳にもいかず、僕はクワを持って、これからじーちゃんがスコップを突っ込むところをザックザックと耕していった。

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このようにして

 

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このように。

 

渾身の一輪車一杯の土が、それはもう焼け石に水的体積でしかないという超現象。僕は早々に折れた心を引きずりながら、時にはちょっと安全そうな場所に置いておいたりしながら、一輪車の総積載量の限界に挑戦し続けるじーちゃんに圧倒されながら、粛々と業務をこなした。

 

「ちょっと一服しょーら」

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作業開始20分。ゆとり工期。

 

現場と廃棄場を4~5往復したところで急に一服を申し渡されたものだから、僕は嬉しくなって「ちょっと飲み物取ってくる」と、つい今しがた土を敷いてきたあぜ道を駆け下り、自宅の冷蔵庫からジュースを何本か取り出し、改めて現場に駆け戻った。

敷いたばかりの土はまだ中に空気を含んでいて、踏みしめる足の力を吸い込んでしまう。これからまた長い日にちをかけて、この土は道になってゆくのだな、などと詩的な表現が、ポケットに詰め込んだペットボトルの冷たさと相まって、生きていることを実感させてくれる。

息を切らせて現場。ちょっとした段差に腰を掛けてゆったりしていたじーちゃんにジュースを渡す。先日、海に行った時に2人1本ずつ買ったものの残りである。じーちゃんは

「これはひやこい」

と嬉しそうにペットボトルを受け取ると早速フタを開け、クックッと二口ほどを口に含み、こう言った。

「ゆっくりしたし、やろか。」

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あまりの衝撃にイケメンの顔も歪む。

 

ほぼ存在しなかった一服が終わり、改めて土を運ぶ作業が始まった。積む。運ぶ。捨てる。を、ひたすら繰り返す。途中僕が一輪車を押して帰ってきてもじーちゃんのスコップが動かない時などは、僕が代わりに土を積んで、また運ぶ。

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掘る。

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掘る。

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掘る。

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そして敷く。

みかん混じりの砕石という全く新しい建材の誕生であった。

 

ということで、およそ2時間ほどの作業の末、今回の区間での作業は全て終了と相成った。

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これでも上をすくっただけ。

 

溝を完全に溝として復活させるには、我々だけでは完全に労務不足である。いずれブラザーちゅわさんなどがのうのうと帰ってきた時などに、食後のまったりとした空気を裂いて、作業を強いたい。

それでは、お疲れさまでした。

また。

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じーちゃん「カイちゃんどこいってたんや」

カイちゃん「んなァ」

10歳ほど歳上の名曲と現実との矛盾。

洋物の楽曲であれば10歳ほど年上といってもあまり違和感はないのだけど、日本の楽曲で10歳年上というと、それは今のJpopと呼ばれるものとは随分と違うように感じる。それは当然日本の音楽が洋楽を模して徐々に変化していったからであって、今回アップした曲だって、元を辿ればカントリーといった白人の音楽文化と日本の情緒感の融合なんである。

今回のカヴァー曲がリリースされたのは1975年。Microsoft社が設立され、秘密戦隊ゴレンジャーの放送が始まり、缶コーヒージョージアが発売された年である。もちろん僕はこの世には影も形も無い。ペアレンツは中学3年生。わお。

ということで、今回カヴァーしたのはさだまさしさんが在籍していたユニットグレープの代表曲「無縁坂」。上述の通り僕はこの曲が流行っていた時代を知らないのだけど、僕の実家にはつい最近までレーザーディスクのカラオケシステム(!)があって、それでよくオヤジが歌ってたんである。

今日日よくあるクドい大サビの無神経な繰り返しが無い、1番2番のみというシンプルな構成。グッと胸に迫る歌詞。味わいのあるメロディー。素晴らしい曲です。演じ切れてるかどうかは、はてさて。ともあれ、是非御試聴下さいな。

 

無縁坂:グレープ

 

あ、ちなみにレーザーディスクってこんなんね。ネットで調べたら写真落ちてました。

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今じゃもうレガシーデバイスなんて言われてるらしい。あ、上にちょこっと出てるのがCD。大きさはレコードくらいなんだろうか。レコードのことはよく知らないんだけど。

