年末清掃大戦争〜敗戦の将は荒れた手で〜

千葉から和歌山県の実家に帰ってきて早くも一週間が経った。ちょうど正月三元日の最終日ということもあって、宅内の空気は実に穏やかである。うっかり気を抜くと簡単に飲み込まれ、コタツの中で体を丸めてネコを撫でながらみかんを食べている。一人暮らしをしていたころと比べると、別の意味で厳しい生活が待っていることは、確実だ。

この一週間、僕は実家の家事を手伝いながら、必死に仕事用の部屋を準備していた。今回僕が仕事部屋として使用することになったのは、我々兄弟が小〜中学校時代に勉強部屋として使っていた宅二階にある四畳半のフローリング部屋である。日当りが良く、ふたつの窓と押し入れがあり、条件は申し分無い。想定外であったのは、僕が実家に戻った時点で室内が完全な物置と化していたことである。

その押し込められぶりは凄まじく、まず、押し戸となっている部屋の扉が全開しないのである。戸の向こうに何かリュックサック的なビニール布的な何かがあって、戸を開こうとするとムッギュムッギュと押し返してくるのである。スタートから心が折れそうになっている僕を出迎えてくれたのは、夏物冬物と家族の洋服が詰め込まれた数々のクリアケースと、解体された二段ベッドのパーツ、そして幼少時代から集めたマンガや雑誌の数々と、ブラザーちゅわさんが「まだ使う」と言い張るガンプラの残骸山脈であった。

その圧倒的な景観におしっこ漏らしそうになった僕は、それでもうぉぉと勇気とモチベーションを振り絞り、掃除機と雑巾と大量のゴミ袋を握りしめて作業に着手した。ちょうど、ひのきの棒一本で大魔王に立ち向かうようなものである。

まず取りかかったのは本の整理である。整理といっても殆どが要らない本であるから、ビニール紐で縛ってまとめるだけである。「NARUTO」「ライジングインパクト」「フルメタルパニック」「天上天下」様々なマンガを縛り上げ、様々なプリントをゴミ袋に放り込む。あっという間に廊下が押し出した本でミチミチに圧迫され、借金にまみれた挙げ句の夜逃げの様相を呈した。

IMG_4456

心に全く余裕がなかったからだろう、iPhoneの写真フォルダを見返しても、その時の部屋の写真が一枚も無い。あの時に優しく抱きしめて貰っていたなら、相手が生物学上女性であれば、問答無用で惚れていた自信がある。

しかし、苦労の甲斐もあって部屋の中央には大きなスペースが出来た。これまでは部屋の中でモノの要不要を判断することさえ難しかったから、これで作業効率は遥かに向上することだろう。うまくいけば、明日にはこの部屋で仕事を始めることができるかもしれない。

ウキウキとしていると母から

「押し入れのお前らの教科書とかも片付けといてくれ」

という指令があった。この勉強部屋の押し入れの中には我々兄弟の教科書やランドセル、絵や版画といった工作作品から見られたくなかったテストの答案まで、様々なものが放り込まれているのである。親の心情としては、どうしても自分では処分できないものであったのだろう。事のついでということで、僕はそれを引き受けた。

ちょうどこの頃、僕は実家の窓掃除の命も仰せつかっていた。いわゆる大掃除である。部屋の片付けは僕の都合であるし、住まわせて頂いている以上、僕には当然この家に貢献する義務がある。何より指令を発する母の言葉には、

「断るまいな。」

というスゴ味があった。やってられるか、などとぬかそうものなら、僕は2014年を猫と一緒に納屋の発泡スチロールの上で迎えていたことだろう。「はい、喜んで」という教育の行き届いているカラオケ店店員のような快活な返答を返した僕は、押し入れの片付けをテレビの前で退屈そうにしていたブラザーちゅわさんにお願いして、作業に入った。

窓の掃除を終え、道具を片付ける。なんだかんだで二日がかりになってしまったが、仕上がりは上々である。父も

「窓が鬼のようにキレイやな」

といって驚いていた。鬼ってキレイなんですかお父さん。

家族全員に満足頂いたということで、僕は意気揚々と部屋の片付けに戻ることになった。階段を上がり、詰み上がった本を躱して部屋の戸に手を掛ける。何せ9年分の色々が3人分も詰め込まれているのだから、ちゅわさんは相当な苦戦を強いられているはずである。さぁ、本陣大将お兄ちゃんの到着である。これで我らの有利は動かぬ。勝利の狼煙を上げよ。大地を揺らせ、凱歌を歌え。

