専門家の言葉は分からない

誰にでも分かる言葉というのは難しい。
僕なんかは自分の好みでわざわざ簡単に言えることを小難しく言ったり書いたりすることが好きなものだから、「誰にでも分かる」はわが嗜好の対角線上にあるように思う。

しかしパソコンのような電子機器やインターネットのプロキシやら何やらという専門用語の羅列に相対すると、「もう少し誰にでも分かるように書かなければ意味がないではないか」と憤慨する僕がいる。
難解な技術書やマニュアルに向き合ってGoogleで解説を探したらそこでも謎の言葉が現れてさらに検索して…といった荒業に快感を覚える特殊性癖でもあればいいのだろうが、そんな変態さんを想定して書かれたものが技術書やマニュアルと呼ぶのはアンタ、いくら何でも仕事サボり過ぎじゃないか。



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このように、人間その時その場の立場ひとつで意見が大いに変わるものだ。
禅の世界ではこれを「日々是新」と呼ぶそうだが、きっと禅僧も専門用語がぎっしり詰まった取り扱い説明書などにはかァーーーーツ!と一発入れたくなっちゃうに違いないのだ。

禅僧でさえそうなのだから、正座なんかやっちゃうとものの5分で下半身麻痺状態に陥る我々俗人は、その場の怒りに飲み込まれて当然であろう。
そんな俗世を生きるに当たって大切なことは、やはり「相手にとって分かりやすい言葉」を選ぶことではなかろうか。

例えば、農業を営む人には草木土水に例えて語る。
接客業を営む人には人の視線や身振りなどに例えて語る。
自分の中に専門的な知識がなくとも、相手との共通言語を探る努力をする。
これがあるだけで、コミュニケーションは実に潤滑になる。

「専門性」とは深い縦穴のようなものだ。
その奥を覗いた者はえもいわれぬ恍惚感に陥って気持ち良くなれる反面、広い視野や見聞といった他者との共通言語を見失いがちである。

私は何の専門家でもないと言う人もいるかもしれないが、それはない。
人間誰しも「自分」の専門家なのだ。
その経験、その価値観、その論理は、自分だけのものだ。
違う親の元に生まれ、違う人間関係の中で育ち、違うものを食べて違う歌を歌い違う風景を見てきた人間が、同じ訳がないではないか。

僕らは時々そのことを忘れて、気遣いの面倒を回避する理由に「常識」だとか「普通」という言葉を引っ張り出す。
「これが社会の常識だ。」「これくらい普通にできてもらわないと。」そんなことを言う度に、何か大事なものがすり減ってゆく。
それはきっと相手との信頼関係や、この先築けたかもしれない幸福な未来なのだろう。

毎回とは言わないし、相手にしなくても良い人というのは確かにいる。
だけどまずは、目の前の人に理解して貰えそうな言葉を選ぶ。
いつまで経っても、どんなに大人になっても、やっぱりここから始めてゆきたい。

スズメバチカレーにスズメバチは入っていない

自分が良いと思わないものが、他人にとって良いということは実によくある。
楽曲を自作してステージに上がると、渾身の一曲がどうにも手応えなく、パパッと簡単に作った曲に拍手と注目が集まったりするのだ。
当初はこの現象を嘆いたりもしていたが、人の好き嫌いは突き詰めると実に深遠なる嗜好の闇に飲まれてゆくものだ。
そういうものなのだと悟ってからは、人の好き嫌いを見定めることも楽しくなった。

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「好きなことを仕事にする」というフレーズが一時ブームになった。
多くの人が現在の職を捨て、新しい人生へ踏み込んだと聞いている。
その結果、底なしの地獄まで真っ逆さまに落ちた人も多いと聞いている。

別に驚くことではない。
僕自身がつい数年前まで「田舎から都会に出てきた自称ミュージシャン」をやっていたのだ。
地獄の底も底、コケを食って生きているような日々であった。
「好きなことを仕事にする」という言葉の危険性は嫌というほど知っているのだ。

どうして「好きなこと」は「仕事」にならないのか。
誰がこんな無責任なことを言い出したのだ。
責任者を出せ。

そう騒いでみても、現実が変わるわけでなし。
万が一責任者なんてのが居たとしても、その人の言うことを聞いて行動したのは自分自身である。
万が一分の万が一お金など貰えたとしても、自分の行動のケツを人に拭かせる人生は果たして豊かで幸せだと言えるだろうか。
今度はその責任者が死んでしまったらどうしよう、などという不安が現れるに違いない。
責任者に取ってもらえる責任など、この世のどこを探しても出てはくるまい。

