ひとりしりとり「コロラドブルドッグ」

「野良ネコ」→「コロラドブルドッグ」

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僕が始めて好きになった洋楽はMR.BIGというロックバンドである。彼らのことについては音楽ファンであれば説明は必要無いが、念のため。

Mr.BIGはビリー・シーン、ポール・ギルバート、エリック・マーティン、パット・トーピーという名だたるメンバーで結成された超絶技巧王道バンドで、1989年にアルバム「MR.BIG」でデビューした。武道館ライブや大阪でのカウントダウンライブに参加するなど、日本にも多くのファンが居て、ポップで硬派な楽曲が代名詞である。

1996年のアルバム『Hey Man』の中に収録されている「Goin’ Where The Wind Blows 」という楽曲のレコーディングがビリー抜きで行われ、バンド内の人間関係が悪化。同年中に活動休止宣言があり、1999年の再会直前にポールが脱退。新たなギタリストにリッチー・コッツェンを迎えるも、2000年にリリースされたバラードベストである『Deep Cuts』の中でビリーのベースソロが本人に無断でカットされていたり、上述の「Goin’ Where The Wind Blows 」が収録されたことが原因で怒り心頭。結局協議の結果、2002年のツアーを最後に解散することとなった。

ちなみにこの最終ツアーの千秋楽は日本の東京国際フォーラムで、彼らがどれだけ日本を贔屓にしていたかが伺える。

 

Mr+Big

 

というwiki情報はここまでにして。

僕が彼らの曲を始めて聴いたのは、大阪で学生をしていた時のこと。同級生が「俺のマイフェイバリット」という斬新な英語の活用方法を見せつつ聴かせてくれたのが、彼らが1993年に発表したアルバム『Bump Ahead』だった。そしてこのアルバムの1曲目に収録されていたのが、今回のお題である「Colorado Bulldog」である。

この曲は全編に渡って美味しいところだらけなのだけど、やはり聴きどころは楽曲冒頭の超人的なユニゾンセッションで、何度聴いても何をしているのかよく分からない。メンバーは「このパートはみんなで息を合わせてプレイしたんだ。」というコメントを残していて、息を合わせれば弾けるのかということで何を言っているのかもよく分からない。かと思うとライブでは普通にお客を煽りながら弾いていたりもして、つまるところ全面的によく分からないんである。

ともあれ、このよく分からないパートのある曲のお陰で僕は洋楽への扉を叩き、当時世話になっていた先輩の影響もあって、オールディーズからブルースロックというジャンルに惹かれていくことになる。ちなみに、ビートルズを聴くようになったのはこのずっと後で、ストーンズは通っていない。どうにも「聴かなければ」と身構えて聴く曲は、自分の中に入ってこないのだ。かと思えば、何年かして室内BGMをと適当にCDを流した時にドギュギューンと胸に刺さることもある。ハートがオープンでないと、音楽は楽しめないのだろう。

結局のところMR.BIG成分などまるで感じさせないJpopをこさえている弾き語りな僕であるけれど、彼らの音楽に対する異常なほどのストイックさは、ひとつの大きな指針となっている。2009年にオリジナルメンバーで再結成され、2010年の『what if …』以降大きな動きを見せていない彼らの次のアクションが、楽しみでならない。

 

 

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主語を介さない女性の会話とラーメンギョーザチャーハンセット。

先日、じーちゃんと餃子の王将にお昼を食べに行った時のことだ。ラーメンギョーザチャーハンセットの想像以上の量に目を白黒させながら胃拡張を進めていると、隣りの席でラーメンギョーザチャーハンセットをペロリと平らげていた学生風のレディが2人、スマホを片手に何やら話しをしていた。

 

A子「なーなぁ、これ、C子の彼氏なんやけどなぁ」

B子「えーめっちゃ気になる、ちょっと見してよぉ」

 

和歌山弁の朴訥とした様子が文書からも滲み出るが、まぁそれは置いておいて。まだまだラーメンもギョーザもチャーハンも半分以上残っていたから、僕は少しでも気を紛らわせようと彼女達の会話に耳を澄ませてみたのである。

 

A子「これやでぇ」

B子「うわ、めっちゃいけてるやん。」

A子「でもちょっと微妙ちゃう?」

B子「あーそれは言えてるなぁ」

 

気を紛らわせるには絶好の会話である。これだけ読んでみると彼女らの身に何が起こったのか不安になってくるが、僕は過去の経験(彼女様から「ちょっとアレやっといて」と言われ、アレが何であるかを推察し、ミスをせずに彼女の期待通りにこなさねばならないという危機的状況)から、女性は会話の中に主語を含めない生き物であることを知っている。それを理論で言いくるめようなどと言語道断。普段の会話や目の動き、何より心の眼でそれらに向かい合えば、自ずと道は開かれる。