張り切って戸を押すと、昨日まで全開できるようになったはずの戸が何か硬いものに当たって途中で止まった。もしかしたらちゅわさんが作ったゴミ袋が置かれていて、それに引っかかっているのかもしれない。僕は戸の隙間から室内を覗き込んだ。そこには、僕が数日掛かって作った片付け作業用のスペースに押し入れの中の荷物を全て放り出し、うずたかく詰み上がった段ボールと紙切れの狭間に座り込んでマンガを読みふけるちゅわさんの背中があった。僕が戸を空けた衝撃で本の山がひとつ崩れる。ちゅわさんは気に留める様子も無い。味方と思い助けに入った先遣隊は全面的に裏切りの態度を示し、お兄ちゃんは四方八方からバッサバッサとぶった切られて、冷水と洗剤で荒れた両手で顔を多い、無念と呟く間も与えられず、本で埋め尽くされた廊下の隅に、静かに崩れ落ちた。

この部屋に仕事道具を展開できたのは、この敗戦の三日後のことであった。

今日のネコ写真。最終回。

まるでこの世の理からネコだけがぽっかり抜け落ちてしまったかのような日々であった。
前回ネコの下半身をカメラに収めて以来、捜索隊をあざ笑うかのように、ネコはぷっつりと姿を消してしまったのだ。

ネコのいない街。
ネコのいない路地裏。
ネコのいないネコ写真ブログ。

僕は半ばあきらめつつあった。

「日々撮影するネコの写真と僕のウィットなジョークでもってブログのアクセス数をアップさせよう。」

「そしてゆくゆくはブログファンを自分のライブやイベントに引き込み、集客イパーイウハウハザマミロ的人生を生きよう。」

という純朴なる青年の夢は「ネコの写真が撮れない」という予想だにしていなかった障害に阻まれ、静かに潰えようとしていた。

そんなある日、実家の父から画像ファイルが添付されたメールが届いた。
かなり珍しいことなので驚く、と同時に、ひとつの期待が生まれた。
僕の実家にはネコが二匹いる。
もしかしたら父は我が子の危機を機敏に察知し、ここはひとつ、とネコの写真を撮ってよこしてくれたのではないだろうか。

メールを開く操作をしながら、期待は確信に近付いていった。
父の愛をひしひしと感じる。
感謝の言葉を嗚咽に混ぜ、視界を潤ませながら添付ファイルを開いた。

 

 

 

 

121216_175059

なにこれ。

 

121216_175036

なにこれ。

 

121216_175007

なにこれ。

劇的な変化があるわけでもない謎の物体Xの写真が三枚も張り付けられていた。
これ、こんなに必要でしたか?

眉間に皺を寄せながら読み進めると、どうやらこれは今年母が採ってきた奇形のみかんらしかった。
どうひっくり返ってみてもネコではない。
テキストの末尾には

「男性器にも女性器にも見えるやろ」

といった文章が、ここに記載したよりも遥かに下世話な言葉でつづられていた。
因みに父の職業は教師である。
生徒の皆様と保護者の皆様には、心よりお詫び申し上げます。

見ず知らずのご家族に陳謝しているとさらにメールが届いた。
今度は母からだ。
ワンパンチもらってフラついているところに止めを刺されるボクサーのような気持ちで、やはり添付されていた画像を開いた。

 

 

 

 

 

015

ずん。

 

014

ずん。

 

013

こっちくんな。

奇形のみかんがステップを踏みながら迫ってくる。
素材が斬新過ぎるが故に、実に効果的な演出だ。
三枚目で姿を消したゆきだるまさんの身に何が起こったのか、心配でならない。
っていうか、なんなのこの夫婦。

ということで、長期に渡る捜索の甲斐もなく最後までネコには会えなかった。
愛らしさに満ちたネコの写真を期待していてくれた皆様に対しては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
山本先生の次回作にご期待下さい。
では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