「好きなこと」が「仕事」にならない明確な理由がある。
「好きなこと」は、「自分が好きなこと」なのだ。
アンタの「好きなこと」は、「アンタが好きなこと」。
僕の好きなことは、「僕の好きなこと」なんである。

そして「仕事」とは「奉仕する事」である。
大阪駅前第一ビルの地下にあるスズメバチカレーだって、あのカレーが食べたいという人がいるから、お店として存続しているのだ。
少し前に一見の客が「このカレーにはスズメバチが入っているから独特の風味と辛さがあるのですね」と言っていたが、そんなアブナイ虫は触覚一本だって入っちゃいねえのよ。
辛口のカレーでむせると非常にしんどいので、そういうテロ行為はやめていただきたい。

話が逸れてしまった。
偉そうなことを言いたい訳ではない。
結論から言いますと、「仕事になる好きなこと」と、「仕事にならない好きなこと」があるということなのです。
例えば

「延々畳の目の数を数え続けることに尋常ならざる幸福感を感ずる」

という方が居たとして、その方に「好きなことを仕事にしましょう!」なんてお声掛けした日には、それはあなた人ひとりの人生がい草の隙間に堕ちて絡んで取り戻せなくなってしまいます。
それならば日本料理のお店などで給料を発生させつつ自宅の畳の目の数を数えあさり、隙あらば二階の大宴会場の畳の目の数を数えんと虎視眈々としている方が、よほど社会の中では楽しく生きていられるのではないだろうか。

「好きなこと」と「仕事」を繋げるには、それ相応の工夫やコツがいる。
自分の快楽に焦点を合わせているうちは、お客の顔は絶対に見えてこない。
自分の快楽に焦点を合わせて生きていたいのなら、是非「好きなこと」と「仕事」は繋げない方がいい、というか繋がらない。

自分が「好きなこと」を「仕事」にしたいと思っている人は、是非その辺を考えてみてほしい。
自分の「好きなこと」で喜んでくれる人はいるだろうか。
自分の「好きなこと」でどうやったら人を楽しませたり、役に立ったりすることができるだろうか。

なんかまあそういうコトを、最近も飽きずに考えたりしているんである。

妻と両家の焼き肉でハルカス

品の良いお兄さんに連れられて6人掛けの個室に入った。
予約していた時間よりも15分ほど早い到着で、先に渡すものを広げておこうと言って両親が赤やら金やらの装飾がされた色々をテーブル上に展開した。

「結納は端折ります」

と言ったはずなのだが、どうにも我が家の両親の(特に母の)気持ち治り難く、結局押し付けるような形で結納の品を用意してくれたのだ。
たくさんの気遣いのそれは嬉しいのだけど、贈り物というのはやはりどうしても受け取る側の心の負担が大きいものだ。
元々ないはずのものであったから、なおさらだろう。
彼女様家のご両親に対し申し訳ない気持ちを抱きつつ、聞いたこともない口上を述べる父と義父のやり取りを見守った。

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ずっと彼女様のことを「彼女様」と呼んでいる。
まだ籍は入れていないのだ。
もう「妻」などと呼んでもいいのかもしれないが、そうするとどうにももうニゲラレナイ的袋小路感が僕の中でスパーキングするので、若干の抵抗を覚える。
しかしでは「彼女様」のままでいれば逃げられるのかというとそういうことはこれっぽっちもないので、ううむこれはやはり、「妻」と呼んだ方が自分の中から余計な希望を拭い去る意味でもいいのかもしれないと、あれこれ思いを走らせている。

よおしここはひとつ、腹をくくって「妻」と呼んでみよう。
音楽仲間であり大先輩である『相模の風theめをと』という夫婦バンドのいしはらさんは奥様の風来さんのことを「ツマ」とカタカナ表記していたから、僕はそこと被らないように「妻」と漢字で表現すべきだろう。
漢字表記の方が生々しい雰囲気が漂うが、実際そうなのだから仕方あるまい。
むしろカタカナ表記でネタ的様相を演出するよりも堂々としていてよいではないか。ふはは(錯乱)

すまぬすまぬと恐れ入っているうちにご挨拶が終わり、呼び出しボタンを押してスタッフのお姉さんを呼び出した。
ホテルの朝食バイキングを食べ過ぎて腹がいっぱいだと言う両親を横目に、焼き肉ランチを注文する。
あべのハルカスの7階にあるこの焼肉店では、おお、ハラミ一皿が980円もするではないか。
ここまできたら値段を気にするのは無粋というものだ。