なお、僕は今の彼女様とは8年ほどの付き合いになるが、普段の会話が噛み合っておらず、目を見つめる度胸が無く、心眼などというスキルを持ち合わせていないという点を除き、理想的な付き合いが出来ている。八方塞がったイケメンの未来はどっちだ。

それはともかくとして、彼女らはこのたった2往復のやり取りの中で一体何を言い合っているのか。写真はビジュアルを残す媒体であるから、当然その会話は「C子の彼氏のビジュアル」と想像できる。が、表面上の文章だけでは、

 

B子「うわ、めっちゃいけてるやん。」

 

 

A子「でもちょっと微妙ちゃう?」

 

が繋がらない。「めっちゃいけてる」という評価に対し、「ちょっと微妙ではないか」という意見をぶつけるには、文章の接続接続部分は「そう?」や「なんで?」といった言葉、あるいは「何も挟まない」方が自然だ。しかしB子は何の迷いもなく「でも」を選んでいる。これはつまり、A子が「めっちゃいけてる」と判断した項目を察しつつ、「でも(○○の部分においては)ちょっと微妙である」という別の項目に対する評価を提示した、ということであると考えられる。

恐るべきはその後のA子で、B子の何の前触れもない別項に対する評価を受け止め、かつ迅速に「それは言えている」という共感の言葉を投げかけている。これは、B子が主語を使わずに提示した「ちょっと微妙」という評価が、C子の彼氏のヴィジュアルのどういった点に対する評価であるかを一瞬にして察し、そこに対する自分の意見を共感という形で発信した、ということである。尋常ではない直感力だ。

残念ながら若干むせ込みながらチャーハンをかき込む僕の位置からはC子の彼氏の写真は確認できなかったため、それ以上の観察は無意味であった。しかし、女性間の主語を介さない会話の凄まじさを味わうには、十分な機会であった。

なお、この会話をしていたのが僕と彼女様であったとしたら、きっとこうなる。

 

彼女様「なーなぁ、これ、C子の彼氏なんやけどな」

僕「んあ?(ギョーザはすはす)」

[ここでチャーハン皿が飛ぶ。]

彼女様「これやでぇ」

僕「すいません、チャーハンで何も見えません」

彼女様「そんな眼球はもういらないね?」

僕「うっわ超見えた何これものすごい男前じゃないですか」

彼女様「やろ。どうしてお前はこうでない上に岡田准一でもない上に頭からチャーハンを被ってるんや」

僕「チャーハンに関しては僕もつい先ほどから疑問に思っていました」

彼女様「どうしてお前は岡田くんでない」

僕「それは犬を飼いながらコイツは猫じゃないと愚痴を垂れるのと同じじゃないか」

彼女様「岡田くんでないお前はもういらないね?」

僕「ちょっと整形外科予約してきます」

 

心の眼は当分開きそうにない。

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国際情勢から見る立場と認識の関係と、僕が長生きするための方法。

先日の安部首相の靖国神社参拝に対し、国外からの非難が凄まじい。ニュースでも囁かれているが、靖国神社には太平洋戦争を先導したとされるA級戦犯者28名のうち14名が、幕末から明治維新にかけての国内外の紛争、及び国のために戦い亡くなった軍人等の戦没者およそ247万人と共に祀られている。この247万人分の14名のA級戦犯者を日本の首相が拝むことが、戦争の被害を被ったのだと認識している韓国や中国の一部の人間から

「過去の罪の肯定」

と捉えられ、昨今よく聞く対日感情の暴走や、一部の過激派の煽りに繋がっているのである。

安部さんの真意は察しようもないが、少なくとも一国の首相まで登り詰めた男が隣国を煽りたいから行きましたデヘヘヘヘ、などというお粗末な感情で動いているとは考えたくない。ここは仮に本人の言葉を信じて、二度と戦争を繰り返さないのだという決意の表明のために参拝をしたのだとしてみよう。そうすると、

「俺、めっちゃ頑張るから。」

と仕事に向かう気合いを注入している安部ちゃんと、

「お前、俺らに迷惑掛けた奴拝んで、やっぱり俺らのこと見下してるやろ」

とビキビキ青筋立てている韓国や中国の過激派のどなたか、という構図が出来上がる。もうお気付きだろう。論点がズレているのである。

このように、人は生き物としての構造は同じでも、その立場によって物の見方や捉え方が変わる。分かりやすいのは男と女だ。男性は女性のことをある種の天変地異の類いのように思っているし、女性は男性のことをいつも目に付くけど面倒だから掃除しないコンロの脇のホコリのように思っている。

例えばこうだ。男性は、自分が買ってきたプリンを食べるのにも女性に断りを入れる。自分がお金を出して買ってきたものであっても、自分に所有権が無いことを理解しているのである。