107

にゃん。

今日のネコ写真。その6

ネコとは何か。
四本足でにゃーと鳴いてオシッコが超臭い生き物。
違う、それは「ネコ」と呼ばれる生き物の概要に過ぎない。

そもそも我々が常に個人である以上、その認識の一致というのは決して証明されるものではないのである。
誰かが見た「青」は誰かの言う「赤」であるかもしれない。
違うものを同じ言葉で呼び合っていても、そこにコミュニケーションが確率してしまえば、何の問題もないのだ。

それについては当ブログの「今日のネコ写真シリーズ」も例に漏れない。
僕が中華料理屋の看板や平身低頭に謝罪するミュージシャンをネコと認識してたとして、その「認識そのもの」が僕個人に依存するものである以上、読者諸氏は、これらを「ネコではない」と否定することが出来ないのである。
問題は、当シリーズの過去記事に本当にネコの写真が上がっていない、ということであった。

僕は疲れ果てていた。
日々ブログに書き込まれるクレームやよく分からないストーリーを帯びたコメントを見つめる度、胸が締め付けられるような気分になる。

「このままではいけない。」

しかしどうしていいのか分からない。
ここ数日間、ネコを撮影できる機会に恵まれていないことだけは確かなのだ。
もしかしたら僕はこのままネコに会えずに一生を終えてしまうのではないか。
そのような懸念が頭を過ぎった、その瞬間であった。
職務に勤しむ僕の前に、茶色い毛玉が舞い降りた。

ネコだった。
間違いない。
四本足でにゃーと鳴くしオシッコが超臭そうだ。
僕は即座に起動していたシューティングゲームのアプリを畳み、なんたらキッドよろしくカメラモードのiPhoneをネコに向け、シャッターを切った。

 

002

ご覧頂きたい。
このしなやかな後ろ足。
茶色い後ろ足。
そして、ちょっと白いところもある後ろ足。

僕はついにネコを写真に収めることに成功した。
感極まるとはこのことである。
果てしない達成感に胸が震える。
人間、目指し続ければいつかは何かを残せるものだ。
今まで当ブログシリーズを応援してくださったみなさまに、まずは一言お伝えしたい。

「ちゃうねん。」

ちゃうねん。
わかってるねん。
後ろ足やんこんなん。
なんかシュッてなってる後ろ足やん。

しかしながらネコ成分が皆無であった「ネコ写真」シリーズに光明が射したのもまた事実である。
次だ。
次こそはいとかわいらしゅうていたりなネコの写真を、みなさまのディスプレイに表示してみせよう。
キュン死注意でお待ち頂きたい。

今日のネコ写真。その5

昨日も今日も朝からFacebookページには愛くるしいネコの画像が当たり前のように流れていた。
世の中にはかくもネコが溢れかえっているのだ。
路地裏にも部屋の中にも膝の上にもネコネコネコ。
ごろごろされてもシャァァァとされても嬉しいネコネコネコ。

それに引き換えこの「今日のネコ写真」シリーズはどうだ。
企画のスタートから日数としては早くも一週間が経とうとしているというのに、アップできているのはしおれた柿やゾンビ化された僕の顔面写真ばかりである。
コメント欄には読者さんからのクレームが書き込まれ、その処理に追われる毎日だ。

どうしてこれほどまでにネコの写真が撮れないのだろうか。
昨日一昨日を忙しく過ごしながら考えた末に、ひとつだけ思い当たる原因が発見された。

「…下心か…」

そもそもネコの写真を介して人気者になり、ブログのアクセス数をアップさせて自分の音楽イベントの集客やCDの販売を上げよう、ということが不純であったのだ。
不純な心にネコは寄り付かないのである。
大いなる気付きに胸を震わせた昨晩。
翌日は12時から友人のミュージシャンである柴田ヒロキ氏のレコーディングの予定が入っている。
ならば午前中に自宅の近所を探索し、ネコの写真を収めればよいではないか。
僕は自らを律し、「取りあえずはブログのアクセスアップだけで妥協したろう」、と誠実なる心でネコの撮影に臨むことを心に誓い、布団の中に身をうずめた。