あと、動画の編集をしながら気付いたのだけど、僕の髪の毛と眉毛がえらいことになっている。あれ?ちょっと太った?はい、明日ちゃんとやっときます。

では、では。

最近のイケメンは山の中で感動する。

体重計に乗ってみると、赤い針は77キロを指す。「もう当分来ることがないから」と馴染みのラーメン屋に通い詰めたツケである。僕の体は今、千葉県は船橋市にあるギラギラというラーメン屋のラーメンで出来ている。

「そうだ、ウォーキングしよう。」

ラーメン通いの後、和歌山の実家に収まって食生活はむしろ改善されているにも関わらず体重の低下が見られない。16名の優作ちゃんによる脳内会議の結果、それはひとえに運動不足が原因であろうという結論に至った。あと、ハイスピードロボットアクションゲームボーダーブレイクが設置されているゲームセンターまで片道1時間掛かるのはいくらなんでもあり得ないという結論にも至った。泣きたい。

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そんな訳で、僕はマフラーを巻き手袋をはめ、てっくてっくと地元の道路を歩き始めた。耳にはイヤホンを刺し込み、最近ダウンロードした仕事のための音声教材を再生しながらの運動である。文武両道とは、この努力家なイケメンのために生まれた言葉に違いない。

音声を聞きながらせっくせっくと歩いていると、30分ほど行ったところでいつも目の前を通り過ぎているだけの小道の前に来た。和歌山県はその大半を山が占めている関係で、人の住む集落は川沿いに発生している。その川沿いの集落が、時折山の谷間に向けて大きく膨らんでいることがあるのである。だいたいそういう時は膨らんだ集落の中程を小さな川がちょろちょろと流れているのだが、この小道も例外に漏れず、そういった膨らみに続く小道であったのだ。

小さな橋を越え、車同士がすれ違うことなどとてもできないような細い道を歩いてゆくと、結構早い段階で民家の並びが終わり、右手にみかんの木が並び始めた。小川はぐにゃぐにゃとうねりながら道から離れたり近付いたりして、歩くほどにそのせせらぎが、まるで生きているようにその距離感を変えた。などと言いつつも、僕自身はかろうじてコンクリートが敷かれた道の上にいるからギリギリ言い訳ができるというだけで、完全に私有地への無断侵入であるのだが。

もうしばらく進むと、僕の行く道は徐々に鬱蒼とした木々の間に飲み込まれていった。さっきまで一面に広がっていた空が、今は高々と育ったスギの木の向こうにチラホラと見えるだけである。耳元では先生がこれからの時代に必要なビジネスのノウハウを情熱的に語っている。このイヤホンを外せば、うっすら聞こえるザワザワとした山の息吹や、時折割って入る鹿の鳴き声なども、もっと近くに感じることができるのだろう。でも僕はなんとなくそうしないまま、先生の話しを夢中で聞きながら、薄暗い山の奥へとズンズン進んでいった。

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もう一息進むと、いよいよ足下はコンクリートでさえなくなってきた。踏みしめるとそこは針葉樹の葉が折り重なった絨毯になっていて、轍が残っている所以外はとてもフワフワとしている。一歩一歩に随分とエネルギーを使う。手袋はいつの間にかポケットの中に追いやられていて、上着のジッパーはバッサリと落として開かれていた。

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それでも導かれるように歩を進めていると、とうとう道と呼べるものも無くなった。そこにはボロボロに朽ちた丸太を並べただけの橋と、山師しか行かぬのであろう足場が、細い木漏れ日に照らされてどこまでも伸びているように見えた。

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別に何か目的があって来た訳ではない僕は、ここでようやくイヤホンを外した。先生はちょうど、

「セミナー講師として独立するには、自分の土俵で自分に合った営業を自分に合った価格設定でしよう。既存の事業者やセミナー講師の真似をしても、あなた独自の価値を作らなければ、成功は難しい。」

と語っていた。また後でお願いします。頭の中でそんなことを言いつつiPhoneのプレーヤーを止めると、辺りに充満していた圧倒的な自然音が、ざざざとしたりさらさらとしたりしゃぎしゃぎとしたりて、幾千万の音を重ねながらも何の不快感も無く、僕の頭の中を通り抜けた。一瞬たりとも同じ組み合わせのセッションが存在しない。もしかしたら僕が生涯を掛けようとしている音楽というのは、こういった自然音への憧れでしかないのかもしれない、などと。そんなことを思ってしまうほどに、音とは元来生き物の心拍であるという説得力を持って、その空間は空間であったのだ。