それに対し女性は、誰に断るでもなくプリンを食べ、その隣りに置いてあるシュークリームも食べ、甘いものが無いから何か買ってこいと平原の羊のように生きている男性に指図をし、他所では「うちのロクデナシがいつも甘いものばかり買ってくるからそれに付き合っていると太ってしょうがない」と愚痴をこぼす。

この時、プリンに対する認識は男性と女性の間で大きく異なる。

男性にとってプリンは

「たまに食べられるとても高価ですごくおいしいもの」

であるのに対し、女性にとっては

「最近ちょっと飽きてきてるからそろそろミルクプリンの方を食べたい感じのもの」

となる。場合によっては

「プリンを食べようというタイミングで豆から挽いた芳醇な香りのコーヒーを入れてくれる岡田准一でない男と付き合っている私はとても不幸だ」

という認識も持ち合わせているから油断ならない。

こういった立場の違いから来る認識のズレや感情の対立というのは、やはりお互いがお互いの立場となり、想像力を働かせて許し合うことでしか乗り越えてゆけないものである。その「優しい想像」という行為が、人はどうにも苦手なのだ。それは当然韓国や中国の対日思想を持つ人だけではなく、テレビやラジオから流れてくる情報のインパクトが強い部分だけを拾って、

「韓国はああだ中国はこうだ」

と在りもしない群れを非難し、差別を具現化し、言葉にせずとも電波させる多くの日本人にも言えることである。歩み寄ることや、分かり合うことは、相手を許すという前提が無ければ成り立たない。そしてそれは、誰よりもまず先に自分自身が胸に抱かねばならないことなのである。

我々はどのような鬼神や邪神の類いに対しても、この優しい想像力を持たねばならない。僕は先日机の角にぶつけてしまったコーヒーカップの欠けた部分を見つめた。何年か前に彼女がクレーンゲームに多額の投資をして手に入れた非売品のカップである。そして彼女の立場になって、想像力を働かせた。

僕は黙っていられる限り、黙り続けておくことにした。

 

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焼却炉の側で兄弟が大笑いすることになった経緯とその後食らったカウンター。

山本家の裏手の山はおじちゃんのみかん畑になっている。おじいちゃんは元々学校の先生であったので、畑自体は決して大きいものではない。それでも親戚一同介した際のサバイバルゲームの会場としては申し分の無い広さであり、起伏に富み、立体的な戦闘が楽しめる空間である。

で、その畑の入り口にはドラム缶をぶった切って作った小さな焼却炉があって、家で出たちょっとしたゴミが焼けるようになっている。僕は先日の仕事部屋作りの際に出た大量のゴミをこの焼却炉で燃やして処分することにした。

 

僕「裏の焼却炉使うよ。ゴミが沢山出たから、火ィつけてくる。」

おじいちゃん「あんだけのもんもっていくんえらいこっちゃど。」

僕「でも、この地区の廃品を集めてる小屋にはいつでも放り込める訳じゃないんでしょ?」

おじいちゃん「おお、日ぃ決まっちゃある。」

僕「ネコに積んで持って行くから大丈夫よ。」

おじいちゃん「ネコらあくかよう。納屋から一輪車出して積んでいけ。」

僕「・・・アイアイサー」

 

”ネコ”が一輪車の業界用語であることは、とりあえず黙っておいた。

そういうことで、僕はこれもみかん畑にある納屋からネコ・・・もとい一輪車を引っ張り出し、大量のゴミの入った段ボールを積み上げて、焼却炉までのあぜ道を颯爽と駆け抜けた。

 

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ひっくり返した。

誰もいない山の中、草木の揺れる音と「くぇけけけけけけけけけっ」というよく分からない生き物の鳴き声を聞きながら飛び散った紙切れを掻き集める侘しさをご存知だろうか。

そんな精神的苦行を乗り越え焼却炉の前に身構えると、今度は別の不安が僕を襲った。この焼却炉は膝丈くらいの位置でドラム缶をぶった切ったものだから、燃やせるモノの量が少ない。吹きさらしであるから軽いものは風に煽られると飛んで行くし、かといって教科書のようなものを丸々焼き切れるほどの火力は出ない。試しに算数の教科書に火を付けてみたところ、やはり表面を多少焼いただけで、本の内部部分は焼けずに残ってしまった。僕は本を4~5ページずつちぎっては丸めて火にくべるという、どう考えても終わらんでコレ大作戦の決行を余儀なくされた。この日は3時間ほどかけて、かろうじて段ボールを一箱焼き払うのが精一杯であった。

 