寝坊した。

柴田氏が12時に行くよ宣言をしていたにも関わらず僕が目を覚ましたのは11時半という実にギリギリチョップな時間であった。
僕は布団から飛び起き、掃除機を掛け、部屋の中の余計なものを片づけた。
時計を見ると12時ちょうど。
僕はしめやかに柴田氏の到着を待った。

 

029

遅刻してきた。

14時とかに着た。

これから野郎二人で一日缶詰めのレコーディング作業である。
ネコの写真など撮れる由もない。
まだ下心が残っているというのだろうか。
皆目見当もつかない。

…明日こそ、明日こそはエクストリーム・キューティーなネコの写真をみなさまのディスプレイに叩きこんでみせよう。
もう少し、もう少しだけお待ち頂きたい。

では。

今日のネコ写真。その4

ネコを追い求めて四日目。
もはやネコという語列がゲシュタルト崩壊を起こし、ネコってなんだったっけ、みたいなレベルである。
昨日遠巻きに見たつもりになってた二匹のネコも、もしかしたら五匹のヌューグゥだったかもしれない。

だからといってネコ探しを諦める僕ではない。
成功者とは、他の人が諦めてしまうところで諦めなかった者を指す言葉なのだ。

今日の職場は自転車圏内であったため機動力は確保できていた。
おまけに住宅街のど真ん中ときている。
各家々の間には実に魅力的な隙間が多数生じているではないか。
僕がネコであったなら生涯を掛けてその隙間に飛び込み続けていることだろう。
昨日に引き続き天気も良く、昼休みにおにぎりを片手に探索すれば、ネコの一匹や二匹、何のことは無く発見されるに違いない。
もしかしたらヌューグゥもいるかもしれない。

僕は二度あったことが三度あった昨日の記事を思い出した。
記事のリンクをFacebookに張り付けてタイムラインに流した際、サムネイルに例の微笑む男がどどーんと表示されたのである。

「今日のネコ写真。」

のタイトルのサムネイルが工事現場の看板の男。
僕のウォールにそんなものが流れてきたらFacebookのバグだとしか思えない。
ごめんねFacebookの中の人。
今日こそはそこに、可愛い可愛いネコちゃんの画像を表示してみせるからね。
そんな気持ちで昼休みを待った。

職人「ガードマンさんごめん、昼、休めないわ」

お昼休みなくなった。

もう何だろう、朝からなんだか作業員が目を真っ赤にして動き回ってたから、そこはかとなく気付いてはいたんだけどね。
ちょっと切ない空気、感じてたんだけどね。

ということで結局朝から夕方まで僅かな食事の時間とトイレ以外は働きっぱなしという状態。
終わった頃にはぐったりとくたびれており、自転車に乗っているのに階段を上ろうとするほどに、僕の意識は朦朧としていた。
それ故ネコの事など、その昔好きだった「漢魂-メンソウル-」という小さなマッチョ達が織り成すギャグ漫画のことくらい、忘れ去っていたのである。

帰宅後パソコンに電源を入れると、友人である家口リョウという男が『弓道に青春を捧げた青春から連なる今』というテーマの記事を上げており、

「あ、これ僕も空手してたし、なんか適当に乗っかってそれっぽい記事を書こう」

くらいの気持ちで

「割と頑張ってたし、もしかしたら当時の写真がネットにあるかも」

程度の軽い気持ちで、自分の名前でグーグルの画像検索をしてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

t02200330_0320048012318828036

なにこれ。

すごいびっくりした。
ものっそいびっくりした。
これあれだよね、ブログとかFacebookなんかのトップにしてる画像だよね。

t02200220_0225022512318841359

これ。

いつのまにこんな、今にもガレージに逃げ込んだガールフレンドの脳天にかぶりつきそうな面構えになっちゃったのよ僕は。

口調まで変わってしまうほどの衝撃であった。
おおぉぉぉぉと呻きながら画像の元ページを訪ねる。

もしかしてあれですか?
これが人気税ってやつですか?