僕は最奥地から少しだけ戻った所にあった小川沿いの岩に乗っかって、少し目を閉じてみたりした。空気は肌に冷たいのだけど、逃げ出すほどではない。やはりそこにも、さっきとはまるで違う、素晴らしい音があった。今の暮らしは和歌山のど田舎で、大好きなボーダーブレイクが置かれているゲームセンターまで車で片道1時間掛かる。けどまぁ、それでも僕は満たされているのである。

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ところで、皆様はどんな電波の届かない場所でもGPSは起動出来ることをご存知だろうか。僕はふと、小一時間以上掛けて登ってきたこの山がどれほどの山奥であるのかを知りたくなり、ポケットからiPhoneを取り出してマップアプリを立ち上げた。画像中心部ちょっと右上の青い玉が、僕の現在地である。ええと、42号線の方から歩いてきたから・・・

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僕はまだ、序の口でもないところで満足していたようです。

【復刻記事】ひとりしりとり「爆発」

僕は小学生のころ、地元の少年野球チームに入っていた。
と言っても特別野球が好きだった訳ではない。
当時六人しかいなかった同級生の男子のうち、僕を除く五人がみんな揃って少年野球チームに入ってしまったため、仲間外れになるのが嫌で入団したのである。

入団までの道のりはとてつもなく長かった。
はっきりした理由は今も分からないのだが、親父が僕が少年野球チームに入ることに反対したのだ。
野球チームに入りたい。
アカン。
それだけのやり取りを一年近く繰り返した。
その間は同級生の遊び相手が誰もいない週末をうんざりしながら過ごした。
学校でも野球の話しが始まると何も話せなくなるので大変に面白くない。
親父は弟達と遊べば良いと言うのだが、遊びざかりの小学生がそれで満足できる訳がない。
度重なる交渉の結果、何がきっかけだったのか親父は僕の野球チームへの入団を許可し、僕はひとつ年下の弟ちゅわさんと二人して少年野球チームに入団した。
小学五年生の、秋のことだった。

時は流れて小学六年生の夏。
出れば負けの弱小チームだった我が少年野球チームは、実は近所のオッサンオバハンが子供の集まりを理由にワイワイと酒を飲む会であるという事実が判明した。
特に夏ともなれば、オッサンオバハンのお祭り気分は最高潮に達した。
試合に勝ったから飲む。
試合に負けたけど飲む。
試合してないけど飲む。
いつの間にか練習を指揮しているはずの監督の顔も赤くなっている。
便所が臭いから改装しようそうしようと言ってまた飲む。
快音と共にフェンスを越えたファウルボールが茂みの向こうの駐車場に飛び込むと、みんなで恐る恐る被害状況の確認に行く。
そのうち一人のオッサンがボンネットの凹んだ愛車の前で崩れ落ちると、被害を免れた連中が赤ら顔で落胆するオッサンを取り囲み、腹よ千切れよと言わんばかりに笑い倒してさらに飲む。
とにもかくにも集まる度に大騒ぎであった。

そんな夏の、あるナイター練習の日。
誰が提案したのかは忘れたが、練習を早めに切り上げて花火をしよう、という作戦が実行に移された。
この日ばかりはいつも大人達の飲み会を冷めた目で見ていた子供組も狂ったように騒いだ。
何せグラウンドを使ってみんなで花火をするのだ。
家の小さな駐車場や空きスペースでしとやかにパチパチするのとはスケールが違う。
ホームベースと一塁の間にビールの空き缶を並べ、ロケット花火を設置して端から火を付けていった時など、おそらくあれが人生で一番の絶叫であろうと思われる程の声を上げて感嘆したものだ。

そのうちどこからともなく「炸裂花火三連発!」だか何だかという打ち上げ花火が取り出された。
申し訳程度の台座が付いたこの花火は、火を付けると砲身の先から三発の花火が秒感覚で飛び出し、しばらく上昇を続けた後に「パンッ」と小気味いい音を立て、閃光と共に爆発するというものだった。

「これ一箇所にまとめて置いたらかっこええんちゃうか」

誰からともなくそういう話しになり、僕たちはヤイヤイ言いながら一塁の隣に花火を三本、まとめて立てた。

「いくぞー離れよよー」

そう言いながらコミックリーダーのなおや君がチャッカマンを片手に花火ににじり寄り、素早く導火線に火を付けると、走って逃げた。
僕はマウンドの辺りでワクワクしならがらそれを見守った。
ほどなくして一番初めに着火された砲身が

