【復刻記事】ひとりしりとり「爆発」

僕は小学生のころ、地元の少年野球チームに入っていた。
と言っても特別野球が好きだった訳ではない。
当時六人しかいなかった同級生の男子のうち、僕を除く五人がみんな揃って少年野球チームに入ってしまったため、仲間外れになるのが嫌で入団したのである。

入団までの道のりはとてつもなく長かった。
はっきりした理由は今も分からないのだが、親父が僕が少年野球チームに入ることに反対したのだ。
野球チームに入りたい。
アカン。
それだけのやり取りを一年近く繰り返した。
その間は同級生の遊び相手が誰もいない週末をうんざりしながら過ごした。
学校でも野球の話しが始まると何も話せなくなるので大変に面白くない。
親父は弟達と遊べば良いと言うのだが、遊びざかりの小学生がそれで満足できる訳がない。
度重なる交渉の結果、何がきっかけだったのか親父は僕の野球チームへの入団を許可し、僕はひとつ年下の弟ちゅわさんと二人して少年野球チームに入団した。
小学五年生の、秋のことだった。

時は流れて小学六年生の夏。
出れば負けの弱小チームだった我が少年野球チームは、実は近所のオッサンオバハンが子供の集まりを理由にワイワイと酒を飲む会であるという事実が判明した。
特に夏ともなれば、オッサンオバハンのお祭り気分は最高潮に達した。
試合に勝ったから飲む。
試合に負けたけど飲む。
試合してないけど飲む。
いつの間にか練習を指揮しているはずの監督の顔も赤くなっている。
便所が臭いから改装しようそうしようと言ってまた飲む。
快音と共にフェンスを越えたファウルボールが茂みの向こうの駐車場に飛び込むと、みんなで恐る恐る被害状況の確認に行く。
そのうち一人のオッサンがボンネットの凹んだ愛車の前で崩れ落ちると、被害を免れた連中が赤ら顔で落胆するオッサンを取り囲み、腹よ千切れよと言わんばかりに笑い倒してさらに飲む。
とにもかくにも集まる度に大騒ぎであった。

そんな夏の、あるナイター練習の日。
誰が提案したのかは忘れたが、練習を早めに切り上げて花火をしよう、という作戦が実行に移された。
この日ばかりはいつも大人達の飲み会を冷めた目で見ていた子供組も狂ったように騒いだ。
何せグラウンドを使ってみんなで花火をするのだ。
家の小さな駐車場や空きスペースでしとやかにパチパチするのとはスケールが違う。
ホームベースと一塁の間にビールの空き缶を並べ、ロケット花火を設置して端から火を付けていった時など、おそらくあれが人生で一番の絶叫であろうと思われる程の声を上げて感嘆したものだ。

そのうちどこからともなく「炸裂花火三連発!」だか何だかという打ち上げ花火が取り出された。
申し訳程度の台座が付いたこの花火は、火を付けると砲身の先から三発の花火が秒感覚で飛び出し、しばらく上昇を続けた後に「パンッ」と小気味いい音を立て、閃光と共に爆発するというものだった。

「これ一箇所にまとめて置いたらかっこええんちゃうか」

誰からともなくそういう話しになり、僕たちはヤイヤイ言いながら一塁の隣に花火を三本、まとめて立てた。

「いくぞー離れよよー」

そう言いながらコミックリーダーのなおや君がチャッカマンを片手に花火ににじり寄り、素早く導火線に火を付けると、走って逃げた。
僕はマウンドの辺りでワクワクしならがらそれを見守った。
ほどなくして一番初めに着火された砲身が

「ポズッ」

という思いの外重たい破裂音を上げ、黄色い火の玉が勢いよく飛び出した。
空を切って飛び上がる光を、その場にいる全員が見上げた。
おぉっ、などと声を漏らす者もいた。
それと同時に火の玉を追う視界の隅で何かが小さく転がり、軽いものが倒れるような音が聞こえた。
誰かが叫んだ。

「花火こけたぞぉーっ」

声が途切れるのを待たずに倒れた砲身が黄色く光ったかと思うと、ついさっき聞いたばかりの重い破裂音と風切り音を引っ張りながら真赤に燃える火の玉が、僕の股間に向かって凄まじい勢いでカッ飛んで来た。
このコースはマズい。
野球で鍛えた飛来物に対する危機察知能力が最大音量でアラームを掻き鳴らす。
僕は考える間も無く飛び上がった。
火の玉が僅かに開いた股の間を唸りを上げながら通り抜ける。
やった、かわしたっ。
見下ろした視界から火の玉が消え、気を抜いたその瞬間、尻の真裏で

「バァンッ」

という音がした。
飛び越えた火の玉が、ちょうど僕の尻の下で爆発したのだ。
それはまるで、音に尻を叩かれたような感覚だった。

永遠かと思うほどの残響と浮遊感。
ゆるやかに重力に引かれながら僕は、半身を切って逃げるなおや君に何発目かの火の玉が直撃するのを見た。
そして僕がバランスを崩したままマウンドの、乾いた土の上に還った頃、彼は、爆炎の向こうに消えていった。