そうして2日目、3日目と、時間だけが流れていった。途中ブラザーちゅわさんやブラザーぷぅちゃんの手を借りたりもしたが、作業は一向に進まない。当初の不安通り、炉の焼却能力に対してゴミの量が多すぎるのである。加えて、僕も一日中ゴミ焼きばかりしている訳にもいかない。ちぎっては丸め、丸めては放り込み、放り込んでは突いて空気を送り込む。指先は紙を擦りすぎてヒリヒリするし、親父から借りたフリースは煙を吸って燻されたような香りを纏った。

それは、ブラザーぷぅちゃんと教科書やノートを引き千切っていた時のこと。僕が半ばトランス状態でビリビリと紙を裂いていると、隣にいたぷぅちゃんが突然に口を押さえて笑い出した。とうとうおかしくなってしまったのかと思って目をやると、どうやら一冊のノートを開いている。どうしたのかと聞くと、いいから読みなさいとそのノートを差し出してきた。「漢字練習ノート」と書かれていた。

 

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深くうなずく。
熱い夜。
太陽が上がる。
軽くなる。
女の子の命。
空に消える。
第一の場面。

 

あまりにドラマティックな文節の連続が精神的な衰弱の極みにあった我々の笑いの沸点を一気に飛び越え、水から蒸気というか、氷からプラズマというレベルの爆発的な変貌をもたらした。

 

僕「イーーーーーッヒヒイヒイヒイッwwwww」

ぷぅちゃん「くぁwwwおwww女の子の命wwwこんなん書いたことないwww」

僕「ホヒィーーーーーッwww」

ぷぅちゃん「誰のノートよこれ・・・私のでしたァーーーーッwwwwwwww」

僕「カーーーーーーッwwwwキャアァァァーーーッwwwwww」

 

 

活動の限界を超えていた兄弟の笑い声は結構な間止まらずに、新春のみかん畑に響き渡っていた。

 

その後のこと。なんだかんだでこの日も段ボールを半分焼き切るので精一杯だった僕とぷぅちゃんが探して集めた「漢字練習ノート」を永久保存版として持ち帰ると、おじいちゃんがごにょごにょと話しかけてきた。

 

おじいちゃん「お前らあんな教科書ら焼いてたら終わらんやろ。」

僕「終わらんですよ。」

おじいちゃん「あんなもんお前、まとめて廃品のとこに置いとけよぉ。」

僕「え、あの小屋って集荷日が決まってるって言ってなかったっけ?」

おじいちゃん「小屋の前のとこにはいつ置いといてもええねんで。」

僕「・・・ヴァ」

 

翌日、僕は再びネコ・・・じゃなくて一輪車を引っ張り出し、焼却炉の脇まで運んだ大量の本をおじいちゃんの軽トラに積み込んだ。それらは簡単に種類別にまとめて縛り上げられたあと、いともアッサリと資源ゴミの集積場に投下され、僕の手元にはシュールでドラマティックな「漢字練習ノート」が数冊と煙臭い借り物のフリースが残った。父の視線で、どうにも居心地が悪かった。

年末清掃大戦争〜敗戦の将は荒れた手で〜

千葉から和歌山県の実家に帰ってきて早くも一週間が経った。ちょうど正月三元日の最終日ということもあって、宅内の空気は実に穏やかである。うっかり気を抜くと簡単に飲み込まれ、コタツの中で体を丸めてネコを撫でながらみかんを食べている。一人暮らしをしていたころと比べると、別の意味で厳しい生活が待っていることは、確実だ。

この一週間、僕は実家の家事を手伝いながら、必死に仕事用の部屋を準備していた。今回僕が仕事部屋として使用することになったのは、我々兄弟が小〜中学校時代に勉強部屋として使っていた宅二階にある四畳半のフローリング部屋である。日当りが良く、ふたつの窓と押し入れがあり、条件は申し分無い。想定外であったのは、僕が実家に戻った時点で室内が完全な物置と化していたことである。

その押し込められぶりは凄まじく、まず、押し戸となっている部屋の扉が全開しないのである。戸の向こうに何かリュックサック的なビニール布的な何かがあって、戸を開こうとするとムッギュムッギュと押し返してくるのである。スタートから心が折れそうになっている僕を出迎えてくれたのは、夏物冬物と家族の洋服が詰め込まれた数々のクリアケースと、解体された二段ベッドのパーツ、そして幼少時代から集めたマンガや雑誌の数々と、ブラザーちゅわさんが「まだ使う」と言い張るガンプラの残骸山脈であった。

その圧倒的な景観におしっこ漏らしそうになった僕は、それでもうぉぉと勇気とモチベーションを振り絞り、掃除機と雑巾と大量のゴミ袋を握りしめて作業に着手した。ちょうど、ひのきの棒一本で大魔王に立ち向かうようなものである。