「ポズッ」

という思いの外重たい破裂音を上げ、黄色い火の玉が勢いよく飛び出した。
空を切って飛び上がる光を、その場にいる全員が見上げた。
おぉっ、などと声を漏らす者もいた。
それと同時に火の玉を追う視界の隅で何かが小さく転がり、軽いものが倒れるような音が聞こえた。
誰かが叫んだ。

「花火こけたぞぉーっ」

声が途切れるのを待たずに倒れた砲身が黄色く光ったかと思うと、ついさっき聞いたばかりの重い破裂音と風切り音を引っ張りながら真赤に燃える火の玉が、僕の股間に向かって凄まじい勢いでカッ飛んで来た。
このコースはマズい。
野球で鍛えた飛来物に対する危機察知能力が最大音量でアラームを掻き鳴らす。
僕は考える間も無く飛び上がった。
火の玉が僅かに開いた股の間を唸りを上げながら通り抜ける。
やった、かわしたっ。
見下ろした視界から火の玉が消え、気を抜いたその瞬間、尻の真裏で

「バァンッ」

という音がした。
飛び越えた火の玉が、ちょうど僕の尻の下で爆発したのだ。
それはまるで、音に尻を叩かれたような感覚だった。

永遠かと思うほどの残響と浮遊感。
ゆるやかに重力に引かれながら僕は、半身を切って逃げるなおや君に何発目かの火の玉が直撃するのを見た。
そして僕がバランスを崩したままマウンドの、乾いた土の上に還った頃、彼は、爆炎の向こうに消えていった。

結局まともに打ち上がったのは最初の一発だけだった。
残りの八発は子供組の喜び混じった悲鳴を浴びながらライトアップされるグラウンドの四方に散り、爆ぜた。
そしてこの花火祭りは、爆心地から生還したなおや君がテンションの高さのあまり残った打ち上げ花火をチームメイトに向けたところで、さすがにオッサンオバハン組の怒りを買って終焉となった。

この手の遊びはきっと男なら誰もが嗜んでいるだろうが、大人になった今では、子供の頃ほどの情熱を持って向き合えるものではない。
実にエネルギッシュな思い出である。
しかし、苦労して入った少年野球チームでの一番の思い出がこの花火祭りなのだから、当時の自分が毎週毎週グローブを片手に何をしていたのか、疑わしいところだ。

余談であるが、あれほど僕の少年野球チームへの入団に反対していた親父は、僕の四つ年下の弟ぷぅちゃんが小学六年生になるころには自分のユニフォームを持ち、監督だかコーチだかというポジションに収まっていた。
あの一年に及ぶ押し問答は一体何だったのか。
もう少し早く入団許可がおりていれば、こういう騒がしい思い出がもう一つ二つ、増えていたかもしれない。

 

※2011/12/7更新

2011年03月のブログ|山本優作のエッセイブログ「そこ、ちょいフラットやで。」

【復刻記事】警備員の錯乱

警備員の朝は早い。 その時の現場によっても大きく変わるが、朝八時の始業に間に合わせるために現在は六時ごろに家を出る生活をしている。 冷え込む冬は制服の上からジャンパーを羽織ってモコモコなスタイルで動き回るのだ。

今日はいつもより早めに家を出た。 電車の本数が減らされていることもありダイヤが不安定な昨今は通常より早く出勤するのが社会に生きる大人の常識というものである。 決して貞子的なものに追いかけられた夢を見たので二度寝が出来なかったとかそういうことではない。

ホームに滑り込んできた電車は通常よりも混み合っているものの昨日のそれよりは明らかに空いていた。 車内中ほどの吊り革に捕まり昨日殺人的なボディプレスを交わしたオヤジ達が今日もこの狭い空間を無言で奪い合うのかと思い