結局まともに打ち上がったのは最初の一発だけだった。
残りの八発は子供組の喜び混じった悲鳴を浴びながらライトアップされるグラウンドの四方に散り、爆ぜた。
そしてこの花火祭りは、爆心地から生還したなおや君がテンションの高さのあまり残った打ち上げ花火をチームメイトに向けたところで、さすがにオッサンオバハン組の怒りを買って終焉となった。

この手の遊びはきっと男なら誰もが嗜んでいるだろうが、大人になった今では、子供の頃ほどの情熱を持って向き合えるものではない。
実にエネルギッシュな思い出である。
しかし、苦労して入った少年野球チームでの一番の思い出がこの花火祭りなのだから、当時の自分が毎週毎週グローブを片手に何をしていたのか、疑わしいところだ。

余談であるが、あれほど僕の少年野球チームへの入団に反対していた親父は、僕の四つ年下の弟ぷぅちゃんが小学六年生になるころには自分のユニフォームを持ち、監督だかコーチだかというポジションに収まっていた。
あの一年に及ぶ押し問答は一体何だったのか。
もう少し早く入団許可がおりていれば、こういう騒がしい思い出がもう一つ二つ、増えていたかもしれない。

 

※2011/12/7更新

2011年03月のブログ|山本優作のエッセイブログ「そこ、ちょいフラットやで。」

【復刻記事】警備員の錯乱

警備員の朝は早い。 その時の現場によっても大きく変わるが、朝八時の始業に間に合わせるために現在は六時ごろに家を出る生活をしている。 冷え込む冬は制服の上からジャンパーを羽織ってモコモコなスタイルで動き回るのだ。

今日はいつもより早めに家を出た。 電車の本数が減らされていることもありダイヤが不安定な昨今は通常より早く出勤するのが社会に生きる大人の常識というものである。 決して貞子的なものに追いかけられた夢を見たので二度寝が出来なかったとかそういうことではない。

ホームに滑り込んできた電車は通常よりも混み合っているものの昨日のそれよりは明らかに空いていた。 車内中ほどの吊り革に捕まり昨日殺人的なボディプレスを交わしたオヤジ達が今日もこの狭い空間を無言で奪い合うのかと思い

「ぐふふ、愚か者どもめ」

と含み笑いをしていると突然目の前の席が空いた。 隣のオヤジを威嚇しながら腰を降ろす。 やはり早起きはいい。 何となく体も軽いような気がする。

「ひゃーはっは、馬ァ鹿めェ」

と勝ち誇った気持ちになり足を組んだ瞬間、息が止まるような感覚を覚えた。 今組んだ僕の長い足(幼児、小型犬、シマリスなどと比較して)が黒っぽいデニム生地に包まれているではないか。 当然警備員の制服が黒っぽいデニム生地のようなカジュアルで実用的な素材でできている訳がない。 もっとこう迂闊にストーブなどに近付けない、まるで気遣いのない布切れだったはずだ。 もしやと思いジャンパーの下を恐る恐る覗くと見慣れた黄色いジャージが見える。 もう混じりっけ無しの普段着だ。 体が軽いはずである。 現場に制服を置いて来ていた、実は今日は仕事ではなかった、つい最近私服でも仕事ができるようになった、など様々な可能性を加味して熟慮を重ねた結果、次の駅でドアが開いた際に

「おりますぅぅぅ」

と叫ぶのがベストであるという結論に達した。

 

 

・・・

ホームに滑り込んできた電車は通常よりも混み合っていた。 人が完膚なきまでに詰め込まれている。

「本気なのかい…?」

と暗に訴えかける先人たちの視線を掻い潜り殺人的なボディプレスを交わしながら狭い空間を無言で奪い合う。 デジタルの時計は、ちょうど八時を示していた。

 

※2011/3/18の記事より

2011年03月のブログ|山本優作のエッセイブログ「そこ、ちょいフラットやで。」

ひとりしりとり「コロラドブルドッグ」

「野良ネコ」→「コロラドブルドッグ」

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僕が始めて好きになった洋楽はMR.BIGというロックバンドである。彼らのことについては音楽ファンであれば説明は必要無いが、念のため。

Mr.BIGはビリー・シーン、ポール・ギルバート、エリック・マーティン、パット・トーピーという名だたるメンバーで結成された超絶技巧王道バンドで、1989年にアルバム「MR.BIG」でデビューした。武道館ライブや大阪でのカウントダウンライブに参加するなど、日本にも多くのファンが居て、ポップで硬派な楽曲が代名詞である。