少しすると立派な肉がどしどしと運ばれてきた。
人数分の料理を頼むとテーブルの上に乗り切らないというパラドックスを食事のペースを上げるスピード術でもって乗り切る。
もう少しゆっくり味わって食べたいと思いつつも、やはり多少緊張しているのだろう、今ひとつ舌も落ち着かない。
和歌山の田舎から出てきた両親もさぞ落ち着かぬであろうと目を向けると、母が八海山をグラスで寄越せと騒ぎはじめた。
しこたま飲んで倒れてしまえ。

両家両親のご協力があって、会食はつつがなく終了となった。
特に父と義父は同い年の公務員同士とあって、実に話しが合ったようだ。
焼き肉の後で丸福コーヒーで一服ついたのだが、身を乗り出してゴルフの話しをしている父が実に印象的だった。

「今度段取り組みますよって」

と燃え上がる父。
あんた、自分がゴルフ行きたいだけだろう。

解散後は両家別れて行動した。
チーム山本家は駅ビルの中を探索し、ABCマートで父の靴を買った後でもう一回お茶をした。
一緒にハルカスの展望台に登ろうと思っていた僕の親孝行な目論見は、食事会の直前に母から届いた「ハルカスの展望台にいます」というLINEメッセージで粉々に砕かれていたのであった。
改札に入っていく両親を見送ると、やはり少し寂しくなった。

「あれは?」「これは?」と聞かれる度にそれに答えを用意すべく行動をしていると、いつの間にか事は前に前にと進んでいる。
結婚は周りが進めるものだとよく聞くが、まさしくその通りであった。
ただ、自分たちが非常にゆるい結婚をしているものだから、もし将来的に自分の息子娘が結婚するのだとなった時に、今の両親たちのような振る舞いは、きっとできないだろう。
その時代にはきっと「結婚」というものの概念そのものが変わっているだろうから、あまり必要ないのかもしれないが。

さよならプライベート空間

暫く寝てるんだか寝てないんだか分からない日々が続いていた。
2時間ほど仕事をして、1時間ほど仮眠をとってまた働く。
昼間は別の仕事をしているから、そちらもおろそかにはできない。
短い睡眠時間で元気になる方法を調べたりコーヒーや体に悪いと評判のエナジードリンクをがぶがぶ飲んで仕事していたら、彼女様が鬼の形相(標準装備)をして仕事部屋に入ってきた。

「寝られへん死ね」

我が家では唐突に死刑宣告が下されることがあるのだ。
一体どの件で眠れないほど怒っているのかと尋ねたら、普通に布団に入っても喉が痛くて眠れないと言う。
取り急ぎ僕の何かに怒っている訳ではないということで安心したが、このままストレスが溜まって暴れられたりしたら仕事どころではない。
僕は色々考えた後、寝室にしている和室から布団を一組連れてきて、僕の仕事部屋の空いているスペースに敷いてみた。

彼女様「なんでお前の尻見ながら寝やなあかんねん」

僕「和室は喉が痛いんでしょう。あの部屋どれだけ掃除しても埃っぽいから、この部屋の方が喉は痛くないかもよ」

彼女様「うぬう・・・」

そうして彼女様は渋々布団に入って、僕の尻を見上げた。
僕は尻を千本の針でつつかれるような思いでパソコンに向かって、未だ要領を得ない仕事に手探りで飛び込んだ。

しばらくキーボードを叩いていると、「あ、寝れるわ」と彼女様がつぶやいた。
やはり埃は大敵であるな、と振り向かずに声を掛けたら、「いつ見ても働いてるヤツを見ながらってすごくよく眠れる」と帰ってきた。
振り返っていたら、涙を見られていたかもしれない。

次の日、昼の仕事を終えて帰ってきた僕に彼女様が告げた。

彼女様「今日からあの部屋で寝ます」

僕「そうなんですか」

彼女様「和室は埃がすごいので、寝たくありません」

僕「いいけど、僕ずっとパソコンカタカタやってて、君毎晩落ち着いて寝れるのかい」

彼女様「出ていけ」

僕「えっ」

彼女様「あの部屋を明け渡せ」

僕「えっ」

和室に現在ズボン掛けとして活用中のテレビとソファを移転して残った寝具を元の仕事部屋に運び込むと、いよいよ僕はプライベートな空間を失った。
振り返るとモモンガが飯をくれとゲージの中を飛び回っていて、トマトでもあげようと冷蔵庫に近づくと半蔵(チワワ/オス/太い)が床に垂れ流した尿を踏みつける。
疲れてチョコレートを食べていたら、大河(チワワ/オス/白い)を抱えた彼女様が「私のお前より大事なチョコを食べたな」と言って迫ってきて、モモンガはいっそう激しくゲージの中を飛び回る。
ベランダの向こう遥か彼方に、あべのハルカスの針金のような灯りがきらめいていた。