僕は確かにケーブルテレビに出演させてもらっていたことがあけれど、あれはテレビ番組なのに何故か放送禁止用語がテーマの回があり、放送率が極端に低かったはずである。
各所で地道な活動を重ねてはいるが、こういったイタズラをされるほども人目に触れているという自覚も無い。
一体どういうことなのか。
元ページの投稿主の名前を恐る恐る確認した。

「蛆虫トミィ」

知人でした。
っていうかトップ画像の写真を撮ってくれた子でした。
すぐ上に元の画像がありました。

ってことはあれかい。
山本ゾン作の画像は、僕のトップ画像と同じ期間webの世界に漂っていたってことなのかい。
くそう、なんだか悔しいぞ。
トミィのブログを晒してやる。
注目されてゾンビ顔に加工されてしまえ。
うりゃっ
うりゃっ

蛆っ児トミィちゃん

ということで、ネコの写真は明日、明日には必ずやアップしてみせる。
皆様のディスプレイに愛くるしいネコのボディラインを流し込んでみせる。
あと一日だけ、あと一日だけ待って頂きたい。
だって明日はおやすm…あ、ライブだ。

今日のネコ写真。その3

企画の立ち上げから二日が経った。
未だにネコの写真は一枚も撮れていない。
人気の出やすいネコの写真で注目を浴び、本懐である音楽への集客と楽曲の販売を目指した僕がこの二日間で得たものといえば、チョークの擦れた中華料理店の看板と、シワシワになった柿の写真だけだった。
訳が分からないにも程がある。

僕は強い決意を胸に家を出た。
今日の職場は京成線青砥駅周辺である。
予定より少し早く集合場所に到着した僕は、僅かな時間を利用してこの近辺のネコ事情に探りを入れた。

居た。

僕の立ち位置からいくらか距離があるのだが、あの尻尾をピンと立てたしなやかなシルエットはまさにネコにゃんである。
しかも、二匹も居る。
僕は手に汗握った。
ネコにゃんがネコにゃんズなのである。
ハムちゃんズは早急に避難を。

ネコ達が入っていった細い通りがこの近辺のネコ溜まりであることは安易に想像が出来た。
今は時間が無くて行けないのだけど、今日は天気も良いので昼休みを利用して探索をすれば十中八九ネコ達に遭遇できるだろう。
上手くいけば複数のネコ写真が撮れるかもしれない。
そうすれば昨日、一昨日の、一縷の魅力も感じさせない看板や、しなびた柿の写真が持つ負のオーラを払拭することなど容易い。
目の前に「ネコ写真のブログから火が付いた天才イケメンミュージシャン」の文字が踊った。

「いやぁそんな、ブログなんて、やろうとすれば誰だって出来ることなんですよタモさん。」

いいともに出演した際のシュミレーションをしていると不意にポケットの中でケータイが震え出した。
今日待ち合わせをしている先輩からだった。

「あ、山本君?悪いんだけどさ、今日は青砥じゃなくて町屋(青砥から片道15分ほど)に行ってくんない?急ぎで。」

町屋というのは、このネコ写真企画をスタートさせた初日に入っていた現場である。
「マーボー豆腐70円」の看板がある街である。
ネコの居ない街である。


ちょっと話しを聞いて頂きたい。
僕はベストを尽くしたのだ。
ネコが居ないと分かっている街を歩き回り、尻尾をピンと立てたしなやかなシルエットを探したのだ。
しかし僕が見つけられたのは「マーボー豆腐700円」と書かれた中華屋の看板だけだった。
お値段、二日前の実に十倍。

そんな失意の底に沈んでいた僕に微笑みかけてくれたのが、彼である。

 

024

 

工事現場に居る、ご迷惑おかけしています、の彼である。
ここまで個性的な男は、そうは居るまい。

特筆すべきは眉毛のポジショニングだ。
頑ななまでのサイドからのアプローチ。
じっと見ていると、もしかしたらこれが目なのではないかとさえ思えてくる。

そして小脇に抱えた黄色い何か。
工事現場歴足掛け五年の僕が断言するが、これはヘルメットではない。
小脇に抱えた際にこのような形状に見えるヘルメットなど見たことが無い。
おそらく、元気玉的な、溜めてる最中のかめはめ波的な、そういうものであろう。
やるなこいつ。

ということで気の充満したいやに輪郭の明瞭な男に微笑みかけられながら、僕は改めてリベンジを誓った。
明日こそは皆様のお手元のディスプレイにキュート極まりないネコの写真を表示してみせよう。