1996年のアルバム『Hey Man』の中に収録されている「Goin’ Where The Wind Blows 」という楽曲のレコーディングがビリー抜きで行われ、バンド内の人間関係が悪化。同年中に活動休止宣言があり、1999年の再会直前にポールが脱退。新たなギタリストにリッチー・コッツェンを迎えるも、2000年にリリースされたバラードベストである『Deep Cuts』の中でビリーのベースソロが本人に無断でカットされていたり、上述の「Goin’ Where The Wind Blows 」が収録されたことが原因で怒り心頭。結局協議の結果、2002年のツアーを最後に解散することとなった。

ちなみにこの最終ツアーの千秋楽は日本の東京国際フォーラムで、彼らがどれだけ日本を贔屓にしていたかが伺える。

 

Mr+Big

 

というwiki情報はここまでにして。

僕が彼らの曲を始めて聴いたのは、大阪で学生をしていた時のこと。同級生が「俺のマイフェイバリット」という斬新な英語の活用方法を見せつつ聴かせてくれたのが、彼らが1993年に発表したアルバム『Bump Ahead』だった。そしてこのアルバムの1曲目に収録されていたのが、今回のお題である「Colorado Bulldog」である。

この曲は全編に渡って美味しいところだらけなのだけど、やはり聴きどころは楽曲冒頭の超人的なユニゾンセッションで、何度聴いても何をしているのかよく分からない。メンバーは「このパートはみんなで息を合わせてプレイしたんだ。」というコメントを残していて、息を合わせれば弾けるのかということで何を言っているのかもよく分からない。かと思うとライブでは普通にお客を煽りながら弾いていたりもして、つまるところ全面的によく分からないんである。

ともあれ、このよく分からないパートのある曲のお陰で僕は洋楽への扉を叩き、当時世話になっていた先輩の影響もあって、オールディーズからブルースロックというジャンルに惹かれていくことになる。ちなみに、ビートルズを聴くようになったのはこのずっと後で、ストーンズは通っていない。どうにも「聴かなければ」と身構えて聴く曲は、自分の中に入ってこないのだ。かと思えば、何年かして室内BGMをと適当にCDを流した時にドギュギューンと胸に刺さることもある。ハートがオープンでないと、音楽は楽しめないのだろう。

結局のところMR.BIG成分などまるで感じさせないJpopをこさえている弾き語りな僕であるけれど、彼らの音楽に対する異常なほどのストイックさは、ひとつの大きな指針となっている。2009年にオリジナルメンバーで再結成され、2010年の『what if …』以降大きな動きを見せていない彼らの次のアクションが、楽しみでならない。

 

 

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主語を介さない女性の会話とラーメンギョーザチャーハンセット。

先日、じーちゃんと餃子の王将にお昼を食べに行った時のことだ。ラーメンギョーザチャーハンセットの想像以上の量に目を白黒させながら胃拡張を進めていると、隣りの席でラーメンギョーザチャーハンセットをペロリと平らげていた学生風のレディが2人、スマホを片手に何やら話しをしていた。

 

A子「なーなぁ、これ、C子の彼氏なんやけどなぁ」

B子「えーめっちゃ気になる、ちょっと見してよぉ」

 

和歌山弁の朴訥とした様子が文書からも滲み出るが、まぁそれは置いておいて。まだまだラーメンもギョーザもチャーハンも半分以上残っていたから、僕は少しでも気を紛らわせようと彼女達の会話に耳を澄ませてみたのである。

 

A子「これやでぇ」

B子「うわ、めっちゃいけてるやん。」

A子「でもちょっと微妙ちゃう?」

B子「あーそれは言えてるなぁ」

 

気を紛らわせるには絶好の会話である。これだけ読んでみると彼女らの身に何が起こったのか不安になってくるが、僕は過去の経験(彼女様から「ちょっとアレやっといて」と言われ、アレが何であるかを推察し、ミスをせずに彼女の期待通りにこなさねばならないという危機的状況)から、女性は会話の中に主語を含めない生き物であることを知っている。それを理論で言いくるめようなどと言語道断。普段の会話や目の動き、何より心の眼でそれらに向かい合えば、自ずと道は開かれる。

なお、僕は今の彼女様とは8年ほどの付き合いになるが、普段の会話が噛み合っておらず、目を見つめる度胸が無く、心眼などというスキルを持ち合わせていないという点を除き、理想的な付き合いが出来ている。八方塞がったイケメンの未来はどっちだ。

それはともかくとして、彼女らはこのたった2往復のやり取りの中で一体何を言い合っているのか。写真はビジュアルを残す媒体であるから、当然その会話は「C子の彼氏のビジュアル」と想像できる。が、表面上の文章だけでは、

 

B子「うわ、めっちゃいけてるやん。」

 

 

A子「でもちょっと微妙ちゃう?」

 

が繋がらない。「めっちゃいけてる」という評価に対し、「ちょっと微妙ではないか」という意見をぶつけるには、文章の接続接続部分は「そう?」や「なんで?」といった言葉、あるいは「何も挟まない」方が自然だ。しかしB子は何の迷いもなく「でも」を選んでいる。これはつまり、A子が「めっちゃいけてる」と判断した項目を察しつつ、「でも(○○の部分においては)ちょっと微妙である」という別の項目に対する評価を提示した、ということであると考えられる。