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三十歳の一周忌

もう一年が経つのだ。
母方の祖母が亡くなって、一周忌の法事であった。

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この日僕は30歳になった。
なるほど、30歳の風景というのは10歳の時のそれとなんら変わらない。
むしろ色々なことを知った上で好き放題するようになっているのだからタチが悪くなっていると言える。

祖母の法事は賑やかに終わっていった。
亡くなった人が生きている人を集めるきっかけになるのだから、死にまつわる催事というのは何度経験しても興味深い。
毎回徳のない坊さんがお経を上げて、終わったらみんなでブツブツ文句を言うのが一連の流れである。

母方の家族は女系で、実に元気が良い。
山本家は男系で親戚が集まってもそれほど賑やかにならないのだが、こちらの家族は集まる度にキャイキャイと大騒ぎである。

こういう時何の役にも立たない男衆は部屋の隅で「そこに座っていなさい」という女傑たちの無言の令に従う。
おっつぁん達は寄ればゴルフの話しだから、ゴルフをしない僕はせっせとこうやって記事を書いているというわけだ。
そうやってゴルフォっつぁん達の隙間でじっとディスプレイを眺めていたら「母の親戚達は全員引き笑いをする」という至極どうでも良い事実を発見した。

祖母が逝って僕たちは一年を過ごしたが、祖母はどうだろうか。
徳の無い坊さんは「死んだ人の時間は止まる」などといった話しをダラダラとしていたが、生きていても体感時間は伸びたり縮んだりするのだから、止まると言われてもいまいちピンとこない。

そもそも祖母という個はまだ存在するのだろうか。
僕の中にいる祖母は「ええわいしょ」などと言って足元のシロを愛おしそうに眺めていて、それは見事に祖母個人である。
それとは別の僕の理解の及ばない場所に祖母がいて、その個がまだ存在していたりして先に逝った家族達と再会したりしているのだろうか。

確認のしようもない。
ということは、あまり考えなくてもいいのでしょう。
そういうことにしてぼけっとしていたら「よくじっとしていられたな」と女傑たちから堂島ロールが振舞われて、われら男衆はあまいのううまいのうと口角に生クリームの髭を付着させたのであった。

そのうち一人また一人と参列メンバーが帰り始めた。
チーム高齢の皆様は「わたいらもいつ死ぬか分からんでえ」などと言って笑っている。
きちんと見送ろうと思う。
なんてことを思ったら、そういえば30歳になる前に死んじゃうヤツも大勢居た訳で、なんだ僕も立派に生きているではないかと少し元気になった。

窓の外を見ると早くも日が傾き始めている。
今15時だから田舎の涼やかな気候を考えてもやはり秋なのだと、ここでもまた時の流れを感じたのだった。

永久に焼き鳥を焼く係任命式

月に一回ほどのペースで実家に顔を出している。
そろそろ住民票を大阪に移したり、うやむやになっているシガラミなんぞを整理せねばなるまいと面倒を被る覚悟を決めているところだ。

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母方の祖母の一周忌の法事で帰ってきたのは昨日の昼過ぎのことだった。
ちょうど仕事が休みで家にいた母が弟のちゅわさんのエブリワゴンで駅まで迎えに来てくれた。

田舎の穏やかな空気を壁のようなエブリワゴンのフロントガラスで乱暴にこじあけつつ爆進していると大量発生しているトンボが軽い音を立てて視界の隅で弾け飛んだ。
合唱しつつ交差点に差し掛かると目の前の信号が今まさに停止命令を出そうとしているところであった。

エブリワゴンは慎重なブレーキングで停止する。
これには驚いた。
母は「信号は赤くなってから0コンマ3秒までは青信号やねん」と公言するような人物であるのだ。

僕「ジャックナイフと呼ばれていたお母様も随分丸くなられたじゃないですか」

母「今のブレーキかぁ」

僕「横向きのGに備えて踏ん張ってましたのに」

母「この車で本気のコーナーリングしたらひっくり返るからな」

舐めてましたスイマセン。

自宅に帰って2階の仕事部屋と、ついでに母と自分の寝室を掃除した。
思っていたよりもホコリが溜まっていて掃除シートがあっという間に真っ黒になる。
多少は気持ちの良い空間作りに貢献できたかと、自分に言い聞かせる。

仕事が一段落付いた頃にじーちゃんに大声で呼ばれた。
今夜はガレージで焼き鳥であった。
冷蔵庫の中で冷えていたアサヒのスーパードライを片手に参戦する。
彼女様のご実家はアサヒの株を持っているらしいので、うむ、などとひとり大きく頷いたのであった。