まず取りかかったのは本の整理である。整理といっても殆どが要らない本であるから、ビニール紐で縛ってまとめるだけである。「NARUTO」「ライジングインパクト」「フルメタルパニック」「天上天下」様々なマンガを縛り上げ、様々なプリントをゴミ袋に放り込む。あっという間に廊下が押し出した本でミチミチに圧迫され、借金にまみれた挙げ句の夜逃げの様相を呈した。

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心に全く余裕がなかったからだろう、iPhoneの写真フォルダを見返しても、その時の部屋の写真が一枚も無い。あの時に優しく抱きしめて貰っていたなら、相手が生物学上女性であれば、問答無用で惚れていた自信がある。

しかし、苦労の甲斐もあって部屋の中央には大きなスペースが出来た。これまでは部屋の中でモノの要不要を判断することさえ難しかったから、これで作業効率は遥かに向上することだろう。うまくいけば、明日にはこの部屋で仕事を始めることができるかもしれない。

ウキウキとしていると母から

「押し入れのお前らの教科書とかも片付けといてくれ」

という指令があった。この勉強部屋の押し入れの中には我々兄弟の教科書やランドセル、絵や版画といった工作作品から見られたくなかったテストの答案まで、様々なものが放り込まれているのである。親の心情としては、どうしても自分では処分できないものであったのだろう。事のついでということで、僕はそれを引き受けた。

ちょうどこの頃、僕は実家の窓掃除の命も仰せつかっていた。いわゆる大掃除である。部屋の片付けは僕の都合であるし、住まわせて頂いている以上、僕には当然この家に貢献する義務がある。何より指令を発する母の言葉には、

「断るまいな。」

というスゴ味があった。やってられるか、などとぬかそうものなら、僕は2014年を猫と一緒に納屋の発泡スチロールの上で迎えていたことだろう。「はい、喜んで」という教育の行き届いているカラオケ店店員のような快活な返答を返した僕は、押し入れの片付けをテレビの前で退屈そうにしていたブラザーちゅわさんにお願いして、作業に入った。

窓の掃除を終え、道具を片付ける。なんだかんだで二日がかりになってしまったが、仕上がりは上々である。父も

「窓が鬼のようにキレイやな」

といって驚いていた。鬼ってキレイなんですかお父さん。

家族全員に満足頂いたということで、僕は意気揚々と部屋の片付けに戻ることになった。階段を上がり、詰み上がった本を躱して部屋の戸に手を掛ける。何せ9年分の色々が3人分も詰め込まれているのだから、ちゅわさんは相当な苦戦を強いられているはずである。さぁ、本陣大将お兄ちゃんの到着である。これで我らの有利は動かぬ。勝利の狼煙を上げよ。大地を揺らせ、凱歌を歌え。

張り切って戸を押すと、昨日まで全開できるようになったはずの戸が何か硬いものに当たって途中で止まった。もしかしたらちゅわさんが作ったゴミ袋が置かれていて、それに引っかかっているのかもしれない。僕は戸の隙間から室内を覗き込んだ。そこには、僕が数日掛かって作った片付け作業用のスペースに押し入れの中の荷物を全て放り出し、うずたかく詰み上がった段ボールと紙切れの狭間に座り込んでマンガを読みふけるちゅわさんの背中があった。僕が戸を空けた衝撃で本の山がひとつ崩れる。ちゅわさんは気に留める様子も無い。味方と思い助けに入った先遣隊は全面的に裏切りの態度を示し、お兄ちゃんは四方八方からバッサバッサとぶった切られて、冷水と洗剤で荒れた両手で顔を多い、無念と呟く間も与えられず、本で埋め尽くされた廊下の隅に、静かに崩れ落ちた。

この部屋に仕事道具を展開できたのは、この敗戦の三日後のことであった。

今日のネコ写真。最終回。

まるでこの世の理からネコだけがぽっかり抜け落ちてしまったかのような日々であった。
前回ネコの下半身をカメラに収めて以来、捜索隊をあざ笑うかのように、ネコはぷっつりと姿を消してしまったのだ。

ネコのいない街。
ネコのいない路地裏。
ネコのいないネコ写真ブログ。

僕は半ばあきらめつつあった。

「日々撮影するネコの写真と僕のウィットなジョークでもってブログのアクセス数をアップさせよう。」

「そしてゆくゆくはブログファンを自分のライブやイベントに引き込み、集客イパーイウハウハザマミロ的人生を生きよう。」

という純朴なる青年の夢は「ネコの写真が撮れない」という予想だにしていなかった障害に阻まれ、静かに潰えようとしていた。

そんなある日、実家の父から画像ファイルが添付されたメールが届いた。
かなり珍しいことなので驚く、と同時に、ひとつの期待が生まれた。
僕の実家にはネコが二匹いる。
もしかしたら父は我が子の危機を機敏に察知し、ここはひとつ、とネコの写真を撮ってよこしてくれたのではないだろうか。

メールを開く操作をしながら、期待は確信に近付いていった。
父の愛をひしひしと感じる。
感謝の言葉を嗚咽に混ぜ、視界を潤ませながら添付ファイルを開いた。

 

 

 

 

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なにこれ。

 

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なにこれ。

 

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なにこれ。

劇的な変化があるわけでもない謎の物体Xの写真が三枚も張り付けられていた。
これ、こんなに必要でしたか?