恐るべきはその後のA子で、B子の何の前触れもない別項に対する評価を受け止め、かつ迅速に「それは言えている」という共感の言葉を投げかけている。これは、B子が主語を使わずに提示した「ちょっと微妙」という評価が、C子の彼氏のヴィジュアルのどういった点に対する評価であるかを一瞬にして察し、そこに対する自分の意見を共感という形で発信した、ということである。尋常ではない直感力だ。

残念ながら若干むせ込みながらチャーハンをかき込む僕の位置からはC子の彼氏の写真は確認できなかったため、それ以上の観察は無意味であった。しかし、女性間の主語を介さない会話の凄まじさを味わうには、十分な機会であった。

なお、この会話をしていたのが僕と彼女様であったとしたら、きっとこうなる。

 

彼女様「なーなぁ、これ、C子の彼氏なんやけどな」

僕「んあ?(ギョーザはすはす)」

[ここでチャーハン皿が飛ぶ。]

彼女様「これやでぇ」

僕「すいません、チャーハンで何も見えません」

彼女様「そんな眼球はもういらないね?」

僕「うっわ超見えた何これものすごい男前じゃないですか」

彼女様「やろ。どうしてお前はこうでない上に岡田准一でもない上に頭からチャーハンを被ってるんや」

僕「チャーハンに関しては僕もつい先ほどから疑問に思っていました」

彼女様「どうしてお前は岡田くんでない」

僕「それは犬を飼いながらコイツは猫じゃないと愚痴を垂れるのと同じじゃないか」

彼女様「岡田くんでないお前はもういらないね?」

僕「ちょっと整形外科予約してきます」

 

心の眼は当分開きそうにない。

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国際情勢から見る立場と認識の関係と、僕が長生きするための方法。

先日の安部首相の靖国神社参拝に対し、国外からの非難が凄まじい。ニュースでも囁かれているが、靖国神社には太平洋戦争を先導したとされるA級戦犯者28名のうち14名が、幕末から明治維新にかけての国内外の紛争、及び国のために戦い亡くなった軍人等の戦没者およそ247万人と共に祀られている。この247万人分の14名のA級戦犯者を日本の首相が拝むことが、戦争の被害を被ったのだと認識している韓国や中国の一部の人間から

「過去の罪の肯定」

と捉えられ、昨今よく聞く対日感情の暴走や、一部の過激派の煽りに繋がっているのである。

安部さんの真意は察しようもないが、少なくとも一国の首相まで登り詰めた男が隣国を煽りたいから行きましたデヘヘヘヘ、などというお粗末な感情で動いているとは考えたくない。ここは仮に本人の言葉を信じて、二度と戦争を繰り返さないのだという決意の表明のために参拝をしたのだとしてみよう。そうすると、

「俺、めっちゃ頑張るから。」

と仕事に向かう気合いを注入している安部ちゃんと、

「お前、俺らに迷惑掛けた奴拝んで、やっぱり俺らのこと見下してるやろ」

とビキビキ青筋立てている韓国や中国の過激派のどなたか、という構図が出来上がる。もうお気付きだろう。論点がズレているのである。

このように、人は生き物としての構造は同じでも、その立場によって物の見方や捉え方が変わる。分かりやすいのは男と女だ。男性は女性のことをある種の天変地異の類いのように思っているし、女性は男性のことをいつも目に付くけど面倒だから掃除しないコンロの脇のホコリのように思っている。

例えばこうだ。男性は、自分が買ってきたプリンを食べるのにも女性に断りを入れる。自分がお金を出して買ってきたものであっても、自分に所有権が無いことを理解しているのである。

それに対し女性は、誰に断るでもなくプリンを食べ、その隣りに置いてあるシュークリームも食べ、甘いものが無いから何か買ってこいと平原の羊のように生きている男性に指図をし、他所では「うちのロクデナシがいつも甘いものばかり買ってくるからそれに付き合っていると太ってしょうがない」と愚痴をこぼす。

この時、プリンに対する認識は男性と女性の間で大きく異なる。

男性にとってプリンは

「たまに食べられるとても高価ですごくおいしいもの」

であるのに対し、女性にとっては

「最近ちょっと飽きてきてるからそろそろミルクプリンの方を食べたい感じのもの」

となる。場合によっては

「プリンを食べようというタイミングで豆から挽いた芳醇な香りのコーヒーを入れてくれる岡田准一でない男と付き合っている私はとても不幸だ」

という認識も持ち合わせているから油断ならない。

こういった立場の違いから来る認識のズレや感情の対立というのは、やはりお互いがお互いの立場となり、想像力を働かせて許し合うことでしか乗り越えてゆけないものである。その「優しい想像」という行為が、人はどうにも苦手なのだ。それは当然韓国や中国の対日思想を持つ人だけではなく、テレビやラジオから流れてくる情報のインパクトが強い部分だけを拾って、