今日のネコ写真。その2

今日のネコ写真。2012/12/4

毎日どこかで撮ってきたネコの写真をアップし続けることでブログのアクセス数を上げようと目論んだ僕は企画初日から「ネコがいない」という致命的なアクシデントに見舞われた。
常人ならば一瞬にして心折れるであろう逆境を「その辺の中華料理屋の看板を撮って適当にイジる」という機転で乗り越えたは良いものの、そこには初回のネコの不在を埋めるほどのネコ成分を投入しなければならない、という大きな問題が残った。
しかし、先人は言っている。

「苦難は乗り越えられる者の元にこそ訪れる」

と。
僕は我が身に迫った苦難を受け入れ、これを乗り越えることを天に誓うために空を仰いだ。

雨だった。
空は見渡す限りの曇天、傍の排水溝はガバガバと品の無い音を立てて泥混じりの水を飲み込んでいる。
傘花咲き踊る千葉は、しとどに濡れていた。

「無理やし」

こんなん無理やし。
探索とかできひんし。
ネコとかおっても絶対びしゃびしゃでなんか貧相な感じになってるし。

休憩場の窓から雨降りの空を切ない顔で見上げる僕は、抱き締めてあげたい男子ナンバーワンだったに違いない。
しかし、先人は言っている。

「やまない雨は無い」

と。
いつかあの雲が消え、晴れ上がった空に架かる虹を見上げるネコの写真をブログにアップし、人気者になってイベントの集客やCDの売り上げもウハウハであると。
僕はいつでも外に飛び出せるようiPhoneをギュッと握りしめ、タバコの煙が渦巻く休憩場でむせ込みながらその時を待った。

やまなかった。
正確には、僕が休憩をとっている間は雨が降り続けたのだった。
僕はぐったりとうなだれ、作業員達の「金が無い」だの「パチンコが出なくてムカつく」だのといった話しを背中に聞き流しつつ呻くようにしてiPhoneのカメラを構えた。

 

023

 

柿である。
昨日の仕事中に差し入れで頂いたものらしい。
一晩を休憩場で過ごし、すっかり萎びてしまっている。
なんだか見ているだけでこちらも唇がショボショボしてきた。

「誰かその柿食わねえのかよ」

「嫌だよそんなシワシワんなってんの」

作業員達の会話も失敬極まりない。
なんだか気持ちまでショボショボしてきた。

しかし、この程度でめげる僕ではない。
明日は必ずや愛くるしさの権化のようなネコの写真を撮影し、皆様のディスプレイに表示させてみせよう。
それにしても、先人達の言うことも当てにならないものだ。

では。
ショボショボ。

今日のネコ写真。

「毎日昼にネコの写真を撮って洒落たコメントを付けたらブログのアクセス数超上がるんとちゃうか!」

仕事中に突然ティィンときた僕はその昼休み、iPhoneを片手に意気揚々と職場の周辺を探索した。
実際動物の写真を添付したブログや呟きというのは人気が出やすい。
それを日々定期的に、しかも僕の洒落乙なコメントなどを添えてアップすれば、最近下がり気味だったアクセス数のブーストアップは確実である。
そしてほどほどにファンが付いたところを見計らって告知などを投げれば、僕のイベントやライブへの集客など容易い。
これぞまさにネットワークを使ったマーケティングである。
発案、企画、行動と、出来る男のプランは完璧だ。
唯一発見された問題は、ネコが一匹も見つからなかったことであった。

「ガッデム」

どれだけ額に汗して歩き回ってもネコの姿は影も形も欠片も見つからない。
悩めるイケメンを尻目に刻一刻と時間は過ぎる。
気が付けばもう昼休みも終わりに近付いているではないか。
僕は致し方なくネコの写真を諦め、すぐ近くにあった純日本風の店構えをした中華料理屋の店先に置かれた看板にカメラを向けた。

 

021

 

ニラ玉炒め700円

マーボー豆腐70円

驚愕の値段設定である。
一体どこの誰がこの価格バランスでニラ玉炒めを頼むというのだろうか。
しかもその書体からはなんというか切羽詰まった感じが伝わってくる。
特に