「ぐふふ、愚か者どもめ」

と含み笑いをしていると突然目の前の席が空いた。 隣のオヤジを威嚇しながら腰を降ろす。 やはり早起きはいい。 何となく体も軽いような気がする。

「ひゃーはっは、馬ァ鹿めェ」

と勝ち誇った気持ちになり足を組んだ瞬間、息が止まるような感覚を覚えた。 今組んだ僕の長い足(幼児、小型犬、シマリスなどと比較して)が黒っぽいデニム生地に包まれているではないか。 当然警備員の制服が黒っぽいデニム生地のようなカジュアルで実用的な素材でできている訳がない。 もっとこう迂闊にストーブなどに近付けない、まるで気遣いのない布切れだったはずだ。 もしやと思いジャンパーの下を恐る恐る覗くと見慣れた黄色いジャージが見える。 もう混じりっけ無しの普段着だ。 体が軽いはずである。 現場に制服を置いて来ていた、実は今日は仕事ではなかった、つい最近私服でも仕事ができるようになった、など様々な可能性を加味して熟慮を重ねた結果、次の駅でドアが開いた際に

「おりますぅぅぅ」

と叫ぶのがベストであるという結論に達した。

 

 

・・・

ホームに滑り込んできた電車は通常よりも混み合っていた。 人が完膚なきまでに詰め込まれている。

「本気なのかい…?」

と暗に訴えかける先人たちの視線を掻い潜り殺人的なボディプレスを交わしながら狭い空間を無言で奪い合う。 デジタルの時計は、ちょうど八時を示していた。

 

※2011/3/18の記事より

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ひとりしりとり「コロラドブルドッグ」

「野良ネコ」→「コロラドブルドッグ」

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僕が始めて好きになった洋楽はMR.BIGというロックバンドである。彼らのことについては音楽ファンであれば説明は必要無いが、念のため。

Mr.BIGはビリー・シーン、ポール・ギルバート、エリック・マーティン、パット・トーピーという名だたるメンバーで結成された超絶技巧王道バンドで、1989年にアルバム「MR.BIG」でデビューした。武道館ライブや大阪でのカウントダウンライブに参加するなど、日本にも多くのファンが居て、ポップで硬派な楽曲が代名詞である。

1996年のアルバム『Hey Man』の中に収録されている「Goin’ Where The Wind Blows 」という楽曲のレコーディングがビリー抜きで行われ、バンド内の人間関係が悪化。同年中に活動休止宣言があり、1999年の再会直前にポールが脱退。新たなギタリストにリッチー・コッツェンを迎えるも、2000年にリリースされたバラードベストである『Deep Cuts』の中でビリーのベースソロが本人に無断でカットされていたり、上述の「Goin’ Where The Wind Blows 」が収録されたことが原因で怒り心頭。結局協議の結果、2002年のツアーを最後に解散することとなった。

ちなみにこの最終ツアーの千秋楽は日本の東京国際フォーラムで、彼らがどれだけ日本を贔屓にしていたかが伺える。

 

Mr+Big

 

というwiki情報はここまでにして。

僕が彼らの曲を始めて聴いたのは、大阪で学生をしていた時のこと。同級生が「俺のマイフェイバリット」という斬新な英語の活用方法を見せつつ聴かせてくれたのが、彼らが1993年に発表したアルバム『Bump Ahead』だった。そしてこのアルバムの1曲目に収録されていたのが、今回のお題である「Colorado Bulldog」である。

この曲は全編に渡って美味しいところだらけなのだけど、やはり聴きどころは楽曲冒頭の超人的なユニゾンセッションで、何度聴いても何をしているのかよく分からない。メンバーは「このパートはみんなで息を合わせてプレイしたんだ。」というコメントを残していて、息を合わせれば弾けるのかということで何を言っているのかもよく分からない。かと思うとライブでは普通にお客を煽りながら弾いていたりもして、つまるところ全面的によく分からないんである。

ともあれ、このよく分からないパートのある曲のお陰で僕は洋楽への扉を叩き、当時世話になっていた先輩の影響もあって、オールディーズからブルースロックというジャンルに惹かれていくことになる。ちなみに、ビートルズを聴くようになったのはこのずっと後で、ストーンズは通っていない。どうにも「聴かなければ」と身構えて聴く曲は、自分の中に入ってこないのだ。かと思えば、何年かして室内BGMをと適当にCDを流した時にドギュギューンと胸に刺さることもある。ハートがオープンでないと、音楽は楽しめないのだろう。

結局のところMR.BIG成分などまるで感じさせないJpopをこさえている弾き語りな僕であるけれど、彼らの音楽に対する異常なほどのストイックさは、ひとつの大きな指針となっている。2009年にオリジナルメンバーで再結成され、2010年の『what if …』以降大きな動きを見せていない彼らの次のアクションが、楽しみでならない。

 

 

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