「韓国はああだ中国はこうだ」

と在りもしない群れを非難し、差別を具現化し、言葉にせずとも電波させる多くの日本人にも言えることである。歩み寄ることや、分かり合うことは、相手を許すという前提が無ければ成り立たない。そしてそれは、誰よりもまず先に自分自身が胸に抱かねばならないことなのである。

我々はどのような鬼神や邪神の類いに対しても、この優しい想像力を持たねばならない。僕は先日机の角にぶつけてしまったコーヒーカップの欠けた部分を見つめた。何年か前に彼女がクレーンゲームに多額の投資をして手に入れた非売品のカップである。そして彼女の立場になって、想像力を働かせた。

僕は黙っていられる限り、黙り続けておくことにした。

 

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焼却炉の側で兄弟が大笑いすることになった経緯とその後食らったカウンター。

山本家の裏手の山はおじちゃんのみかん畑になっている。おじいちゃんは元々学校の先生であったので、畑自体は決して大きいものではない。それでも親戚一同介した際のサバイバルゲームの会場としては申し分の無い広さであり、起伏に富み、立体的な戦闘が楽しめる空間である。

で、その畑の入り口にはドラム缶をぶった切って作った小さな焼却炉があって、家で出たちょっとしたゴミが焼けるようになっている。僕は先日の仕事部屋作りの際に出た大量のゴミをこの焼却炉で燃やして処分することにした。

 

僕「裏の焼却炉使うよ。ゴミが沢山出たから、火ィつけてくる。」

おじいちゃん「あんだけのもんもっていくんえらいこっちゃど。」

僕「でも、この地区の廃品を集めてる小屋にはいつでも放り込める訳じゃないんでしょ?」

おじいちゃん「おお、日ぃ決まっちゃある。」

僕「ネコに積んで持って行くから大丈夫よ。」

おじいちゃん「ネコらあくかよう。納屋から一輪車出して積んでいけ。」

僕「・・・アイアイサー」

 

”ネコ”が一輪車の業界用語であることは、とりあえず黙っておいた。

そういうことで、僕はこれもみかん畑にある納屋からネコ・・・もとい一輪車を引っ張り出し、大量のゴミの入った段ボールを積み上げて、焼却炉までのあぜ道を颯爽と駆け抜けた。

 

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ひっくり返した。

誰もいない山の中、草木の揺れる音と「くぇけけけけけけけけけっ」というよく分からない生き物の鳴き声を聞きながら飛び散った紙切れを掻き集める侘しさをご存知だろうか。

そんな精神的苦行を乗り越え焼却炉の前に身構えると、今度は別の不安が僕を襲った。この焼却炉は膝丈くらいの位置でドラム缶をぶった切ったものだから、燃やせるモノの量が少ない。吹きさらしであるから軽いものは風に煽られると飛んで行くし、かといって教科書のようなものを丸々焼き切れるほどの火力は出ない。試しに算数の教科書に火を付けてみたところ、やはり表面を多少焼いただけで、本の内部部分は焼けずに残ってしまった。僕は本を4~5ページずつちぎっては丸めて火にくべるという、どう考えても終わらんでコレ大作戦の決行を余儀なくされた。この日は3時間ほどかけて、かろうじて段ボールを一箱焼き払うのが精一杯であった。

 

そうして2日目、3日目と、時間だけが流れていった。途中ブラザーちゅわさんやブラザーぷぅちゃんの手を借りたりもしたが、作業は一向に進まない。当初の不安通り、炉の焼却能力に対してゴミの量が多すぎるのである。加えて、僕も一日中ゴミ焼きばかりしている訳にもいかない。ちぎっては丸め、丸めては放り込み、放り込んでは突いて空気を送り込む。指先は紙を擦りすぎてヒリヒリするし、親父から借りたフリースは煙を吸って燻されたような香りを纏った。

それは、ブラザーぷぅちゃんと教科書やノートを引き千切っていた時のこと。僕が半ばトランス状態でビリビリと紙を裂いていると、隣にいたぷぅちゃんが突然に口を押さえて笑い出した。とうとうおかしくなってしまったのかと思って目をやると、どうやら一冊のノートを開いている。どうしたのかと聞くと、いいから読みなさいとそのノートを差し出してきた。「漢字練習ノート」と書かれていた。

 

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深くうなずく。
熱い夜。
太陽が上がる。
軽くなる。
女の子の命。
空に消える。
第一の場面。

 

あまりにドラマティックな文節の連続が精神的な衰弱の極みにあった我々の笑いの沸点を一気に飛び越え、水から蒸気というか、氷からプラズマというレベルの爆発的な変貌をもたらした。

 