「70円」

の文字の擦れ方など、まるでダイイングメッセージではないか。
書き込んだ方の安否が気遣われるところである。

さて、初日から思わぬ障害を迎えたネコ写真のシリーズであるが、その程度でくじける僕ではない。
明日には愛くるしいネコの写真をドラマティックなアングルでもって撮影し、必ずや皆様のディスプレイにお届けしてみせよう。

では。

怒りのドライブとちゅわさんとまーくん。

8年間暮らした千葉県を離れ、自分の仕事を始める前準備として実家に収まってから2日が経った。千葉と和歌山、一人暮らしと実家暮らしということで何もかも違うのだが、最も大きな違いといえばやはり車の有無である。

僕の実家は最寄り駅まで自転車で50分という大変な好立地にある。歩いていこうと思ったら半日はくだるまい。ムーンウォークなら1日はくだるまい。そんなところであるから、車は家族に1台ではなく、1人1台くらいの所持率なんである。

さらにうちの両親は大の車好きであるから、どうにも色々な理由を付けて車を持とうとする。つまり、「子供たち(僕とか弟とか)が帰ってきた時に乗れる車があった方がいい」という理由で、予備というか、とにかく家族の人数よりも車の方が多くなっているのである。

理由はどうあれ、実家に舞い戻ってきた立場としては自由に乗れる車が1台あるというのは非常にありがたい。弟達も常に実家に居る訳ではないので、ほぼマイカーのようなものである。ということで昨日は、そんなマイカーの搭乗練習を兼ねて役場へ住民票の転入届けを出しに行ってきた。助手席にはぬいぐるみの代わりに、暇そうにモンハンをしていたブラザーちゅわさんを乗せてみる。癒されず、モフモフしても気持ちよくなく、時々放屁する以外は、概ねぬいぐるみのようなもんである。

IMG_4247

偽りのマイカー、ジムニーたん。

 

まーくん、その嘘。

実は僕は引っ越し準備のドタバタと自分の仕事に追われ、元居た千葉県船橋市の役場に転出届を出すのをすっかり忘れていたのである。今日の夜に東京から夜行バスに乗るのだ、という日に友人であるまーくんの部屋で

「そういえばさぁ・・・」

と彼に相談したところ、まーくんはウィスキーコークですっかり出来上がった赤い顔をヒュンヒュン揺らしながら、

IMG_4230

「大丈夫だよ、全く問題ない」

と言い切った。根底にある軽薄さは重々承知であったのだが、ここまで言い切られてしまうと、友人として彼を信用しない訳にはいかなかった。

 

役場のお姉さん「転出届けがないと、転入の処理ができないんですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

IMG_4230

「大丈夫だよ、全く問題ない。」

 

そんなこんなで、ジムニーたんは役場からほど近いスーパーを目指した。今僕に出来ることは、酔っぱらった挙げ句虚偽の情報をリークしてきた友人に呪いの言葉を囁くことではなく、郵送で転出届の書類を送ってもらう段取りをこなすことである。だってさ、手続きを忘れてたのは僕なんだし、はぉらまーくん、僕怒ってないよ、ほぉら。

 

ドライヴの果てに。

スーパーで茶封筒を買い、免許証のコピーを撮って一度帰宅。必要な書類に必要なことを書き込み、船橋市役所に電話確認を取りつつコンビニで切符の購入と投函を済ませた。どうにもこういった役所関係の事務手続きは無駄が多くていけない。免許証の裏には前住所が記載されているし、電話一本でその実在の確認も取れるのだから、どうにかその場で処理できるようにならないものか。

そう憤慨しつつハンドルを握るとつい運転が荒くなってしまうようで、再び助手席に押し込められたブラザーちゅわさんがわーだとかぎゃーだとかあまり聞いたことのない音を出している。あまりにうるさいので両の鼻にワサビを一本ずつ投入するぞと恐喝すると、彼は目を閉じて車内の凹凸にしがみつき体を強ばらせるという完全防御態勢を取った。