沖縄で事業の立ち上げに失敗して先月末に引き上げてきたちゅわさんがトングを片手に煙の向こうでがははと笑っていた。
この悲観の無さというか、その場でその場を楽しむ精神は大したものである。
わずか数ヶ月で住民票やら車やらを大移動させた沖縄から戻ってきた引き際の良さも、尊敬に価する。
このようにおだてて僕は秘密裏に彼を「永久に焼き鳥を焼く係」に任命し、その目論見は見事に達成された。

飲んで食べて騒いでいると日中ゴルフで白球に翻弄された父が帰ってきた。
戦績を聞くと「お父ちゃんは過去に縛られへん」と言ってトリにかじりついた。
炭の火が小さくなってきたので「永久に焼き鳥を焼く係」に追加を命じる。
母が残ったトリと野菜を網の上に乗せて「見事に食べきった。私の買い物目分量は大したもんや」と大見得をきった。
我々も「それは大したものだ」と言って同調した。
父が「僕がお腹いっぱいになったかどうかは関係ないんですか」と赤い頬を震わせたが、誰も聞いていなかった。

晩餐が終わると、シャワーを浴びて仕事に戻った。
仕事とはいえまだまだ教えてもらうばかりのヨチヨチ歩きであるから、とにかく言われたことを飲み込んで咀嚼することで精一杯だ。
一刻も早く仕事を覚えて世話になっている社長を楽させたい。

ひと段落がついて布団に入ったのは3時になる頃だった。
田舎の山の中で深夜に電気を付けてナニガシをしていると周辺の虫が大量に集まってきて、どことも分からない隙間から忍び込んでくる。
ピロピロ飛び回る羽虫を見上げながら最近梅田の蔦屋書店で偶然見つけた「芸術の売り方」という本を開いた。
フィリップ・コトラーが推薦しているマーケティング本で楽しみにしていたのだが、ビジネス洋書特有の長い前書きを読んでいる途中で寝入ってしまった。
幸せな一日だった。

日刊犬と暮らす。

もう一部の身近な仲間たちは知っているのだけど、8月の末に引っ越しをして大阪のマンションで彼女様と一緒に暮らし始めている。
付き合い出してからぼちぼち10年になろうかというわれわれであるから、いわゆるひとつの年貢の納め時というやつだ。
年貢ならもう払いすぎるほど払っている気がするが、お上、もとい女将の搾取はまだまだこれかららしい。

彼女様と暮らし始めて最も大きく変化したのは、大河と半蔵という2頭のチワワが同居人になったことだ。
彼女様は僕が千葉にいた頃から定期的に顔を出して長い時は1週間ほどを掛けて関東の友達と遊んだりコミケ的なものに繰り出す拠点とされていたりしたから、同じ部屋にいることにそれほどフレッシュな感覚はない。
そんなことより、唐突に始まった2頭のチワワ達との『日刊犬と暮らす』が、それはそれは新鮮である。

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まず、彼らは僕の帰宅を大喜びして飛び跳ねる。
すひすひとかはふはふとかがじがじとか、色んな音を立てながら歓迎の舞を披露してくれるのだ。
おおそーかそーかそんなに嬉しいのか可愛いヤツらよのうなどと浮かれつつ広いリビングに乗り込むと、フローリングの真ん中にテロ的に投下されたウンティーヌが「あんだよ文句あんのかよ」といった顔で鎮座しているから油断ならないが、まあそういった地雷を踏みさえしなければ、彼らとの生活は実に心地よい。

彼らとの生活で最も大きな恩恵は、例えば大河を撫でている時は、他の余計なことを考えなくてもいいことだ。
僕はついうっかりしているとすぐさまにも嫌なことや不安になることを考えてウジウジしてしまうのだけど、あの白く小さな生き物を撫でていると、手のひらや指先にふれる毛の感触や肌の温もり、彼の体をめぐる命の躍動で、頭の中がいっぱいになる。
そこに隣りのソファーの脇あたりで陰干しされていた半蔵が

「我も愛でよ」

とでも言いたげにででーんと飛び出してきたりしたなら、んもう1時間でも2時間でもあっちゅうまに過ぎ去ってしまうんである。
余計なことを考えて疲れたり、明日に怯えて暮らすくらいなら、鼻水垂らして能天気に笑いながらチワワの抜け毛にまみれたり、モモンガの世話をしている方がよっぽど健全である。
ただでさえこの世で一番の脅威が同じ部屋の中にいるのだ。
それくらいの逃げ道はあっても許されるはずなのだ。

