実家に帰ってきているブラザーぷぅちゃんが突然
「テニスしようぜ!」
と言い出した。僕たちが通った中学校は生徒の人数の関係でクラブ活動がテニス部しかない。入学式の当日、校舎に入って最初に目に入る黒板には、よくある部活勧誘の言葉ではなく、ただただ大きな文字で
一球入魂
と書かれていた。そんなビニールボールへの魂の注入をうむを言わさず強要する学校であったから、その地域に住む子供たちは一通りテニスができるようになる。当然我が家の兄弟も、全員がテニスに触れたことがあるのである。
そんな中でもぷぅちゃんは中学生の頃に初めてから大学院を卒業する今年まで、ずっと軟式テニスを嗜んでいたのだ。テニスは我々兄弟の共通言語であるから、ずっと続けていたぷぅちゃんや高校入学と同時に違うことを始めた僕やちゅわさんの間で上手い下手の違いこそあれ、ネット挟んでラケットを握れば、それなりに楽しむ事ができる有意義なゲームなのである、
ぷぅちゃん「風があるねぇ」
そうかな?と思いながら、ネットの準備をする。僕たちはいつも中学校のグラウンドにあるテニスコートを借りる。今中学校の校長先生をしているのが、ちょうど僕たちが学生だった頃にテニス部の顧問をしていた先生なんである。んもうやりたい放題だ。
ラケットを振り回しながらひとしきり走り回ると、胃の辺りから沸いてくる疲労感で気を失いそうになった。早急に休憩の行使をぷぅちゃんに要求し、体を休める。ゼイゼイと息を切らせながら、ぷぅちゃんに話し掛けた。(僕が発した言葉のうち8割を占める「ハァハァ」「おえっ」などといった言葉はカットしています)
僕「お兄ちゃん、すんごい下手になってるけど」
ぷぅちゃん「はい」
僕「君の大学のテニスサークルが楽しいことは伝わってきた」
ぷぅちゃん「伝わっちゃいました?」
僕「テニスしてなかったろ?」
ぷぅちゃん「キャッチボールしてたよね」
僕「キャッチボールしちゃったかぁ」
ぷぅちゃん「サーブめっちゃ早くなるねん」
僕「上手い人はいなかったの?」
ぷぅちゃん「めっちゃ上手いヤツはおるんやけど、いかんせん中の下の層が厚くて」
僕「上から下まで?」
ぷぅちゃん「下へ下へ」
僕「すんごい楽しそうじゃない」
ぷぅちゃん「いかに美しい言い訳をするか、という芸術点まで含めてテニスだということを学んだ」
僕「それでさっき風がどうのこうのとか」
ぷぅちゃん「テニスが体に染み付いてるよね」
僕「楽しかったんだね」
ぷぅちゃん「楽しかったです」
悲しい会話を続けつつ体力の回復を待ち、もう1時間ほどラリーを続けたところで僕が限界を迎え、その日のテニスはお開きとなった。かなりキツかったのだけど、久し振りの全力の運動のおかげで心地よい疲労感が体の中から沸き上がってくる。ふと見上げると、十数年前と同じ空がそこにあった。自分がスポーツ大好き少年であったことを思い出し、これからもテニスは続けていこうと静かな決意を胸に灯した。
右腕が捥げて落ちるかと思うような筋肉痛に先行して静かな決意が捥げ落ちたのは、それからおよそ13時間後。この記事を書きだす直前のことであった。