眉間に皺を寄せながら読み進めると、どうやらこれは今年母が採ってきた奇形のみかんらしかった。
どうひっくり返ってみてもネコではない。
テキストの末尾には

「男性器にも女性器にも見えるやろ」

といった文章が、ここに記載したよりも遥かに下世話な言葉でつづられていた。
因みに父の職業は教師である。
生徒の皆様と保護者の皆様には、心よりお詫び申し上げます。

見ず知らずのご家族に陳謝しているとさらにメールが届いた。
今度は母からだ。
ワンパンチもらってフラついているところに止めを刺されるボクサーのような気持ちで、やはり添付されていた画像を開いた。

 

 

 

 

 

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ずん。

 

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ずん。

 

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こっちくんな。

奇形のみかんがステップを踏みながら迫ってくる。
素材が斬新過ぎるが故に、実に効果的な演出だ。
三枚目で姿を消したゆきだるまさんの身に何が起こったのか、心配でならない。
っていうか、なんなのこの夫婦。

ということで、長期に渡る捜索の甲斐もなく最後までネコには会えなかった。
愛らしさに満ちたネコの写真を期待していてくれた皆様に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
山本先生の次回作にご期待下さい。
では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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にゃん。

今日のネコ写真。その6

ネコとは何か。
四本足でにゃーと鳴いてオシッコが超臭い生き物。
違う、それは「ネコ」と呼ばれる生き物の概要に過ぎない。

そもそも我々が常に個人である以上、その認識の一致というのは決して証明されるものではないのである。
誰かが見た「青」は誰かの言う「赤」であるかもしれない。
違うものを同じ言葉で呼び合っていても、そこにコミュニケーションが確率してしまえば、何の問題もないのだ。

それについては当ブログの「今日のネコ写真シリーズ」も例に漏れない。
僕が中華料理屋の看板や平身低頭に謝罪するミュージシャンをネコと認識してたとして、その「認識そのもの」が僕個人に依存するものである以上、読者諸氏は、これらを「ネコではない」と否定することが出来ないのである。
問題は、当シリーズの過去記事に本当にネコの写真が上がっていない、ということであった。

僕は疲れ果てていた。
日々ブログに書き込まれるクレームやよく分からないストーリーを帯びたコメントを見つめる度、胸が締め付けられるような気分になる。

「このままではいけない。」

しかしどうしていいのか分からない。
ここ数日間、ネコを撮影できる機会に恵まれていないことだけは確かなのだ。
もしかしたら僕はこのままネコに会えずに一生を終えてしまうのではないか。
そのような懸念が頭を過ぎった、その瞬間であった。
職務に勤しむ僕の前に、茶色い毛玉が舞い降りた。

ネコだった。
間違いない。
四本足でにゃーと鳴くしオシッコが超臭そうだ。
僕は即座に起動していたシューティングゲームのアプリを畳み、なんたらキッドよろしくカメラモードのiPhoneをネコに向け、シャッターを切った。

 

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ご覧頂きたい。
このしなやかな後ろ足。
茶色い後ろ足。
そして、ちょっと白いところもある後ろ足。

僕はついにネコを写真に収めることに成功した。
感極まるとはこのことである。
果てしない達成感に胸が震える。
人間、目指し続ければいつかは何かを残せるものだ。
今まで当ブログシリーズを応援してくださったみなさまに、まずは一言お伝えしたい。

「ちゃうねん。」

ちゃうねん。
わかってるねん。
後ろ足やんこんなん。
なんかシュッてなってる後ろ足やん。

しかしながらネコ成分が皆無であった「ネコ写真」シリーズに光明が射したのもまた事実である。
次だ。
次こそはいとかわいらしゅうていたりなネコの写真を、みなさまのディスプレイに表示してみせよう。
キュン死注意でお待ち頂きたい。

今日のネコ写真。その5

昨日も今日も朝からFacebookページには愛くるしいネコの画像が当たり前のように流れていた。
世の中にはかくもネコが溢れかえっているのだ。
路地裏にも部屋の中にも膝の上にもネコネコネコ。
ごろごろされてもシャァァァとされても嬉しいネコネコネコ。