あとこれは嬉しい誤算なのだけれど、掃除のやり甲斐が違う。
人間2人とチワワが2頭(モモンガも1匹いる)がいると、もの凄い勢いで床にホコリや毛がたまる。
これを掃除機やクイックルワイパー的なものでざしゅーっとさらうのが、実に気持ちいい。
常にキラキラぴかぴかの我が家、とは中々いかないが、大量の抜け毛をシートもろともゴミ箱に放り込む瞬間は、中々の快感である。

気をつけなければならないのは、そういった細かな汚れがたまりやすいため、少しでも掃除が滞るとたちまち部屋の中がホコリっぽくなってしまうことだ。
ホコリが溜まると彼女様が喉から「グゥグゥ」と訳のわからない音を出すから、それがひとつの指標である。
彼女様は僕のことを掃除する巨大なインテリアくらいにしか思っていないから、仕事をしないとただの巨大なインテリアとして処分される恐れがある。
ここでもやはり油断ならない。

今日は掃除しない日4日目だ。
日中に風呂桶の下の黒カビ汚染地域を高圧洗浄機で浄化したから随分と気分がいいが、室内のホコリはぼちぼち許容量を超える。
明日朝起きたらクイックルワイパーでホコリをさらおう。
年貢とはこれほどコンスタントに納めるものなのだろうかといった疑問が出てきたら、大河か半蔵を捕まえて撫でればいい。
解決できない悩みは、抱かないに限る。

赤点ギリギリぐらいがちょうどいい。

仕事の関係で今Windowsのデスクトップをメインマシンとして使っているのだけど、Macの歴が長くなっていたのと画像の編集などに使うアプリの使い勝手の関係で、ブログ記事の仕上げは今まで使っていたMacbookしている。
実際小さな画面の方が集中できるし、キーボードの使い勝手も(F9キーなどの短縮変換機能を除き)Macの方がいいもんだから、持ち運びができて記事が仕上げられて最低限の仕事もできるということで、やはりMacbookは良いものだと思う。

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よくMacとWindowsでどっちがいいだのなんだのと論争が起こっている。
僕もケータイ屋時代に、Mac信者と呼ばれる、んもうMac製品のことを語っている時が人生の至福と言わんばかりのおっちゃんから酷く専門的なクレームというかイチャモンを付けられて、困惑したことがある。
おっちゃんは「自分たちが扱っている製品の知識くらいきちんと持っておけ」と言うが、どう考えてもMac素人相手に知識を振りかざして気持ちよくなりたいだけのイチャモンだったから、僕はいい歳こいたおっちゃんの自慰行為に巻き込まれたアワレなイケメンだ。

「現場個人のレベルにはどうしてもバラつきがあるから、メーカーのサポートデスクというものがあるのですよ」

などともっともらしいことを言ってみたが、ウサ晴らしのターゲットに指定した若造からもっともらしいことを言われたおっちゃんは、んもう引っ込みがつかなくなってしまった。
当方の仕事ぶりがいかに稚拙であるかを、iPhoneとiPadの同Wi-Fi環境下における通話転送機能活用方法を交えつつこんこんと説いてくださった。
これは失敗だった。

そういう一部のメンドクサイおっちゃんにはなるまいと決意を固めつつ、しかしやはり僕はMacのこのロジックではなくマジックに訴える構造や発想が好きである。
Windowsは世の中のスタンダードだからPCを商売道具にする上では必ず一台は持っていないといかんのだけど、自分に合っているものや素敵だと感じられるアイテムを知っているというのは嬉しいことだ。

行為にせよ、物理的なモノにせよ、自分の好き嫌いを知るには「比較」が重要である。
僕はずっとWindowsユーザーだったのだけど、ある時ふと思い立ってMacを導入したところ、これが実にフィットした。
それは即ち、Windowsとの「比較」があってこそのMacへのフィット感であって、最初からMacを当たり前に使っていたらこの「合致感」といいますか、そうそうこれこれという「巡り合えた感」は、なかったと思うんだなあ。

よく自分の好きなことが分からない人が多いという話しを聞くけれど、それってつまり、「比較」するものが少ないからなんでしょう。
僕の知り合いには異常なほど音楽を聴いている気持ちの悪い人が何人かいるけれど、本当に山のような情報が自分の中にあるから、ワタクシの統計学と言いますか、そういったフィーリングが実に高度に発達している。
笑顔で