僕「イーーーーーッヒヒイヒイヒイッwwwww」

ぷぅちゃん「くぁwwwおwww女の子の命wwwこんなん書いたことないwww」

僕「ホヒィーーーーーッwww」

ぷぅちゃん「誰のノートよこれ・・・私のでしたァーーーーッwwwwwwww」

僕「カーーーーーーッwwwwキャアァァァーーーッwwwwww」

 

 

活動の限界を超えていた兄弟の笑い声は結構な間止まらずに、新春のみかん畑に響き渡っていた。

 

その後のこと。なんだかんだでこの日も段ボールを半分焼き切るので精一杯だった僕とぷぅちゃんが探して集めた「漢字練習ノート」を永久保存版として持ち帰ると、おじいちゃんがごにょごにょと話しかけてきた。

 

おじいちゃん「お前らあんな教科書ら焼いてたら終わらんやろ。」

僕「終わらんですよ。」

おじいちゃん「あんなもんお前、まとめて廃品のとこに置いとけよぉ。」

僕「え、あの小屋って集荷日が決まってるって言ってなかったっけ?」

おじいちゃん「小屋の前のとこにはいつ置いといてもええねんで。」

僕「・・・ヴァ」

 

翌日、僕は再びネコ・・・じゃなくて一輪車を引っ張り出し、焼却炉の脇まで運んだ大量の本をおじいちゃんの軽トラに積み込んだ。それらは簡単に種類別にまとめて縛り上げられたあと、いともアッサリと資源ゴミの集積場に投下され、僕の手元にはシュールでドラマティックな「漢字練習ノート」が数冊と煙臭い借り物のフリースが残った。父の視線で、どうにも居心地が悪かった。

年末清掃大戦争〜敗戦の将は荒れた手で〜

千葉から和歌山県の実家に帰ってきて早くも一週間が経った。ちょうど正月三元日の最終日ということもあって、宅内の空気は実に穏やかである。うっかり気を抜くと簡単に飲み込まれ、コタツの中で体を丸めてネコを撫でながらみかんを食べている。一人暮らしをしていたころと比べると、別の意味で厳しい生活が待っていることは、確実だ。

この一週間、僕は実家の家事を手伝いながら、必死に仕事用の部屋を準備していた。今回僕が仕事部屋として使用することになったのは、我々兄弟が小〜中学校時代に勉強部屋として使っていた宅二階にある四畳半のフローリング部屋である。日当りが良く、ふたつの窓と押し入れがあり、条件は申し分無い。想定外であったのは、僕が実家に戻った時点で室内が完全な物置と化していたことである。

その押し込められぶりは凄まじく、まず、押し戸となっている部屋の扉が全開しないのである。戸の向こうに何かリュックサック的なビニール布的な何かがあって、戸を開こうとするとムッギュムッギュと押し返してくるのである。スタートから心が折れそうになっている僕を出迎えてくれたのは、夏物冬物と家族の洋服が詰め込まれた数々のクリアケースと、解体された二段ベッドのパーツ、そして幼少時代から集めたマンガや雑誌の数々と、ブラザーちゅわさんが「まだ使う」と言い張るガンプラの残骸山脈であった。

その圧倒的な景観におしっこ漏らしそうになった僕は、それでもうぉぉと勇気とモチベーションを振り絞り、掃除機と雑巾と大量のゴミ袋を握りしめて作業に着手した。ちょうど、ひのきの棒一本で大魔王に立ち向かうようなものである。

まず取りかかったのは本の整理である。整理といっても殆どが要らない本であるから、ビニール紐で縛ってまとめるだけである。「NARUTO」「ライジングインパクト」「フルメタルパニック」「天上天下」様々なマンガを縛り上げ、様々なプリントをゴミ袋に放り込む。あっという間に廊下が押し出した本でミチミチに圧迫され、借金にまみれた挙げ句の夜逃げの様相を呈した。

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心に全く余裕がなかったからだろう、iPhoneの写真フォルダを見返しても、その時の部屋の写真が一枚も無い。あの時に優しく抱きしめて貰っていたなら、相手が生物学上女性であれば、問答無用で惚れていた自信がある。

しかし、苦労の甲斐もあって部屋の中央には大きなスペースが出来た。これまでは部屋の中でモノの要不要を判断することさえ難しかったから、これで作業効率は遥かに向上することだろう。うまくいけば、明日にはこの部屋で仕事を始めることができるかもしれない。

ウキウキとしていると母から

「押し入れのお前らの教科書とかも片付けといてくれ」

という指令があった。この勉強部屋の押し入れの中には我々兄弟の教科書やランドセル、絵や版画といった工作作品から見られたくなかったテストの答案まで、様々なものが放り込まれているのである。親の心情としては、どうしても自分では処分できないものであったのだろう。事のついでということで、僕はそれを引き受けた。

ちょうどこの頃、僕は実家の窓掃除の命も仰せつかっていた。いわゆる大掃除である。部屋の片付けは僕の都合であるし、住まわせて頂いている以上、僕には当然この家に貢献する義務がある。何より指令を発する母の言葉には、