それに引き換えこの「今日のネコ写真」シリーズはどうだ。
企画のスタートから日数としては早くも一週間が経とうとしているというのに、アップできているのはしおれた柿やゾンビ化された僕の顔面写真ばかりである。
コメント欄には読者さんからのクレームが書き込まれ、その処理に追われる毎日だ。

どうしてこれほどまでにネコの写真が撮れないのだろうか。
昨日一昨日を忙しく過ごしながら考えた末に、ひとつだけ思い当たる原因が発見された。

「…下心か…」

そもそもネコの写真を介して人気者になり、ブログのアクセス数をアップさせて自分の音楽イベントの集客やCDの販売を上げよう、ということが不純であったのだ。
不純な心にネコは寄り付かないのである。
大いなる気付きに胸を震わせた昨晩。
翌日は12時から友人のミュージシャンである柴田ヒロキ氏のレコーディングの予定が入っている。
ならば午前中に自宅の近所を探索し、ネコの写真を収めればよいではないか。
僕は自らを律し、「取りあえずはブログのアクセスアップだけで妥協したろう」、と誠実なる心でネコの撮影に臨むことを心に誓い、布団の中に身をうずめた。

寝坊した。

柴田氏が12時に行くよ宣言をしていたにも関わらず僕が目を覚ましたのは11時半という実にギリギリチョップな時間であった。
僕は布団から飛び起き、掃除機を掛け、部屋の中の余計なものを片づけた。
時計を見ると12時ちょうど。
僕はしめやかに柴田氏の到着を待った。

 

029

遅刻してきた。

14時とかに着た。

これから野郎二人で一日缶詰めのレコーディング作業である。
ネコの写真など撮れる由もない。
まだ下心が残っているというのだろうか。
皆目見当もつかない。

…明日こそ、明日こそはエクストリーム・キューティーなネコの写真をみなさまのディスプレイに叩きこんでみせよう。
もう少し、もう少しだけお待ち頂きたい。

では。

今日のネコ写真。その4

ネコを追い求めて四日目。
もはやネコという語列がゲシュタルト崩壊を起こし、ネコってなんだったっけ、みたいなレベルである。
昨日遠巻きに見たつもりになってた二匹のネコも、もしかしたら五匹のヌューグゥだったかもしれない。

だからといってネコ探しを諦める僕ではない。
成功者とは、他の人が諦めてしまうところで諦めなかった者を指す言葉なのだ。

今日の職場は自転車圏内であったため機動力は確保できていた。
おまけに住宅街のど真ん中ときている。
各家々の間には実に魅力的な隙間が多数生じているではないか。
僕がネコであったなら生涯を掛けてその隙間に飛び込み続けていることだろう。
昨日に引き続き天気も良く、昼休みにおにぎりを片手に探索すれば、ネコの一匹や二匹、何のことは無く発見されるに違いない。
もしかしたらヌューグゥもいるかもしれない。

僕は二度あったことが三度あった昨日の記事を思い出した。
記事のリンクをFacebookに張り付けてタイムラインに流した際、サムネイルに例の微笑む男がどどーんと表示されたのである。

「今日のネコ写真。」

のタイトルのサムネイルが工事現場の看板の男。
僕のウォールにそんなものが流れてきたらFacebookのバグだとしか思えない。
ごめんねFacebookの中の人。
今日こそはそこに、可愛い可愛いネコちゃんの画像を表示してみせるからね。
そんな気持ちで昼休みを待った。

職人「ガードマンさんごめん、昼、休めないわ」

お昼休みなくなった。

もう何だろう、朝からなんだか作業員が目を真っ赤にして動き回ってたから、そこはかとなく気付いてはいたんだけどね。
ちょっと切ない空気、感じてたんだけどね。

ということで結局朝から夕方まで僅かな食事の時間とトイレ以外は働きっぱなしという状態。
終わった頃にはぐったりとくたびれており、自転車に乗っているのに階段を上ろうとするほどに、僕の意識は朦朧としていた。
それ故ネコの事など、その昔好きだった「漢魂-メンソウル-」という小さなマッチョ達が織り成すギャグ漫画のことくらい、忘れ去っていたのである。

帰宅後パソコンに電源を入れると、友人である家口リョウという男が『弓道に青春を捧げた青春から連なる今』というテーマの記事を上げており、

「あ、これ僕も空手してたし、なんか適当に乗っかってそれっぽい記事を書こう」

くらいの気持ちで

「割と頑張ってたし、もしかしたら当時の写真がネットにあるかも」

程度の軽い気持ちで、自分の名前でグーグルの画像検索をしてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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なにこれ。

すごいびっくりした。
ものっそいびっくりした。
これあれだよね、ブログとかFacebookなんかのトップにしてる画像だよね。

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これ。

いつのまにこんな、今にもガレージに逃げ込んだガールフレンドの脳天にかぶりつきそうな面構えになっちゃったのよ僕は。

口調まで変わってしまうほどの衝撃であった。
おおぉぉぉぉと呻きながら画像の元ページを訪ねる。

もしかしてあれですか?
これが人気税ってやつですか?