「ビートルズは全部レコードを買って、全部聴いたよ。やっぱりすごいバンドだよね。大っ嫌い。」

と語る某音楽バーのマスターを理解するには、今世残った時間ではどう考えても足りない。

Windows/Macと一緒で、どれだけの音楽を聴いているのかと一緒で、何ならどれだけ沢山のアニメを見ているのかと一緒で、頭の中にある体験や経験や知識の量がそのまま自分という人間の好き嫌いの振り幅になる。
好き嫌いがあるというのは、先述した「比較」ができるだけの知識と体験、そしてそれらへの「理解」と「解釈」があるということだ。

僕は『勇者警察ジェイデッカー』というロボットアニメが好きで、ビールがあれば二晩でもぶっ通しで語れる自信があるのだけど、それは同シリーズの別アニメ『勇者特急マイトガイン』とか、『太陽の勇者ファイバード』とか、そういうものを見まくってよく知っているからである。

「なーんつーかよう、他の連中は個々のロボの個性が全然なくってよう、後半になったら飛び出してきて合体してやられっちゃうだけなんだけどよう、ジェイデッカーつーのはな、オイ、寝るな、あのな、この番組だけはな、最終回前後で合体して悪いヤツとくんずほぐれつ大爆発なーんてことがなくってよう、みんなで合体もしねーで並んで自分の考えを述べて、オイ、だから寝るな、オイ」

といった濃厚なトークは、「比較」と「理解」と「解釈」なくしては成り立たないのである。
逆に、「比較」と「理解」と「解釈」さえあればある程度の好き嫌いや自分への向き不向きが見える訳だから、沢山のサンプルを得て、体験して、その渦中に身を置き続ければ、いずれ明確なものが見えてくる。
それがつまり「色々な体験をしなさい」という大変抽象的な言葉として世の中に飛び出していくんだけど、色々な体験をすること自体が楽しいと理解してない人にとっては、やっぱり抽象的すぎてよくわかんねーんだな、これが。

という訳で結論。
ちょっとでも興味が湧いたものには、手を出してみる。

僕は自分の嗜好が見えなかった時期が長かったから言いきっちゃうけど、自分が何が好きなのか分からない人は、その物事が「こいつァ間違いねえ!」的100点満点を自分に提示してくれないと動かないのだ。
でも、やる前から100点を見せてくれるものなんか、こっちの財布を狙ってる娯楽業界の広告くらいしかないもんだから、行動してみたところで消費者という立場から抜け出せない。
別に生産者になろうと言いたいわけじゃあないんだけど、少なくとも自分自身は、まあ30点くらいの赤点を回避した物事に関しては、こう、びしばしと手を出していきたい。

「ふざけんな」は新感覚

とかく人間バランスが大事でござんす。
僕なんかはそれはそれは穏健友好、とにかく優しいイケメンなのだが、つまり「おとなしい」という方面にバランスが傾向しているということでもあるのです。
よって至極個人的な話しで申し訳ないのだけど、たびたび自分のことを締め上げちゃったりして落ち込んだりであるとか、そういうことになるんである。

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よく鬱になっちゃうとか、落ち込んでしまうという人は、どうにもこういった優しくておとなしい人が多い。
これが攻撃的なヤツだと自分よりも弱いヤツを必死こいて見つけ出してはイジめはじめる訳だから、それと比べると随分とマシだなぁと思う。
だけども、うっかり舐められてしまうとそういう攻撃的なヤツに狙われてしまうから、そこはしっかりと「お前な、余計なことしたらな、どうなるかわかんねーんだかんな」的武装防衛を示さねばならない。
目の前に暴力を振るうつもりのヤツが現れたらこちらも戦う覚悟と準備をしないと、サンドバッグになってまた後ほどネチネチと自分を責めて、それがまたまた鬱屈としたヤツの弱いモンレーダーに索敵されて・・・といったスパイラルを繰り返すのだ。

冒頭から話しがそれてしまったが、つまり優しい人はちょっと強く、強い人はちょっと優しくなれると、それは実にバランスのとれたええ感じの人間が出来上がる訳なんである。
それで、ここがまたちょっと難しいところなんだけど、人によってそのバランスの取れる位置というのは全然違ったりする。

例えば僕は元々がイジメられっ子体質だから、ある程度の武装が必要である。
だけどそもそもがイジメられっ子なのだから、多少の強さを手にいれたところで人間的に大きな変化がある訳ではない。
むしろそこでガツッと変化しちゃうのは、ちょっとマズいでしょう。

要は、今よりちょっとマシになればよいのである。
優しいだけだった人が、優しくて強い人になる。
強いだけだった人が、強くて優しい人になる。
可愛いだけだった人が、可愛くて自立した人になる。
自立していた人が、可愛い面もしっかり出していく。

そうやって自分の今の立ち位置から、少しだけ未知の方向に踏み出すと、人は思わぬところでバランスをとって、いい感じになる。
そういうもんである。
そういうふうにできているんである。