「断るまいな。」

というスゴ味があった。やってられるか、などとぬかそうものなら、僕は2014年を猫と一緒に納屋の発泡スチロールの上で迎えていたことだろう。「はい、喜んで」という教育の行き届いているカラオケ店店員のような快活な返答を返した僕は、押し入れの片付けをテレビの前で退屈そうにしていたブラザーちゅわさんにお願いして、作業に入った。

窓の掃除を終え、道具を片付ける。なんだかんだで二日がかりになってしまったが、仕上がりは上々である。父も

「窓が鬼のようにキレイやな」

といって驚いていた。鬼ってキレイなんですかお父さん。

家族全員に満足頂いたということで、僕は意気揚々と部屋の片付けに戻ることになった。階段を上がり、詰み上がった本を躱して部屋の戸に手を掛ける。何せ9年分の色々が3人分も詰め込まれているのだから、ちゅわさんは相当な苦戦を強いられているはずである。さぁ、本陣大将お兄ちゃんの到着である。これで我らの有利は動かぬ。勝利の狼煙を上げよ。大地を揺らせ、凱歌を歌え。

張り切って戸を押すと、昨日まで全開できるようになったはずの戸が何か硬いものに当たって途中で止まった。もしかしたらちゅわさんが作ったゴミ袋が置かれていて、それに引っかかっているのかもしれない。僕は戸の隙間から室内を覗き込んだ。そこには、僕が数日掛かって作った片付け作業用のスペースに押し入れの中の荷物を全て放り出し、うずたかく詰み上がった段ボールと紙切れの狭間に座り込んでマンガを読みふけるちゅわさんの背中があった。僕が戸を空けた衝撃で本の山がひとつ崩れる。ちゅわさんは気に留める様子も無い。味方と思い助けに入った先遣隊は全面的に裏切りの態度を示し、お兄ちゃんは四方八方からバッサバッサとぶった切られて、冷水と洗剤で荒れた両手で顔を多い、無念と呟く間も与えられず、本で埋め尽くされた廊下の隅に、静かに崩れ落ちた。

この部屋に仕事道具を展開できたのは、この敗戦の三日後のことであった。

今日のネコ写真。最終回。

まるでこの世の理からネコだけがぽっかり抜け落ちてしまったかのような日々であった。
前回ネコの下半身をカメラに収めて以来、捜索隊をあざ笑うかのように、ネコはぷっつりと姿を消してしまったのだ。

ネコのいない街。
ネコのいない路地裏。
ネコのいないネコ写真ブログ。

僕は半ばあきらめつつあった。

「日々撮影するネコの写真と僕のウィットなジョークでもってブログのアクセス数をアップさせよう。」

「そしてゆくゆくはブログファンを自分のライブやイベントに引き込み、集客イパーイウハウハザマミロ的人生を生きよう。」

という純朴なる青年の夢は「ネコの写真が撮れない」という予想だにしていなかった障害に阻まれ、静かに潰えようとしていた。

そんなある日、実家の父から画像ファイルが添付されたメールが届いた。
かなり珍しいことなので驚く、と同時に、ひとつの期待が生まれた。
僕の実家にはネコが二匹いる。
もしかしたら父は我が子の危機を機敏に察知し、ここはひとつ、とネコの写真を撮ってよこしてくれたのではないだろうか。

メールを開く操作をしながら、期待は確信に近付いていった。
父の愛をひしひしと感じる。
感謝の言葉を嗚咽に混ぜ、視界を潤ませながら添付ファイルを開いた。

 

 

 

 

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なにこれ。

 

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なにこれ。

 

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なにこれ。

劇的な変化があるわけでもない謎の物体Xの写真が三枚も張り付けられていた。
これ、こんなに必要でしたか?

眉間に皺を寄せながら読み進めると、どうやらこれは今年母が採ってきた奇形のみかんらしかった。
どうひっくり返ってみてもネコではない。
テキストの末尾には

「男性器にも女性器にも見えるやろ」

といった文章が、ここに記載したよりも遥かに下世話な言葉でつづられていた。
因みに父の職業は教師である。
生徒の皆様と保護者の皆様には、心よりお詫び申し上げます。

見ず知らずのご家族に陳謝しているとさらにメールが届いた。
今度は母からだ。
ワンパンチもらってフラついているところに止めを刺されるボクサーのような気持ちで、やはり添付されていた画像を開いた。

 

 

 

 

 

015

ずん。

 

014

ずん。

 

013

こっちくんな。

奇形のみかんがステップを踏みながら迫ってくる。
素材が斬新過ぎるが故に、実に効果的な演出だ。
三枚目で姿を消したゆきだるまさんの身に何が起こったのか、心配でならない。
っていうか、なんなのこの夫婦。

ということで、長期に渡る捜索の甲斐もなく最後までネコには会えなかった。
愛らしさに満ちたネコの写真を期待していてくれた皆様に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
山本先生の次回作にご期待下さい。
では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