僕は確かにケーブルテレビに出演させてもらっていたことがあけれど、あれはテレビ番組なのに何故か放送禁止用語がテーマの回があり、放送率が極端に低かったはずである。
各所で地道な活動を重ねてはいるが、こういったイタズラをされるほども人目に触れているという自覚も無い。
一体どういうことなのか。
元ページの投稿主の名前を恐る恐る確認した。

「蛆虫トミィ」

知人でした。
っていうかトップ画像の写真を撮ってくれた子でした。
すぐ上に元の画像がありました。

ってことはあれかい。
山本ゾン作の画像は、僕のトップ画像と同じ期間webの世界に漂っていたってことなのかい。
くそう、なんだか悔しいぞ。
トミィのブログを晒してやる。
注目されてゾンビ顔に加工されてしまえ。
うりゃっ
うりゃっ

蛆っ児トミィちゃん

ということで、ネコの写真は明日、明日には必ずやアップしてみせる。
皆様のディスプレイに愛くるしいネコのボディラインを流し込んでみせる。
あと一日だけ、あと一日だけ待って頂きたい。
だって明日はおやすm…あ、ライブだ。

今日のネコ写真。その3

企画の立ち上げから二日が経った。
未だにネコの写真は一枚も撮れていない。
人気の出やすいネコの写真で注目を浴び、本懐である音楽への集客と楽曲の販売を目指した僕がこの二日間で得たものといえば、チョークの擦れた中華料理店の看板と、シワシワになった柿の写真だけだった。
訳が分からないにも程がある。

僕は強い決意を胸に家を出た。
今日の職場は京成線青砥駅周辺である。
予定より少し早く集合場所に到着した僕は、僅かな時間を利用してこの近辺のネコ事情に探りを入れた。

居た。

僕の立ち位置からいくらか距離があるのだが、あの尻尾をピンと立てたしなやかなシルエットはまさにネコにゃんである。
しかも、二匹も居る。
僕は手に汗握った。
ネコにゃんがネコにゃんズなのである。
ハムちゃんズは早急に避難を。

ネコ達が入っていった細い通りがこの近辺のネコ溜まりであることは安易に想像が出来た。
今は時間が無くて行けないのだけど、今日は天気も良いので昼休みを利用して探索をすれば十中八九ネコ達に遭遇できるだろう。
上手くいけば複数のネコ写真が撮れるかもしれない。
そうすれば昨日、一昨日の、一縷の魅力も感じさせない看板や、しなびた柿の写真が持つ負のオーラを払拭することなど容易い。
目の前に「ネコ写真のブログから火が付いた天才イケメンミュージシャン」の文字が踊った。

「いやぁそんな、ブログなんて、やろうとすれば誰だって出来ることなんですよタモさん。」

いいともに出演した際のシュミレーションをしていると不意にポケットの中でケータイが震え出した。
今日待ち合わせをしている先輩からだった。

「あ、山本君?悪いんだけどさ、今日は青砥じゃなくて町屋(青砥から片道15分ほど)に行ってくんない?急ぎで。」

町屋というのは、このネコ写真企画をスタートさせた初日に入っていた現場である。
「マーボー豆腐70円」の看板がある街である。
ネコの居ない街である。


ちょっと話しを聞いて頂きたい。
僕はベストを尽くしたのだ。
ネコが居ないと分かっている街を歩き回り、尻尾をピンと立てたしなやかなシルエットを探したのだ。
しかし僕が見つけられたのは「マーボー豆腐700円」と書かれた中華屋の看板だけだった。
お値段、二日前の実に十倍。

そんな失意の底に沈んでいた僕に微笑みかけてくれたのが、彼である。

 

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工事現場に居る、ご迷惑おかけしています、の彼である。
ここまで個性的な男は、そうは居るまい。

特筆すべきは眉毛のポジショニングだ。
頑ななまでのサイドからのアプローチ。
じっと見ていると、もしかしたらこれが目なのではないかとさえ思えてくる。

そして小脇に抱えた黄色い何か。
工事現場歴足掛け五年の僕が断言するが、これはヘルメットではない。
小脇に抱えた際にこのような形状に見えるヘルメットなど見たことが無い。
おそらく、元気玉的な、溜めてる最中のかめはめ波的な、そういうものであろう。
やるなこいつ。

ということで気の充満したいやに輪郭の明瞭な男に微笑みかけられながら、僕は改めてリベンジを誓った。
明日こそは皆様のお手元のディスプレイにキュート極まりないネコの写真を表示してみせよう。