話しを元に戻すと最近自分の中にひとつキーワードがあって、それは、「ふざけんな」なのです。

例えば今椎名誠さんの本をしこたま読んでいて、たぶん今のブログにも随所にその影響が現れてると思うのだけど、あのおっさんがまぁいい文章を書くんである。
語彙が多いのも当然なのだけど、僕らが普段知ってる使ってる言葉を使って「おのれ!」とハンケチを噛み締めちゃうような、その手があったか的表現が本当に多い。

で、ふつうだったらそういう格上の文章に打ちのめされるとスイマセンとショボくれちゃうのだけど、そこで白旗の代わりに「ふざけんな」という反旗を翻すと、それまで感じたことのなかった新しい質のエネルギーが湧いてくる。
「ナニクソ根性」とか「負けん気」とか言ったりするのだろうけど、僕はそういう戦いとか怒りみたいなものは随分と握りつぶしてきたから、本当に「戦うエネルギー」というのが、新鮮であったのです。

なんだかちょっとしたことを言うために大げさなことを書いちゃったけど、毎回そうだから、今更いいか。
今宵も僕ァ悔し涙のメロディーに復讐の言葉を乗せて、面白おかしいこだわりにぐいぐいと突入してゆく。
それはとてつもなく楽しくて幸せなことなのです。

わが新居のホコリっぽきお掃除事情。

窓を全開にして玄関を開けると、秋の渇いた風が高い空からぐんぐんと流れ込んでくる。
玄関は内向的なくせに時折暴発的なワンパクさを発揮するわがチワワ達がくぐり抜けられない程度の隙間なのだけれど、それでも十分な量の新しい空気が、部屋にこびりついた疲労や苦悩を連れ出してくれた。

よく言われる話しだけど、水は流れていればこそ新鮮で、バケツにすくって閉じ込めた途端にたちまち腐ってしまう。
小さい頃に祖父の海釣りに付いていくと、竿を構える前に海の水をバケツですくって側においておく。
その後釣れた魚をその中にポイポイ放り込んでいくのだけど、その魚たちはしばらくするとすぐにぐったりとして死んでしまうのだ。

「そりゃアナタ、当たり前でしょう」なんて思われるかもしれないが、僕にはとても意味深く感ずる記憶なんである。
『大きな流れから切り離されたものは死んでしまう。』
この世にいくつかある、真理だと思う。
そういう訳で、大いなる真理に基づき、僕は額に汗して新居の清掃活動に勤しんだのであった。

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掃除は「上から始める」が鉄則だ。
軽薄にも掃除機掛けなどから始めて棚やライトの拭き掃除を後回しにしようものなら、ピカピカにしたフローリングの上にボタボタとホコリやゴミが落ちてきて発狂することになる。
そもそも床だって「いっちょ掃除でもやったるかァ」という思いに駆られる時には様々なナニガシで埋め尽くされているものだから、まずは掃除機や雑巾を掛けられる床を発掘する作業が必要である。

手掛ける順序を誤ると、それだけでどんなに頑張っても掃除が進んでいる気がせず、そのうちやる気が削がれてうっかり目を合わせた未読の書籍にヨヨヨと引き込まれてしまう。
そんなことだから貴様は生まれてこのかた片付けられない女としてホコリと犬の毛を胸いっぱいに吸って生きているのだと、掃除が始まると同時に掃除機に手を伸ばした彼女様に心の中で叱責した。

思いが通じたのか(通じては困る)彼女様は直ぐに掃除機を所定の位置に戻し、「これは美女の仕事ではない」と言った。
異論は無いが、掃除機を手放した理由は分からなかった。

掃除が終わると部屋の中が見違えるように明るくなった。
ちょうど水を入れ替えたばかりの水槽のように晴れやかだ。
その中を大河と半蔵が、これから買い出しに伴う長時間の留守番を強いられるとも知らずに気持ち良さそうに泳ぎ回っている。
帰宅後われらは部屋の各所に投下された報復のウンティーヌを目撃することになるのだが、それはまた別の話である。

見渡すと、彼女様の調理器具および小物類およびその他分類ままならぬサムシングが各所に点在している。
それらについては収めるべき収納棚がまだ無いので致し方ないということだ。
確か引越し前に要るとも要らぬともつかぬ膨大なる所持品に跨って「引っ越し前なので致し方ない」と言っていた気がするが、まあ、気のせいだろう。

引っ越しは当分終わらない。
理由はよく分からないが、ホコリのよくたまる部屋だから、できるだけマメに掃除は続けていきたい。