107

にゃん。

今日のネコ写真。その6

ネコとは何か。
四本足でにゃーと鳴いてオシッコが超臭い生き物。
違う、それは「ネコ」と呼ばれる生き物の概要に過ぎない。

そもそも我々が常に個人である以上、その認識の一致というのは決して証明されるものではないのである。
誰かが見た「青」は誰かの言う「赤」であるかもしれない。
違うものを同じ言葉で呼び合っていても、そこにコミュニケーションが確率してしまえば、何の問題もないのだ。

それについては当ブログの「今日のネコ写真シリーズ」も例に漏れない。
僕が中華料理屋の看板や平身低頭に謝罪するミュージシャンをネコと認識してたとして、その「認識そのもの」が僕個人に依存するものである以上、読者諸氏は、これらを「ネコではない」と否定することが出来ないのである。
問題は、当シリーズの過去記事に本当にネコの写真が上がっていない、ということであった。

僕は疲れ果てていた。
日々ブログに書き込まれるクレームやよく分からないストーリーを帯びたコメントを見つめる度、胸が締め付けられるような気分になる。

「このままではいけない。」

しかしどうしていいのか分からない。
ここ数日間、ネコを撮影できる機会に恵まれていないことだけは確かなのだ。
もしかしたら僕はこのままネコに会えずに一生を終えてしまうのではないか。
そのような懸念が頭を過ぎった、その瞬間であった。
職務に勤しむ僕の前に、茶色い毛玉が舞い降りた。

ネコだった。
間違いない。
四本足でにゃーと鳴くしオシッコが超臭そうだ。
僕は即座に起動していたシューティングゲームのアプリを畳み、なんたらキッドよろしくカメラモードのiPhoneをネコに向け、シャッターを切った。

 

002

ご覧頂きたい。
このしなやかな後ろ足。
茶色い後ろ足。
そして、ちょっと白いところもある後ろ足。

僕はついにネコを写真に収めることに成功した。
感極まるとはこのことである。
果てしない達成感に胸が震える。
人間、目指し続ければいつかは何かを残せるものだ。
今まで当ブログシリーズを応援してくださったみなさまに、まずは一言お伝えしたい。

「ちゃうねん。」

ちゃうねん。
わかってるねん。
後ろ足やんこんなん。
なんかシュッてなってる後ろ足やん。

しかしながらネコ成分が皆無であった「ネコ写真」シリーズに光明が射したのもまた事実である。
次だ。
次こそはいとかわいらしゅうていたりなネコの写真を、みなさまのディスプレイに表示してみせよう。
キュン死注意でお待ち頂きたい。

今日のネコ写真。その5

昨日も今日も朝からFacebookページには愛くるしいネコの画像が当たり前のように流れていた。
世の中にはかくもネコが溢れかえっているのだ。
路地裏にも部屋の中にも膝の上にもネコネコネコ。
ごろごろされてもシャァァァとされても嬉しいネコネコネコ。

それに引き換えこの「今日のネコ写真」シリーズはどうだ。
企画のスタートから日数としては早くも一週間が経とうとしているというのに、アップできているのはしおれた柿やゾンビ化された僕の顔面写真ばかりである。
コメント欄には読者さんからのクレームが書き込まれ、その処理に追われる毎日だ。

どうしてこれほどまでにネコの写真が撮れないのだろうか。
昨日一昨日を忙しく過ごしながら考えた末に、ひとつだけ思い当たる原因が発見された。

「…下心か…」

そもそもネコの写真を介して人気者になり、ブログのアクセス数をアップさせて自分の音楽イベントの集客やCDの販売を上げよう、ということが不純であったのだ。
不純な心にネコは寄り付かないのである。
大いなる気付きに胸を震わせた昨晩。
翌日は12時から友人のミュージシャンである柴田ヒロキ氏のレコーディングの予定が入っている。
ならば午前中に自宅の近所を探索し、ネコの写真を収めればよいではないか。
僕は自らを律し、「取りあえずはブログのアクセスアップだけで妥協したろう」、と誠実なる心でネコの撮影に臨むことを心に誓い、布団の中に身をうずめた。

寝坊した。

柴田氏が12時に行くよ宣言をしていたにも関わらず僕が目を覚ましたのは11時半という実にギリギリチョップな時間であった。
僕は布団から飛び起き、掃除機を掛け、部屋の中の余計なものを片づけた。
時計を見ると12時ちょうど。
僕はしめやかに柴田氏の到着を待った。

 

029

遅刻してきた。

14時とかに着た。

これから野郎二人で一日缶詰めのレコーディング作業である。
ネコの写真など撮れる由もない。
まだ下心が残っているというのだろうか。
皆目見当もつかない。

…明日こそ、明日こそはエクストリーム・キューティーなネコの写真をみなさまのディスプレイに叩きこんでみせよう。
もう少し、もう少しだけお待ち頂きたい。

では。