IMG_4249

ちゅわさん「疲れました」

さながらトドの如き様相を呈するちゅわさんを見下ろしながら、やはりまーくんは悪いヤツだと、僕は思いを新たにした。

僕とウパのナニ巡り。〜行川アイランド・急章〜

それはそれは騒がしい2時間半であった。海ほたるとの事故的な逢瀬の後ようやく行川に向けて走り出したウーパーカーは小さな車体を懸命に振るわせ、僕とウパはやはり記憶と記録に残らない会話をせっせせっせと積み重ねていた。唯一思い出せるのは、高速道路の各所に設置された”獣飛び出し注意”の看板に描かれているイノシシのシルエットがあまりにやる気満々である、という話題くらいだ。

ウパ「あんなものに突っ込まれたら、俺たちどうなっちまうんでしょうねぇ。」

そう言って嬉しそうに嗤うウパの横顔は、今でもよく覚えている。彼はこの先、大丈夫なんだろうか。

 

行川アイランド、その実在

単線線路の流れを濁すように、行川アイランド駅は建っていた。比較的新しく見える駅舎は雨除け程度の規模であって、そこにはホームと外部をサービスという名の壁で分断するための改札施設が存在しない。当然駅員が常駐している訳もなく、山々を駆け下りてくる太平洋の風がごうごうと音を立てて、この駅を過去へと追いやっていた。

img_992863_51058506_9

ここから行川アイランドに向かうには、駅を出て線路沿いに少し歩くことになる。ベニヤで打ち付けられ封鎖されたトイレ、酷いサビで劣化摩耗しへし折れた藤棚、かつては切符を切っていたのであろう荒廃したゲート。廃墟は、もう始まっていた。

道路を跨ぐ陸橋をじっくりと渡る。ウパが「これは役割りとしては舞浜駅からディズニーランドに行くまでの陸橋と同じですね」などと言う。ケタケタとしながらも在りし日を想い腰と尻の間あたりを締め付けるものを楽しむ。途中JRのジャンパーを着たおじさんとすれ違った。少し離れたところに広い駐車場跡地が見えてきて、管理小屋からのそのそと出てきた管理人が軽自動車で走り出す。かつて多くの家族を迎え入れたゲートが、燃え尽きたように佇んでいた。

大きな陸橋を渡ると、海側に屹然と立ちはだかる山の麓に赤茶けた屋根がいくつか見えた。そのうちのひとつが、かつて多くの家族連れを受け入れたチケット売り場である。僕たちは階段の下まで歩いていくと、ふたりでそう高くない、さびれた階段を見上げた。

IMG_3880

階段を上がって左手がチケットの販売ブース、右手がゲートになっていて、客が列を作る為のガイドとなる手すりが残っていた。階段正面には「ショータイム」と書かれた看板が上がっていて、もちろん、何も書かれてはいなかったのだけど。

IMG_3881

この辺りは既に動画の撮影が始まっていて、ウパがタレントじみた動きを見せていた。受付嬢が立っていたのであろうボックスの中に立つウパにチケットを渡す素振りを見せつつゲートを通り抜け、左手へと体を向ける。レジャーランドの入り口であったと言われてもちょっと信じられないような重々しいトンネルが、鉄と木の柵と防犯カメラで更に頑な様相を呈していた。

IMG_3882

柵の隙間から覗くと向こう側に不自然なくらい茂った緑が見えて、道中の配線むき出しの冷たいコンクリート壁からは南国風の鳥のオブジェが、どちらかというと不気味な雰囲気を発しながら突き出ていた。

IMG_3883

 

神々しきウパの企み

柵の間から中をウットリと眺めていると、すぐ後ろに管理人の乗った軽自動車が迫っていた。ウパが

「俺今、見られていることを感じました。あの管理人、ウーパァー家の人間のボディを持っているのかもしれません。」

などとほざく。廃墟に触れているヤツは本当に幸せそうだ。

ちょうどトンネル内の景色に飽きてきていたところもあり、自動車と入れ替わるようにその場を離れる。管理人を威嚇するように怪しげな音を発するウパにカメラを向ける。

IMG_3879

なんか神々しくなった。

我々の見ていない行川アイランドの全貌を撫でてきた風と日差しが、この両生類を照らしてやまない。

ウパ「優作さん、行きますよね。」

方向転換をして走り去ってゆく軽自動車を横目に見送りながら、ゴッド・ウーパーは新興宗教の教祖のような、優しい笑顔を浮かべていた。